Game m@ster & Cendrillon 作:井浦むょ
stage:consultation room
「それで先生、未央は大丈夫なんでしょうか?」
白衣を身に纏い、カルテに目を通す痩身の男性に言葉を求めた彼女は、ひどく不安そうな表情を浮かべていた。
「ええ、珍しい症状ですが命に別状はありません」
淡々と、されど優しさを感じるような口調でその男――桜庭薫は述べた。
「そ、そうですか。大丈夫なんですね……」
「直接命に関わるケースは少ない病気なので、大丈夫ですよ」
救急車で病院へと運ばれ、見たこともないような症状が自分の娘に現れたとなれば当然だ。
そんな保護者を安心させて落ち着かせるのも彼の仕事だ。
ただ、大丈夫だと診断して終わりとはいかないのも彼の立場である。
「後天性遺伝異常と呼ばれる病気で発症から数日かけて体内の遺伝情報が変質していく現代医学の基礎を覆すような症状ではありますが、体に強い影響が見られるのは稀ですね」
「ということはもしかして未央にも何かあったりとか……」
稀。言い換えれば強い影響が出るかもしれない、そんな不安を駆り立てるような説明に彼女は目敏く反応した。
「それなんですが、未だ謎が多い病気でして」
「じゃあ! 未央はどうなるっていうんですか!」
被せるように発せられたそれは、質問というにはあまりにも悲痛な叫びだった。
「私が知る限り最悪の場合、身体の消滅。後は、性格が変わってしまったり記憶を失うといった後遺症も見られるようです」
「そんな……なんとか治らないんですか!?」
「今の現代医学では難しいかと……」
人類数千年の歴史と言えど未だに治療法の見つからない難病も存在する。不治の病と呼ばれた癌でさえも快復に至るケースは増えてきているが、ただそれも、長年の技術の積み重ねによるものであり治療法が確立されるのはいつになるのかも知れなかった。
「なんで……」
――私の娘がこんな目に。
そんな風に続くような悲壮な呟き。
自分の娘がなぜ過酷な環境に侵され、深刻な症状と闘う必要があるのかと嘆かずにはいられない。
「私どもにできることは患者の精神状態を安定させることくらいが限界でして……後は娘さんの努力、気の持ちようということに」
ゲーム病も患者に必要以上のストレスを与えないことが症状悪化の防止に繋がる。
知らぬ間に最善の策を取っているようにも思えるが、むしろその程度のことしか彼らにはできない。
「ひとまずは様子見ということになります。彼女の容態も安定してきたようですし、顔を見せてあげてはいかがでしょうか」
「……っ、ありがとうございます」
「期待に応えられず申し訳ないです。何か聞きたいことがあればなんでもお答えしますが」
「いえ……」
彼女は一礼とともに立ち上がり部屋を去った。
非常に重い空気が立ち込めた診察室。
とは言っても病院にそういった患者は付き物だ。いつまでもその気分を引きずって診察室を訪れる人間に不安を与えるのは問題である。
伸びを一つすれば、気分を切り替えるのも難しくない。
患者のカルテを片付けつつ次の診察へ向けた準備に移り始めた頃、その男は部屋に足を踏み入れた。
薄手のシャツと黒のジャケットに袖を通し、革靴を鳴らす彼――檀黎斗の表情はいつものように微笑を浮かべていた。
「……あなたは?」
誰に呼ばれたわけでもなしに勝手に入室した黎斗を咎めることなく、彼は問いた。
「私は彼女のプロデューサー。まあ、職場の保護者みたいなものと思ってくれて構わない」
「ということは、あなたも――」
「ノイズウイルス。通称、Nウイルス」
被せるように発せられた言葉。
その言葉は多くを語らずとも、桜庭薫という男からすれば十分すぎる言葉だった。
「発症すれば全身が薄く透けたり体に時折ノイズが入ったように存在が曖昧になることからつけられたとされる」
「……」
「発症と共に激しい頭痛が患者を襲い遺伝症状が書き換えられ、数日もすれば身体組織も細胞もすべて入れ替わる、今までの病医学では信じられないような病気とされている」
黎斗が幻夢コーポレーションでゲームを作っていた頃もゲーム病に関して大々的に対策が施されていた。
ただやはり、彼が元の世界で引き起こしたゼロデイのように大きな被害が確認されていないためだろうかこちらの世界では国全体で対策をするという段階には至っていないようだった。
「既に知っていたってことですか」
「少しは話題になった病気ではあるからね」
嘘と言うにはあまりにも白々しい。
この世界においてはウイルスの発生に関与していないとはいえ元の世界ではウイルスを生み出した張本人。元凶も元凶、息のつく間もないほどの大悪党のようなものである。そんな彼がウイルスの生態について何も知らないわけがなかった。
勿論、話題になったということ自体は嘘ではない。
発見当時からすれば未知の病気であったそれは人体の不思議と言って差し支えのない症状。人体への影響が不明ともなればマスコミが黙っているはずがなく、テレビや新聞で大々的に報じられるほどにその存在を世間に知らしめたのはこの世界では記憶に新しい。
「その様子だとそれほど説明は必要ないですね」
「たしかに説明は不要だ」
「それなら、あなたも見舞いに向かわれてはどうですか」
「そのつもりですが、一つ聞きたいことが」
からからと回る丸椅子に腰を下ろしながら黎斗は桜庭の言葉を待った。
「? なんでしょう」
「おそらくここはあの手の患者を多く受け入れているようだからね、ドクターの観察眼をお借りしたい」
「症状のことなら教えるほどのことはないですが、何か?」
「症状が落ち着くまでどれくらいでしょうか」
容態が落ち着く――というのであれば病室に運ばれ鎮痛剤を投与された段階で一時凌ぎではあるが落ち着いている筈だ。つまりはそれよりも後の症状のこと、要は遺伝子の再構築が終了するまでの期間のことを聞いているのだろう。
「症状の進行具合から見て早くて……明日には、といったところですね」
少し考える素振りを見せて彼は答えた。
「そうですか」
「……退院は症状が最終ステップまで進んだあと診断もありますので加えて二、三日になりますが」
「無事退院できたときのために祝う準備もしておかなければいけないみたいだね」
彼は笑顔を浮かべゆっくりと立ち上がった。
その拍子に丸椅子が釣られるように回る。
「あなたのように素晴らしい医師がいてくれたのをありがたく思うよ」
にこにこと人のよさそうな笑みを浮かべて謝辞を述べる姿はここ最近では見慣れた光景だ。
「では失礼する」
先程立ち去った少女の親のように軽く礼をしてそのまま部屋を去っていった。それは医師からすれば見慣れた光景で何か特別に感じるようなこともないはずなのだが、患者を相手にしたときのような温かさも重苦しさも、何も感じないようなその雰囲気に彼は少し疑問を覚えた。
まるで、すべて知っていたように。
聞くまでもなく、お前なんて必要ないとでも言うように。
「僕は……」
黎斗が出ていった診察室でぽつりと呟かれた独り言は誰にも届かない。
机の上でこれでもかというほどに握られた拳が、震えていた。
stage:sickroom
照りつける太陽が窓越しに見え、立ち並ぶビルがいつもと変わらない街を切り取っていた。
真横から差し込む日差しがベッドの傍らに立つ彼女の影を壁に作っている。
「心配かけてごめんねお母さん!」
元気一番努めて明るくいつもの彼女らしい明るさを感じるその声は、病気に罹っているということを忘れさせるほどだ。
「ほんとに心配してるのよ。だって、未央がどうにかなっちゃうんじゃないかって」
「大丈夫だって心配しすぎ!」
不安そうに我が子を見つめる彼女とは裏腹に、ベッドに体を横たえている彼女――本田未央は特に気にした風もなく振舞っている。
「だってほら! 私が辛そうに見える?」
体を起こしてにっと笑って見せる。それはいつもと変わらない笑顔だ。
「そうだけど……」
「大丈夫大丈夫! 元気と明るさが取り柄だもん、これくらいすぐだって!」
「……そう?」
「ほんとほんと! すぐに退院してまた元気な私に戻るから!」
「未央が言うなら私だけ落ち込んでてもしょうがないわよね」
未央の笑顔に釣られるように笑う彼女。
しんみりした様子で見舞われても未央の性格では困るところもあるはずだ。そういったことも汲んでの笑顔なのだろう。
「そうそう! お母さんも元気じゃないと寂しいからね」
お互いが笑顔になる、それも彼女――本田未央がアイドル足らしめる理由なのかもしれない。
こんこん、と。
そこに、ドアを叩く音が割って入った。
「どうぞー」
「失礼」
扉を開けて入ってきたのは、彼――檀黎斗だった。
「あなたは」
「お久し振りです」
アイドルのプロデューサーとそのアイドルの親ともなれば面識はあるだろう。
軽い会釈を交わす。
「ええどうも。未央がいつもお世話になっております」
「いえ。精力的に頑張ってもらって私どもも感謝していますよ」
「そうですか? まだ私は未央の頑張りを見れてないもので」
「あまりお気になさらずとも彼女ならすぐに人気になりますよ」
「ちょっとプロデューサー、恥ずかしいからあんまりそういうのやめてほしいんだけど」
軽い挨拶のようなものでも自分が話題ともなれば避けたくなるだろう。話を遮るように割り込んだ彼女は少し恥ずかしそうな表情を浮かべている。
挨拶もそこそこに。
表情をぴしりと締めて頭を下げる檀黎斗。
「この度はお子さんに大変な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」
本田未央が病気に罹るに至ったのは彼が原因であるかは定かではない。それでも彼女を監督する立場にいる以上、彼女を見守る責任がついて回る以上、頭を下げないわけにはいかなかった。
「顔を上げてください。何も貴方だけが原因と言うわけでもないでしょうし」
「そういっていただけると助かります」
顔を上げた彼の顔は見れば仕事をしているときの表情だ。
親が来ているというのであれば彼女の仕事の話をするには都合がいいということなのだろう。
「とりあえずは彼女が復帰したいと願い出るまでは療養しても構わないと社長から了承を得ています」
「そうですか」
「本田君も元気になるまで頑張ってくれたまえ」
「すぐに元気になるから大丈夫! そんなことより復帰したらガンガン有名になれるようにプロデュースしてもらわないと!」
ぐっと親指を立てて自信満々に答えてみせた。
「それは君次第だね」
「それじゃあ、慶ちゃんにもレッスン張り切ってもらうようにお願いしといてね!」
「それくらいなら構わない」
「それに慶ちゃんによろしくって伝えといてほしいな!」
「ああ、それくらいなら自分で言いたまえ」
「彼女も心配しているようだからね」と付け加えて携帯を開く。そこには、彼女――青木慶からの謝罪のメールと心配している旨を伝えるメールが届いている。
「私はこれくらいにしておこう」
親子水入らずの空間にわざわざ長居する理由は彼にはない。
「家族の時間に水をさしてすみません」
「いえいえ。未央も楽しく芸能活動ができているみたいですし」
「私はちょっとした見舞いのようなものですので、後はお子さんと話でも」
「お気遣いいただいてありがとうございます」
「それでは本田君も早く復帰できるように頑張るといい」
「もちろん!」
「早くしないと社長が新しいアイドルを見つけてしまうかもしれないからね」
「えっ、それは困る!」
「では失礼」
軽く礼をして部屋を去る。
彼が去った後の部屋では会話が続いている。
stage:sickroom
夜の病棟は暗く、静かだ。
誰も出歩かず、寝静まった病院は人がいるのにも関わらず人の気配を感じるのも難しい。きらきらと輝かしくネオンの看板が光り続ける繁華街とは違い、文明を感じながらも世界に取り残されたような感覚に陥るような不思議な場所。
そんな場所、とある病室。
本田未央の眠る部屋で、ゆっくりと蠢く影があった。
ベッドで静かに寝息を立てる彼女に一歩また一歩と近づくそれは、少なくとも人型をした何かであるには違いない。
彼女のすぐ隣、一歩も踏み出さずに彼女へと触れる位置にまで近づいたそれは体を倒すようにして近づく。
その距離は、腕を伸ばせば届くと言うほどのもの。
緩慢とした動きではあったが、徐々に彼女へと近づいていったそれは、影を伸ばすように彼女の肢体へと近づいて――
「なんだろうね」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
見れば、彼女の目は月明かりを反射してその影を見つめていた。
「もしかしたら、死神とかだったりして」
いつから起きていたかも知れないが、はっきりと呟かれる言葉は寝言や起き抜けに発せられた類のものではないのが確かだ。
「じゃなかったら、私、だったりして」
なんてことを言うほどに彼女は弱っているのかもしれない。
寝ているわけでもないのに夢を見てしまう。
病気で精神の参った子供が見る幻覚のように、何か彼女にしか知りえないものと空目しているのだろうか。
「もう、私は終わり。そうなんでしょ?」
自分の死期を悟ったように影に語りかける。
病気が進行してしまえば私は失われて新しい私が生まれる。そんな詩的な表現が似合うような彼女の言葉だが、これが演技だとでも言うのならば、彼女には天賦の才が眠っていると皆口をそろえて言うほどに悲哀に満ちていた。
「終わりなら、あとの私のことお願いしたいな……」
『私』と『私』。
本当に同一のものだと言うのならば、こんな言葉など吐かないだろう。
遺伝子が組み変わってしまった存在を彼女は自分と認めない、それを意味した上での言葉なのだろうか。
『私』が『私』を塗り潰す。
それはもしかしたら、じわりじわりと人間を飲み込んでいく、何か恐るべき存在の侵略なのかもしれない。
「あっ……」
彼女の口上を聞いて身を引いたのだろうか、彼女に迫っていた黒い影は水に垂れ落ちた墨汁のように徐々に薄まって消えていった。
「まだ、その時じゃないってことなのかな」
取り残された彼女は内心を言葉に乗せることもなく淡々と言葉を吐き出す。
そして数瞬。
ふーっと肺に溜まった息を吐き出す唇が微かに揺れていた。
「っ……怖い。怖いよ……」
小さく、息を殺すように呟かれる。
「誰か助けて………」
両手で顔を包むように覆われて表情は伺えない。
ただ、くぐもった声は闇夜に紛れて夜の病院に消えていく。
指の隙間から溢れた涙が手の甲を伝い、ベッドを濡らした。
stage:passage
「プロデューサー」
からからと車椅子を押す檀黎斗に彼女は尋ねる。
「何かな」
なんでも答えてあげよう、そんな広い心を感じさせるような言葉を返しながらも車椅子は淀み無く車輪を回し続ける。
「勝手に出歩いていいの?」
押されるがままに進む彼女だったが、その質問は至極当然のものだ。
見舞いに来るとの連絡も無しに突如として病室に現れたと思ったらどこからともなく車椅子を用意し彼女を乗せて病室を後にしたからである。
「安静にしておくようにとは言われたが少し外の空気を吸ったくらいで悪化する病気ではあるまい」
ゲーム病のなんたるかを知っている彼からしてみれば当たり前のことで、彼女が罹っている病気も似たようなものである以上別段それが大きく問題になるようなものではないと判断したようだ。
「それって許可とってないってこと?」
「そう言ってくれて構わない」
まあそれが独断であることには変わりはないのだが。
「えっだめじゃん」
「気にしなくてもいい。それにちょっと悪いことするのが好きなタイプだと私は思っていたが」
「そりゃあわくわくするけど……」
「椅子に乗せられて押されている身だ。責任など在ってないようなものだろう」
院内を押し進める二人を咎めるものはおらず、一歩二歩三歩と歩数を重ねるうちに、いつのまにやら青々とした芝の茂る庭に辿りついていた。
「普通に出れたね」
「忙しいのだろう」
「てか、外出てどうするの?」
「君は動くほうが性に合っているだろう? まあ気分だけでもと思ってね」
「ありがと! いやーデキる大人は違いますなー」
褒められたところで気にする様子もなく太陽が爛々と輝く空を眺めながら、彼は歩く。
どうせ、彼は褒めても何もでないだろう。例えそれが彼の開発したゲームだとしても、彼はさも当たり前のように振舞うのは手を取るようにわかる。
「それで、このかっこいいケースは何?」
と、ここにきて彼女は今まで伏せていた疑問を口にした。
檀黎斗が病室を訪れたときも手にしていた銀色のジュラルミンケース。
それを彼女は、なぜか、持たされていた。
「これは私の開発したゲームだ」
「持ってくる必要あった?」
彼女からすれば当たり前の疑問だ。
ゲームと言えば椅子に座りテレビに繋いで。といったように室内で遊ぶことを想定している。ましてや電気を引いてもいない太陽の輝く芝の上で遊ぶとは思いもしないだろう。
「私のゲームを遊んでみたいと言っていただろう? プレイしているところくらいなら見せてあげようと思ってね」
車椅子を止めて辺りを見回す彼。
「何それ! せっかくなら遊ばせてよ!」
「それはまた今度だ」
彼女の抱えるそれをひょいと取り上げると彼女から数メートル離れたところでそれを開いた。
中から出てきたのは、ライムグリーンとショッキングピンクに彩られた
――ガシャットドライバー。
藍色のグリップにプラグのような半透明の刃のついた
――ライダーガシャット。
「? 何それ?」
勿論、彼女がそれらの存在を知るはずもない。
ゲームだと言い張るそれらを見て興味を引かれた様子を見せる。
今更それを気にする必要もないのかそれらを手にとった。
取り出したドライバーを腰に巻きつけ、右手に握られたガシャットを見せつけるように肩上に構えると、
「見ていたまえ。これが、私の開発したゲームだ」
ガシャットのボタンを押した。
【MEGGLE LABYRINTH!】
奇怪なセリフが青空の下に響き、空中には謎の画面が飛び出していた。
→→→stage select!!!
ゲーム病の症状が思い出せなかったんですが社長の例のセリフで言ってましたね。
ありがとう社長。Vシネ楽しみにしてるぞ。