Game m@ster & Cendrillon 作:井浦むょ
stage:in the car
車内は唸るようなエンジンの回転音とカーステレオから流れるラジオに溢れている。
社長の知り合いが経営している事務所のアイドルがライブを開くと言うことで、是非と見学に向かう二人。
黎斗の運転する車は信号に出くわすたびに加減速を繰り返していた。
何度目かの赤信号。
ゆっくりと踏まれたブレーキは、前の車とそれほど近くないところで停止した。
「そーいえばプロデューサーってゲーム作ってたんだよね」
助手席で外を眺めていた彼女――本田未央が黎斗に声をかけた。
「そうだとも」
肯定するが、彼は前を向いたままだ。
「どんなの作ってたの? 興味あるなー!」
「それはクリエイター冥利に尽きるというものだね」
黎斗はちらと視線を外して彼女を見た。
彼の口角がほんの少し持ち上がっていたようだった。
「詳しいことは省くが、スクロールアクションやシューティングなど様々だよ」
「いや端折りすぎでしょ。全然わかんないって」
「ならば私の開発したゲームへのこだわりを聞かせてほしいのかな?」
「あ、そういうやつ?」
「残念ながら私が開発したゲームは両の手で数え切れる程度の量ではないからね。目的地に着くまでに語れるとは思わないから止めたほうがいい」
彼は物心が付いて間もない頃よりゲームの開発、ないしはアイデア提供を行なうほどに心酔していた。
それは、ゲーム開発の才能が自分よりも優れている人間を妬み、親の仇とばかりに敵視するほどに、だ。
彼が語りだそうものなら沈んだ日がもう一度昇ることも可能性として無視できないだろう。
「ちょっと面白そうだけど長いのは勘弁してほしいかなーって」
「それが懸命だ」
前の車のブレーキランプが消える。
彼がアクセルを踏むとほんの少し、体がシートに引き寄せられた。
「だからさ、そーいう難しい話じゃなくてどこが面白いのかなって感じの軽い内容でいいからさ!」
「それも私には無理だろう。自分で開発した以上愛着もあるし作品への自信がある。面白くないところなど無いに等しい」
強く言い切った彼は、言葉を続ける。
「元々稚拙な言葉だけで伝わるとは思っていないさ。数千もの言葉を並べた雄弁よりも、一瞬の体験がものを言うのがゲームというものだからね」
彼の手がけたゲームが世に送り出され、ほぼすべてがヒット商品としての立場を得るのも彼なりの自信が生み出したものである。
甘言蜜語で購買意欲を誘うのではなく純粋な好奇心を持って自分のゲームを手に取らせる。
試遊会を大々的に開催していくマーケティングも、彼の思想の表れだろう。
「かっこいいこと言うねプロデューサー」
「事実を言ったまでさ」
「いやーやっぱり作ってる人は言うことが違いますなー」
「作っているかどうかは然程関係ないと思うけどね」
彼女の言葉に異を唱える黎斗。
方向指示器を跳ね上げると、チカチカと小気味いい音が車内に加わった。
「あり? そうなの?」
「私はあくまでも作る側だからね。プレイヤー側がどう思っているなど本当のことはわからない」
ハンドルが切られ、横向きの慣性に体を引かれる。
曲がりきると指示器はひとりでに下がり、ウインカーが消えた。
「ただ、私の意見を言うならば、多くを語らずとも心に残るゲームこそ真のゲームというものであるべきだ」
開発者であるにも関わらずゲームの魅力を語ることを放棄したことも、そういうことなのだろう。
「おぉ……ってことは自信あり?」
「当たり前だろう。私の才能を持ってすればプレイヤーを唸らせることなど赤子の手を捻るようなものだ」
「ほーん。だったらさ! 未央ちゃんが真偽のほどを確かめてしんぜよう!」
「フッ。子供ならば素直に遊びたいと言えばいいものを」
面白い話を聞いたとでも言うように、口の端から息が漏れた。
「ブブーッ! 未央ちゃんはもう大人ですー」
そんな小馬鹿にした態度に彼女は口を尖らせた。
「それは失敬。高校生が大人だったとはね」
「うっ……。いや! あと二、三年もすれば誰もが振り返るセクシーボディなおねーさんになってるはずだから!」
「それなら楽しみにしておこうか」
「プロデューサー、私のこと信じてないでしょ」
「信じているさ。ただ、君が望むような大人になれるかは怪しいみたいだが」
口ぶりから察するにハリウッドで活躍する大女優がイメージにあるようだが、血筋が純日本人である以上、彼女らのようになるのは難しいだろう。
「ほら信じてないじゃん!」
「期待していないわけではないんだけどね」
人は進歩していくもの。
たとえ成長期が終わりを迎えたとしても、それが成長の終わりではない。
身長が伸びなかったとしても体格に変化は生まれるし、内面だって変化するだろう。
そうして大人になっていくのだろう。
檀黎斗という男もまた、そうやって大人となっていったように。
「いいもんねー、絶対プロデューサーが驚くような大人になってやるもんねー!」
「それならもう少し落ち着きが欲しいものだ」
呆れるような物言いだが、その顔ははっきりと、笑顔を浮かべていた。
「……羨ましいな、プロデューサー」
脈絡も無く、彼女は重たげに話を切り出した。
「何がかね?」
彼女の言葉は続きがあるだろう、独り言ではないのだと思い黎斗は問い返した。
「ゲームのこと喋ってるときのプロデューサー、楽しそうだった」
ちらと隣を見れば、彼女は助手席の窓から外を見ていた。
今、彼女――本田未央はどのような表情を浮かべているのだろうか。
「何かに熱中してって気持ちを知らないわけじゃないけどさ、プロデューサーのは多分私のとは違うでしょ?」
「……私がゲームを作るのは人生そのものだろう。元より私の才能を証明する方法はゲームの開発以外にありはしないからね」
プロデューサーにとってのゲームって何? そんな風に捉えられるような言葉に彼なりの彼の言葉をもって彼女の問いに答えた。
「ほら。私なんかと全然違う」
まるで彼がどのように答えるかを知っていたかのような口振り。
彼にとってのゲームとは傍から見ても自明で、それだけに彼女の言葉は、強く、重い。
「私がこれだ! って思うこともさ、絶対霞むと思うんだ」
さっきまでの明るさは嘘のように、ぽつり、ぽつりと語られるのは彼女の胸の内。
相槌を打つでもなく、黎斗は次の言葉を待った。
「プロデューサーが、近づけば火傷しそうなくらいに燃えてるキャンプファイヤーの炎なら、私のは今にも消えそうなマッチの火。そんな気がする」
彼が慰めるような言葉を吐くことはない。
生まれてこの方ゲームのことだけを考え続けた彼のような生き方はひどく稀だろう。それは、彼の純粋な感情を捻じ曲げてしまうほどに。
そんな彼が何か彼女にかける言葉があるのだろうか。
「だからさ、羨ましいの。私もこれくらい心を奪われる何かがあればいいなって」
彼女の思いは誰しも心に抱えた辛さなのかもしれない。
好きなことがあって。
夢があって。
なりたいものがあって。
それは、なんであろうと、輝いて見えるものだ。
「私が君を慰めるとすれば、それは実に滑稽な話だ。ましてや、同情など出来もしないだろう」
「うん。知ってる」
「だから私は君に哀れみを向けることはしない」
目的の場所はすぐそこだ。
見え始めた会場は、次第に大きさを増している。
「出会いとは常に偶然だ。本田君が胸を張れる何かを見つけたならば、この私が祝うのも悪くない。それくらいは言ってあげよう」
stage:in the audience
ステージを前にして雑多に立ち並ぶ人々。
静かに時が来るのを待つ人もいれば、会話を弾ませる人もいる。
その観客に紛れる形で、三人は立っていた。
「ひょえ~、さすが人気アイドル。ファンの数がすごいね」
何の気なしにそう呟く彼女。
勿論、それを聞き流す彼ではない。
「人事のように言っているが本田君もこれくらい目指してくれなければ困る」
見渡す限りの人。
しかしそれでも、これ以上に収容が可能な会場があることを彼は知っていた。
彼が聞いた話によればこれくらいはまだ中堅アイドルの域を出ない。言ってしまえばこれからスポットライトを浴びる彼女らもここはまだ通過点だと感じているのかもしれない。
「わかってるって!」
「疑わしいものだ……」
悩ましげに呟いてみせる彼の心情は、それほどにも見えない。
「上手く関係を築けたようで安心したよ」
と、黎斗の隣から声がかけられた。
プロダクションの社長を務める男は彼らを見ることもなく、静かに佇んだステージを見続けていた。
「これがいい関係と言うのならそうだろう」
彼からしてみれば上等な関係に至っているとは考えてもいないだろう。
なにしろ、彼女と顔を合わせたのはただの二度。十分な時間もなく生まれた二人の関係がそれほど仲の深まった間柄だとは到底思えない。
「私は悪くないとは思うがね」
「貴方がそう言うのであれば素直に受け取っておこう」
自分と他人との関係を自ら推し量ることは思いのほかに難しい。
第三者から見れば見え方だって違う。ならばと、彼は受け取った、それだけのこと。
「それにしても、不思議なプロデュース活動をする人間をスカウトしたものだ」
感慨深く、まるで郷愁を想うように男は語った。
「まさかライブに連れていきたいと言うとは思っていなかったからね。実のところ少し驚いた」
「身勝手な注文に答えてくれたことには感謝している」
「いや、構わないさ」
取り繕う様子も無く、その言葉は本心であった。
「経営者としては最悪かもしれない。余計な投資だと言われるだろう」
「見たところ、遊ばせている時間すら惜しい様子だが?」
一時とはいえ彼も社長の地位に就いていた人間だ。
ゲーム開発のように先行投資から始まるのがアイドルとはいえ、無名のアイドル、さらには実績も無いプロダクションが大枚叩いて行なうには無理があると、彼自身感じていた。
「社員に心配されるほどとはね」
照れるように、はたまた申し訳なさそうに小さく笑った。
「スカウトしたアイドルを足踏みさせている時間も金もない筈なんだがね」
笑みを浮かべたそのままに語ったのは現実だ。
言葉通り金も時間もあるとは言い難い状況なのだろう。
「それでも、アイドル達の夢見る世界が私の叶えたい夢に繋がるというのならば、少しくらい無理をしたいものなのだよ」
「大人しく資金投資でもしていればよかっただろうに」
「そういう訳にもいかんさ」
激情に身を任せる、そんな姿が想像もつかないような男にだって、貫きたい意地がある。
「私が見たいのは笑顔だからね。ファンだけではない、アイドルも含めての笑顔だ」
彼の語るのは信念か、それまた只の夢物語か。
夢物語にしては、言葉の端から汲み取れる想いはいささか強すぎた。
「それに、君ならわかってくれるだろう?」
問うように、続く。
「夢を見るなら一番近いほうがいい、そうは思わんかね?」
誰の言葉でもない、男の言葉。
誰に問うでもない、自分への問い。自分の答え。
まるで、そんな風に聞こえた。
「自分だけのものに遠いも近いもないだろうに」
「それもそうか」
「まったく、この私を巻き込んではた迷惑な話だ」
「そう言われると困ったものだ」
と、そこに彼の顔を覗きこむように伺う少女の姿があった。
「プロデューサーと社長だけで盛り上がっててずるい!」
不機嫌そうに、不機嫌そうに見えるようにむっとした表情を浮かべる彼女。
「それはすまない」
「何の話してたの?」
「ちょっとしたことだ。ただの夢追人の戯言さ」
「まーたそーいう話してるし」
「いずれは君にも語れる日が来るさ」
「そーだと嬉しいんだけどねー」
ほんの少し前まで彼が話をしていたこと。
それは、夢を追うということ。
それが誰にとってどんなものであるかは本人しか知らない。
とはいえ、夢を語らうのは誰にだってできる。
夢を追い続ける限り。
彼女が、彼らと共に語り合えるのはいつの日か。
「まずは気にせず楽しみたまえ。それが、夢に繋がるはずだ」
ステージの始まるアナウンスが聞こえた。
stage:diner
ライブが終わった。
三々五々散り散りに去っていく観客と並ぶように彼らもその場を離れた。
二人を乗せた車はうろうろと街中を走り回り、一つの店に吸い込まれていった。
「普通のファミレスなんだ」
助手席に座った彼女――本田未央はそう口にした。
「君たちの年齢なら相応だろう」
おそらく無難な選択、檀黎斗が選んだのは一般的な大衆食堂、そこそこな規模をもったチェーン店だった。
「や、不満はないから」
勿論、連れてこられた店に不満があるわけではない。ただ、自分の言葉が思い通りに彼に伝わらなかったのではなかったのかと考えると、そう付け加えるのが無駄と言うわけでもないだろう。
店内に入ればスタッフの案内で席に通される。
向かいあって対面、黎斗と未央は腰を下ろした。
「社長も来ればよかったのにねー」
ライブ会場にいたのは自身も含めての三人。にしては、テーブル席に座るには両脇が空きすぎているようだった。
「彼もそれなりに忙しいのだろう。長とはそういうものだ」
「ふーん大変そー」
「気にしなくてもいいさ。できることをできる人間がするのが社会というものだ」
総じてそういうもの。
彼はゲーム開発ができたからクリエイターに。
彼女は才能があるからアイドルに。
同じように、あの男も、夢を語るだけではないのだろう。
「プロデューサーはなに食べる?」
ばらばらとメニューを眺める彼女。
「私はコーヒーだけで構わないよ」
「プロデューサーって小食なの?」
「まあそんなところだ。私のことは気にしなくていい」
小食かどうかは定かではないが、バグスターがごく一般的な人間のように栄養を摂取したとしてそれに意味はあるのだろうか。
もしかしたら彼自身そのことに疑問を抱いているのかもしれない。
とは言っても、彼がその身を自由にしてから既に幾日も経過しているわけだが。
「気にしなくてもって言われてもなあ……」
夕食に付き合うという彼の言葉はそのままの意味だったのかもしれない。
「なんか私だけ食べてたら食いしん坊みたいじゃん」
ともすれば当たり前に彼女が気にかけるのもおかしいことではない。
食べにくいのだと彼女は言うが、持ち前の明るさの割には繊細な心を持つ彼女のことだ自分のせいで彼に迷惑をかけたのではないか、そんな風に思っていても不思議ではなかった。
「時間が時間なのだから気にするほどでもないだろう」
「まあそうなんだけどさ」
ページを二度三度捲ると彼女はその手を止め、黎斗に目を合わせた。
「呼んでいい?」
「ああ」
「ほいっと」
のばされた腕は卓上に置かれたボタンを叩いた。
ほどなくして姿を見せた店員に彼女は一つ頼むと、彼も連なるようにして口を開いた。
「結局頼むんじゃん」
「私だけ食べないのも食べにくいだろうと思ってね」
「プロデューサーがわかんないなあ」
と言いながらも彼女が浮かべたのは喜色ばんだ笑みだ。
「それはとりあえず置いておくといい」
話を切り替える。
「どうだったかね? 目の前でライブを見た感想は」
彼も遊ばせるために連れてきたわけではない。
彼女自身にアイドルというものを知ってもらうためだ。
「あー、なんて言うんだろーね」
むむむっと、腕を組んでみせる彼女。
「そこまで深く考えなくてもいい。私はただ、君の素直な感想が聞きたくてね」
彼女のためをもってあの場所に連れては行ったが彼は大仰な言葉が欲しいわけではない。
フィーリングやイメージを重要視している彼らしく、単純にして率直な感想を望んでいるようだった。
「すごい、ってそんな言葉しか出なかった」
彼女が口にしたのはただ簡潔に、それだけ。
「色々見えたこともあるよ? ファンの熱気がすごいーとか表情がキラキラしてるーとかさ」
今まで目にしたことの無い世界だったのだろう。目に見えたもの全てをあれやこれやと語ればそれはそれで自分の思ったままの感想にもなるのかもしれない。
「多分テレビで見てるだけじゃわからなかったこともあった。いや、ううん、違うや」
だが彼女にとってつらつらと語るのは本意ではない。
付け足された言葉を否定して、彼女は言葉を選ぶように。
もって正しく十全に伝えようと。
「テレビで見てるだけじゃ何も分からなかった」
そう答えた。
「あんなちっちゃい画面で見るのとは違うや」
彼は相槌を打つでもなく、黙している。
彼女の言葉に余計な口を挟むべきではないと彼は理解している。
「アイドルがどんなのか全然知らなかった」
その感情が、彼女を一歩、アイドルへと近づけた。
まさに今日、あの場所で。
アイドルというものを彼女が知ったとき。
初めて本田未央というアイドルの芽が芽生えたのだ。
「だから、連れてきてくれてありがとう」
彼女は、にっと笑った。
「これもプロデュース活動の内だ」
「そう言うと思ったけど!」
彼が『アイドルのため』などと息巻いているのは不気味だろう。
彼女もそれくらいには彼のことを分かってきたらしい。
「アイドルがどんなものか分かったのなら今日は十分だろうさ」
「なんとなく、は分かった!」
ちょろっとライブに参加したくらいではそんなもの。
「だから、まだまだ色々見てみたい」
どこもかしこもアイドルがいる時代だ。
ライブだけがアイドルではない。
ライブだけで全てが分かるほどアイドルは簡単ではない。
「知らないこともいっぱいあるし私のなりたいもの、見つけてみたいんだ」
檀黎斗のように、情熱を捧げたいと思える夢。
そんな何かを見つけるための一歩を、彼女は踏み出した。
「ああ」
「返事テキトーすぎ!」
「フッ……見たいだけ見ればいい。最初からそのつもりだ」
「だったら納得いくまでやるからね!」
何かに燃えるように、彼女はそう宣言した。
「だからさ!」
彼女は再度、彼と視線を交わす。
その瞳は、輝いてみえた。
「そのときはプロデュースお願いね!」
溌剌と、笑った。
→→→stage select!!!
未央の3Dモデルの最大の特徴は唇だと思うんですよね。