Game m@ster & Cendrillon 作:井浦むょ
いわゆるアイドルコミュ。
stage:dance studio
プロダクションから少し歩いた。
彼が訪れたのは小さなビルのあるフロア。
「失礼する」
戸を叩き中に入ると、若い女性――一方は少女というべきだろうか――が向き合い真剣な表情でマンツーマンのレッスンに励んでいた。
彼女がこちらに気づくとレッスンは中断された。
「あっ! 社長から連絡をもらった方ですね!」
当たり前だが黎斗が復活してからまだ一日たりとも経っておらず、今の彼はいつもの一張羅とポケットに仕舞われていた名刺くらいしか持ち合わせていない。
彼は男――社長に頼み一報入れてもらってからこちらに赴いていた。
「そんなところです。社長から、シンデレラを迎えに行ってくれと頼まれましてね」
「ふふふっ。そうですね、シンデレラは王子様が迎えにきてくれますよね」
黎斗の冗談が気に入ったのか彼女の首元に垂らされていた一本のおさげが小さく揺れた。
「随分と老けた王子様で申し訳ない」
「十分お若いですよ! えっと……」
名前は聞かされていなかったらしく、おろおろとした彼女を助けるように彼は名刺を差し出した。
「檀黎斗です。好きに呼んでくれて構わない」
「じゃあ、黎斗さんで! 私は青木慶です! トレーナーとしてまだまだ未熟ですが頑張っていくのでよろしくお願いしますっ」
「ええ、頑張りましょう」
初対面らしい事務的な自己紹介を終えると黎斗は、床に腰を下ろすもう一人の少女を見た。
活発な印象を与える毛先のはねたショートカット、だらりと投げ出された手足は程よく鍛えられており、未だ幼さの残る少女にしては十分な美しさを見せている。
「挨拶が遅れてすまないね。私が君のプロデューサーとなった檀黎斗というものだ。よろしく頼む」
かがんで声をかけた黎斗を見ると慌てたように彼女は立ち上がった。
「ど、どうも、本田未央です! よろしくお願いしますっ!」
ぐいと頭を下げながら声を張って挨拶を返したが、緊張がその声に隠れることはなかった。
「そう緊張しなくていい。私は別に君を取って食ったりはしないからね」
頭を持ち上げた彼女に同じように名刺を渡すと、恭しく受け取り珍しそうに見ていたが疑問を感じたのか黎斗に質問をした。
「あれ? プロデューサーの名刺おかしいよ? げ、幻夢コーポレーション? って書いてあるけど」
「それは気にしなくていい。まだ来たばかりでね。まともに名刺すら準備してないんだ」
「へー、じゃあ社長のスカウト?」
「そんなところだね。ついさっき声をかけられて驚いたばかりだ」
「ついさっき!? そんな簡単に決めちゃって大丈夫なの!?」
元気に驚いてみせた彼女。
無理もない。普通の会社ならば辞表を出してすぐ去ることなどないだろう。
もちろん、彼の勤める会社がここにあればの話だったが。
「その会社も今は昔のことさ。君は気にせずアイドル活動に励んでくれさえすればいい」
「ふーん。わかった、よろしくね! プロデューサー!」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」
明るく振舞う少女に努めて明るく返す彼。
笑みを浮かべてはいたが、それは彼の本心なのだろうか。
▽▽▽
壁に背を預けて座る二人。
少女は口に含んだ水を飲み込むと小さく息を吐いた。
「じゃあ、今日は顔合わせみたいな感じ?」
伝えることは少なく、休憩の片手間に彼は訪れた理由を説明していた。
「そういうことだろう。まさかスカウト当日にいきなり活動を始めろとは彼も言わないさ」
「未央ちゃん的にはすぐにでも始めたいけどね!」
「君のモチベーションが高いのはいいことだ。ただ、君の活動方針も何も決まっていないからね。早くても来週だろう」
「来週かー、早いのかな? 私にはわからないけど、楽しみにしてるから!」
ころころと変わる少女の表情はどれも気合に、期待に溢れている。
「ああ、私の力を見せてあげよう」
黎斗はぐっと足に力を入れて立ち上がると腕を組み自信に満ちた表情で言った。
「へへっ、頼もしいね! さすがはプロデューサーって感じ?」
並んで同じように立ち上がった少女はうんうんと満足げに頷いていた。
彼女にとって初めてらしいプロデューサーというパートナーは、ひとまず合格点をあげるには十分らしい。
「それで、どうしますか、黎斗さん?」
休憩は終わりらしく、もう一度レッスンは始められることになる。
それを彼がどうするのか、つまりは見ていってはどうだろうか、ということだ。
「ええ、見ていきますよ。これも仕事の内でしょう」
そう、仕事は仕事なのだ。彼にとって大事なものは自分の夢を叶えることに他ならないが、居場所を失わないために必要なことでもある。
「そうですか。じゃあ、ちゃんと見ててあげてくださいね?」
可愛らしく頼む仕草はアイドルらしかったが、それはいつ身に着けたのだろう。
彼女達は向き合うと真剣な表情に戻り、静かな部屋には靴が擦れる音が響くようになった。
▽▽▽
その場で壁に背を預け腕を組みながら見守っていて暫くすると、少女はもう一度床に腰を下ろした。
「どうでしたか?」
彼が近づくと顔色を伺うように訊ねる慶。
彼女も若い身だ。教え子の実力は彼女の実力でもあるらしく、自分の技量への不安も含めての言葉だろう。
「近くで見るのは初めてでね。良し悪しを私が下すわけにはいかないだろう」
実際に彼がそれらを見た経験はなく、それが世間にとっての常識と照らし合わせてどの程度のものであるか、それを知らない彼にとっては多くを語るのは避けるのが当然だろう。
差し障りがないように答える黎斗だったが、彼女にも思うところはあるのだろう。
「とは言ってもですね? お客さんはみんなそういうものです。見識がない人から見てどうかも大事ですよ」
「……だったら感想の一つや二つ惜しむべきではないね」
あくまでも主観だ。仔細に語るのでなければ問題はないのだろう。
「プロデューサー! どうだった? 未央ちゃんのダンス!」
「ああ見ていたよ。言うことがあるとすれば」
近づいてきた彼女に言葉をあげよう。
頭に浮かんだ言葉は様々だったが、一呼吸を置いた後に発した言葉は彼の実直な感想そのものだった。
「私からすれば合格点には程遠い」
アイドルを目指す彼女には酷だろうその言葉はその後も続けられた。
「君のダンスに巧拙をつけるのは一般人の私ではできない。ただその視点で判断するのならば、引き込まれない、というレベルなのは私にもわかる」
彼の言葉に思うところはあるのだろう、慶は悩ましげな表情をしていた。
「勿論、アイドルがダンスパフォーマーでないことは承知している。それでも、君がその程度で満足しているというのであれば、私はここを去るしかない」
「おぉ……辛口査定」
当たり障りない評価をするでもなくそう評価した彼の言葉に苦笑する少女。
「く、黎斗さん……まだ始めたばっかりですし……」
まるで、自分が悪いとでも言うように擁護する彼女。やはり自分の実力不足だと考えているらしい。
「いや、冗談だよ。いなくなったりはしないさ」
「査定は変わらないんだね……」
「私もクリエイターという名のエンターテイナーだ。自分の作品を妥協しようと思ったりはしないさ」
クリエイターとしての意地。ゲームクリエイターとしての才能は留まるところを知らないが、他の才能は未知の領域である。それでも自分が手がける以上中途半端な結果を彼は望んではいなかった。
「ほー職人みたいだね、プロデューサー」
「まあ、気にせず励んでくれればいい」
気にせず。
この言葉が誰に向けられたものかは彼が語ることはないが、彼女らが額面通りにそれを受け取ったようには見えなかった。
「今日はこのくらいで失礼しよう。次は事務所で会おう」
彼にとってやるべきことは山ほどある。
挨拶を交わすと彼はその部屋を後にした。
stage:CENproduction
数日後。
今日は社長室ではない。
肝心の黎斗は割り振られたデスクに腰を下ろして優雅にティータイムを満喫していた。
バグスターなのでコーヒーを摂取しようともカフェインは体内を巡らないし水分は体に取り込まれない。どこか謎の空間に飛ばされているだけであろうが、そこは気分の問題。
豊かな香りと味わいを楽しみつつ待ち合わせの時間が訪れるのを待っていた。
つい先日彼女に会ってから今に至るまで、彼が行ったことがアイドル活動にどれほどの影響を与えるかは分からない。
ただ、言うのであれば、実に彼らしいとでも言っておくのがいいだろう。
カップの底が見え始めた頃、扉の叩かれる音が聞こえる。
「どうぞ」
彼が一声かけるとゆっくりと戸は開かれ、部屋に一人、足は踏み入った。
「おはよーございまーす!」
「ああ、おはよう本田くん。いいところに来た」
カップを机に置くと彼は小さく笑みを浮かべた。
「ちょうど君を待っていたところだ。そちらに座って待っていてくれたまえ」
言った彼が促したのは彼の隣のデスク、彼が用いているのと同じ椅子を指していた。
それだけ。
そのまま彼は部屋の片隅にある給湯室へと消えていった。
大人しく座っていろ、そうと伝えられた彼女は勝手がわからないながらも腰を下ろした。
部屋の奥ではカチャカチャと金属の擦れる音が聞こえてくる。
騒がしくもなく、静か過ぎるわけでもない。
窓をすり抜ける喧騒もちょっとした物音がかき消しているらしい。
ただ、彼女が部屋を見回すたびにぎしりぎしりと椅子が苦しく呻いていた。
針が一周する間もなく。
手にティーカップとポットを握った彼は、奥から現われ定位置へと戻った。
「コーヒーで構わなかったかい?」
「ぜんぜんおっけー」との答えを受けた彼は並べたカップに注ぎ、一方を彼女の近くに置いた。
「今は砂糖などがないからね。ブラックで頂いてほしい」
「未央ちゃんは大人ですから大丈夫ですよ」
「大人な女性として扱うべきだったかな?」
「将来的にはオトナなセクシー路線もいいかなーって!」
「ああ、考えておくよ」
そう言って少しコーヒーを口に含む。
――悪くない。
カップをコースターの上に戻すと、彼は話を切り出した。
「冷めてしまっては仕方がない。手短に今後のことを話そうと思う」
今後のこと。
つまるところ、アイドルとしての活動。
「私の才能を十分に発揮できる分野であれば有無を言わせずに方向性を決めたのだが、そうはいかない」
ちらと彼女を見ればその視線が自分に向いていることを理解する。
彼は言葉を続けた。
「あくまでも舞台に立つのは君だからね。私は君のやりたいことが必ず成功するように手助けするのがいいと判断した」
彼は言葉を区切ると、机に積まれた紙から何枚かを引き抜いて彼女へと差し出した。
「……あの、これって?」
渡された紙に書かれているのは紙いっぱいの表。見れば、人名、地名、時間などが記されている。
めくってみても、他も同様だ。
「明日から近くで行なわれるイベントといったところかな」
続いて一枚、二枚と紙を渡す。
「イベントに限った話ではないよ。ドラマの撮影、バラエティ、舞台公演、ラジオ。メディア露出のあるものならアイドルに限らず殆どがそこに記載されている」
「えっ!?」
「出入りが難しいと思われるものは弾いてあるからね。社長の名前を出せば少しくらい見学できるだろう」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!」
ばっ、と腕を前に伸ばして手を振る。彼女の中で理解が追いついてないらしい。
「見学って言ったけど、どーいうこと?」
彼が少し反ると、ぎしりと椅子が軋んだ。
「簡単な話だ。君自身で目指したいものを見つけてくるといい」
「つ、つまり、見てやりたいことを決めてこいってこと?」
「そういうことだね」
彼はカップに口をつけ、一呼吸置く。
「素晴らしい作品は鮮明なイメージから始まる。より強いイメージを持つにはこれが最適だと私は判断した」
「強いイメージ?」
「アイドルとはファンの心を動かすようでなければいけないのだろう? だったらそれを自分が感じて影響されるのが最も効率がいい」
彼とてここに長居するつもりはない。
それに加えて彼には調べなければいけないこともある。
少しばかり始まりが遅くなろうとも一から十まで全て自分でやるよりはいいということだろう。
「ふーん。まあなんとなくわかった」
ぱらぱらとめくりながら首肯する彼女。話を聞きながらも彼女の眼は右に左に文字を追っていた。
「ひと月ほどはレッスンと簡単な仕事だけとなるが、そこからは君の方針に従った活動ができるようにしていきたい」
最後に彼女に渡された紙には場所や時間などのスケジュールが書かれている。
「一ヶ月は長いんじゃない?」
彼女はもって当たり前の疑問を口にした。
時代はアイドル戦国時代と言われるほどのこの業界。立ち止まってあれやこれやとしている間に流行だって過ぎ去ってしまう。
彼女の言い分はそういうことを意味しているのだろう。
疑問に聞こえるその問いも、彼女の焦りや不安を示していた。
「長くても、と言ったところかな」
彼の言葉はなんら変わりのない調子で続けられる。
「早いに越したことはないが、これは本田くんの活動路線を決めるために重要なことだからね。十分に時間をかけるといい」
穏やかな笑みを浮かべた彼の言葉は、丁寧で、そのうえ確信めいた自信に満ちていた。
「まあ、やりたい仕事ができるようになるのは少しかかるから気にしなくてもいいさ」
付け足されたその言葉は彼女へ向けた言葉だろう。
貼り付けられたような優しさに見えたとしても、それに違いはない。
「こんなところだろう。何か質問はあるかい?」
彼の言葉を受けて、軽く頭を捻る彼女。握られていた幾枚かの紙は、手癖につられてくるくると丸められていく。
「えっと、じゃあ一つ」
気に留めることがあったのだろう、彼女は小さく手を挙げた。
「何かね?」
「見学ってなんの扱いになるの? 仕事?」
変わって、彼が考える様子を見せた。
腕を組み視線を下に外して軽く目を瞑ったが、すぐに彼は向き直った。
「……少なくともアイドル活動ではないだろうね」
彼としても、見学程度に金を払うことはできないのだろう。
アイドルは少女の夢である前に職業の一つだ。いくら先行投資とはいえ、立ち上げたばかりの会社が経費で落とせるとは考えないほうがいいと判断したのだろう。
「とりあえずは取材旅行みたいなものだと考えておけばいいだろう」
「取材旅行かー。漫画家みたい!」
「自分の糧になると考えるならば同じようなものさ」
彼女の思い描くアイドル像がどのようなものであるか、それを黎斗は知らない。
もしかしたらテレビで見た程度の煌びやかなイメージかもしれないし、ドキュメンタリーらしさの溢れる泥臭いアイドル像かもしれない。
今はまだ、アイドルですらない彼女が思い描くアイドルを知らずとも。
彼が彼女を知るのに時間はかからないだろう。
「勝手は分からないが領収書は貰っておきたまえ」
「りょーかい!」
「他に質問がないなら説明は以上だ」
そう言った黎斗は椅子を回してデスクへと向き直りかたかたとキーボードを叩き始めた。
「少し温くなってしまったがコーヒーでも飲むといい」
彼のデスクに備え付けられたパソコンの画面は、淡く光っている。
「プロデューサーはまだ仕事?」
「ああ、あと一つだけ残っていてね。それさえ片付けば今日は終わりだ」
「そう? じゃあ、待ってよーかなー。プロデューサーとご飯食べたいし!」
「いや、待っているのは私の方だ」
向き直り、そう言った。
彼のデスクには画面の暗くなったパソコンが置かれている。
「……?」
コーヒーを啜りながら不思議そうな表情を浮かべる彼女。
どうにも会話がかみ合っていないらしい。
「さっき渡した表には目を通したものだと思っていたんだけどね」
君にも関係のあることだ、とでも言うように語る黎斗。
「え? もしかして……」
カップを置いて渡された紙束をぱらぱらとめくれば、ひとつ紛れて載せられた今日の日付が目に入った。
「あ……これ?」
黎斗にも見えるようにと持った紙束は翻される。
指で指された項目は今日の日付と今から一時間ほどを示した開始時刻。
「その通りだ」
落ち着き払った様子でカップを傾ける黎斗。
「わざわざ今日を選んで君を呼び出したのはそのためさ」
「急すぎない?」
「驚きを与えるのがエンターテイナーの役目だろう」
「いやプロデューサーはプロデューサーじゃん……」
彼女の口から零れたその言葉は、呆れているようにも聞こえた。
「見学の付き添いが最後の仕事だ。終われば夕食くらい付き合ってやろう」
→→→stage select!!!
今週の沙羽さん「戦兎くん」って言い過ぎてシリアスシーン中に某奈良の鹿マスコットが頭よぎってきて面白かった