The beginning of "Z"ero 作:気まぐれな男
一瞬にも永遠にもとれた接吻は、ルイズから唇を離すことで終わりを迎えた。
離された二人の唇からはうっすらと糸が引いていた。
ルイズは顔を赤くしている。
(あの人の唇、柔らかかったなぁ…じゃなくて!)
ルイズはそんなふしだらな考えを振り払うために、頭を激しく振った。
そんな様子にコルベールは苦笑を浮かべ、A2の方を見る。
A2は完全に固まっていた。まさか契約の方法がハッキングでも"従属化"でもなく、他ならない接吻であったのだ。ましてやその相手がアンドロイド達が偽物の命をかけて守ろうとした人類であったからだ。
旧世界の文献にて、王女の接吻が王子の呪いを解いたという記録を読んだことがあるが、こんな経験は二度とない。そのルイズの言葉になるほどな、と勘違いして結論を出す。
.........それほどまでに彼女は現在の自分の状態を正確に判断し、適切な結論を出すことが出来ずにいた。論理回路は急速に働き、次第に肌の部分にも熱が伝導し、その神秘的な白をうっすらと赤に変える。
「ほ、ほら!照れてないでアンタも何か言いなさいよ!」
A2のその表情を照れと受け取ったのか、ルイズが頬を赤らめながら言う。
「.......そうか.....これが、人としての感情なのか....。」
感情を持たない人形は、それが人を人たらしめる要因であることに気が付いたのか小さな声でそう言う。
「.......これで終わりか?何も起きな....ッ!」
左手の神経センサーから、激しい痛みを感じ取り、その原因を確認すべく左手を挙げ、痛みの元に視線を向ける。
「ぐっ.....!おい!これはなんだ.....!」
「あぁ、それ?使い魔のルーンが刻まれてるのよ。」
「ルーン?」
その疑問にコルベールが慌てて答える。
「ルーンとは使い魔である証です。貴女のは......左手ですね。ちょっと、スケッチしてもよろしいですか?」
「ん....あぁ。」
コルベールがそう言う頃には左手の痛みは収まっており、代わりにそこには異様な文字が刻まれていた。
「なかなか珍しいパターンですね。やはり人だからでしょうか....。」
コルベールが独り言を漏らしながら、慣れた手つきでスケッチをしていった。
A2はただそれを見守るだけであった。
「.....終わりました。」
そう言ってコルベールは周りの生徒に学院に戻るように指示を出した。生徒達はやっとかと思いながらそれぞれが杖を振るって"フライ"を唱え、学院へと向かって行く。
「お前は歩いてこいよな!」
「その平民と仲良くな!」
そう言って今日一番の笑い声を出しながら。
A2はその様子を驚きの目で見ていた。
(まさか.....飛行ユニット無しに....。いやしかし旧世界の人類は....。)
などと困惑しているところにルイズが声を掛ける。
「ほら、アンタも行くわよ。」
「......お前は飛ばないのか?」
「.........アンタが飛べないと思うから、歩いて行く。」
「.........そうか。」
短い会話だったがA2は納得し、ルイズと共に歩いて学院へと向かった。ルイズが前を歩いていたからA2は気付かなかったが、彼女....ルイズの頬は未だに赤く染まっていた。
(うぅ.....ファーストキスだったのに.....でも、女同士なんだからノーカンよね.....。)
と、柄にもなく後ろを歩く女性に思う。
トリステイン魔法学院 女子寮 ルイズの部屋
「じゃあ、使い魔のことについて説明するわね。」
最初に言葉を発したのはこの部屋の主であるルイズである。空には二つの月が輝いており、この部屋に光を射し込んでいた。それをルイズの話を聞いているのか分からないA2が窓際から眺めている。
「ちょっと、聞いて....。」
「月が.......二つ.....?」
聞いているのかと注意しようとしたルイズの耳に入ってきたA2の声に、ルイズはさも当たり前かのように告げる。
「そんなの当たり前じゃない。貴女いったいどこから来たの?」
月が二つであることが当たり前であるという情報に、A2はここが過去である可能性、もはや地球である可能性でさえ捨てざるを得なかった。
「.....私は、地球というところから来た。」
「はぁ?どこよそれ。どんな田舎?」
ルイズの見当違いな返答にA2は続けて言う。
「ここではないどこかだ。少なくとも、ここよりは地獄のようなところだった。」
「じ、地獄.....。」
ルイズは目の前の女性が、いったいどんな環境で生きてきたのか想像出来なかった。
「せっかく説明しようとしてたのにすまないな。続けてくれ。」
「え、えぇわかったわ。」
ルイズがA2に対して少しばかりオドオドしながら話し始める。
「まず、使い魔には主人の目となり、耳となる能力が与えられるんだけど.....。」
「.....何も見えないな。」
ルイズはガッカリしたように続ける。
「......そうみたいね。」
「あとは?」
A2は続けてくれと促すと、ルイズは頷いて次に進める。
「あとは調合に使ったりする為の素材とかを集めて貰ったりとか.......。」
ルイズは諦め半分に言うが、
「......おつかいくらいなら、出来る。」
「いや、そういう事じゃなくて......。」
見当違いな事を言うA2にルイズは完全に諦めてしまった。
「はぁ...あぁ、そうそう。これが一番大事なんだけど。」
「.....何?」
「使い魔は主人を命をかけて守る、というのがあって.....。アンタ...戦えるんだよね?その....物騒な名前だったし....。」
「あぁ。ここではどれほど通用するか分からないけど、一応戦える。」
やっと自分の使い魔の良いところが見つかってルイズは少し心が踊っていた。何しろ苦労して召喚した使い魔が全くの無能だったら、自らのメイジとしての立場を保てそうになかったからだ。
「なら良かったわ。あとは身の回りの雑用とかだけど.....。」
「......そういうのは自分でやったらどうだ?」
A2の言葉は最もではあるのだが、それがルイズには気に入らなかったらしく、
「これも使い魔の仕事なの!いいからやって!」
大きな声を挙げる。A2はあまり口答えしない方がいいと判断し、
「......わかった。」
と、短く返事をした。
それからもどこか遠いところから来たA2の為にこの世界の常識や魔法、メイジや貴族、平民などについて説明した。A2はその情報がとても重要なものであることを理解しているのか、かなり集中してルイズの言葉に耳を傾けていた。
粗方説明を終えたルイズはA2に声をかける。
「ねぇA2。この"A2"って名前、人前じゃ不自然だと思うから私が名前をつけようと思うの。流石にアタッカー2号だなんてなんだか人間じゃないみたい。」
「あぁ。人間じゃないからな。」
A2は当たり前のようにそれを言う。
ルイズは衝撃を受けた。自分が平民だと思って振る舞ってた女性が人間じゃなかったのだから。
「えっ、じゃあ亜人かなんか?」
「......いつか教える。」
そう言ってA2は話を無理矢理打ち切った。
当然ルイズは不服そうな顔をしていた。
「何よ!使い魔なんだから教えなさいよ!命令よ!」
そう言ってA2に吐かせようとするが、
「.......名前をくれるんじゃなかったのか。」
と、逸れそうになった話題を持ってきて応戦する。
流石のルイズも折れたのか話を名前の件に戻す。
「とりあえずこの話題は保留ね。でもいつか教えなさいよ!」
「.......わかったよ。」
A2の返事に納得がいったのか、ルイズは少し微笑んでそれで名前なんだけど...とA2に名前を付けるために新たな名前を考え始める。しかしあまり思い浮かばないのか、A2自身に助けを求めてきた。
「......どんな名前がいい?」
「安直なのでもいいよ。」
A2がそう言うと、ルイズは早速思いついた名前を発表する。
「A2、アタッカー2号、二番目のアタッカーなんだから、"ニーア"ってのはどうかしら?」
「.......ッ。」
A2は少しだけ目を見開く。どこかで、聞いたことがあるような気がした。
しかし考えても分からないことに時間を割くのは無駄であると判断しそこまで深く考えずにルイズに答える。
「....いいんじゃないか?」
A2が気に入ったと判断したルイズは、彼女に対して頷き、最後にこう言う。
「じゃあよろしくね。"ニーア"」
「.......ああ」
今日はあっという間に過ぎていった気がしたルイズは、就寝の準備に入る。
服を着替え、着慣れたようなネグリジェに体を通し、おやすみという言葉を残してすぐに寝てしまった。
ニーアことA2は最後に寝る場所を聞いていなかったことに気付き、どうしようかと辺りを見回すと、床よりは柔らかいであろうソファーと本当は獣の使い魔の為の藁を見つけた。
藁などには脇目もふらず、ソファーに直行した。そこで1日の事を振り返る。......散々な日だったな、と。
そういえばここでは昼と夜の区別があったと、改めて異世界であることを感じ取るA2だった。
そしてソファーに横になり、一時的なスリープモードに移行する。
移行への準備を整えながら、ベッドに眠る主人をA2は見ていた。
(こんな子どもが私の主とはな…。)
そう考えていると、だんだん視界が暗くなりスリープモードに入った。
混ぜるってこんなに難しいんですね。