Game m@ster & Cendrillon   作:井浦むょ

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ジューンブライドの季節ですが、関係ない人にとってはただの梅雨です。
なお東北以北に住んでる人にとっては梅雨ですらない模様。


#5-3

stage:ridge

 

 

 

 

 初夏の夜に煌く星の光が彼らに降り注ぐ。

 外灯すら見当たらない山間独特の匂いが彼らの鼻腔をくすぐった。

 峠道の中腹に置かれた駐車場で光を放っているのは、寂しげに佇む自動販売機と低く唸ったバイクのライトだった。

 

 そこに、光の筋が伸びる。

 カーブの先から飛び出した車のヘッドライトが暗澹とした雰囲気に包まれたその一団を照らした。

 カーアクション張りの縦列駐車を決めた車の扉が勢いよく開け放たれる。

 

「危ねーんだよ! んなどーでもいとこで急ぐなっつの!」

「私がしたかっただけだ」

「なお悪いわ!」

 

 車から飛び出した貴利矢がたむろする一団をさっと眺めると、彼の目に一人の少女が映った。

 

「っ、くそ! やっぱいやがった!」

「実に好都合だ」

「うるせぇぞ檀黎斗!」

 

 声を荒げながら彼らに駆け寄った貴利矢は、輪止めに腰を下ろした拓海を見下ろす形で目の前に立ち止まった。

 

「患者が病院から逃げんな! 忙しいんだから仕事増やすなっつの!」

「っ、チッ……あんたかよ」

 

 仲間と思われる取り巻き達の視線が貴利矢へ一斉に突き刺さったのを、拓海が手を挙げて制して重たそうに腰を上げた。

 

「悪ィけど、アタシ等あんたの相手してるほど暇じゃねえんだよ」

「知ってっけど」

「だったら邪魔すんな。こっちはもう病人じゃねえ」

 

 「どうだ」と貴利矢の目の前に差し出された彼女の腕はなんのことはなく、透明さのない健康そのものであった。

 

「遅かったか……」

「治せなくて残念だったな」

 

 鼻を鳴らした拓海が「帰れ」と言わんばかりに持ち上げた手のひらをゆらゆらと揺らした。

 

「勝手に治るわけねえだろ」

「はぁ?」

「言ってもわかんねえよな……面倒くせぇ」

 

 ジャケットの内に手を入れてそれを取り出すと、貴利矢は自身を取り囲む彼らをさっと眺める。

 

「怪我したくなかったら退いてろよ」

 

 ガシャットのボタンが、押し込まれた。

 

 

 

 

【BAKUSOU X BIKE!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳の下りた峠に物々しい破壊音が木霊した。

 駐車場を跳ね回る赤茶けた異形の怪物が跳ねるたびに綺麗に舗装されていたアスファルトには刺し穿ったような跡が刻まれている。

 

「爆走Xバイクは爆走バイクのリメイク作品という位置付けにある」

 

 聴衆のいない中、黎斗は一人語る。

 

「誰でも遊べることを中心にゲームメイクした作品であるため、コアなゲーマーを取り込むには至らなかった悔いの残る作品であった」

 

 黎斗の脳裏に浮かぶのは当時のゲーム評。気に留めていなかったはずが、今となって思い返すことが出来るように、痛いところを突かれたという自覚はあったということだ。

 

「それを改善した完全版こそが、爆走Xバイクだ」

 

 それを今、過去の過ちを自ら清算するためにあのゲームを作る必要があった。

 自身の夢である究極のゲームに辿り着けなかった過去があるからこそ、過去の自分に見切りをつけ乗り越えていくために。

 

「私の神の才能を思い知るがいい」

 

 目の前に広がった惨状を物ともせず淡々と語る黎斗の口元はひとりでに釣り上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴利矢と赤茶けた巨像との攻防は、言ってしまえば終始貴利矢の思い通りの展開となっていた。

 等間隔に棘のついたタイヤとも呼べるそれは貴利矢を中心としてぐるりと円を描き、二度、三度と代わり映えのない攻撃を貴利矢に仕掛けていた。

 

「オラァッ!」

 

 地を転がりながら迫るそれは側面を殴られ貴利矢の間合いの外へと吹き飛ばされるが、貴利矢はもう一撃といわんばかりに追い迫る。

 

「ほらほらどしたァ! 終わりかよッッっと!」

 

 横倒しになったそれを空中に投げ飛ばし、空へ向けて殴り飛ばした。

 加速度的に空を翔るそれは峠にかかった木々を飛び越えた辺りで四散し、爆発した。

 

「ならし運転にもならねえな」

 

 飛び散ったそれらは貴利矢の目然に降り注ぎ、小さく砕けたものから霧散していく。

 その中でも地に転がったままで消えることなく残った欠片は引きずられる様に集まっていった。

 蠢いていたそれらは、集まり、重なり、繋がって、形を成していく。

 一つは一人の少女の形をし、

 もう一つは真鍮色の異形へと姿を変えた。

 

「ようやく体を奪ったってのによォ……邪魔すんじゃねえ!」

 

 人工色の青を塗りたくった真鍮色の缶を模った顔に肩甲骨のあたりから不規則に伸びたマフラーは、貴利矢には見慣れたものだった。

 

「モータスじゃんか……使い回しか?」

「失敬な。バイクが変わっているだろう」

 

 その異形――モータスの跨るバイクを見てみればたしかに違いはある。とはいえ、前面につけられた顔が変わっている程度だが。

 

「ハァッ? せっかくならもっとがっつり変えろよ」

「君の意見など聞いていない。片付けたまえ」

「ハイハイ……」

 

 エンジンを吹き鳴らすモータスに向き直った貴利矢は舞い踊るかの如く回り、

 

「2速」

 

 レバーを弾いた。

 

 

 

 

 

【Gaccha! Level up!!!】

 

【―――――BAKUSOU X BIKE!】

 

 

 

 

 

 とはいえ。

 ガシャットが変わったといえどあくまでもリメイクである。

 身に纏っていた外装を弾き飛ばして現れたのは、やはりバイクだった。

 

「……で、こっちも同じ、と」

「モチーフまで変えるわけがないだろう」

「ほんっと融通利かねえよな社長さん」

 

 減速、っと呟いてレバーを弾いて手足の生えた元の二頭身へと戻る。

 仮面からは彼の表情を窺うことはできないが、黎斗に思うところがあるのは違いなかった。

 

「んじゃ、こっちで」

 

 ホルスターから取り出した黒色のガシャットを見せつけるように構え、スイッチを押し込んだ。

 

 

 

 

 

【JET COMBAT!】

 

 

 

 

 

「3速」

 

 

 

 

 

【Agaccha! ―――JET COMBAT!】

 

 

 

 

 

 聞き慣れた喧しい起動音と換装音をBGMにどこからともなく現れたコンバットゲーマがモータスへ向けて威勢よく弾丸を降らせながら突貫した。

 一頻り撃ち終えたゲーマがループアクションと共に貴利矢に近づくと、それは彼の手足となり七頭身の戦士へと生まれ変わらせた。

 

「っと……やっぱ人型はラクだよな」

 

 腕をぐるぐると回しながら貴利矢はかったるそうに呟いた。

 

「ま……とりあえず、試運転の続きといこうや!」

 

 その瞬間、貴利矢の両腕のガトリングがモータスを覗いた。

 

「うおォッッ!!」

 

 だららら、とかき鳴らしたガトリングから吐き出された弾丸をモータスは持ち前のドライビングテクニックで掻い潜りながら走り抜ける。

 それを漫然と銃口を向け出鱈目に打ち出す貴利矢。質より量を地で行く攻撃性能を味方につけた戦い方ではあったが、それはそのまま「わざわざ狙う必要もない」という意味でもあった。

 

「相手なんかしてられるかよォ!」

 

 ぐぅんと大きく唸ったバイクが弾丸の雨を振り切り駐車場から飛び出した。

 

「ただのレースゲームだと思うなよ」

 

 スラスターに火を入れそれを追いかける貴利矢。

 「地」対「空」のレースゲームが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

「ぬおッ! 空は卑怯だろオイ!」

「レースゲームに卑怯もクソもあるかよ!」

「真面目に走りやがれ!」

「嫌だねッ!」

「チクショー!」

 

 暗夜を爆走するモータスとそれを空から追いかける貴利矢。

 夜の峠道を舞台にしたカー(?)チェイスは続いていた。

 

「オラオラオラァッ! 観念しやがれ!」

「どわァー!」

 

 モータスの頬を掠った弾丸が車体を跳ね火花が散った。

 ほんの一合にも満たない間合いに飛び込んでくる弾丸を右に左にと器用に避ける姿は賞賛すべきほどの技術であるが、それとウイルスの切除はまた別の話である。

 

「そろそろ終わりにしようぜ!」

 

 貴利矢が捉えたのは目に見えるほどに歪んだ曲率のカーブ。そしてその先にある開けた一直線。

 ここで、勝負は決まる。

 

「負けるかよォ! 俺は風になるぜェェーー!!」

 

 ぐおん、と唸ったモータスのバイクがさらに加速した。

 目の前に迫るカーブを物ともせずに、一秒一瞬速度は上がっていく。

 

「逃がすか!」

 

 負けじと風を切ってモータスへと近づいていく貴利矢。

 追って追われての勝負もここで終わりだろう。

 

「オラァッ!」

 

 モータスはバイクを跳ねらせ壁に迫り、

 

「ッシャァ!」

 

 壁を走り出した。

 

「嘘だろ!」

「風になるぜェェェーーー!!」

 

 エンジン音が一層けたたましさを増してさらに加速する。

 カーブすらも物ともせず、モトクロス顔負けの曲芸走行が貴利矢との距離を一気に離していく。

 

「なんてな」

「ゲェッ!」

 

 わけがない。

 公道に沿った移動しかできないバイクが、道を必要とせずに空を翔る航空機に勝てる道理など万に一つもないのだ。

 

「ウオオォォーー!!」

 

 全てを置き去りにせんと一層加速するモータスだが、それもまた無意味。

 健闘空しく彼のバイクは銃弾の雨に晒され、噴煙と共に爆破するのであった。

 爆風に煽られ空を舞うモータス。

 その目の前には――

 

 

 

 

 

【JET CRITICAL FINISH!】

 

 

 

 

 

 夥しく光る銃口があった。

 悲鳴を上げる間もなく輝かしい光弾と共に地に激突し、爆炎に飲まれるモータス。

 危なげなく空を漂う貴利矢の回りには『STAGE CLEAR!』の文字がファンファーレと共に飛んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ。体調はどうだ?」

 

 輪止めに腰を下ろした拓海に貴利矢は声をかけた。

 項垂れて下を向いていた拓海はその声に気づくと顔を上げた。

 

「あんたか」

 

 出会い頭の威勢が嘘のように収まった落ち着いた声だった。

 

「ちゃんと治ってるか? あいつのことだし不安なんだよな……」

「いや、大丈夫だ」

 

 紫色の特攻服をまくって見せた腕は血色もよく特有の症状も見えない。まさかほんの少し前まで患っていた人間とは誰も思わないだろう。

 

「……悪かったな」

 

 膝に立てたもう一方の腕で頬杖をついた拓海は、ばつが悪そうに呟いた。

 散々に反抗して病院を逃げ出したにも拘らず追いかけてくれた相手が目の前にいる。そんな状況で感謝の言葉を述べないというのは、彼女の矜持が許さないのだろう。

 

「あぁ、気にすんな」

 

 貴利矢はその言葉を受け止め、ひらひらと手を振った。

 

「じゃ、治ったとはいえ患者は患者だ。一端戻るぞ」

 

 足元に置いたアタッシュケースを持ち上げた貴利矢が拓海に背を向けた。

 貴利矢の手の中で黎斗から預かっていた車のキーがくるくると回っていた。

 

「先に行っててくれ。後から追っかける」

 

 さっと立ち上がった拓海の足は貴利矢が向かう方とはまったく別に向いていた。

 後から、というのは仲間がいるからという理由ではない筈だ。

 おそらくそういうことなのだろう。

 ――懲りてねえな。

 心中で呆れながら振り向いた貴利矢が小さくため息を溢した。

 

「あのな、自分も一応――」

「姉御ッ!」

 

 遠くから張り上げた声が聞こえた。

 声のしたほうを見てみれば、幾人かが連れだって拓海の下へ駆け寄ってくるのが見えた。

 

「悪ィな、怪我して――」

「俺らのこと気にしてる場合じゃないですよ!」

 

 いのいちに辿り着いた男が再度声を張り上げる。

 普段と変わらない様子を見せる拓海とは違い、彼らの言葉は声量の割には幾分か沈んだ色を見せていた。

 

「んなの大袈裟な――」

「大袈裟じゃないっすよ!」

 

 彼女を慮っていた彼らからすれば拓海の態度は望んでいたものではない。

 彼らも拓海という人間を分かってはいるつもりだ。それでも目の前であっけらかんとした態度で自分達に接してくる彼女の心情は、理解できても納得がいくものではない。

 

「そこまでして来なくてもいいじゃないですか!」

「来なくていいって、アタシはお払い箱か?」

「ふざけんのも大概にしてくださいよ!」

 

 ――なんて言いやがった、こいつ?

 彼の言葉が、彼女の逆鱗に触れた。

 

「誰がふざけてるってッ!?」

 

 胸倉を掴みあげた拓海が睨みながら声を荒げた。

 

「そんなの姉御に決まってるじゃないですか!」

 

 掴まれながら彼も負けじと怒鳴り返す。

 

「おいおい落ち着けって」

「外野はすっこんでろ!」

 

 怒りに塗れた彼女の双眸が貴利矢へと向けられる。

 邪魔をしてはならない。そう思わせる彼女の瞳が、割って入ろうとする貴利矢を地に縫い付けた。

 

「アタシはふざけてなんかいねえ! いつだって真剣だ!」

 

 向き直った拓海が声を張る。

 

「俺だって真剣ですよ! 仲間なら心配したっていいじゃないですか!」

「アタシはお前らに心配されるほどヤワじゃねえんだ!」

 

 「それによ……」と拓海の言葉は続く。

 

「アタシは特攻隊長だぞ……てめぇらの前走んのがアタシの仕事だろ」

 

 言い終える頃には胸倉を掴んだままに下を向いていた。

 襟を掴む拳が小さく震える。

 

「いいじゃないですか。少しくらい、休んでも」

「んなことしたら……お前らに怪我させることになるかもしれねえだろ……!」

 

 掴まれた襟の皺が増えていた。

 

「誰だって怪我くらい平気です」

「アタシは平気じゃねえ……!」

「怪我しなきゃいいんすよね? 全部避けてブン殴ってきます」

「そういう問題じゃ――」

 

 顔を上げると視線がぶつかった。

 

「信じてください。俺らのこと」

「ー―ッ」

 

 震える拳を、彼は自身の手で包む。

 

「姉御の後ろ走ってるだけの俺らでも、姉御の背中守るくらいできます。なんなら、姉御の守りたいモンまで全部守ってみせます」

 

 彼の目は真剣だ。

 濁りのないその瞳が彼の言葉に籠められた想いを映している。

 信じてくれ、と。

 手肌のごつごつとした感触が拓海に伝わる。

 無骨で不器用そうな手が拓海の手を包んでいる。

 その手を包んだ温度が、想いとなって伝わっていく。

 信じてやろうと、思えるほどに。

 

「………だ」

 

 固く握った拳を解いて彼の手を振り払い数歩下がる。

 

「上等だッ!」

 

 拓海の声が木霊した。

 よどみなく脱ぎ去った紫色の特服を投げつけてもう一度声を張った。

 

「守るんなら、大事なモンそれと一緒に背負うぐらい見せてみろ!」

 

 吹っ切れた。

 そう表現するにふさわしい声色。

 彼女の瞳に差していた翳も消えていた。

 くるりと翻ってその場を離れる拓海が立ち止まった。

 

「任せたぜ」

 

 何重にも重なった声が一等木霊した。

 

 

 

 

 

 

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