Game m@ster & Cendrillon   作:井浦むょ

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#6-2

 

 

 じっとりとした暑さと収まらない不快感が拓海の苛立ちを加速させていた。

 

 バイオテロの原因を探す手伝いを買って出た拓海だが、その成果は薄かった。

 

 街での犯行ともなればより多くの犠牲者を出すことのできる場所が狙われるのは当然だが、どこもかしこも人が多い街では無作為に選ばれる場所を当てることなど困難である。

 

 これまでの犯行場所と犯行時刻を照らし合わせればおおよその範囲を絞り込むことは可能であるが、それより先に進むことができずに犯行を許してしまっているのも、拓海が焦る理由にもなっていた。

 

 

「くっそ……」

 

 

 悪態をついても意味がないことは自分が一番わかっている。

 

 いくら走り回ろうとも結局は犠牲を出してしまう自分の無力さに嘆きたくなるのは拓海だけでなく桜庭や貴利矢も同じだろう。

それでも自然と吐き出てしまう悔しさは、他の誰よりも味わっているつもりだ。

 

 土俵にすら立てない。

 

 それは拓海だけが知っている無力感だ。

 

 原因が原因なだけにウイルスを消滅させなければこの事件は解決できない。

 

 それなのに、自分が見つけたとしてもそれをするだけの力がない。

 

 見つけたと知らせ、代わりに戦ってもらう。

それでしか自分が役に立つことはできない。

 

 誰かを救う力は、自分にはない。

 

 本来拓海は門外漢でただの部外者である。

それでも、ウイルスで苦しむ気持ちを理解しながらに何もしないという選択肢は彼女にはない。

 

 見知らぬ誰かであっても、それは誰かにとっての大切な人であることを拓海は知っている。

自分にとって大切な仲間が苦しむ姿が見たくない気持ちは誰だって同じなのだと彼女は理解している。

 

 だからこそ、自分の手で誰かを救いたい。

 

 だからこそ、自分の手で誰かを守りたい。

 

 それなのに――

 

 その悔しさから逃げるように姿もわからない犯人を追うことだけが拓海にできる唯一の行動でしかなかった。

 

 

「幸せが逃げちゃいますよ」

 

 

 声に引かれ左を向くと初老の男が立っていた。

 

 

「眉を寄せて目を細めてちゃ、見えるものも見えてきませんよ」

 

「いきなりなんだよ」

 

 

 何も知らぬ男が訳知り顔で語るのが拓海は気に食わなかった。

 

 いくら自分の何倍も生きているとはいえ、自分の悩みを理解したつもりでいることが殊更鼻についた。

 

 

「いえ、懐かしいものを感じちゃいましてね」

 

 

 不機嫌さを隠さない拓海に動じることなく男は飄々と語る。

 

 背を叩いて引っ張っていく妙な強引さに負けてベンチに座ると、柔和な笑みが拓海の隣に座った。

 

 

「手の届かない悔しさは知っていますよ。悔しいでしょう、それはもう」

 

 

 何一つ話していないというのに、男は彼女の悩みを理解していた。

 

 

「私にもあったものです。自分にはできないことがあるもどかしさや悔しさというものが」

 

 

 それは経験則で、既に通った道で。

 

 誰よりも拓海の気持ちを理解している言葉だった。

 

 

「ですがね、あるとき気づいたんですよ。皆同じだって」

 

 

 男は滔々と語る。

 

 それは、今まで自分が思い違っていたという話だった。

 

 穏和な気質に見える姿とは似つかない過去だが、それを乗り越え糧としてきた変遷を拓海は耳にした。

 

 

「お互いにできることがある。お互いにできないことがある。お互い悔しい気持ちを持っている」

 

 

 それが男の辿り着いた境地。自分が目指し理解したいと思える姿だった。

 

 

「それなら、私は私ができることをすればいい」

 

「自分に、できること」

 

 

 オウム返しに反芻したその言葉。

 

 じんわりと伝わってくるその言葉の意味をゆっくりと拓海は飲み込んでいく。

 

 

「そうです。自分ができないなら誰かに託すことも一つの道ですよ」

 

 

 誰かに託す。

 

 思い浮かんだのは、族を抜けたあの日のこと。

 

 『託す』のではなく『受け継ぐ』とでもいうべきものだったが、それもまた誰かを信じるという気持ちの表れであったのだと、拓海が理解するのに時間はかからなかった。

 

 

「ひとつ占いでもしてみますか? 当たるんですよ~これが」

 

「は? 占い?」

 

 

 脈絡もなく男が取り出した二つ折りの携帯が開かれた。

 

 男に問われ告げた自分の名前が携帯に入力されると、男は満足そうに笑みを浮かべた。

 

 

「いいじゃないですか。今日の運勢『最高』ですよ」

 

「うさんくせえな……」

 

 

 見せられた画面には星が並んでいた。恋愛運、金運、仕事運と並ぶそれはどうも拓海の心を沸かせるものではなかった。

 

 嬉々として画面を見せてくる男には悪いと思いながらも拓海は道往く人をぼうっと眺めていた。

 

 この男のように奇特な人間がいるのだと眺めた人並に、一際目立つ男が立っていた。

 

 学ランを身に纏い、頭一つ抜けた背丈にオールバックのように流した赤い髪が随分と印象的な男だった。

 

 しかし、様子がおかしい。

 

 威圧的な雰囲気を纏っているべきであるその男には見る影もなく、今にも倒れてしまいそうなほどに弱弱しい。

 それはまるで、何か病魔に侵されているような――

 

 

「その占い、信用しないほうがいいぜ」

 

 

 跳ね起きるように飛び出して人の波を駆けた。

 

 その男が侵されている病あなにであれ、拓海が助けないという理由にはならなかった。それは、彼女の性分ともいえた。

 

 

「っ、と」

 

 

 前のめりに倒れかけた男を抱きとめて地面に落ち着かせる。

 

 

「こんな体で外出てんなよ。おとなしく帰って寝てろ」

 

 

 声をかけるが反応は乏しい。浅い呼吸に額に浮かんだ玉の汗が組み合わさると、遠目で見るよりもさらにその不調が際立って見えた。

 

 

「寝てられっかよ……! 俺には……ッ」

 

 

 おぼつかない足取りで立ち上がろうとする男の姿が不意に自分と重なってしまう。

 

 

「あいつをッ……、俺が助けるって、決めたんだ……!」

 

 

 自分にかけた呪いに苦しんでいるかのような姿に、拓海は口を噤んでしまう。

 

 自分もこうだったのか。

 

 自分で決めて、自分で苦しめて。

 

 それが、今更ながらに見ていて苦しいものだと、気づいた。

 

 

「ぐっ、あァ、――」

 

 

 瞬間、学ランの男は苦しみを代弁するように吼えた。

 

 体の内から流れ出るバグスターウイルスを一身に受けぐずぐずと体が崩壊していくように見えたそれはたちまちに肥大化し、赤茶けた一体の怪物へと姿を変えていた。

 

四本足の角テーブルに逆さまにしたワインボトルを貼り付けたような不安定にも見えるその姿。

 

 一見、暴れまわるには不向きにも見えないが、その疑問を裏切るように、その縦に長い体を縦横無尽に振り回すことで平和な街に暴虐の嵐を降り注いでいた。

 

 

「こうなっちまうのかよ……!」

 

 

 蜘蛛の子を散らすように逃げる市民に戸惑いながら辺りを見渡す拓海に一人の姿が映った。

 

 平和ボケの欠片もない表情で人波に逆らって走る男。

 

 その先には慌てふためく少年。

 

 そこに、怪物の長い肢体は迫っていて――

 

 

「だぁーッ! くそッ!」

 

 

 コンマ一秒、駆け出すのが遅れていたら死んでいただろう。

 

 縦に振り下ろされた怪物の攻撃を、男達を突き飛ばしながら飛び込むようにぎりぎりのところで避ける。

 

 固い地面を転がる趣味のない拓海は勢いに乗せて立ち上がると、地に伏せて呻く男の下に近寄った。

 

 

「何してんだ爺さん! さっさと逃げろ!」

 

 

 倒れこんだ男を拓海は抱え起こす。

 

 

「市民を守るのが警察官の仕事ですから」

 

 

 男の腕の中に抱えられたのは小さな子供。

 

 善悪の区別もつかないか弱い少年のようであったが、とうの本人は傷一つない。

 

 ふわりと浮かべる男の笑顔の裏にはそこかしこがほつれた男の服があった。

 

 

「それがあんたのできることかよ!」

 

「これは警察官の使命ですよ」

 

 

 老年に差し掛かった体ではそれをするのも一苦労だというのに、男は自分のできることをするのだと、その目が語っていた。

 

 誰かを守る。

 

 それは拓海が欲しがっていた力であり、手に入れられないと思っていた力であった。

 

 

「だったらそのガキ連れてとっと逃げろ」

 

「お嬢さんは――」

 

「あんたはあんたにできることをしやがれ」

 

 

 体を持ち上げるのも苦しそうだというのに立ち上がろうとする男を制して、守るように拓海はバグスターと向き合った。

 

 

「やっとわかった。

 これが、あたしにできることだ」

 

 

 誰かを守りたい。

 

 自分にはできないことだと思っていたが、それは違う。

 

 自分にはできなくても、それを手助けすることが巡り巡って誰かを守る力になるのだと。

 

 たとえ戦う力がなくとも、戦うことはできるのだと。

 

 

「どこ見てやがるデカブツ! テメーの相手はあたしだ!」

 

 

 叩き割られて散らばったコンクリート片を投げつけると拓海は吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っと、はいはいちょいとお待ちを」

 

 

 自身の足で捜索を続けていた貴利矢は、懐の携帯が鳴るのを感じるとその足を止めた。

 

 

「はいよ。どした拓海ちゃん」

 

 

 耳に当てた携帯から聞こえてくるのは、拓海の荒い息遣いだった。

 

 

『おわっ! くっそこの野郎……! あ、兄貴!』

 

「どした」

 

『アレだ! なんだっけか……とりあえずデケーのが出てきやがった!』

 

 

 ふんわりとした内容の話ではあったが、電話越しに聞こえる微かな環境音を辿れば貴利矢がそれを理解するのに時間は要らなかった。

 

 

「もう出やがったか」

 

 

 Nウイルスとは違い患者のメンタルの影響が大きいゲーム病。ウイルスが実体を持つかは患者の状態によりまちまちではあったが、症状の進行の程度は千差万別。

 

 すでに相当まで進行している患者がいてもおかしい話ではなかった。

 

 

『今はッ……! 逃げ回りながら足止めしてるとこ』

 

「わかった。そこどこだ」

 

『ああ、――』

 

 

 拓海の口から告げられたのはそれほど遠くはないであろう場所。

 

 普段であれば地下鉄を乗り継ぎさえすれば着いてしまう距離であったが、身を呈して気をひきつけている拓海のことを考えると、近いとはいえない距離であった。

 

 

「俺より先生のほうが近いかも知れない」

 

『どっちでもいいから早く頼む!』

 

 

 その一言で電話は切れた。

 

 拓海が荒事慣れしているとはいえそれは人とのぶつかりあいを想定したもの。

 

 二回り以上も大きいものを相手にしたことなどなく、気を散らすわけにいかないのだろう。

 

 貴利矢は切れた電話をもう一度かけ直した。

 

 今度は、先程分かれた桜庭へ伝えるために。

 

 数度のコールの後、つながった。

 

 

『どうした』

 

「先生、今どこだ」

 

『……患者か?』

 

「そんなとこだ」

 

『分かった。どこに行けばいい?』

 

「×××の――」

 

 

 淡々とした事務報告が続く。

 

 

『了解した。走ればすぐの距離だからな。貴利矢さんはどうする』

 

「自分も――」

 

 

 しかし、その後の言葉は続かない。

 

 貴利矢の視線の先。

 

 貴利矢にとっては見覚えのある姿がいる。

 

 それは終わったはずの過去の存在で。

 

 一歩ずつ近づいてくるその姿は近づけば近づくほどに信じがたい現実が彼を現実に引き戻していく。

 

 

「いや、先約ができちまった」

 

『どうした?』

 

「悪い。合流できないかもしれねえ」

 

『どういう――』

 

 

 桜庭を無視して電話を切る貴利矢。

 

 あとで謝っておくか、と考えた頭はすぐに切り替わった。

 

 

「話す時間くらいならくれてやるつもりだったんだがな」

 

「待たせるのも悪いと思ったんでな」

 

 

 アジアンにまとめられた服装には異質な篭手を身に着けた男。

 

 

「お前は消滅したはずだろ」

 

 

 グラファイト。

 

 貴利矢と直接の因縁こそないものの、CRとは最も縁の深い人物であった。

 

 CRのドクターがガシャットを奪い合っていた時期にパンデミックを引き起こした張本人。

 

 正確に言えばバグスターだが。

 

 

「消滅か。貴様からすればそうだろうな」

 

 

 懐かしいものを思い馳せる色がグラファイトの瞳に見えたが、それもほんの一瞬だった。

 

 

「だが、それとて貴様も同じなのではないか?」

 

 

 貴利矢に投げかけたそれに問い質すような様子はなかった。

 

 すべて知ったうえでの言葉だろう。

 

 

「やはりな。しかもその様子だと檀黎斗も消滅していたか。フッ、滑稽だな」

 

 

 バグスターを駒として扱っていた男が、自身と同じ末路を辿っている。

 

 どれほどの悪事を働いたところで人間の法に処罰されるであろうに、消滅したのであればそれは、バグスターにでも裏切られたということを示していることは彼にも理解できることであった。

 

 

「完全体のバグスターが消滅しないことすら知らなかっただけに哀れでならんな」

 

「何?」

 

「今はそんな事関係ないがな」

 

 

 ついでとばかりにグラファイトの口から飛び出したのは貴利矢にとっては悩ましい話であったが、それを気にしている暇はない。

 

 

「俺がバグスターで貴様がドクター。それだけで十分だ」

 

 

 懐から取り出したそれのボタンが押し込まれる。

 

 

 

 

 

【DRAGO KNIGHT HUNTER Z!】

 

 

 

 

 

 

「培養」

 

 

 肩口へとガシャットを刺した彼の姿が次第に変化していく。

 

 そして最後に残ったのは彼に最も馴染みの深い姿、グラファイトバグスターの姿だった。

 

 

「あんたの相手をしてる暇はないっつーの」

 

 

 しかし貴利矢にとってグラファイトを相手にする意味は今はない。

 

 患者が感染しているのはあくまでカイデンバグスターであり、グラファイトのウイルスではない。

 

 パンデミックを根治させるには元となるウイルスを倒すことが急務であろうに、わざわざ時間を割く理由もない。

 

 

「だったらゲームのように倒していけばいいだろう?」

 

 

 グラファイトの言葉に、貴利矢の視線は鋭くなる。

 

 

「プロトガシャットといい知ってるってことか」

 

 

 偶然グラファイトがドラゴナイトハンターZのプロトガシャットを持っていたという可能性は貴利矢の中で消えた。

 

 今回の件はこいつが関わっている、そう判断するのに時間は要らなかった。

 

 

「教えると思うか?」

 

「思わねえよ」

 

 

 取り出したドライバーを腰に巻きつける。

 

 

「とりあえず、相変わらずあんたは敵だってことはわかった」

 

 

 二つの黒色のガシャットのボタンが押し込まれた。

 

 

 

 

【BAKUSOU X BIKE!】

 

【JET COMBAT!】

 

 

 

 

 

「3速」

 

 

 軽快な変身音とともに身に纏った装甲が日を反射した。

 

 

「もう一回消滅させてやるよ」

 

 

 コンクリートジャングルにマズルフラッシュが焚いた。

 

 

 

 

 

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