Game m@ster & Cendrillon 作:井浦むょ
stage:CENproduction
輝く太陽が鬱陶しさを増し始める時間帯。ゆらゆらと陽炎の揺らめく外の景色とは違い涼しげな空気で室内は満たされた事務所は、その涼けさに似つかわしくない張詰めた空気が漂っている。
「悪い、先生。自分の管理不行き届きだった」
真っ先に声を上げたのは九条貴利矢。下げられた頭に釣られるように腰掛けたイスが軋んだ。
「いや。貴利矢さんのせいじゃない。元はと言えば僕が与えられた仕事をしていなかったのが悪いんだ」
それに倣って桜庭も頭を下げる。
両者が共に謝る姿はよくある儀礼的な体裁を繕うためのものではないことは、彼らの表情を見ればすぐに分かることであった。
ウイルスの治療。
それが二人の間の話題である。
より詳しく言えば、「向井拓海の症状が進行してしまった」という件についてだろう。
ガシャットの性質上治療側の体制が整えられさえすればいつでも治療が可能なそれであったが、彼らが相手にしている病気は発症してからの進行速度は既存の病気に比べて圧倒的な速度を誇っている。
そのため発症後即治療を原則として捉えていた二人だったが、間の悪さや患者への応対、ドクター側の連携力の弱さといった問題が見事に重なった結果、今回のような事態が発生してしまった。
それらは本来ならばさして問題になるべくも無い程度のものだったが、彼らが相手にしているものはそういった今までの物差で計れるものではなかったらしい。
それこそが、今回の結果へと繋がった――繋がってしまったということだろう。
「ま、患者はなんだかんだ無事なわけだしリカバはこれから考えるか」
ばつが悪そうな表情を浮かべたままにそう口にする貴利矢。
それに同調するように桜庭も「ああ」とだけ頷き返す。
今回の件は二人だけの問題ではないが、責任問題をお互いに擦り付け合う場面ではないのはお互いに理解している。今必要なのは新たに浮上した問題を解決する方法だった。
「で、だ。おい檀黎斗」
椅子をくるりと回して逆方向を見る貴利矢。その先には、我関せずといった涼しげな顔でキーボードを叩く姿があった。
「なにかね?」
「データ化した人間を元に戻すことってできねえのかよ?」
復元。
言葉にすれば簡単だが、その行為はそう簡単なものではない。
データ化した人間は体内の遺伝子が本来の人間とは異なったものになってしまう。
それは、現代の医療技術から見ればあまりにも異質で、目を疑うような現象の筈だ。
それを元に戻す、つまりは新しい遺伝子を古い遺伝子へと書き換える技術であり、一つの体内で起こるにはそれもまた人間にとっては未知の領域にある筈だ。
「戻しても意味が無いだろう。むしろその方が便利な筈さ」
しかし黎斗は見向きもせずに言い放つ。興味などなさげに、自分こそが最も正しいと言わんばかりに。
「そーゆーのはいいから。で? できんの?」
「それは君達の領分だろう」
「あっそ」
もう話はお終いだとでも言いたげな黎斗に貴利矢は呆れるしかなかった。
「と、言うことらしいぜ」
「ライダーシステムがあるだけマシだと思ったほうがいいだろうな」
桜庭も桜庭で悟ったように黎斗に見切りをつけている。
なにかしら彼にも思うところはあるのだろう。もしかしたら治療技術を借り受ける以上のことをするのは忍びないという遠慮があるのかもしれないが。
「じゃ、特攻隊長ちゃんには悪いけど暫く我慢してもらうしかないか……」
「どちらにしても僕等が治療できるのはこの周辺の患者だけだ。すべての患者を治すならその研究も必要になるな」
「それもあんたんとこの院長に言われたっけな」
「やはりか……いつも聡い人だ」
「今は猫の手も借りたいって感じだしいいでしょ」
いつもの調子を戻して背を反らす貴利矢。ぎしぎしと背もたれが鳴った。
「ん? あぁ、そういや先生に返さないとな」
思い出したように体を起こして貴利矢はデスクの引き出しを開ける。
中からはいつものケースが現れた。
「……本来は適材適所と言うべきなのだろう」
「気にすんなっつの。どうしても自分で治療したい。そうだろ?」
桜庭の事情を何か知っているわけではないが、貴利矢にとってはCRの面々と重なって見えるところがあったのも事実な以上、それなりの事情や固執する理由も何かあるのだろうと踏み込まずに静観する事を彼は決めていた。
「そう言ってもらえると助かる。僕だって一人の外科医なわけだ」
「それだけじゃないんじゃ」と言い掛けた言葉は貴利矢の口の中で解けていった。
「俺だって元CRとして見過ごせないからな」
肩にかけたジャケットの内側からガシャットを取り出して桜庭に見せつける。「あんま期待されても困る」というのは貴利矢が一番言いたいことだろうが。
なんにせよ、彼らが一つずつガシャットを持てるということはより対処がしやすくなったということだろう。
貴利矢はゲーム医療とウイルスの研究。
桜庭はゲーム医療と外科医。
重たい二束の草鞋を履き潰す日々が待っているのは、今更言うことではないだろう。
stage:???
「逆賊の登壇か」
月明かりに照らされた廃屋に声が響く。その声は物々しい語り口とは裏腹にどこか喜色を孕んでいる。
煤けた部屋に佇むその人影は、姿形は人を模しているもののそれを人と断定するには至れない。
なぜなら、月光に反射するその髪は黒色の抜け落ちた灰色とも言うべきものではあったが、艶やかさを一切損なわれないその色こそが浮世離れした様を見せているからだ。
「叛逆の徒が光を求めて彷徨うのは世の理と言うわけね」
「御託はいい。とっとと奴らの芽を摘んでおくぞ」
別の影が姿を見せた。人気などとうの昔に失った廃屋で響く靴音はやけに耳に残る。
冗長な台詞とも思える言葉に耳を貸さないのは、その遠回しな表現のせいであろうか。彼の言葉からは少々の苛立ちを感じ取れる。
「舞台は整っていない。序幕に相応しい舞踊があるだろう」
「出る幕ではないと言うつもりか? 当てにならんな」
切り捨てるように言葉を吐く。
「舞台は常に動くものよ。貴殿も知っているであろう」
「ならば貴様がやればいい。貴様の書いた脚本がどんなものか確かめてやる」
「フッ………」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、卓上に黒色のアタッシュケースを滑らせる。
それには、どこか見覚えのあるマークが刻まれていた。
留め金を外して開いて見せれば、それもまた見覚えがあるもので――
「それをどこで手に入れた……!?」
「語るべくも無い。盟友は惹かれ合う、ただそれだけに過ぎん」
言うまでもないといわんばかりに吐き捨てながらも、その口元は歪んでいる。
それに呼応したもう一人も控えめに笑みを浮かべた。
「たしかに、舞台装置は整っているということか」
「あとは只、転がるのみよ」
一個、二個、三個……と一つずつ並べられていくのを満足そうに眺めていたが、最後の一つを目にした途端に自然と彼の口角がつり上がった。
「! ……ほう、これもあるとはな」
「汝も惹かれ合う存在といわけか」
「惹かれ合う……そうだな。これは、俺が持つに相応しい」
並べられた最後の一つ―ドラゴナイトハンターZプロトガシャット―を手にすると彼はどこか感慨深げに言葉を返した。
「英傑の誕生というわけね」
「フン……そんなものではない」
鼻を鳴らしその言葉を否定してみせる彼。
「俺はただの――戦士だ」
過去を想うようにどこか遠い場所を見ている、そんな表情が月明かりに照らされていた。
共に闘った仲間。
相対した敵。
華々しく散った記憶。
すべては遠い過去のものでしかなく、今はそれを想うことしかできない。
だが、それを手にした彼は、いつかあの輝かしい瞬間をもう一度味わえるのだと期待せずに入られなかった。
「さすれば英傑ではなく、豪傑か」
「なんであろうと構わん。俺は、生きている限り戦い続けるだけだ」
「それが業か……」
彼の言葉に込められた溢れかえるほどの感情を、彼女は悟った。
戦いに生き、幕開けを望む者がいるのだと。
それを叶えることこそが、今この瞬間には必要だと。
舞台がそれを望んでいるのだと。
「ならば、幕開けといこうか――」
不適に笑いながら彼女は瞑目した。
運命の歯車は、回りだせば止まらない。
舞台が始まれば、観客は待ってくれない。
しかし、壇上に構える役者を待たせる必要など、それ以上にありはしない。
月が雲に隠れ、彼らの影は闇に紛れていく。
「世界は、我等が物に!」
闇夜を叫びが突き抜けた。
除幕は、誰にも知られずに、執り行われる。
観客は一人としていない。
静かに――ただ静かに、運命は進み始める。
見開いた双眸が、紅く、煌々と輝いていた。
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