The beginning of "Z"ero 作:気まぐれな男
トリステイン魔法学院 ヴェストリの広場
そこには、騒ぎを聞いた者や暇を持て余した者達がぞくぞくと集まっていた。
皆、貴族による平民への制裁を期待しているようだった。
しかし、その中でも疑いの目を向けていた者達もいた。
「ねぇねぇタバサ。どう思う?」
「.......知らない。」
キュルケとタバサは決闘の勝者が必ずしもギーシュであるとは思っていなかった。
相手は土のドットクラス。キュルケにすれば取るに足らないような相手だが、問題はあのニーアと名乗った女にあった。
「あの人、只者じゃないわね。」
「......。」
そう漏らした言葉にタバサはピクリと眉を動かす。
彼女は直接話してはいなかったが、女性のただならぬ雰囲気に少しだけ親近感を抱いていた。
「......ここが、広場か。」
その言葉を聞いて、待っていたと言わんばかりに先にいたギーシュが宣言する。
「諸君!決闘だ!」
その言葉に答えるように観客席は歓声で満たされる。
A2はその光景にいつかの決闘場を思い出した。そこでは捕えられた機械生命体達が、アンドロイド達の鬱憤を晴らす為に、毎日のように虐殺が繰り広げられていた。
その虐殺に似た、制裁を期待しているのだろうと感じたA2はその期待を裏切ってやろうと口元を歪めていた。
「改めて自己紹介と行こう。僕はギーシュ、ギーシュ・ド・グラモンだ。僕の」
「御託はいい。さっさと始めろ。」
自分の言葉を遮られたギーシュは、顔を赤くしながら自らが得意とする錬金を用いて青銅でできた"ワルキューレ"を創る。
「僕は"青銅"のギーシュ。僕のワルキューレが君の相手をしよう。」
A2は左足を前にし、半身のみ相手を捉えているヨルハ機体の構えをとる。
近距離戦闘装備を起動し、2Bの記憶である"白の契約"と"白の約定"をセットする。
A2の背後に武器が浮いているという異様な光景に、観客は先住魔法だのなんだのと勝手なことを口にしていた。
「ほ、ほぉ、それで戦うのだね。来たまえ。」
ギーシュは声が上ずっていた。当然である。少し変な格好をしているとはいえ、ただの平民だと思っていた目の前の女が、まさか先住魔法めいたものを使うなんて思ってもいなかったのだ。
「そ、それじゃあ始めよう。行け!ワルキューレ!」
ギーシュの指示と共にワルキューレがA2に向かっていく。
ワルキューレの拳がA2に当たろうとして、観客から恐怖と興奮との入り混じった叫びが起こったその時、
A2は既にワルキューレの後ろに回っており、持っていた剣でワルキューレの背中を貫いていた。
「!?」
ギーシュと観客は何が起きたのか分からずにその場に立っていることしか出来なかった。
A2はそれを気にすることなく剣を抜き、崩れ落ちた戦乙女の首を容赦なく刎ねる。
「......これで終わりか?」
「....ッ!舐めるなッ!」
ギーシュに振り返るA2を見て、我に返ったギーシュが更にワルキューレを錬金する。
先程とは違い複数体のゴーレムであり、それぞれの手には同じく青銅で出来た剣や槍などの武器が握られていた。
「行けェ!!」
それぞれが違った動きをしながらA2に襲いかかる。しかし彼女らの動きはA2には遅すぎた。
最初に飛び込んで来たゴーレムを串刺しにし、それを続いてきたゴーレムに向かって剣ごと投げ飛ばす。
武器がなくなり、チャンスだと思ったギーシュはそこに吹き飛ばされていなかった複数体のワルキューレを向かわせた。
しかしA2には既に別の武器が握られており瞬く間に全てのワルキューレがバラバラにされた。
悪手だった。失念していた。目の前のまるで人間じゃない動きをする"モノ"が他の武器を所持していて、そちらも使いこなすなんて。
ギーシュは次の策を考えようとするも、全てあの女が圧倒的な力でねじ伏せてくる結末に至る。
「あ、あぁ。僕の、僕の負けだ。」
いつの間にか武器を回収してギーシュの首元に剣を向けたA2に、ギーシュは手が震え杖を取り落としてしまった。
A2がギーシュの首を飛ばすために、剣を振り上げる。
「待って!」
A2は手を緩めた。自分の主人が必死な声で命令を下したからだ。
ルイズは途端に表情が変わったA2に恐怖を抱いた。
このままではあの少女のようにギーシュを殺すのではないか、そんなことまで思っていた。
決闘はすぐに終わった。ルイズ自身がやめてくれと言ったからだ。
観客は何が何だか分からなかった。平民が勝つなんて、貴族が負けるなんて、自分の事ではないのにプライドが傷付けられた気分だった。
ギーシュはへたりこんで既に杖は落とした。これ以上続ける意味なんてなかった。
「お願いニーア、もうやめて。」
ルイズは使い魔へと駆け寄った。
A2は黙って剣を収めた。降参したものを殺すほど堕ちたつもりはなかった。
剣を振り上げたのも、ギーシュと観客が負けを認めるためにわかりやすく"説明"してやっただけだ。
「まさか、僕が負けるなんて.....。」
ギーシュはうわ言のように呟いていた。流石にもう続けるつもりはないらしい。
「おいお前。」
「.......何だい?何か、要求でもあるのかい?」
A2はあぁ、と答えるとギーシュに要求した。
「......お前が傷付けた二人と、使用人にはよく謝っておけ。」
「.......そんな事でいいのかい?」
ギーシュは呆気にとられた。この恐ろしい女はもっと過酷な要求をしてくるかと思ったからだ。
A2は少し頷いて、そのままギーシュから背を向け言った。
「.......優しい人に、なるんだぞ。」
ギーシュは力強くあぁ!と返事をするとA2とは逆の方向へと帰って行った。
ルイズはA2の最後の言葉から思ったことがあった。
(あんな人が、人を殺すなんて.....。)
ルイズから見たら、彼女はあまりおしゃべりな人間ではないがとても優しい人物に写っていた。
ルイズは使い魔の頼りある背中を見て、笑顔を浮かべながら彼女の元へと駆け寄っていった。
(何か、きっと理由が.....。)
決闘の一部始終を見ていたキュルケは、予想だにしていなかった結末に興奮した様子で隣のタバサに話していた。
「まさか勝つなんてねぇ〜。」
「.......意外。」
いつも冷静なタバサもこのときばかりは驚きで、つい読んでいた本から目を離していた。
タバサは興奮しているキュルケをよそに、去っていくニーアという女性の背中を見つめていた。
(.....この力があれば....。)
タバサは知らぬ間に自らの拳を握りしめていた。
「........勝っちゃいましたね。」
コルベールが隣にいた老人、オールド・オスマンに呆けた顔で言う。
実はこの決闘騒ぎを見ていたのはあの場にいた生徒達だけではなかった。
学院長室でこじんまりと鏡を見つめていた男性二人。その姿はまさに覗き見を働く思春期の男子のようだった。
「やはり彼女は伝説の使い魔ガンダールヴですよ!」
「落ち着けコルベール君。まだその確証はない。」
しかし、とコルベールが興奮した様子で左手のルーンがなどとオスマンに説明していた。
最初は決闘騒ぎを聞きつけた教師達がオスマンに秘書ロングビルを通じて止めるべきだ、眠りの鐘の使用を、と言っていた。
しかし最初からただの喧嘩だと思っていたオスマンは、ロングビルに止める必要なはないと伝えた。
オスマンも内心決闘の相手を聞き、あの人型の使い魔の実力を見たかったのだ。
勝つとは思っていなかった。装いを見て、明らかに貴族ではなかったのだから。
たとえグラモン家の息子で土のドットメイジだとしても、相手は貴族だ。どうせ負けると思っていた。
だが、使い魔の彼女は予想を大きく裏切ってきた。
苦戦しながら勝つなら、まだ納得できた。しかし10分も経っていないかも知れない時間で、彼女はギーシュを圧倒した。
その結末はオスマンに疑問を持たせ、コルベールに興奮をもたらした。
オスマンの疑問点は彼女の背中に浮いていた二本の剣である。
あれを縛っているように黄色っぽいリングがされていた。あの魔法をオスマンは以前にも見たことがあった。
「して、王宮には報告すべきでしょうか?伝説の再来かも知れませんよ!」
「やめておけい。だからこそそんな事をすれば戦争の道具にされるのは目に見えている。」
これは機密事項だと付け加えたオスマンに、コルベールはただならぬ雰囲気を感じ、はいとだけ返事をし退室した。
誰もいなくなった学院長室でオスマンはボソッと呟いた。
「あれは......ヨルハ機体。」
オスマンが以前出会った友は彼女と同じ魔法を使い、奇妙な衣装で奇妙な箱を連れてオスマンの元に現れた。
任務の途中だったという。敵の攻撃に撃墜されたという彼女の身体はボロボロであった。
ボロボロの身体のままオスマンの代わりに立ち向かってくれた。
彼女は強かった。箱の力だけで、ワイバーンを撃退する程に。
何とか撃退出来た後、彼女をオスマンは匿い、様々な治療法を試した。だが彼女はもうダメだからと言い、箱に次に現れたヨルハ機体に使用権限の譲渡を命令し、最期を迎えた。
オスマンは短い間だったが確実に友情が芽生えていた友を、然るべき形で埋葬した。
オスマンは、今こそ彼女に"破壊の箱"と名付けた古き友の遺産を渡すべきだと思った。
戦闘描写の難しさが身に染みてわかりました。