From:ミッドチルダ、管理局地上本部
翌日。
そんな訳でやって来ました、管理局!
ぶっちゃけ、不正入国した事がバレないかドキドキしている俺。
そんな俺の内心を知る筈もなく、クイントさんは意気揚々と前を進んでいる。
一緒に来ているギンガとスバルも、そんなクイントさんに感化されたのかウキウキ気分だ。
ちなみにゲンヤさんはクイントさんと違う部署らしく、ここに来る途中で別れた。
今は先頭にクイントさん、その後ろが俺と、俺の手を掴んでギンガとスバルが歩いている。
「はい、着きました!ここが私の職場の訓練場です!リムルさんとギンガとスバルは、あそこの端の椅子で座って待っててくださいね」
「「「はーい」」」
通された訓練場は、一言で言うと東京ドームみたいな場所だった。
広いグラウンドがあって、東京ドームと比べて圧倒的に数は少ないが端の方に観覧席のような場所がある。
そして、何よりも目を見張るのは随所に設置された装置だ。
最初はなんか大きなカメラがあるな程度にしか思ってなかったが、実際の所は違った。
解析して判明した事だが、なんと《空間シミュレーター》と言う地形変更が可能な装置なのだ。
ラミリスの
正直驚きである。
この技術は是非ウチに欲しい思った。
特に、闘技場でこの装置を使えれば、より舞台を盛り上がらせる事ができるだろうしな。
そうして子供達と揃って物珍しそうに周囲を見渡していると、程なくしてクイントさんと大柄な男の人がやって来た。
「みんなお待たせー。隊長、紹介します。こちらが今回の見学者のリムルさんです。リムルさんにも紹介するね。こちらの人が、ゼスト・グランガイツ隊長よ」
「はじめまして。リムル・テンペストと言います。今日はよろしくお願いしますね」
「ゼスト・グランガイツだ。入局希望の優秀な魔道士と聞いている。楽しみにさせてもらおう」
「えっ」
「ゼストおじちゃん!」
「おじちゃんひさしぶりー」
子供達に遮られたが、聞き逃せない単語が聞こえた。
入局希望って、クイントさん一体何を吹き込んだんだ!?
思わずクイントさんを見るが、さっと目をそらされる。
確信犯か!
「ゴホン!……えーと、入局希望ではないん「それじゃ、そろそろ訓練を開始するよ!」えぇ……」
弁解しようとするも、クイントさんに妨害されてしまう。
クイントさんとゼストさんは、そのままさっさと訓練場の中央付近に行き、既に集まっていた部下達に号令をかけた。
「それでは、訓練を開始する!」
〜〜〜〜〜
訓練の内容は、さすが地上のエースという他無かった。
基礎体力の向上から始まり、いくつかのチームに分かれて射撃、近接、補助などの専門的な技術の向上。
それから火事や洪水などの特殊なケースに備えての、空間シミュレータを使った訓練。
どれも相当なハイレベルで隊員の全員がこなしていた。
そして_____
「よし……全員集合!これから模擬戦を行う!」
来た。
やっぱりあるよな、模擬戦。
《非殺傷設定》なんて便利なモノがあるのだ。
これを訓練に有効活用しない手はない。
その後、ゼストさんが簡単にチーム分けを行い、空間シミュレータで市街地を再現してから、各チームが激突した。
互いに鎬を削る白熱した戦い。
ゼストさんがバランスよく配分した為か、どのチームも良い勝負を繰り広げている。
俺と子供達はそれに見入りながら、どこかのチームを応援したり、どっちが勝つかを予想したりした。
「____終了だ!全員集合!」
そして、全ての模擬戦が終わった後____俺と子供達は自然と拍手していた。
クイントさんがそんな俺たちに気がついて、顔を綻ばせる。
訓練で汚れていたが、とても綺麗な笑顔だった。
「俺たちの訓練は、どうだった?」
いつのまにか、ゼストさんがこっちに来て感想を求めて来た。
「すごかった!」
「おかあさんかっこいい!」
子供達は無邪気に答える。
俺も、素直に賞賛するとしよう。
「えぇ、本当に素晴らしい訓練でした。全員コンディションが高いのに加え、まとめてやってるように見えて各々のギリギリを見極めて訓練メニューを適切に変更しているようですし……この訓練メニューはゼストさんが?」
「まぁ、俺だけではないがな。細かい所は副隊長達に見てもらっている」
「そうなんですね。いや、素晴らしい」
「お前も、参加してみるか?」
「えっ」
「いいですね!リムルさんもやってみようよ!」
「えぇー……」
クイントさんもグイグイ来るなぁ……
唐突にぶっこまれた感が半端ないんですけど。
しかも、なんか断れる雰囲気じゃないし……
はぁ……仕方ない。
「まぁ、ちょっとだけなら」
そう、言ってしまった事を、少しだけ未来の俺は激しく後悔する事になった。
〜〜〜〜〜
いや。
いやいやいや。
これ、おかしくね?
なんで……なんで俺が……
地上のエースと1on1なんてやる事になってるんだよ!
そりゃ、他の隊員さん達が訓練終了直後で動けないのはわかるんだけどさぁ……
「リム姉、がんばれー!」
「がんばれー!」
「リムルさん、期待してるよー!」
いや、クイントさん。
期待されても困るよ?
あー、しっかし、どうしようかなぁ……
ぶっちゃけ、普通に戦えば、ここの人たち全員を相手にしても負ける事はないと思う。
だけど、下手に実力見せちゃうと後が大変だろうしなぁ……
主に勧誘とかで。
理想的なのは、適度に善戦したと思わせつつ、俺が負ける事。
可能であれば、他の隊員よりも弱く演出できれば尚良しだ。
正直難しいだろうけど……
こういってはアレなんだが、ぶっちゃけ俺は演技が下手だ。
それで騙されてくれるかは、運次第って所だろう。
うーん、なるようになるしかない……か。
そうこう思案していると、もう開始の時間になったようだ。
「二人とも位置に着いた?それでは……開始!」
クイントさんの号令と共に、模擬戦が開始された。
どうしようかまだ悩んでる俺は、正面に目を向けて____
「っ!」
体を捻って、緊急回避した。
速い!
開始して間もないのに、100mはあった距離を詰められた。
そして態勢を立て直す間も無く、槍の穂先が次々と俺のいた場所を通過する。
おいおい……手加減とかないのかこの人!?
俺は反射的にゼストさんの後ろ数十mの所に瞬間移動した。
「ぬっ!?」
そこで、《非殺傷設定》になるようにした魔力弾を複数展開し、ゼストさんを攻撃する。
だが、背後からの奇襲にも関わらずゼストさんは反応した。
振り向き樣に自身に当たる最小限だけを槍で弾き、魔力弾をやり過ごす。
ぶっちゃけ人間業じゃない。
背後から音速以上の速度で飛んでくる弾を弾くってどんだけだよ……
「そこか!」
「うおっ!?」
ゼストさんは即座に俺を捕捉し、瞬く間に距離を詰めて来た。
俺の頭がさっきまであった位置には、音より速い槍が既に貫いている。
というか、明らかに音速に近い速度で動いてるんですけど!?
仙人や聖人、神人でもない人間にこんな事できるのか?
<魔法で身体機能の強化、保護を行い、更に高速移動魔法を用いてます。反応速度に関しては本人の訓練の賜物でしょう>
つーことは、反応速度だけは努力でなんとかしたって事かよ!
やっぱ人間業じゃねえわ……
そうこう考えている内に、既に百以上の攻撃を避けている。
ちょいちょい魔力弾で反撃してるんだけど、全部いなされるし……
「どうした。まだやれるだろう?」
勝手な事言ってくれるよ、ほんと。
しかも、ギアを上げたのか攻撃が更に速くなってきたし。
さて、どうしたもんかな。
ちょっとだけ、本気でやってみるか?
もちろん、極力スキルは使わない方向で。
こういう風に考えるって事は、俺もゼストさんの熱気に感化されてるんだろう。
けれど、今は良いかと思えてしまうから不思議だ。
さて、それじゃ____
「反撃しますかね!」
「ぬっ!?」
左手を使い、襲い掛かってくる槍を弾く。
ゼストさんは、思ったよりも強い力で弾かれた事に驚いたのか、僅かに隙を見せる。
(ここだっ!)
その隙を見逃さなかった俺は、一歩踏み込んでから、なるべく軽く、右手の掌打をゼストさんの胴体に叩き込む。
(手応えアリ!)
重い音と共に、ゼストさんは数十m離れたビルまで吹っ飛んでいき、激突した。
派手な音を鳴らしながらビルが崩れていく。
(あれ?もしかして、やり過ぎちゃった?)
<いえ、
えぇ……
どんだけの勢いで跳んだんだよ。
若干呆れを含めた目で崩壊しているビルを見ていると、土煙の中からゼストさんが出てきた。
「あー……大丈夫?なんかすごいスピードでビルに突っ込んだみたいだけど……」
ちょっとした気まずさもあってか、思わず素で声をかける。
だが、そんな心配も杞憂だったようだ。
「フッ……問題無い。それよりも……俺の見立て通りだ。やはり、お前は強いな」
うん?
一体どの場面で俺の強さに気付いたんだ?
こう言っちゃなんだけど、
<最初に会った時、ゼストから威圧されたので遮断しました。その事を言ってるのでしょう>
うぉい!
威圧されてたとか、全然気がつかなかったぞ!?
もしかして、それのせいで模擬戦を最初から飛ばしてたのか!?
<その通りかと>
おお……
気付かない内に強者感を出しちゃってたらしい。
「フッ、フフッ……隠してたんだが、バレちゃしょうがないな」
今更だが、とりあえずわかってましたよアピールだ!
「?お前はそもそも隠してなんて無いだろう?」
グハァッッ!!
コ、
「ま、まぁそれは置いといて……そろそろ、この辺で止めにしないか?これ以上やると、訓練どころじゃなさそうだし……」
「む……確かに、そうだな……負けたまま引き下がるのは癪だが、これ以上は施設を破壊してしまいかねん」
良かった!
ゼストも納得してくれたようで何よりである。
そんなこんなで、波乱の模擬戦はようやく終了した。
観覧席に戻ってくると、それはもう酷かった。
スバルとギンガからの「すごいすごい!」っていう賞賛は普通に嬉しかったからともかくとして、クイントさんを始めとするゼスト隊からの勧誘が凄まじかった。
「やっぱりウチに来ましょうよ!」と言うのから「隊長を蹴落としてやってくだせえ!」とか「是非俺の嫁に!」とかまで……
とりあえず、「俺の嫁に」発言した奴はブン殴っといた。
最終的に、「自分の世界で外せない職についているから無理!」と言うまで、この勧誘は続いたのであった……
〜〜〜〜〜
「ねぇ、リムルさん。それだったら、嘱託魔導師だけでも試験を受けてみない?」
勧誘の嵐が終わったと思ってたのも束の間、平穏をぶっ壊すかのように、クイントさんがブッ込んで来た。
「嘱託魔導師?臨時バイトみたいなものですか?」
「ええ。ウチは万年人手不足だから、そういった制度も設けてるの。中には学生とかもいるよ」
うーん、強制招集とか掛けられても行けない可能性が割と高いんだけど、それでも大丈夫なんだろうか?
「俺、立場的に招集かけられても行けない事とか多いと思いますよ?」
「そこは大丈夫。任務を要請する事はあっても、強制はできない制度だから。受けるも受けないのも自由よ。注意点はいくつかあるけど、この資料を見てもらえればわかると思う」
そう言ってクイントさんが目の前にウィンドウを開き、嘱託魔導師の資料を見せてくれる。
俺はウィンドウをざっとスクロールさせ、中身を確認した。
ふむふむ。
臨時バイトってのは確かだけど、一定の成果を上げないと、嘱託魔導師としての権利を剥奪されるみたいだな。
他にも当たり前だが、犯罪を行ったり問題行動を何度か起こしても同様に剥奪される。
後は、後見人が必要との事だが……
クイントさんを見遣る。
「後見人なら、私がやるから大丈夫よ?」
内心の懸念を見抜かれてしまった。
「ね、やってみない?勿論、任務に対しての報酬は出るし。中には危険な任務もあるけど、ゼスト隊長を負かしたリムルさんならきっと大丈夫!」
おお……
熱烈な視線が辛い。
まぁ、特に拘束されないのであれば、別にやっても良いかな?
この世界の通貨が手に入るのであれば、やぶさかではないし。
「うーん……わかりました。そういう事でしたら、嘱託魔導師、やってみようかと思います」
「ほんと!?ありがとう、リムルさん!」
クイントさんはよっぽど嬉しかったのか、勢いよく俺に抱きついてきた。
それにつられてギンガとスバルも抱きついてくる。
俺は苦笑して、彼女たちをなだめるのであった。
ちなみに後で知った事だが。
この時の微笑ましい光景を写真に撮っていた者がいたらしく、その後ずっと当時のゼスト隊とナカジマ家の宝物にされてたんだとか。
聞いた時は、気恥ずかしいやらなんやらで、苦笑いを浮かべる事しか出来なかったぜ……
戦闘シーンって難しいね…
10年前の管理局地上本部に空間シュミレーターはあるのだろうか、いやあって欲しい。
だんだんとクイントさんの口調が砕けてます。