ハッカーズメモリー THE Revenge of girl 作:ハナバーナ
EDEN
カミシロ・エンタープライズと呼ばれる大型企業が運営する、世界規模のネットワークシステムである。EDENネットワークとも呼称されるそれは、アカウントを持っている人間が自身の精神データを電脳空間にアクセスさせ、バーチャルリアリティーとして様々な人との交流ができる次世代システムなのだ。他にもショッピングや映画鑑賞、仕事のやり取り等現実同様様々なサービスが受けられ、『現実とは違うもう一つの日常』となっている。
しかしそんな便利なネットワークシステムを犯罪に使うハッカーも多数存在し、サービスの不正行為、証明書となる他人のアカウントを盗むアカウント狩り等、様々な問題を引き起こしている。アバターの自動更新といった対策も行われてはいるものの、それをものともしない凄腕のハッカーも確かに存在していた。これはそんなハッカーにアカウントを奪われた、一人の少女の物語である。
『私は、君のアカウントを狩ったと思しき人物を知っている。その男の名は<志賀ヨウジ>。』
『アカウントを取り戻したいのであれば…‥‥まずはその男を調べてみるといい。』
『……‥なぜこんなことを君に伝えるかだって? 答えは簡単だ。』
『私は、EDENで起こる蛮行を許さない。私は、EDENの守護者なのだよ。』
『これは一種の人助けだ。信じる信じないかは、君の自由だがね。』
…‥‥少女にKと名乗る人物が連絡してきたのは、少女がアカウントを失ってから数か月たった頃であった。
「本当にやるのか?」
中野ブロードウェイ内にある喫茶店、K-カフェのテーブルに向かい合うように座っている二人の男女。抽象的な顔立ちをした少年、乃木優は向かいに座っている薄茶色の一つ三つ編みでメガネをかけている背の低い地味目な少女、天沢レイラに質問している。数か月前、EDENアカウントをハッキングされ、奪われたレイラは、ネットに詳しい友人の優の手助けで仮のアカウントを用意することができた。しかし自身のアカウントが身分証となる時代、それは信頼を失うことに等しかったのだ。自身のアバターを変えることはハッカーの常套手段でもあるため、レイラは同級生や教師に疑われ、次第に居場所を失っていった。ただ一人、優をのぞいて。そんな時、『K』と呼ばれる人物からアカウント狩りの犯人の手掛かりを聞き、レイラはアカウントを取り戻すため、現在優に相談しているのである。
「ハッカーを……犯罪者をつかまえるなんて、俺には賛成できないよ。それにそのKってやつも
ハッカーなんだろ? それでもしお前に何かあったら…‥。」
「………。」
レイラ自身、反対されるのを予想していないわけではなかった。ハッカーを捕まえるというのは、非常に危険な行為である。それを優が賛成しないのは、常識的に考えれば当然だろう。
「なあレイラ、お前が犯罪者じゃないってことは、誰よりも親友の俺が一番わかってる。
それじゃ駄目なのか?」
その問いかけに、レイラは首を小さく横に振る。
「駄目。本物のアカウントがないと、学校だけじゃない…‥あたしの将来も後ろ指を指され続ける
事になるの。ユウ君が気にかけてくれるのは嬉しいけど…‥やっぱり疑われ続けるのは嫌。」
優にはレイラの眼鏡の奥の瞳に、強い決意が現れているのが見えた。それを見た優は、ふうっと溜息を吐いて首を横に振る。
「…‥本気なんだな。そこまで言うなら止めないよ。けど、俺にも協力させてくれよな?」
「ありがとう…‥でも、どうすれば。」
「クーロンって知ってるだろ? ハッカー達の溜まり場になってるEDENの廃棄エリアさ。そこに
闇マーケットって場所があるってネットで見たことがあるんだ。」
「闇、マーケット……?」
「そこではハッカーたちが集まって、情報交換をしてるらしいんだ。そこに行けば
志賀ヨウジってやつの情報も得られるかもしれない。だから一緒に探ってみないか?」
優の言葉に希望を見出したレイラは口を目を大きく開き、次いでニコリと笑って何度もうなづく。しかしその一方で、
「(ユウ君を危険な目に遭わせるわけにはいかない……。)」
大事な友人を想うそんな思想が、レイラの笑顔の裏に隠れていた。
アンダークーロンlv.1 闇マーケット
「ここが……。」
優を巻き込むわけにはいかないため、一人でクーロンにログインしたレイラ。事前に優からアンダークーロンへのアドレスを渡されたいたため、入るのはそう難しくはなかった。クーロン内は表のEDENと違い、暗い雰囲気を出しているというのが、レイラの第一印象だった。レイラはさっそく、座っている男性に話しかける。
「あの、すいません。志賀ヨウジって人を探してるんですけど、知りませんか?」
「いや、知らねえな。向こうの姉ちゃんに聞いてみろよ。マーケットの常連だから。」
男に言われ、レイラはマーケットの常連らしい女性に話しかけてみる。
「う~ん、私の知り合いにそんな人はいないわね。人を探しているならマーケットの売人に
聞いた方がいいんじゃないかしら? そろそろ開店するころだし。」
その数分後、赤い帽子をかぶった男が現れ、彼の周りにはデータの檻が出現。檻の中には見たこともないような生き物が入れられていた。レイラはそんな状況にオドオドしながらも、志賀について聞くために売人の男に近づく。
「……ん? お前ひょっとして、マーケットは初めてか?」
「まあ…‥はい。」
「やっぱりな。そんなこったろうと思ったぜ。おのぼりさんって感じだもんな。」
失礼なことを言われレイラは一瞬ムスッとしたが、今は情報を聞くために質問しようとする。
「あの、聞きたいことがあって‥‥。」
「聞きたい事? 買ってくれるんなら、答えてやらないこともないぜ?」
「買うって‥‥何をです?」
「そりゃもちろん『デジモン』だよ。それ以外なにがあるんだよ。」
「デジ、モン…‥。」
その単語を聞き、レイラは考える。以前優から、ハッカーの間でアカウント狩りに使われているプログラムだと聞いたことがあったのだ。最も、それがゲームに出てくるようなモンスターの姿をしていることには、レイラも驚いていた。
「ここは『デジタルモンスター』を売買するマーケットだぜ? その売人である俺に尋ねるなら、
金を落としていくとが筋ってもんだろうが。それを知らないってことは、お前新米だな?
最近多いんだよなあ、お前みたいなやつ。」
先ほどより馬鹿にされた気がしたが、本当に新米なレイラは、ガクッと落ち込む。
「そういや最近、『デジモン・キャプチャー』をばらまいてるハッカーがいるって噂聞いたな。
お前もそんな奴にもらったクチか?」
「デジモン・キャプチャー…‥?」
「簡単に言えば、デジモンを手に入れるためのツールみたいなもんだ。見つけたデジモンを
解析して、そのデータをコンバート‥‥デジモンを実体化させて使えるようにするんだよ。
まっ、コンバート自体はハッカー自身の腕でやらなきゃいけねえんだけどな。それが
できないのなら、どっかのハッカーに教えてもらうんだな。」
レイラからしてみれば、自分を陥れたハッカーという存在から教えてもらうなど、言語道断だったのだが、この男もハッカーだと確信したためか、あえて口には出さなかった。
「デジモンだってそうさ。何年か前にEDENに現れて、それがハッキングツールになった。珍しい
デジモンは高く売れるから、商売になるのさ‥‥さて。こんだけ教えたんだ。何か買って
くれるんだろ?」
「……‥。」
デジモンがハッキングツールである以上、あまり買いたくないのがレイラの本心だったが、志賀について聞く以上、何か買っておこうと考え、ゆっくりとうなづく。
「‥‥ふん。で、いくら出せるんだ?」
男に言われ、レイラはEDENにログインするための機器であるデジヴァイスの機能を入れたヘッドホンを操作。自分の所持金を確認する。
「……ん?」
ふとレイラは、大きな檻とは違うもう一つの小さな檻に入っている、ガタガタ震えている三体のデジモンに目を向ける。一体目は岩を纏ったかのような人型のデジモン。二体目は赤いトサカをした緑色のデジモン。三体目が赤いテントウムシのようなデジモンである。
「…‥あの、その子達は?」
「それか? それは【廃棄品】だ。売り物じゃないぜ?」
「え…‥?」
「長いこと買い手がつかなかった奴らでよ。容量とかもったいないから、削除しちまうのさ。」
男に言われ、レイラは再び廃棄品扱いされている三体に目を向ける。…‥何故だろうか、レイラはデジモンが、単なるハッキングツールだとは思えなくなってきたのである。
「……これだけ出せます。棄てるつもりなら、あの三匹、このお金で譲ってくれませんか?」
「ああん? 廃棄品が欲しいだなんて、変わり者だな‥‥ま、新人にはお似合いかもな。
この値段だと本来は全然足りないが、どうせ処分品だ。売ってやるよ。」
交渉が成立し、レイラは安堵の息を吐く。…‥無論、まとめ買いすれば情報が聞きやすいだろうという下心がないと言えば嘘になる。しかしレイラはそれよりも、三体のデジモンが処分されずに済むという安心感の方が強かったのだ。理由はレイラ自身もわかっている。自分も現実では、邪魔者扱いされ、社会から処分されかけている存在だ。だから三体に、今の自分と重ね合わせてしまったのである。檻から解放された三体は、急ぎ足でレイラの元へ駆け寄ってくる。
「ありがとう…ありがとう…!」
「えっ? あなた達、言葉を-------」
「んじゃ、デジモンキャプチャーを出しな。落としてやるからよ。」
レイラが言いかけたところで、男がスッと手を出す。しかしレイラは、頭にハテナマークを浮かべるだけである。
「ん? どうした?」
「いや、あの…‥持ってないですよ? デジモン・キャプチャーなんて……。」
「はあ!? なんだよそれ、これじゃ一文の得にもなりゃしねえ…‥!」
「だって、デジモン・キャプチャーが必要なんて聞いてないですもん……だから最初の時、
デジモン・キャプチャーについて聞いたんじゃないですか。」
「・・・・女だからって余裕しゃくしゃくかよ、おい。」
急に男の声色が豹変したかと思うと、男の後ろに、レイラが買った三体はおろか、レイラよりも明らかに大きい二体のデジモンが現れる。
「ちょっと痛い目見てもらおうか。デジモンも持たずにこんなところまで来た、自分の
浅はかさを恨みな!」
男が叫ぶと同時に、男のデジモンの一体である緑色の鬼のようなデジモンが、猛烈な勢いでレイラに迫ってくる。恐怖で動けないレイラにデジモンの持っていた棍棒が振り下ろされるかと思った瞬間-----
「電撃ビリリン!」
トサカのデジモンが口から電撃を発射し鬼のデジモンの顔面にヒット。鬼のデジモンは後ろに倒れ伏す。トサカのデジモンは怒った顔で、レイラの前に立つ。
「卸業者め、よくもぼく達を処分しようとしたな! 成敗してやる!」
「こ、この野郎! 廃棄品の分際で-------」
「そこまでだ。」
売人の男の声を遮る声が、レイラの後ろから聞こえる。レイラが振り向くと、青いコートの袖を腹巻のように結んでいる長身の青年が、青黒い竜のようなデジモンを連れて歩いてくることが分かった。
プロローグは、もう一話だけ続きます。