Game m@ster & Cendrillon 作:井浦むょ
stage: CENproduction
芸能事務所の朝は、早い。
街中が慌しくなり始めるそんな頃。彼らは事務所を飛び出し、今日もまた芸能界という荒波に揉まれながら日々戦い続けている。
檀黎斗が居座るCENプロダクションも、その例に漏れない。
檀黎斗本人が忙しなく走り回るということはあまり見られない様子ではあるが、今日このときに限っては彼もその一員であるらしかった。
この事務所を回す人間は多くはない。
言ってしまえば指折り数えるのも簡単にできるほどで、彼らのだれもが足を止めて寛ぐ余裕なんてなく、今、そんな彼らはこの事務所にはいない。
だが、そんな事務所に、人の気配。
本来なら誰もいないはずの事務所で、小さく蠢く人影が横たわっていた。
外を走る車の音が僅かに届くだけのこの部屋。本来なら淡々と秒針が小刻みに律動する音が静かに木霊するだけだったが、今日は些細ながらも衣擦れをする音が混ざって聞こえてくるようだった。
こん、こん、と。
それに加わったのは、無機質な音だった。
部屋からほんの少し外れた先、音の発信源である廊下の突き当たりに位置するドアにはめられた擦りガラスには、もやがかかったように丸いシルエットが浮かび上がって僅かに揺れていた。
それもつかの間。
飛び出した丸ノブがぐるりと半回転して扉はゆっくりと押し開けられた。
「……無人か? 無用心な」
男――桜庭薫は、そう呟いた。
廊下の突き当たりに位置する大窓から光が差し込むだけで、部屋に置かれた光源は一切機能しておらず、彼がそう判断するのも不思議ではない。
それに何よりも、普段なら入口から一番に目に入る位置に座る檀黎斗が目に付かなかったのも理由の一つだろう。
事務所の代表である檜山と桜庭が顔を突き合わせたのはたった一度きりで、それ以降再三訪れているにも関わらず彼を待っていたのは黎斗とその担当アイドルだけだったからである。
ただ、桜庭は黎斗に会いに来たわけではないらしい。
半ばまで開かれた扉にできた隙間に体を滑り込ませて事務所に足を踏み入れた桜庭は、つかつかと踵を鳴らして歩を進める。
短い廊下を抜けて部屋を一瞥した桜庭の視線は、一点で固定された。
「この男は……!」
彼の視線の先、彼がじっと見つめるのはソファに横たわった気配の正体。
赤いジャケットに場違いなアロハシャツ。
九条貴利矢だった。
やはり関係者だったか、と一人納得した桜庭は彼に近づく。
軽く何度か叩いてやると、貴利矢は小さく呻き意識を覚醒させた。
「起きたか」
「ん……ん? ああ、先生じゃん。こんな時間にどした?」
貴利矢はこれといって取り乱すでもなく聞き返した。
「黎斗に呼ばれて来たんだが、いないとはな」
顔を上げ、部屋を見渡してみてもここには貴利矢以外はいない。
他の部屋にいる可能性も一瞬浮かびはしたが、この仄暗い部屋を見る限りはそれはないだろう。
「それより、今はあんたのことだ」
「俺のこと……ねえ」
ぐっと体を跳ねらせるようにして起き上がると、貴利矢は僅かに口角を引き上げた。
「聞きたいことはあるが、まずはガシャットを返してくれ」
「そうだったな――」
ジャケットの内に手を入れて、それを取り出した。
「――はいよ」
「……普通に返すのか」
「ま、先生が使うんなら返すさそりゃ」
桜庭はそれを受け取りはしたもの、貴利矢から視線を外しはしなかった。
「あんたも色々知ってる、ってことでいいのか」
「そりゃ知ってるぜ。色々な」
ソファから立ち上がって電灯のスイッチを押した。
かちりと押し込まれる音に遅れるようにぱぱぱっと部屋に光が溢れる。
「まずは自己紹介といくか」
そう言い、テーブルに置かれたサングラスを襟に差し入れた。
「九条貴利矢。元CRのドクターだ。専門……ってわけじゃないが監察医として動くことが多かったな」
「……あんたの話を信じるなら、あのウイルスを治療する何らかの機関に所属していた、というところか」
「そんなとこだ。俺は治療優先ってわけじゃなかったけどな」
「その口ぶりからすると他にもライダーはいたということか」
一言一句聞き漏らさず、あまつさえ貴利矢の発言からそれ以上を引き出そうとする桜庭。
そんな姿を見て貴利矢は小さく笑った。
「ご明察。まあ、そう張り切らなくても、分かってることは教えてやるから肩の力抜いてさ、ほらよ座って」
ソファに桜庭を押し込めて、自分は給湯室へと姿を消す。
かちゃりかちゃりと騒がしく鳴らしながら、貴利矢は声を張った。
「先生は何が聞きたいんだ?」
「……あんたらは、どうしてそんなことを知ってる?」
逡巡した桜庭は、彼ら――黎斗と桜庭という人間について聞き詰めることにした。
未だ情報の集まりきらない状況ではあったが、どこからともなく現れたウイルスへの対抗策を持っている人間という奇妙な存在は、桜庭にとっては知っておかなければいけないことであった。
「ああ、そういうのね」
言葉を区切った貴利矢は壁にもたれると、答えを口にした。
「あんたらと同じ人体に感染するコンピュータウイルスと戦ってきたからだな」
「あのバグスターウイルスとやらか」
「そうそう。あんたらが戦ってるのに比べたらまだマシな病気かもな」
「……バグスターウイルスなんて、僕は聞いたことがなかった」
「んなこといったら俺だってNウイルスなんて聞いたことなかったぞ」
バグスターウイルスとNウイルス。本来なら交わることのなかった二つの病気が交わってしまった世界。
それは、どうしようもなく異常とも言えた。
「それについて俺は詳しく知らねえけど、似たような世界の住民だったって線が一番ある話だな」
「平行世界というやつか?」
「俺はその分野じゃねえからわかんねえけどな」
黎斗でさえ理解しえない現象を自分が解明できるはずもない、と貴利矢は締めくくった。
「そういやライダーシステム使用中にライフがゼロになるとどうなるか、先生は知ってて使ってるか?」
一転変わって、視線を鋭くした貴利矢が言葉を投げた。
「……ウイルスが体内で異常増殖して消滅する、と聞いた」
「聞かされてる話は同じか……」
「消滅したらこの世界にいた、とでも言いたげだな」
「あーまあそんなとこだ」
思い出すのは雨の降り注ぐクリスマス。あの日、貴利矢は檀黎斗の手により消滅させられた。
そのはずが何の因果か同じような危機を迎えた世界へと足を踏み入れることになっている。それは、永夢に託したはず願いを自身で叶えなければいけないのだという、ある種の呪いの様にも思えた。
そんな思考を断ち切るように、火にかけた薬缶が笛を吹いた。
もう一度給湯室の奥に消えた貴利矢が再び顔を出したときには、二つのマグカップを手にしていた。
「ほらよ。熱いから気ぃつけろよ」
桜庭の目の前にそれを置き、自身も腰を下ろす。
「話を元に戻すとだ。そこで俺らCRのドクターは日夜バグスターウイルスと戦っていたわけだ。だから俺らはそこんとこ少しは知ってるってこと」
「……そうか」
「で、だ」
話が一段落すると、
「ここからが本題だ」
貴利矢から飄々とした雰囲気が消えた。
「檀黎斗を、先生はどう思ってるよ?」
「ゲームのことしか頭にない奴という認識だ。それも重症な」
「そんなもんか――」
「あと、かなり怪しい人間だと踏んでいる」
被せるように、言葉を付け加えた。
「……へえ」
その答えに貴利矢は感嘆を漏らしつつマグカップを傾けた。
「そりゃどうして」
「命に対する倫理観の薄さって言えばあんたもわかるんじゃないか?」
桜庭が思い浮かべるのは数々の黎斗の言葉。
『お医者さんごっこ』を初めとして幾度となく耳にした彼の言葉は、一人の人間の言葉にしてはあまりにも人間味の薄いものだった。
「確かにな」
それに同調する貴利矢。
黎斗の暗躍を知る彼からすれば、それはむしろ桜庭以上に身に染みている。
「で、それであんたはどう思ってるよ?」
「そんなもの、関係ない」
はっきりと。
断じて。
関係ない、と言い放った。
「黎斗だけが、あの病気に対抗する術を持っている。それだけで十分だ」
「………」
「あんたの言い方だと黎斗は気をつけろ、とでも言いたいのだとは思うが奴のことなんてどうでもいい」
桜庭にとって黎斗とは『倫理観の薄い危険な人物』ではなく、『唯一無二のチカラを持つ人間』でしかない。
そこに、人格や性格を彼は求めてはいない。
彼が求めるのは――
「ウイルスを滅ぼせれば、それでいい」
闘う力、それだけである。
「……面白ぇじゃん」
その呟きは、桜庭には届かなかった。
「あんたがライダーシステムを使ってるのも頷けるわ」
彼が肩を並べて戦ったライダー達も、何かしら自身の信念の元に戦いに臨んでいた。
それに並ぶとも劣らない強い意志を滲ませる桜庭に、彼らを重ねてしまうのも不思議ではなかった。
「俺は俺で解決しなきゃいけないことがあるけど、少しくらい手伝ってやるよ」
「元ライダーなら心強いな」
「ま、今は無理だけどな……ガシャット作らせるか」
「ほっといても作るんじゃないか?」
「それもそうかもな」
ゲームだけ作ってりゃいいのにな、と貴利矢は毒突いた。
「すまないが時間だ」
桜庭は最後にカップを一気に傾けテーブルに置いた。
「また今度話の続きを頼む……ああ、コーヒー感謝する」
「患者、待たせんなよ」
ソファから立ち上がった桜庭は軽く会釈をして部屋を去った。
扉の開閉音が貴利矢の耳を打ったが、それだけだった。
部屋に取り残されたのはカップから立ち上がる湯気と静けさ。
それと――
「嘘が人を救う――なんて先生には関係ないか」
貴利矢の呟きだった。
→→→stage select!!!
今週のビルド個人的にすごいエモかった。
戦兎くん一番一般人なの主人公として恥ずかしくないの?