「おい、あのバカ共はいつ来るんだ?」
「知りませんよ、少佐」
ジェノヴァ空港、空港の端で何処からかせしめて来たであろうカールスラント空軍ナンバーに書き直された中古のフィアット508CMコロニアーレに乗った二人のカールスラント空軍らしき軍人が苛ついていた。
片方は空軍の夏季用白色チュニックに熱帯地域用長ズボンに白い夏季用制帽を被った空軍少佐。
もう一人は熱帯地域用熱帯服と熱帯シャツに長ズボンにカーキの熱帯地域用規格帽を被った少尉だった。
そんな彼らにウィッチが近づいてくる。
「おい、伯爵様、アイツらまだ来ないのか?こっちは忙しいんだ」
「あの能天気バカ二人に任せるとトラブルを起こしかねないって言って志願したのは少佐ですよね?」
伯爵様と呼ばれたウィッチに文句をぶつける。
「まあそう苛つくな。事故の元だ。
落ち着いてのんびり待てばいい。どうせ物資チェックは多いからな」
「ああ、そうするよ。ローゼン伯爵様」
少佐はポケットから煙草を取り出してふかし始めた。
カルラ「ここは空港だぞ。火の取り扱いには気を付けてもらわないと困る。」
「こっちだって前線航空士官だ。そのぐらい心得てる。」
カルラ「本当かね?ミラー少尉、ヴァレンシュタイン少佐の言ってることは」
ミラー「まあ概ね事実ですね。」
ローゼンに答えるミラー。
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その頃、一行は屋敷に入っていた。
カルヴィ「あの年でこの屋敷を管理するとはすごいお嬢さんだ」
アドリアーナの横を歩きながらカルヴィが呟いた。
アドリアーナ「勘違いしてないか?ミミは私より年上だぞ?
確か三十路を二つほど超えているはずだ」
カルヴィ「…あれも一種の魔女だな」
カルヴィは思わず絶句した。
玄関に到着した一行は鍵を開けて広間に入る。
内装は比較的綺麗で外よりかは手入れがされていた。
床は白と青のモザイク、階段は大理石、大きな窓の向こうには大きな噴水もある。
貫二郎「すごい邸宅だ。映画でしか見たことないな」
邦佳「こうしてると、ヒッパルディのクラシック音楽が聞こえてきそうですねえ。
チャンチャンララチャンチャンチャチャ~ってやつ」
シャンデリアを見上げて那佳は素直な感想を口にする。
カルヴィ「ヴィヴァルディか?」
邦佳「そうそれ。貫二郎がよく弾いてくれた。」
貫二郎「ヴィヴァルディはバロック音楽でクラシックじゃないんだけどなぁ」
アドリアーナ「もうちょっとちゃんと音楽教育してくれ、少尉」
貫二郎「気をつけます」
アドリアーナとカルヴィは少し傷ついたような表情をする。
2階に上がる階段をのぼりながらアドリアーナとカルヴィはぶつぶつ呟きながら上がっていく。
後ろの貫二郎と邦佳はまさにお上りさんのようにあっちこっちぐるぐる見回していた。
そしてずらりと飾られた絵画の一枚を指さした。
邦佳「あっ!これ大尉ですよね!?」
アドリアーナに似た女性の描かれた肖像画を指さして邦佳が言う。
アドリアーナ「ああ、違うよ。
それは曾祖母を描いたものだって前に聞いた。」
カルヴィ「こうしてみると、君は曾祖母似だね」
アドリアーナ「褒めてるのか?」
突然褒めたカルヴィに驚いて聞き返す。
カルヴィ「勿論。これ程の美しい少女ならば、社交界の中心にいただろう」
アドリアーナ「その通り。社交界の華、麗しき毎夜の舞踏会の中心、それが曾祖母だって」
何となくいい感じになっている二人の空気をバッサリ切り裂いて邦佳が聞いてくる。
邦佳「あの、ところでこの絵いくらするんですか?」
アドリアーナ「そ、それは考えた事もないな」
考えた事もなかったな、というような顔をするアドリアーナ。
カルヴィ「カーロイに怒られそうな発言だな。
君も華族なんだからこの手の芸術品の幾つかぐらいは家にあるだろ?」
邦佳「うん、本家の方にはね」
本家に行った際にあれやこれやと美術品を自慢されたが、その大半を忘れ去っていた。
邦佳「美術品なんて、値段は覚えられても題名なんて覚えられませんよね?」
貫二郎「普通逆だと思う」
カルヴィ「ああ。値段を見て芸術品買うよりも作品名見て買う方が多いからな」
美術商の息子のカーロイが聞けば窓から投げ捨てられそうな発言をする邦佳。
一行はある部屋の前で止まる。
一瞬間を開けてドアを開くと広い部屋が現れた。
豪勢な部屋で、天井には18世紀のピクニックを描いた絵、ベッドは何処からかハインリーケが調達していたのと同じような天蓋付き、ソファーも刺繍が施され、暖炉には銀の燭台、マホガニーのテーブルには地球儀、ロココ様式のテーブルとイスまである。
カルヴィ「豪華な部屋だな。まるで姫様の部屋だな」
アドリアーナ「6歳まではここで育ったんだ」
アドリアーナは部屋をゆっくりと歩いて回る。
ベッドの傍にかつてのおもちゃ箱を見つけ開ける。
アドリアーナ「…まだ残ってたんだな。この複葉機のおもちゃ」
それはブリキ製でぜんまいを巻くとプロペラが回る複葉機のおもちゃだった。
アドリアーナ「4歳の時に祖母に貰った物だけど、出て行くときに無くしたと思ってた。
持って帰って整備班の誰かに直してもらおうかな」
邦佳「それって、貝の化石ですか?」
突然邦佳がおもちゃ箱の中に貝のようなものを見つけた。
アドリアーナ「ああ。
アンモナイトだ。
古生代から中生代にかけて生きてた頭足類で、大きいものは2メートルを超える、というのは祖父の受け売りだ」
化石をブリキのおもちゃと並べて膝の上に置く。
アドリアーナ「祖父はこうも言っていた。貴族はこいつと同じ、滅びゆく存在だとね」
邦佳「お爺さんやお婆さんと仲がよかったんですね?うちと同じだ」
笑顔になる邦佳。
アドリアーナ「祖父は話してくれたよ。もう亡くなったが。」
目を細めて思い出すアドリアーナ。
邦佳「すいません」
貫二郎「いいお爺さんだったんですね。聞いてると分かります」
アドリアーナはウインクして自分の隣に座るよう促す。
アドリアーナ「祖父はうちの家系の中でも変わった人でね。
あれはジャン・ガレアッツォ似だからって皆から煙たがられてた。」
邦佳「ジャン・ガレアッツォ?」
邦佳が隣に座りカルヴィがそれを見守るようにベッドにもたれかかる。
カルヴィ「初代ミラノ公ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティ。
野心家で知られ、ドゥオーモの建築や軍事的な拡大で知られる男だ。」
カルヴィが変わって説明する。
初代ミラノ公ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティ、ヴィスコンティ家の専制君主の中でも特に知られた人物である。
軍事的に拡大し、ミラノだけでなくロンバルディア地方全体を支配しようとフィレンツェと争った事や、彼が傭兵を軸とした軍事政策を取った事、将来的にはイタリア王を目指していたことなどが知られている。
そんな彼に似た野心家だと祖父は思われていたのだ。
アドリアーナ「祖父によると、人類にとってネウロイの出現は天佑だそうだ。
人間にとって最も恐ろしい敵は人間。
ネウロイが存在しなければ、人間同士が殺し合っていただろうってね。
そしてそれは事実だったからな。」
アドリアーナはカーロイ他の話した第二次世界大戦耶蘇の世界の歴史、更には今起きているロマーニャとガリアの激しい対立を見て祖父のあの言葉は事実だと確信していた。
カルヴィ「全くの事実だな。同じ国の連中でも殺し合う物だ。」
アドリアーナにカルヴィが同意する。
アドリアーナ「なぜ、知っているんだ?」
カルヴィ「なぜ?大体御同輩だからかな」
カルヴィの軽い告白に驚く邦佳とアドリアーナ。
貫二郎「所属は?」
カルヴィ「イタリア共同交戦空軍。まあ、合流できなくてパルチザンだが。」
カルヴィは元イタリア空軍士官であり、イタリア共同交戦空軍の士官、パルチザンだった。
カルヴィ「降伏までの間ロシアと本土防空戦に従事して、その後脱走。
脱走後はローマ周辺で占領したドイツ軍相手にパルチザンを率いて破壊工作を実施した。
タバコ、いいかな?」
アドリアーナ「駄目だ」
カルヴィ「そうかい。
で、ドイツ人を殺していたら、バレて捕まり、処刑されて、こっちに来て、今ではヴェネチア空軍士官さ」
軽い口調で話すカルヴィ。
それに何も言い返さないアドリアーナ。
暫くしてから、邦佳が聞いた。
邦佳「どうしてここに?」
アドリアーナ「言ったろ?輸送任務にかこつけての里帰りさ」
そう答えてから少し考えて、首を少し傾けて眉を顰めた。
アドリアーナ「…本当は、考えたんだ。
自分が黒田みたいに戦えなくなったらどうするか、潔く軍から身を引くかって。」
邦佳「今の私、無駄飯食いですからねえ」
邦佳は溜息を吐く。
アドリアーナ「でも、軍を辞めた後にどうするかまで考えたら、急に自分に居場所がない事に気が付いたんだ。」
ブリキの飛行機のおもちゃを手に取り続ける。
アドリアーナ「小さい頃は、社交界の付き合いにどっぷり浸かった親にくっついて、ウィッチになってからは軍の任務で各地を転々としていた。
だから、ここが私の居場所だって思える場所がなかった。
たった一つ、自分の場所があるとしたら。小さい頃に育ったこの屋敷だけだったんだ。」
カルヴィ「大尉?」
アドリアーナ「情けないよなぁ。
ネウロイ相手に命のやり取りは平気でしてるくせに、そんなことが不安で堪らなくなったんだ。」
おもちゃと化石を元の場所に戻すアドリアーナ。
そんな彼女にある提案をした。
カルヴィ「なら、この屋敷を修理でもするか。」
アドリアーナ「え?」
立ち上がり腰を伸ばしてカルヴィが言う。
カルヴィ「広いが、俺の伝手なら修理できる職人も金も資材も幾らでも用意できるさ。
どうせ戦争が終わったら、俺も銀行業に専念できる。
その時、生きてたらロンバルディア労働信用金庫に連絡してくれ。俺の銀行だ」
邦佳「良いですね!もう一度大尉の家族がみんな集まって住めるようにしましょう!」
アドリアーナ「それは難しいだろうな。両親も姉妹も散り散りだし」
全く予想していなかった展開に戸惑いの色を浮かべている。
邦佳「今はバラバラでもみんなまた集まりたいって思ってるはずですよ!
だからここを管理人さんに任せて残してあるんでしょ?」
邦佳は根拠ゼロの確信と共に人差し指をアドリアーナの鼻先に突き付ける。
邦佳「ここは大尉の家族が還ってくる場所なんですよ!きっと!」
アドリアーナ「還る場所、か」
カルヴィ「大事だぞ。還る場所があるのは」
アドリアーナ「そういうカルヴィはどうなんだ?」
カルヴィ「俺にとってはイタリアだ。
イタリアという国が還るべき場所だ。
もう一度、それを作りたい、そしてそこに貢献したい。」
アドリアーナ「案外ロマンチストなんだな」
カルヴィ「ロマンチストじゃない、愛国者って言ってほしいね」
カルヴィが笑ってごまかす。
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それから数十分して、一行はやっとジェノバに辿り着いた。
邦佳「ええっと、輸送機ってどれですか?」
着陸して諸々の手続きを終えた邦佳たちは空港で護衛予定の輸送機を探してうろうろしていた。
すると彼らを後ろから誰かが怒鳴りつけた。
「遅いぞ!!こっちをなんだと思ってるんだ」
振り返ると過去に見覚えのある、カールスラント空軍少佐がいた。
邦佳「あ!ヴァレンシュタイン少佐!」
それは第501統合戦闘航空団ストライクウィッチーズ作戦参謀ハインツ・ヴァレンシュタイン少佐と部下のミラー少尉だった。
二人の後ろには国籍マークの無い銀色のDC-3がいた。
DC-3とよく見慣れたオリーブドラブのC-47は軍用か否かが違う程度で殆ど同一機種であり、そのため同じように機体後部には荷物用の大きな扉があった。
その扉が開くと誰かが飛び降りて邦佳たちの方に向かってきた。
それは髪の短いくっきりとした顔立ちの小柄な女性だ。どうやら北欧系らしい。
「黒田中尉だな、輸送機のオーナー兼パイロット、カルラ・G・E・フォン・ローゼンだ」
彼女は伯爵という称号を抜きに名乗った。
名前の通り、カールスラント系の貴族らしい。
そしてその苗字にカルヴィは聞き覚えがあった。
カルヴィ「ほう、ローゼン家の人間とは」
カルラ「ローゼン家をご存じか?」
カルヴィ「北欧の名家でその当主は中々腕利きで破天荒なパイロットだとは」
カルラ「ハハ。君まで噂を知っているとは。
有名になった物だ」
カルラは笑う。
カルヴィの脳内にはカルラ・フォン・ローゼンともう一人、元居た世界にいたカール・フォン・ローゼンの事を思い出していた。
飛行家として著名であり、輸送機と戦闘機を購入してフィンランドに寄付したエピソードなどで知られるその男はヘルマン・ゲーリングの親類としても知られている。
戦後には国連事務総長である同郷のダグ・ハマーショルドの専属パイロットとしてコンゴ動乱の調停に飛び回ったが、病気療養中に彼は北ローデシアのンドラ空港に着陸する際にパイロットがミスをしたかあるいはカタンガの戦闘機部隊によって撃墜された。
その後もアフリカなどを飛び、ビアフラ紛争時にはビアフラへの人道物資輸送を妨害された腹いせにフランスと協力してナイジェリア軍を強襲し航空戦力を破壊するなど活躍。
最後もオガデン紛争直前の難民救援中に地上で殺害された。
彼の事を思い出していた。
カルヴィ「それにしても、506が雇った腕利きパイロットというのが君だというのはとても意外だ」
カルラ「輸送担当なんていうから、いかつい図体を期待したかい?」
カルヴィ「まさか、輸送機は女でも飛ばせるように作るって聞いたからな」
カルラとカルヴィは初対面だが気が合ったようだ。
アドリアーナ「伯爵に飛ばせない機体はないさ。
複葉機でアクロバット飛行をして欧州中を飛び回ってたことだってあるんだ」
アドリアーナが軽くカルラを抱きしめると気まずそうにする。
カルラ「昔の話だ。で、次回のリストは?」
アドリアーナ「そうそう、これだ」
カルラが話題を変えるとアドリアーナが数十枚に及ぶ書類を渡す。
それをクリップボードに留めて一枚一枚めくりながら中身を確認する。
カルラ「…また一段と姫様の私物が多いな」
ハインツ「おい、俺達は毎日酷い飯を食わされて戦ってるのにお前らは毎晩ダンスパーティーでもやってるのか?」
書類を横から覗き見したハインツがあまりの豪華さに文句を言う。
それに肩をすくめるアドリアーナ。
アドリアーナ「戦時下だろうが何だろうが、生活の質は落とさないんだと。
落としたら、ネウロイに屈したことになるそうで」
ハインツ「すげえ理屈だな。半分分捕れねえかね」
ミラー「物騒なこと言わないでください少佐。」
あまりの豪華さに文句を言う。
どさくさに紛れて本当に略奪しそうでミラーは止めようとする。
前線ではどんな物資も早い者勝ちだからだ。
アドリアーナ「こちらは至急という事だった。
ストックがあと数回出撃すればなくなるらしい」
アドリアーナはリストのトップに書き込まれた項目を指した。
ハインツ「おい、これ幾らすると思ってるんだ?うちでも補充大変だぞ」
カルラ「あっちこっちに頭を下げて物資を集めるこっちの身にもなってくれ」
アドリアーナ「すまないね」
アドリアーナは目頭を押さえるふりをする。
ハインツ「済まなそうに一切聞こえないな。」
カルラ「まあいいさ。これも仕事だからな。
ともかく、ハインリーケ似は釘を刺しておいてくれよ」
アドリアーナ「聞く耳、持つお思うかい?」
カルラ「だったな」
ハインツ「代わりに行こうか?」
ミラー「少佐が行ったら確実に拗らせそうなのでやめてください」
共通の悩みを持つ同志らしい二人に横から首を突っ込むハインツ。
嫌な予感を感じたミラーは必死で止めた。
○○師団の師団長だの都市司令部司令官だのを作ったらそこに誰を置くかが問題なのですよ。