From:《時の庭園》
「言ったでしょう…?私はあなたが大嫌いだって……」
何もない虚無が、そこに広がっていた。
《虚数空間》
全てを飲み込み、無力化する闇に彼女は眠る愛娘と共に身を投げ出す。
「母さんっ!」
次元の狭間に存在する《時の庭園》でロストロギア《ジュエルシード》を暴走させたプレシア・テスタロッサは、もう一人の娘の声を背に目を閉じた。
その口元に、微かな笑みを浮かべて……
____また、とんでもないところに出くわしたな
不意に、透き通るような声が聞こえる。
既に病と度重なる戦闘で限界だったプレシアは、その声の出所を確認する事も出来ずに意識を手放した。
〜〜〜〜〜
「母さんっ!母さんっ……!!」
少女と少年に抑えられているフェイト・テスタロッサは、その身を乗り出すようにして自らの生みの親に叫び続けていた。
たとえ、生まれてから今まで虐げられていても……
たとえ、優しかった大切な思い出が自分のものではなかったとしても……
フェイトは、母が消えるのが嫌だった。
涙を流し、声をあげて手を伸ばすが母との距離はあまりにも遠い。
全身から力が抜けた。
もう、どうしようもないとわかってしまったからだ。
「あまり時間はない!急いで脱出するぞ!」
時の庭園の崩壊が進んで行くのに対して少年____クロノ・ハラオウンの焦った声が響く。
フェイトは少女____高町なのはに手を引かれ、時の庭園を後にした。
〜〜〜〜〜
From:《時の庭園》の近く。虚数空間
「また、とんでもないところに出くわしたな」
俺こと『リムル・テンペスト』は《
やって来た、のだが……
「これ、いわゆる次元の狭間って奴か?こんなところに放り出されるなんて初めてかもな」
俺の《胃袋》の中とほぼ同じ性質の虚数空間。
今まで色んな物を取り込んできたが、俺自身中に入るのは初めてだ。
周囲を見渡すと遠くに浮遊している建造物が見つかったが、明らかに現在進行形で崩壊している。
そして俺の近くには、なぜか眠っている女性とその娘らしき女の子の死体が漂っていた。
(ほんと、どういう状況だ?これ)
正直色々と意味不明だったが、この親子を放っておくのも目覚めが悪い。
俺はひとまず、この親子を連れて崩壊中の建造物に近づくのだった。
〜〜〜〜〜
建造物が崩壊している原因だが、周辺の空間を維持している力場が正常に作動していない事と、膨大なエネルギーの暴走という事が判明した。
ひとまずパパッと暴走しているエネルギーを俺の《胃袋》に収納し、空間維持の力場を俺自身が生成する事で対処する。
親子に対しては一旦家屋っぽい所の寝室らしき所に寝かせ、俺特製のフルポーションをかけてから死体の少女に蘇生魔法を行なった。
死にそうだった女性と死んでいた女の子は、今ではスヤスヤと夢の中だ。
俺の解析結果でも、二人とも問題ない状態になっていることがわかっている。
一息ついた俺は、この建造物に興味が出て来たので散策することにした。
特に、この空間を維持している技術が興味深い。
解析でおおよその力場の中心地点を把握したので、そちらへ向かう。
「まぁ、当然のように壊れてるよな」
建造物内部の奥深く、力場の中心地であるそこは見事に荒れていた。
力場を形成していたであろう機関部は未だに内部から小規模の爆発を起こし、完全に崩壊する寸前といった所だ。
「エネルギーを力場の形成ではなく別の事に使おうとしたんだな。無理な形でエネルギーを引っ張り出そうとしたから暴走してる、と」
このまま放置して壊れても、俺自身で力場を生成しているから今は問題はないが……
もちろん俺がこの場を離れれば、この建造物は機能を停止して力場を失い完全に崩壊するだろう。
少しだけ見たこの建造物は、某天空の城を彷彿とさせる美しいものだった。
あの映画のように、壊れていく姿を眺めるのも一興かもしれないが……正直無くなるのは惜しい。
この機関も直す事にした。
(そんじゃ頼むぜ、相棒!)
<御心のままに、
俺のスキルであり、自我を持つ相棒でもあるシエルが応える。
機関の構造、原理などは俺にはわからなかったがシエルさんは把握済みらしい。
呆気ないほどに、サクッと修理は完了したのであった。
〜〜〜〜〜
建造物の崩壊を止めた俺は、好奇心の赴くままに内部を探索しつつ修理していた。
解析すると、随所に未知の技術が使われている事が判明したりして面白いのだ。
機械の動作には電気だけでなく、この世界特有の魔法などが使われているらしい。
しかも、魔法は機械で制御されていた。
魔法を発動する際、演算を機械に任せてアプリケーションの要領で発動しているようだ。
「なるほどねぇ…ドアの開閉とかにも魔法が使われてる所を見ると、この世界でも魔法は一般的に普及してるんだろうな」
少し見るだけでも、この建造物が非常に高度な魔法技術で動作していることがわかる。
気になったので更に色々調査する事にした。
建造物内部の研究室らしき所を見つけ、データベースをハッキングする。(シエルさんがやってくれた)
どうやら此処では死者蘇生について研究してたようだ。
もしかしたら、さっきの死体の女の子を蘇生させようとしていたのかもしれない。
ちょっと軽率にやらかしたかとも思ったが、過ぎた事だ。
生き返らせた命をまた奪うのは嫌だし、親子はあのまま放置する事にする。
それより気になるのはもっと一般的な魔法の技術体系だ。
「ふむ…基本的には《デバイス》ってのを用いて魔法を発動してるのか。
魔力さえあれば使えるからこその普及率、と」
しかも、この建造物で動いている大半のものは使用者がいなくても動かせるようになっていた。
魔法については魔力炉というものでエネルギーを生成して動作させているらしい。
なかなか面白い。
ウチの国でも魔道具の類は結構開発に成功しているが、ここまで汎用的で高度なものではない。
ウチの開発陣がもっと高度なものを作成できるようになったら、俺の世界とこの世界で異文化交流してみるのも面白いかもな。
さらに色々と情報を追ってみる。
すると、驚いたことにこの世界は複数の次元世界で構成されている事が判明した。
どうやら《ミッドチルダ》という世界を中心にして、多くの次元世界が交流を行なっているらしい。
無論全ての世界ではなく、交流のある世界は《管理世界》、交流のされていない世界は《管理外世界》と区分されていた。
区分の仕方としては、ある程度魔法技術が発達し、かつ管理局の庇護下に入る事を承認した世界が《管理世界》になるみたいだな。
そんで、それ以外が《管理外世界》と。
ざっくりとした区分だが、そんな感じで捉えていいだろう。
「ふむ……このミッドチルダってとこにも行ってみたいな」
データを見る限り、相当発展してそうだ。
他の連中(主に友人の竜とか妖精とか)を連れて行くのは不安なので、あくまで一人でお忍びという事になりそうだけれども。
そうと決まれば、この建造物(データベースで調べたら《時の庭園》と言うらしい)から別の次元世界に出発だ!
俺は(シエルさんの力で)データベースの情報を全てまるっとコピーして、この場を後にした。
〜〜〜〜〜
時の庭園に備え付けられている次元転送装置はまだ生きていた。
早速装置を起動させ、行き先をミッドチルダに指定しようとしたが……
「ありゃ、ここからだと遠すぎるのか」
転送先の項目にミッドチルダの名前はあったが、距離が遠いので行けないとの事だった。
次元転送というのだから、いろんな意味での距離とか無視してくれても良いと思うが……
仕方がないので、転送履歴を遡って近くの次元世界を検索する。
「最近だと《第97管理外世界》って所に頻繁に行ってるな。でも、管理外世界かぁ……」
正直がっかりである。
魔法に支えられる異文化を見たいのに、魔法技術のない所に行って意味があるのだろうか。
「そういえば、時の庭園って次元航行ができるんだったか」
データベースにそのような事が書かれていた。
であれば、目的地をミッドチルダにしてみても良いかもしれない。
さっき助けた親子が時の庭園の主みたいだし、ちょっと相談してみよう。
〜〜〜〜〜
幸せな夢を見ていた気がする。
ふと、目が覚めた。
「ここは……」
あたりを見回すと、白を基調とした部屋の内装が見える。
開かれた窓からは、そよ風が入り込みカーテンを揺らしていた。
ここは一体どこなのだろうか。
見覚えがある気もするが、寝起きの頭ではよくわからない。
視線を下に落とす。
そこには____
「っ……アリシアッ!」
最愛の娘が、自分と同じようにベッドに寝かされていた。
私の声が大きかった為か、彼女は身じろぎをする。
「ぅ、ぅう〜ん……ママ……」
「っ!」
息を飲んだ。
今、確かに私を呼んだ……!
自分は、まだ夢の続きを見ているのだろうか?
触れたら壊れてしまうんじゃないかと、恐ろしくて、
けれど、確認せずにはいられなくて、
恐る恐る、アリシアに手を伸ばす。
指先が、アリシアの頰にそっと触れる。
「ぁ____」
その指には、確かな体温と、呼吸の動きが感じられた。
「ぁ……あぁ……っ……アリ、シア……っ!」
我慢できなくて、寝ているアリシアを抱きしめる。
情動の赴くままに力強く、けれど、壊れてしまわないようにそっと優しく。
「んぅ……ママ……?」
アリシアが私を呼ぶ。
抱きしめる腕に力が入る。
この声が、嘘ではないのだと証明してくれる事を願って。
「ママ、泣いてるの……?」
アリシアが怪訝そうな声をあげるが、喉からは嗚咽しか出てこない。
自らの頰に伝わる涙は、止められそうになかった。
〜〜〜〜〜
「よっ。二人とも起きたみたいだな。調子はどうだ?」
助けた親子が起きたようなので、様子見に顔を出す。
親の方の顔には涙の跡が見えるが、顔色を見る限り親子共に大丈夫そうだ。
「アナタは、一体……」
親の方が反応した。
疑問ももっともだし、ここは自己紹介するとしよう。
「俺はリムル =テンペストと言う。よろしくな!…んで、お前達はなんて言うんだ?」
データベースをハッキングしたのでなんとなく予想はついてるが、一応名前を聞いておく。
すると、親の方がおずおずといった様子で反応した。
「……私は、プレシア・テスタロッサ。こちらは、私の娘のアリシアよ」
プレシアはアリシアを大切そうに抱き抱えている。
アリシアの方も嬉しそうにプレシアの腕に顔を埋めながら、こちらを上目遣いで見てきた。
「あ、アリシア・テスタロッサです……その、よろしく?」
疑問形で返されたがまあいいだろう。
俺が頷き返すと、アリシアは真っ赤になってプレシアの腕に顔を埋める。
名乗られた名前は予想通りのものだった。
時の庭園の主であるプレシアと、プレシアが蘇生をさせようとしていた娘のアリシア。
どちらもデータベースで見た名前だ。
もう一人、アリシアのクローン体もいた筈なんだが……
少なくとも、ここにはいないようだな。
その事は一旦置いておいて、本題に入るとしよう。
「さて、薄々感づいているとは思うけど、君達を保護したのは俺だ。そこで、ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」
プレシアが身体を強張らせる。
自らの腕にアリシアを隠すようにして、彼女は口を開く。
「その前に、確認したい事があるのだけれど……いいかしら?」
俺が頷くと、プレシアは意を決したようにこちらの目を見た。
「その……アリシアを生き返らせたのは……アナタなの……?」
「ああ。ついでに言うと、プレシアの身体を治したのもな」
「っ……そう……なのね」
プレシアはそこで目を瞑り、幾許かの時間をかけてゆっくりと目を開いた。
「わかりました。アリシアを生き返らせてくれて……本当にありがとうございます。私に出来る事ならなんでもするので、アリシアだけは……」
そう言って、彼女はアリシアを強く抱き締める。
アリシアの方は若干困惑気味だが、静かにしていた。
大事な話をしていると肌で感じ取ったのだろう。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。俺からそちらに要求したい事は2つ。この《時の庭園》をミッドチルダに向かわせる許可が欲しいってのが一つ。もう一つは、君たちには俺の国へ来てもらいたいんだ」
プレシアは俺の意図が掴めず困惑しているようだ。
ごもっともなので、もう少し説明する。
「まずは俺自身がミッドチルダに行ってみたいから《時の庭園》を貸して欲しいのが一つ目の理由。二つ目の理由については……多分だけど、プレシア達はミッドチルダに行ったら困るんだろ?だったらウチに来てみないか?まだまだ発展途上だけど、きっと気にいると思うぜ。ま、タダ飯食わせる余裕とかはあんまりないから働いてもらうことにはなるだろうけどな」
小さい子供がいる手前詳細はぼかしたが、データを見た感じ犯罪まがいの事をしてたようだしな。
プレシアがこのままミッドチルダに行ってもおそらく捕まるだろう。
優秀な研究者だったみたいだし、それならばウチの研究者として迎え入れた方がお互いに利益はあると思っての提案である。
プレシアは俺の言葉を聞いて少し逡巡していたが、どうするか決めたようだ。
「……わかりました。あなたの国にお世話になりたいと思います。時の庭園はあなたの好きなようにしてください」
彼女はしっかりとこちらを見つめて言い切る。
不安もあるだろうに、それを見せない力強さが彼女の目には宿っていた。
俺は鷹揚に頷く。
「わかった……安心しろ。後悔はさせないからさ。それじゃ、早速行くか」
「…え?」
ゆっくりと彼女達に近づき、《
そして、そっと親子に触れると魔法陣の輝きが強まった。
「きれー……」
「っ…これは、一体っ?」
「《
さらに一層光が強まり、室内が光で塗りつぶされる。
しばらくして____
光が収まったその部屋には、誰もいなかった。
〜〜〜〜〜
その後。
《
最愛の娘と共にやってきた彼女は、発達していない文明に戸惑いながらも精一杯生きていく事にしたようだ。
彼女はその画期的な魔法技術を駆使し、これから多大な功績を上げる事になるが、それはもう少し未来の話である。
余談だが、愛娘を微笑んで見つめている彼女の表情は、なぜかいつも若干の陰りがあるらしい。
まるで、何かを悔いているかのように。
Web版の後半では《胃袋》という表記は使われず、《虚数空間》となっていますが、
今作ではリリなの世界の《虚数空間》との区別が面倒なので《胃袋》で統一しています。