The beginning of "Z"ero 作:気まぐれな男
人類には、つまらない一日がまた始まったと憂鬱になる時間。
しかし戦いにその身を置いていたアンドロイド達にこのような平和な一日の始まりは、何よりも尊いものだろう。
陽光が差す。旧世界において朝と呼ばれる一日の始まりを意味する時間帯である。
その光を顔に浴び、ほんの微量の温度変化を感じ取ったA2は、スリープモードを解除した。
手が握られていた。何故気付かなかったか分からない位に温かく、人間らしい手が。
その手の元に視線を辿っていく。昨日、自分の主人となった少女、ルイズが眠っていた。
彼女が掛けてくれたのか、自分の身体には毛布が掛かっていた。.....必要などないというのに。
顔を見ると、汗と涙で少しだけ赤く腫れていた。
人類は眠るときに夢を見ることを知っていたA2は、彼女の頭を軽く撫でた。
心なしか表情が安らかになったルイズを見て、A2もその美しい顔に自然と微笑みを浮かべた。
「これくらいは.....してやらないとな。」
そう呟いてA2はルイズを起こさないようにそっと繋いでいた手をほどき、ソファーから起き上がる。
そして細心の注意を払ってその軽い身体を抱き上げ、ベッドに寝かせる。
眠っている少女の姿にA2は微笑んで、昨夜言われた使い魔としての任務を思い出す。
「確か....雑用も仕事の一つ、だったか。」
床に脱ぎ散らかされた衣服を見てA2はそう漏らし、それらを拾い上げた。
「んしょ....んしょ.....。」
トリステイン魔法学院の使用人であるシエスタの仕事は朝早くから行われる。
昨夜の内に出た洗濯物を回収し、朝一番で洗うというのが彼女の朝の最初の仕事だ。
毎日続けてそれなりに鍛えられているとはいえ、やはり少女にこの仕事量はなかなか負担がかかる。その証拠に、シエスタの歩く歩調はなんだかおぼつかない様子であった。
「.......ふぅ.....きゃ!」
歩いていたら誰かとぶつかってしまった。洗濯物が辺りに散らばってしまうが、シエスタの脳内は洗濯物を拾う、という事よりも先にぶつかってしまった相手への謝罪の言葉が渦巻いていた。
「すすす、すいません!」
見事に洗練された角度の謝罪の礼だった。ここまで洗練された動きに、ぶつかってしまった相手である女性も少しだけ驚いてしまう。
しかしすぐに元に戻った女性は、シエスタの分も含めて散らばった洗濯物を一つ一つ拾い上げていく。
「そんな!私の分まで!申し訳ございません!」
「ぶつかったのは私だ。何故お前が謝る?」
顔を上げたシエスタがその美しい女性に慌てながらその行動を代わりにすると言うが、美しい声はそんな様子のシエスタに平然と言い放つ。
「えっ?貴族様では....ないんですか?」
普段シエスタが会う貴族は拾い上げてくれることはおろか、むしろ謝罪を要求してくるというのに、目の前の女性はそんな貴族とは対照的であった。
「そんな身分じゃない。私はルイズの使い魔。」
「ル....ミス・ヴァリエールのことですか?」
そう聞くと、女性は頷いた。
「良かった......。」
シエスタは胸を撫で下ろす。もしぶつかってしまった相手が貴族で自分への処分を言い渡してきたら、そんな恐怖で誰かも分からず謝罪したのだ。
目の前の人が違ってて良かった。安堵の気持ちがシエスタの体を脱力させる。
「おい!大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です。」
自分の体を抱いた女性はとても美しく、その美しさに思わずうっとりしてしまう。
しかし、その気持ちを瞬時に切り替えると、女性の力を借りずに起き上がる。
「ありがとうございます。私はシエスタ。ここで使用人をしています。」
そういえばまだ名乗っていなかったと思い、 目の前の女性へ感謝の言葉を述べながら簡単な自己紹介を済ませる。
「私は......ニーア。ただのニーアだ。」
「ニーアさんですね。覚えました。」
ニーアと名乗ったその女性は少し雑な手つきで、ポイポイと籠の中に洗濯物を投げ入れる。
「あぁいけません!そんなふうに扱ったら!」
「.....すまないな。」
どうやらこの美しい方にも可愛らしい部分はあるんだなと、シエスタは微笑む。
「......何?」
「いいえ、何でもないです。」
ニコニコとしながらシエスタは、先程よりも少し軽い様子で洗濯物を運び始めた。
A2はやはりここでは偽名を使わねばならないと思いつつ、目の前の少女に嘘をついてしまったことに少しショックを受けていた。
しかしながら、以前はこんなことはなかったのになと自らの心境を思う。
これも、出会うはずなどなかった人類に出会った影響なのかとA2は結論づける。
目の前の少女シエスタに自分も洗濯をしにきたと伝え、ついていくことにする。
流石に自分よりも小さな少女にあの量は大変だろうと思い、半分程度持ってやることにした。
水場についてからもシエスタにならって洗濯をしてみるがなかなか力加減が難しい。何度破きそうになったか。
もしかして旧世界の人類は、私達アンドロイドよりも逞しく生きていたんじゃないかと考えながら、シエスタと共に洗濯していく。
作業を終えてからシエスタと別れ、ルイズの部屋へと戻る。
ルイズは起きており、その顔を少し赤くしてベッドに座っていた。
「洗濯、やってくれたの?」
「あぁ、使用人が教えてくれてな。」
「ところでA2。あの.....。」
ルイズは更に顔を赤くし、しきりに体をモジモジさせていた。
「.....ありがとう。」
そうA2が微笑むと、
「ふ、ふん!ご主人様として当然のことなんだから!」
昨日のような生意気な口調に変わるが、あのときのような嫌な感じは全くしなかった。むしろそれが愛おしく感じる位であった。
「それじゃあ着替えるから!着替えさせて!」
「それは自分でやれ。」
「これも仕事なんだから!いいからやって!」
A2は仕方ない、と言って彼女が昨日着ていた物と同じ制服を出し、ルイズに着させるために近づく。
「ほら、まずこれか?」
「う、うん....そうよ....。」
そう言って密着せんばかりに二人の距離が縮まる。
昨日シャワーを浴びさせただけだというのに、目の前の使い魔からは仄かにいい香りが漂ってきた。
それを意識していて最早着替えどころではなくなってしまったルイズは、彼女から衣服をひったくり
「や、やっぱり自分で着替える!」
「......?」
ルイズの突然の言葉にA2は少し困っていたが、すぐに答える。
「....わかった。」
結局自分で全て着替えたルイズは、行くわよと言って自分より背が高く、スタイルも良い使い魔の前を歩いて自室から出るのであった。
あんなに殺伐とした世界に洗濯という概念はないと思い、こうしました。