糖分も少しだけ
翌日、ペリーヌの屋敷の一角ではレートとペリーヌ、そしてユリウスがプロペラを外したベルトロのレストア中だった。
レートは脚立をベルトロのそばに立てその上に乗りながら左のエンジンカバーを開いて中のフィアットR.A.1050RC.58テルシオーネエンジンを弄っていた。
レート「よし、左の点火プラグは大丈夫だ。
オイル漏れもない、エンジンオイルも入れたぞ。
とりあえず動かしてみるから離れろ!」
レートはテルシオーネエンジンの点検をすると見守っていたペリーヌとユリウスを離れさせる。
レートはカバーを閉め工具と脚立を片付けるとクランクをエンジンに突っ込み回し始めた。
レート「よーし、動けよエンジンちゃん」
呟きながら回しているとエンジンが少し咳き込むと動き始めた。
レート「よし!動いた!」
レートは動くと急いでコックピットに入り出力を調整すると暖機運転にする。
レシプロエンジンはジェットとは違い繊細で暖機運転をしなければエンジンはまともに動かず、1気筒単位で点火のタイミングを調整したりしなければならないものや高地ではエンジン出力が不安定になるエンジン(一般的に知られているのはセントーラスエンジン)まであった。
レートはしばらく暖機運転にして動かした後エンジンを切った。
レート「ふう、ペリーヌ、エンジンの損傷が点火プラグの破損だけでよかったよ。
もし壊れてたら大変だった」
コックピットから出たレートがペリーヌに話しかけた。
ペリーヌ「ええ、それ以外はどうなのですか?」
レート「操縦系統は異常なし、プロペラは可変ピッチのギアが3つ破損して全部曲がってる。
ブレダSAFATは別に要らないから取り外していいだろう。
既に弾も抜いてるし。
後は主脚と灯火類のチェックだな。
多分いくつか割れてると思う」
レートがベルトロの現状を伝える。
プロペラの破損が深刻だったがそれ以外は特に問題はなかった。
せいぜい灯火類の破損程度であった。
ふとペリーヌはここであることに気が付いた。
ペリーヌ「レートさん、すごいですわね。
マニュアルも見ずに点検するなんて」
そうレートはここまで一度もマニュアルを見ていなかった。
そもそもマニュアル自体なかった。
レート「ああ、一応整備マニュアルも含めてこいつの書類は全部覚えてるからな。」
ペリーヌ「全部!?」
ユリウス「兄ちゃんスゲー!」
レートのマニュアル類全部を暗記しているという言葉にペリーヌとユリウスは驚いた。
レート「子供の頃に家庭教師から特殊な記憶法を教えられたからな。
そのおかげで士官学校とか授業と教科書とノートを丸暗記していたよ。
ん?」
レートは子供の頃に特殊な記憶法を教えられた結果天才的な記憶力を持っていた。
ふとレートは効きなれないエンジン音がするのに気が付き上を向くと飛行機雲があった。
レート「飛行機か?それにしても聞きなれないエンジン音だな」
ペリーヌ「いえ、ウィッチですわよ。
506部隊かしら?」
その飛行機雲はウィッチ、恐らく散々トラブルを起こしまくった上に軍政側からすれば面倒極まりなくしかも軍事的に全くもってよろしくない状況である第506統合戦闘航空団ノーブルウィッチーズだった。
それをペリーヌとレートは見あげていたが突如ユリウスが声を上げた。
ユリウス「この嘘つきウィッチめー!」
その声にペリーヌとレートは驚く。
ペリーヌ「ユリウス君?」
レート「どうした?」
二人は驚いてユリウスを見る。
ユリウス「あいつらが約束通り来たら、父さんは…」
するとユリウスは何が起きたかを話した。
要約するならばアルンヘムから逃げる時に父親たちが自警団として武装、抵抗したため全滅したという。
当たり前だが民間人の武装、ましてやスイスやかつての東ドイツの労働者階級戦闘団のような国民皆兵だったり民兵組織、中国やアラブの軍閥とは違い民間人が武器を持った程度の装備ではネウロイどころか史実でも蟷螂の斧だった。
ユリウスの話が終わった時、レートはどこか悲しげな表情をしていたことにペリーヌは気が付いた。
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その日の夜、ペリーヌの部屋でペリーヌはリーネとアメリーに昼間の話をしていた。
リーネ「そんなことが…」
ペリーヌ「ユリウス君はウィッチが自分達を見捨てたと思ってるのよ。
アルンヘムに向かった部隊は壊滅して救出に行けなかったのよ…」
アルンヘムはライン川沿いの重要拠点だったため戦略的なチョークポイントだった。
だが当時のネーデルラント軍は弱小でありその上当時の軍上層部は揃いも揃って無能であり当時まだ影響力の少なかったボック達がネーデルラントでの堤防を決壊させて足止めさせる策とガリア北部における機動防御戦を要請したにも関わらずそれを無視した結果40年に西部戦線が崩壊した。
ボックの策は最もでありネーデルラントとベルギカは狭いため大規模な部隊の行動はできず、その上地形も複雑で軍も弱小であるため決戦の場とするには不適切だった。
そのため彼は決戦の場をガリアの平原としベルギカ、ネーデルラント方面は側面防御と支援に徹することで敵の主力を戦車部隊でもって殲滅、そのまま一気にライン川西岸を制圧する案を立てたがこの案は当時の連合軍が「ネーデルラント・ベルギカ方面への主力部隊の投入」と「アルデンヌ地域からの兵力の抽出」、「予備装甲戦力の大半をアルザス・ロレーヌかベルギカ・ネーデルラントに投入」そして何より「ネーデルラント方面からの反攻」という無為無策を断行した結果大失敗、主力部隊が壊滅という最悪の結果を招いた。
その結果ボックの案は崩れ去り前線が崩壊した。
これ以降ボック達などは連合軍の上層部に対して幻滅し彼らの排除を開始ししたのだ。
リーネ「でもユリウス君の気持ちを考えたら仕方ないよ…」
アメリー「私達がウィッチだとは言えないですね…」
3人がウィッチだとはとても言える状況ではなかった。
するとふとペリーヌが聞いた。
ペリーヌ「レートさんは?」
アメリー「多分バルコニーだと思います」
ペリーヌ「そう、ありがとう」
アメリーが答えた後二人が出ていくとペリーヌはバルコニーに向かった。
そこではレートが手摺にもたれながら夜空を見ていた。
ペリーヌ「何か見えますの?」
レート「ペリーヌ…そうだな、デネブとアルタイルとベガの三角形とかかな?
あんまり星座の事は詳しくないんだ」
ペリーヌに声をかけられてレートは振り向いた。
ペリーヌはレートの横に並ぶと話しかけた。
ペリーヌ「レートさん、ユリウス君の事どう思う?」
レート「どう思う?とは?」
ペリーヌ「あの時の表情、思い当たる事があるのかしら?」
ペリーヌが聞くとレートは表情を変えた。
ペリーヌ「図星のようね、あまり詮索はしないわ。
きっとあなたもあの子のような経験をしたのね」
レート「ああしたよ。
祖国の名誉の為に故郷の為に戦い、同じイタリア人同士でイタリアの地で殺し合い、同じイタリア人に追われ、そしてイタリアを、愛する故郷を追われた。
全ては1943年9月7日に始まった。」
するとレートは祖国イタリアでの1943年9月7日から始まったイタリア史上最悪の殺し合いの話を始めた。
レート「その日突如、祖国が連合軍に降伏した。
突然だ、なんの兆候もない、突然今まで敵だった奴らに武器を捨てて投降しろと言ったんだ。
訳が分からなかった。
その上その2か月前にはドゥーチェが逮捕されてた。
私はその日チヴィタヴェッキアでサルデーニャ島に向かう方法を探していたんだが突然降伏しろと言ってきたんだ。
あまりにも突然で誰も、一緒にいた陸軍将校も海軍将校もカラビニエリも誰も何も分からなかった。」
1943年9月7日、突然アイゼンハワー連合軍総司令官はイタリア王国の降伏を公表した。
それは突然、特に何も聞いていない上に未だ本土に連合軍が僅かしか上陸しておらず未だ無傷の兵士が100万もあったイタリア軍にとっては突然すぎて理解できず各地で大混乱が発生した。
それに輪をかけたのがムッソリーニの後任の首相だったピエトロ・バドリオ元帥が出した「連合軍に降伏しろ」と「第三者の攻撃に反撃せよ」という相反した命令、想定より速いドイツ軍によるイタリア本土の占領、更にはドイツによる捕縛を避けるため王家と政府が南部に逃げた事、何より前線にいた兵士達にとっては文句があるとはいえ昨日まで味方であったドイツ軍に銃を向けることなどできず、またあまりにも早い降伏であり多くの兵士達には負けそうだからという理由での降伏に他ならなかった。
レート「そして私はやってきたドイツ軍に捕虜として連行された後、ドゥーチェが率いる新政権の軍に参加した。
それがRepubblica Sociale Italiana、イタリア社会共和国だ。
そこで私は親友のアドリアーノがいた第Ⅰ戦闘航空群アッソ・ディ・バストーニに参加した。」
そして降伏後、連合軍に降伏しなかった者の一部はドイツ軍に協力し始めた。
更にドイツ軍は幽閉されていたムッソリーニを救出しイタリアに新政権を作った、それがイタリア社会共和国、通称RSIだった。
そしてその軍には多くのイタリア人が馳せ参じた。
代表的なものでは“リビアの屠殺者”ロドルフォ・グラツィアーニ、名門貴族家出身のRSIの代表的人物ユニオ・ヴァレリオ・シピオーネ・ボルゲーゼ、イタリア軍のトップエースの一人アドリアーノ・ヴィスコンティなどがいた。
彼らの合言葉は「イタリアの名誉の為に」、不名誉な降伏に対して名誉ある継戦を主張した。
一方南部に脱出した王国と連合軍に降伏したイタリア軍の一部はそこから連合軍側のイタリア軍、イタリア共同交戦軍を設立し連合軍と共に戦い始めた。
更に各地では連合軍側によってパルチザンが次々と生まれその数は終戦時には20万人にもなったという。
彼らRSIと共同交戦軍はイタリアを舞台に激しい戦闘を繰り広げた。
そして時には同胞同士で殺しあうという悲劇を繰り広げた。
レート「そしてまた連合軍と戦い始め、一旦陸戦部隊の第1突撃大隊フォルリに移動したこともあったが終戦まで戦った。
戦争が終わった時、私達は全員パルチザンに追われた。
親友のアドリアーノは副官と共に目の前でパルチザンに殺害され、その後自分達も暴行と拷問を受け命からがら逃げだして故郷を目指したが故郷では家族全員がパルチザンに処刑されてた。
そしてまたパルチザンに捕まり暴行され、拷問され、処刑直前にたまたま通りがかった英軍に救出されて助かった。」
終戦後、RSIの将兵はパルチザンによる猛烈なファシスト狩りの嵐に巻き込まれた。
パルチザンはRSIの将兵や関係者を見つけ次第処刑していった。
その数は戦中のRSI将兵の戦死者の数倍とも言われ、特にエミリア・ロマーニャ州では激しく死の三角地帯とも呼ばれた。
そしてレートの故郷はその死の三角地帯のど真ん中に存在した。
レートの家族はパルチザンによって全員処刑され、レートも更なる暴行を受け処刑される直前に偶々通りがかった英軍部隊に救出されたのだった。
ペリーヌ「そんなことが…」
レート「ああ。そのせいで腕は肩まで回らない、時々悪夢も見る。
家族も親友も祖国も故郷も失い何度飛び降りようと思ったか…」
レートはそう呟いて嘆く。
その言葉にペリーヌはただならぬ物を感じた。
するとペリーヌはレートの手を取った。
ペリーヌ「レートさん、何かあれば私を頼ってください。
力になりますわ」
レート「ありがとう、ペリーヌ」
レートはペリーヌに微笑んだ。
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翌日、屋敷のそばに止められたルノーAHNトラックのそばではレートとアメリーがジャガイモが詰められた木箱をAHNトラックに載せていた。
アメリー「よいしょ」
レート「はいっと」
アメリー「ありがとうございます」
レート「いいよ、ベルトロのレストアもパーツがないから進められないから無駄飯食いにはなりたくないからな。」
ベルトロのレストアがパーツ不足で進められないためレートはアメリーの作業を手伝っていた。
ユリウス「なんだよこれ!」
レート「ユリウス?どうした?」
するとユリウスの声がして二人は振り向いた。
ユリウスは箱一杯に詰められたジャガイモを見ていた。
ユリウス「食い物沢山あるじゃねえか、独り占めかよあのクソメガネ!」
レート「この芋は食用じゃないぞ」
ユリウスは箱一杯のジャガイモを見て怒るがそれをレートが諫める。
ユリウス「じゃあなんだよ」
レート「種芋だよ。これからこれを農家に配るんだ。
ジャガイモは栄養の少ない土地でも育つし栄養も豊富だからな」
この芋は食用ではなく作物用の種芋だった。
するとアメリーが説明した。
アメリー「ペリーヌさんは自分で稼いだお金を全部つぎ込んでまず領民の暮らしを復旧させようとしているんです。」
ユリウス「メガネが…でも稼いでるって言ったって彼奴何やってんだよ」
アメリー「そ、それは色々です…」
ユリウス「色々?ふん」
ユリウスはアメリーの説明に不機嫌になりながら離れる。
ユリウスは離れると傍の修理中の建物の足場を蹴る。
すると物音がし始めた。
レート「ん?」
アメリー「危ない!」
突然アメリーが叫ぶとユリウスは上を見る。
ユリウス「ん?うわああ!」
すると上の足場に置かれていた煉瓦が崩れ落ちてきた。
次の瞬間、煉瓦は地面に落ちるがユリウスは無傷だった。
目を開けると犬の耳を生やしたレートがユリウスを押し倒していた。
レート「うっ…ユリウス、大丈夫か?
怪我は?」
レートはユリウスの方を見るがユリウスはレートを驚いたように見ていた。
レート「ど、どうした?ん?なんで私は無傷なんだ?」
アメリー「レートさん!」
レート「アメリー、私の身に何が…?は?これは何だ…?」
するとレートは煉瓦の真下にいたはずの自分が無傷な事に気が付いた。
レートは驚きながら駆け寄ってきたアメリーに聞いた。
そして自分の頭に生えた耳に気が付いた。
アメリー「まさか…レートさんが…」
ユリウス「ウィッチだったのか…」
二人はレートを驚いたように見る。
すると続いてペリーヌとリーネもやってきた。
ペリーヌ「何事です?え?レートさん…?」
やってきたペリーヌはレートに生えた耳に驚く。
ユリウス「お前ら…お前ら全員ウィッチだったんだなー!」
レート「待て!ユリウス!誤解だ!」
ユリウスはそう叫ぶと走ってどこかに行ってしまった。
レートはユリウスを引き留めようとするが走り去ってしまった。
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それから少しして、ペリーヌの屋敷から1キロほど離れたところにパ・ド・カレーの鉄道操車場があった。
ユリウスはそこに来ていた。
鉄道職員「早く3番線に機関車を回せ!」
将校「まだかかるのか!早くしろ!今日中にアルンヘムに運ばなきゃらならいんだ!」
ユリウスの傍で鉄道職員にカールスラント陸軍の軍服を着て左腕に黒と白と水色をベースに3頭のライオンが描かれたシールドをつけた将校が怒鳴る。
傍にはトラックと戦車が乗った30台近い平積み貨車とドラム缶や箱が積まれた無蓋貨車、対空機関砲が積まれた貨車、兵士たちが乗った客車が連結されていた。
ユリウス(アルンヘム!)
ユリウスは将校のアルンヘムという言葉に反応すると隙を見計らって傍にあったスチュードベーカーUS6U7トラックの荷台に潜り込んだ。
将校も鉄道職員も鉄道を守る鉄道警察もそんなことを知らず彼らは列車にガリア国鉄240P型蒸気機関車とカールスラント国鉄52型機関車を繋げるとアルンヘム手前のアイントホーフェンに出発した。
スチュードベーカーUS6トラックはアメリカ軍の中でもレンドリース向けとして生産されていた車両でU7型は5トンカーゴトラック型で生産数では全モデルの中で3番目の66998台が生産されてます。
ガリア国鉄240P型とカールスラント国鉄52型機関車はどちらも史実のフランス国鉄240P型とドイツ国鉄52型です。