Game m@ster & Cendrillon 作:井浦むょ
stage:a public square
太陽の照りつける休日。
街往く人の表情はどこも明るく華々しく、賑やかさを感じられる時間が流れていた。
しかし、その賑やかさは楽しく騒がしい余暇を過ごす人々がもたらすものとはいえ、その影には労苦を身に重ねる人々も同じように存在している。
誰が決めたわけでもないその違いは、世間一般の休みと身を置く職場の休み、それがたまたま重なっていたに過ぎない。
例に漏れず広場で方々に謝辞を述べている男も、今日は休みではなかった。
「どうかな」
彼――檀黎斗はスタッフに挨拶を済ませると、シャッターが切られるのをじっと眺めている少女――本田未央に声をかけた。
「あっプロデューサー、もういいの?」
彼女とともに挨拶や礼を交わすだけでなく彼の弁舌をもって交友を広めんとしたことを彼女は理解している。一つでも多くの仕事を得るためには印象を良くするのもプロデューサーとしての勤めだろう。
「私たちは厄介者に過ぎない。あまり引き止めては悪いからね」
「邪魔しちゃ悪いもんね」
「で、どうだろう? 見て何かあったかな?」
「んー、やっぱりライブほど派手な感じじゃないよね」
「あれと比較するのは難しいだろうね。対極にある静と動では勝手も違うだろう」
前回訪れたのは歌って踊ってさらには喋ったりと忙しいライブだ。今回のような写真撮影ではあの時のようなものは感じられないだろう。
「そうだよねー。これもこれで楽しそうだけど!」
たった数週前まではただの女子高生でしかなかった彼女には一つ一つが新しく、どれもが未知の存在だ。彼女の気持ちは推して量るほどでもないだろう。
「これ単体で感じたことはあるかな? それぞれで得るものは違うだろうからね」
そう問えば彼女は小さく唸り目を瞑った。
「切り替えがすごいっていうのかな? 撮ってるときの感じがそれぞれ全然違うっていうか」
探り探りで紡がれた言葉はまさしく彼女の感じたままを表していた。
「表情の話かな?」
「うーん、表情もなんだけどさ、全部が全部って気がする」
「ほう」
「雰囲気なのかなー。よくわかんないけど」
彼女の曖昧で抽象的な感想に表情を変えることすら無かったが、彼にはそれで十分らしかった。
「見たところ本田君は動きが少ない仕事はあんまり好きではないようだね」
数えるほどしか見て回っていない彼らだが、それほどまでにはっきりと彼女の反応は分かりやすい。
「たしかにそうかも!」
「今回はそれがわかっただけでも十分だろう」
「? もう帰るの?」
「まだ得るものがあるなら見ていても構わないよ」
「じゃあもー少し見てこっかな」
「好きにしたまえ」
黎斗は「邪魔にだけならないように」と言い残しててその場を離れた。
程なくして。
撮影現場より少し離れた―全体を見渡すかのような―場所にて撮影を眺める黎斗に近づく人影があった。
「どうですかね私が信頼しているアイドルは」
彼――檀黎斗の隣に立つ男も同じようにシャッターを浴びる少女を眺めている。
「ええ、素晴らしい実力だと思いますよ」
その賞賛が心の底から沸きあがるものかは分からない。
ただそれなりに円滑な人間関係を構築する必要性を感じているのは違いなかった。
「私も現時点ではそう感じているんですけど彼女が認めてくれないんですよね」
「上昇志向があるのは素晴らしいことなのでは?」
檀黎斗という男は向上心の塊である。
彼の人生を振り返ってみれば、自己の才能を肯定し持てる力を惜しみなく作品へと注ぐ、あくなき探究心をもってゲームを作り続ける姿があった。
彼をしてみればそんな彼女の姿に感じることもあるのだろう。
「そうでしょうけど、たまには自分を認めてあげるのも必要だと私は思うんです」
男の視線の先には穏やかな笑みを浮かべながらカメラマンの声に合わせてポーズを変えていく少女がいる。
「やはりあなたは心配ですか?」
「そうですね」
一つ、頷いた。
「それは、彼女を信用していないからですか?」
彼が再度、問う。
「いえ……どうなんでしょう」
すぐさまに否定するかに思えたその問いに、男は自分に問いた。
「もしかしたら心のどこかで信用していなかったのかもしれません」
彼の出した答えは自戒を込めたものであり、彼が抱える彼女への不安はそういった類のものだと結論づけたらしい。
「困らせるような質問をして申し訳ない」
「いえ、他人からの視点ほど必要なものはないですし、考え直すいい機会でした」
「そう言っていただけるとありがたい」
見れば、撮影も終わりが近づいていた。
「私が思うに自分を諌めることのできる人間が、他人を信用できないなんてことはないと思いますよ」
彼らしくもない言葉だった。
「……檜山さんが貴方を見定めたのも納得できる気がします」
檜山。
檀黎斗という男をアイドルの世界へと誘った張本人はそれほどまでに評されていたらしい。
「あの人の直感は確かに優れているしそれが証明できるほどの実績も信頼もあった」
懐かしむようなその口調がそれだけで男への評価を示している。
「貴方をスカウトできたことで彼もやっと夢を叶えることができるはずです」
「例の話ですか」
「ええ。彼の理想はあの事務所からではおそらく見えなかったはずです」
アイドルが生まれては消えていくこの時代だ。上へ上へと進む階段がどこにでも存在するわけではないらしい。
「見たところアイドルも彼が選ぶだけに相応しいようですし、彼の夢も叶うかもしれません」
男は黎斗へと向き直った。
「是非、時間があるなら見ていってください。その方が刺激になります」
彼らは互いに礼を交わし、男は去っていった。
stage:CENproduction
昼下がり。
新人アイドルの担当ともなれば一つでも多くの仕事を手にしようと四方八方駆け回るのが常のはずだが、檀黎斗という男にはそれらしい素振りは見られなかった。
彼なりのやり方があるようにも思えるが、デスク上のPCに映し出された文字列はそれと関係があるようには思えない。
「ゲームとは不思議なものだね」
キーボードを叩く黎斗の後ろから声がかけられた。
「ただそれだけの文字があの世界を動かしていると言うのは信じ難いものだ」
「たしかに知識の無い人間には何も理解できないでしょう」
ゲームもまた、知らぬ者にはブラックボックスである。ただそれでも、知る必要の無い者にとっては知らずともゲームは楽しめるのだが。
「とは言ってもこれも言語の一つでしかない。英語や日本語のように学習すれば自ずとわかるようになるものですよ」
椅子を回して社長へと向き直りながらそう彼は答えた。
「ふむ……さすがはゲームクリエイターだね。また一つ、君にアイドルプロデュースをしてほしい理由ができてしまったようだ」
「期待していただけるのはありがたい。ただ、貴方の期待に応え続けることはできない」
「それは残念だね」
男は笑った。
「それで……具合はどうかね?」
「彼女のことですか」
この場にはいない彼女――本田未央のことだ。
「そうさ。そろそろ彼女も答えを見つけた頃だと思ってね」
「どうでしょうね……私が見る限りまだかかると感じていまして」
あれから見学に行けるのであればどこにでも訪れはしたし、何度か仕事をさせてはいたが彼からすればまだ十分ではないらしい。
「まだかかるみたいだね……いや、咎める気があったわけではないさ」
素直に感想を述べつつも自身の言葉に付け加えた。
なんだかんだとアイドルを応援したいという彼の気持ちは言葉を交わせば当たり前に理解できるものである。
だがそれとは裏腹に彼は一国一城の主であるのも事実だ。彼の立場を思うと、傍から見ればその言葉に棘が含まれれていると考えられてしまうのも無い話ではない。
勿論、そのつもりは無い筈なのだが。
「彼女があまり深く考えているようだと心配になってしまうものなのだよ。アイドルと関わってきた身としてはね」
アイドルとプロデューサー。
その関係を身をもって体験し、アイドルのいろはを知る彼の言葉は、重い。
「アイドルを夢見ることは不思議ではないし、アイドルになることも今の時勢では難しくは無いのが現状というもの」
聞けば、アイドルとしてデビューするのは難しくもないらしく、何が難しいかと言えばそこからメディアに露出するまでが長いらしい。
「とは言っても、"夢に見ている"くらいなら当たり前だ。ただそれが現実になったとき、彼女達の原動力が何だったのか知ることになるのも事実さ」
何か一つを只ひたすらに求め、目指し続けるならば誰もが通る道。ゲームクリエイターとして名を馳せた檀黎斗も通った道だ。
「"面白そう"なんて理由も文句はないし、"儲かりそう"だって十分な理由さ。そのうえで彼女達がアイドルの楽しさをはっきりと理解してこそ彼女達は輝くことができるのかもしれないと思っている」
「それは同感だ」
「うむ。そして、その手段の一つとして大きな目標を彼女に立てさせるというのも手段としては十分にありえる話だ」
「ただその中で、彼女が楽しさを十分に理解する前にアイドルに対する情熱が失われるようなことがあってはいけない」
「どうだろうね。それで止まるならその程度でしかないということでしょう」
「君はそう言うだろうとは思っていたよ」
男から笑みが零れた。
「まあ気にかけておいてほしい。それもプロデューサーの役目というものだ」
「それなら仕方がない」
「よろしく頼んだよ。やはり、女の子は笑顔でいてもらいたいからね」
prrrrr.....
会話に割り込むように鳴り出した電話。
黎斗は謝りを入れることなく受話器に手をかけた。
「どうしましたか?」
『大変です黎斗さん! 未央ちゃんが……』
「何?」
瞬間、彼の表情は曇った。
『あの……よくわからないんですけど未央ちゃんが急に倒れて!』
只、それ以上に電話越しに聞こえてくる彼女の声は、焦りを隠した風もない切羽詰ったものだった。
「落ち着いて救急車を呼んでください。今から向かいますので安静にしていてください」
『は、はい!』
「失礼」
通話を切り男へと向き直ってみれば事態を察した風な表情を浮かべていた。
「なにかあったようだね」
「レッスン中に倒れたようだ」
「君の言葉からわかってはいたが……すぐに行くといい」
「ええ。社長も」
「私は事務所を空ける準備をしてから向かうよ」
「分かりました。では先に」
「ああ、任せたよ」
椅子から立ち上がった彼のジャケットがはためいた。
stage:dance studio
重く、外と中を隔てる扉を開けると一人の少女が地面へと寝かせられ、その傍らにそれほど変わらないような女性が心配そうに彼女の様子伺っていた。
「あっ、黎斗さん! 思ったよりも早いですね」
部屋に訪れた黎斗に気づいた彼女は、電話越しに見られたような焦りも引き、いくらか落ち着きをみせていた。
「私も預かっている身だからね」
早いというのは当たり前だ。
彼は人間ではない。人間の体を持ちながらデータでもある二重性を抱える彼からしてみればちょっとした距離などあってないようなものだ。
「それで、救急はどれくらいだと言っていた?」
「電話してから数分ってところなんでそろそろだとは思うんですけど……」
「ならば、外で待ってるといい。彼らも案内があったほうがいいだろうからね」
「そうですね! それなら外に出てます。未央ちゃんのことよろしくお願いします!」
言うやいなや立ち上がった彼女は重い扉を開いて外へと飛び出していった。
残されたのは苦しそうに床に寝転ぶ少女と、そのプロデューサー。
彼がアイドルのプロデュースに入れ込んでいるのであれば彼女への心配が頭を埋め尽くしていただろうが、彼は違った。
彼女――本田未央に見られた傍から見ても以上で稀有な症状が、彼の視線を張り付けにしていた。
呻く彼女の体は所々がじりじりとノイズが入ったように揺れ、時折腕や足胴が透け、見えないはずの床が見えてしまっている。
それは、この世界にはあるはずのない、バグスターウイルスにひどく似通った症状だった。
「う……プロデューサー……?」
閉じていた目を開き、苦しげな表情を浮かべながら黎斗を見るその瞳にいつものような覇気はなく、不安が読み取れた。
「心配かけてゴメン……大丈夫だからさ」
「立ち上がれないのに強がらなくてもいい。大人しく病院に運ばれたまえ」
「あはは、言い返せないや……」
心配させまいと軽口を叩いてはいるが、力なく笑う彼女の姿は痛ましく、むしろその姿が彼女の容態を物語っていた。
――やはりバグスターウイルスの類似種か。
隣に腰を下ろしている彼は、傍から見れば彼女を心配しているかのようにも見えるがそれは間違いと言えるだろう。
彼は自分のアイドルが陥った症状に目を向けており、この世界におけるバグスターウイルスのような何かの存在に関心が移っていた。
かねてよりこの世界がどんなものであるのかを調べていた彼は、自分が元凶とも言えるバグスターウイルスに近い存在―ノイズウイルスと称されている―について興味を惹かれ時間のあるときは各地の病院を探し回るほどであった。
それが今、彼の目の前に発症した患者がいる。それだけで十分に彼の行動がわかるはずだ。
――いい機会だ。
彼は彼女の手をとり、懐に仕舞われた何かを取り出そうと――。
ぎぎぃ、と。
扉が開かれ、ぞろぞろと部屋に人がなだれ込んできた。
「黎斗さん!」
見れば外で待機させていた彼女、青木が彼の名を呼んでいた。
後は一般人の仕事ではないだろうと、手を元に戻し、彼女の元へと静かに移動した。
「随分と早くて安心しました」
「未央ちゃんに何かありましたか?」
「いえ。二、三言口を開いた以外には特に、ですかね」
「そうですか……」
救急看護という現実を受けて不安が押し寄せているのだろう。
その声は、電話越しに聞いたような気落ちしたものだった。
「あまり気にしすぎるのも体の毒だ。後は、専門家に任せておきたまえ」
「そうですよね……なんか心配しちゃって」
「素晴らしい心がけだ。あとは、快復した時に元気な姿を見せるのも君の役目かもしれないね」
「そ、そうですよね! よし! 治ったら未央ちゃんに遅れた分取り戻してもらわないと!」
「そうだね」
彼女は今に運ばれようとしている。
「私たちもここを閉めて病院に向かおう」
救急隊といくらか事務的な会話を済ませると、共に部屋を後にした。
重苦しい金属の扉に施錠をして階段を下りていく。
彼女の容態を知るのはいい選択なのだろうか。
この世界には、まだ。
ゲーム病(に似た何か)を治す手段は存在しない。
→→→stage select!!!
やっとエグゼイド要素出せました。