名前:大野貫二郎
階級:少尉
出身:日本国東京府
所属:日本陸軍飛行第244戦隊
生年月日:1922年2月26日
使用火器:南部十四年式拳銃、ホ103、日本刀
使用機材:川崎五式戦闘機
↓
川滝三式戦闘脚Ⅱ型
使い魔:狸
固有魔法:超聴力
学徒出陣により陸軍特別操縦見習士官となった元東京音楽大学生徒で華族の次男。
大野家は北条氏康の四男北条氏規から始まる狭山藩の重臣で後北条家に早雲の代から仕える重臣であり仁明平氏と後北条氏の血を引いた名門武家であった。
明治維新後は男爵の爵位を貰い受け大野男爵家を創設、建築資材の販売問屋を開始すると西洋建築ブームに乗り大儲け、海外製建築資材も取り扱い江田島の海軍兵学校建築時の資材の一部の輸入も手掛けたり財閥の各種施設建設にも参加するなどして大儲けした。
父親は元陸軍軍人で士官学校卒(18期)で阿南惟幾や山下奉文とは同期で友人、特に阿南惟幾とは家族ぐるみの付き合いがあった。
だが出世せず戸山学校の体育教官などを歴任した後少佐で退役、退役後は実家の商売を継ぎ元陸軍軍人のコネを生かして戦争が始まると軍の施設への資材を売り戦中は南方各地で建築資材の取引を行い大儲けした。
また父親が相当な音楽好きであったため子供を音楽家にしたがったので東京音大に入学、その後学徒動員により特別操縦見習士官一期生で戦闘機パイロットとなった後三式戦を駆り飛行第56戦隊、その後飛行第244戦隊に移動、本土防空戦に従事しB‐29を含む6機を撃墜、B-29 2機を撃破した。
244戦隊で三式戦闘機から五式に機種転換、終戦直前の8月初頭に米海軍のF6Fの奇襲を受け戦死、飛ばされる。
音大生だったため絶対音感とピアノの演奏技術を持つ。
父親の影響から戸山流居合術をマスターしているほか剣道の柳生流の免許皆伝者。(使う機会無し)
趣味は音楽と登山、登山に関しては相当な手慣れで駒ケ岳の登頂経験あり。
操縦テクニックに関しては促成訓練であるためそれほど上手くはないが何故か高高度では向かうところ敵なし。
射撃はヘタクソで敵機のボルトが見えるぐらい近づかないと当たらないので基本的戦闘スタイルは肉薄して攻撃。
実家は非常に裕福であったためお坊ちゃん気質で楽天的、あらゆる面で一流の感覚を持つ。
猫好き。
納豆と漬物が苦手。
音大では作曲課程を学んでいたため作曲の才がある。
兄は海軍主計学校に入り終戦時には海軍主計少尉で佐世保鎮守府勤務だった。
煙草は駄目だが酒好き、特にウィスキー派。
料理は陸軍時代に多少は習った。
服装は昭五式軍服。
名前は大野竹二海軍少将。
見た目は若い頃の三船敏郎。
名前:エーリヒ・ルドルフ・テオドール・フォン・ホスバッハ
階級:大隊指導者(少佐相当)、中尉(空軍)
出身:イギリス領タンガーニカ ダルエスサラーム
所属:武装親衛隊第22SS騎兵師団第22SS工兵大隊臨時大隊長
生年月日:1914年7月28日
使用火器:Stg44、P38、パンツァーファウスト
使用機材:メッサーシャルフBf109K-4
使い魔:ジャーマンシェパード
固有魔法:爆破(物を爆発物に変える)
パーソナルマーク:ヤグルマギク(第22SS騎兵師団の師団マーク)
元空軍パイロットでスペイン内戦で復帰不能レベルの重傷を負い、当時部隊を拡張中だった武装SSに移籍したポーランド戦以来の大ベテラン工兵参謀士官。
実家はヴォンブジェジノの大貴族で叔父はドイツ帝国の将軍、父親はドイツ領東アフリカの官吏という典型的ユンカーだったが第一次世界大戦で父親はレットウ=フォルベルク大佐のドイツ軍に入り戦死、一家もイギリス軍の捕虜となり第一次大戦後には無一文で祖国に帰され、その上実家の領地も全て略奪され母方の家を頼らざるを得なかった。
幼少期はイギリス軍の捕虜となり過酷な環境で育ち、ドイツに帰ってからも貧乏で大ドイツ主義者の叔父に感化、母方の家がナチス党のスポンサーでそこからナチス党との接点を持ち青年組織に入り、そこでパイロットやグライダー訓練を受け再軍備後に空軍に入隊、花形の戦闘機パイロットになりスペインに送られるがそこで敵のI-16に撃墜され重傷を負い空軍から退役、当時拡大していた武装SSに移動しSSVT連隊ドイッチュラントに所属、その後ダス・ライヒに改編された際に工兵士官になりフランス、ユーゴ、ギリシャ、ロシアを戦った後42年の夏に編成中だったSS騎兵師団の工兵参謀士官として配属された。
SS騎兵師団時代はルジェフやブリャンスクでの防衛線などに参加するが43年には師団の訓練大隊で教育指導中にワルシャワ・ゲットー蜂起に巻き込まれ鎮圧に参加、ゲットーを焦土にしユダヤ人の虐殺を行った。
鎮圧後に師団に戻ると昇進、師団司令部工兵参謀となり東部戦線に従軍、ドニエプル川で防衛線を行うがその最中に工兵大隊長が負傷したため代理大隊長に、師団が休養と再編の為クロアチアに移動後正式に工兵大隊長に短期間なった後4月に新たに編成された第22SS騎兵師団の師団司令部所属となり移動、9月にはルーマニアでの戦闘に従軍するがデブレツェンの戦闘でソ連軍に包囲されるが戦闘団残余と収容した敗残兵を指揮し何とか友軍戦線にまで到達、騎士鉄十字賞を受勲した。
その後すぐにパンツァーファウスト作戦に参加、師団の編成が完了した直後にブダペスト包囲戦に参加し包囲され数か月間戦い続けた。
その中で脱走兵や犯罪を犯した兵士の処刑を行うなど苛烈な手段で規律を保ち続けるが工兵大隊長が戦死したため臨時で第22SS工兵大隊長となった。
ブダペスト包囲戦では大隊長自らパンツァーファウストを使い敵戦車を撃破するなど活躍するが追い詰められ、2月13日の最後の脱出作戦に大隊残余を率いて参加するがソ連軍の攻撃で散り散りになり一人ハンガリーの平原を彷徨うがそこでソ連軍に撃墜されたヤーノシュと出会い二人で逃避行を続けるも疲れ切ってある家でソ連軍に襲撃され戦死、飛ばされる。
スペインでの負傷で視力が低下し両目が0.05程度しかない。
爆破大好き。爆発大好き。ただ割と勘でやるタイプ。
過激な性格で民間人を殺害することに関しては何の躊躇いもない。
ナチス党員としては20歳になった34年に入党したので親衛隊名誉リングを持っている。
料理はできない。
大の反共主義者でイギリス嫌い。
大ドイツ主義者で国家社会主義者。
ヘビースモーカー。
参謀将校の経験があるため情報管理や作戦立案に関する素養もある。
陸軍部隊の指揮も可能。
叔父は親衛隊員で最終的にヴァルテラント帝国大管区警察指導者代理となったが戦後逮捕されポーランド人の虐殺・ユダヤ人追放・ホロコーストへの関与から死刑に処された。
(受勲勲章)
・騎士鉄十字賞
・1級/2級鉄十字賞
・1941東部戦線従軍記章
・剣付きスペイン十字賞銀賞
・一般突撃賞
・戦車撃破章銀賞(3つ)
・戦車撃破章金賞(1つ)
・白兵戦章銀賞
・戦傷章銀賞
・パイロット章
・パイロット兼観測員章
・パルチザン掃討章銅章
・親衛隊名誉リング
服装はSSのピーパターンのヴィンターヤッケにSSの制帽、その後はSSのM36に乗馬ズボン、SSの制帽、戦闘時に秋季用迷彩ヤッケ。
名前のモデルはフリードリヒ・ホスバッハ。
見た目は遠すぎた橋のマクシミリアン・シェル
誕生日は第一次世界大戦の開戦日から。
名前:カーロイ・ラヨシュ・ヤーノシュ
階級:大尉
出身:ハンガリー王国ホードメゼーヴァーシャールヘイ
所属:ハンガリー空軍第102戦闘航空団
生年月日:1918年11月10日
使用火器:FEG29M、ダヌビア43M短機関銃、ゲバウエル26/31.M
使用機材:フォッケウルフFw190F‐8
↓
フラックウルフFw190F‐9
使い魔:クーバース
ハンガリーの名門貴族家コハーリ家の血を引きトランシルヴァニア公ケメーニ・ヤーノシュの末裔と言われるハンガリーの貴族家カーロイ家の跡取り。
父親は画商で絵画の知識も父親譲り。
父親の仕事の関係上パリとブダペストを行き来しながら育った。
父親は大戦中、ドイツが大量に絵画をフランスから巻き上げるのに憤り対抗してフランスで芸術品を買い漁りそれをフランスの知り合いの古城に隠していた。
母親はスロバキア人だったが15歳の時に結核で死去した。
その後ハンガリー軍士官学校に入り空軍士官となった後初めはCR32(元オーストリア空軍機)、その後空軍省勤務となるがパンツァーファウスト作戦でホルティが失脚、その際空軍内部でよく知られたホルティ派であったため左遷、供与されたFw190Fの部隊の指揮官として本土での戦闘に従事しエースとなったが45年2月のブダペストからの脱出支援の対地攻撃任務中にソ連軍に撃墜され不時着、逃亡中にホスバッハと出会い逃げていた最中に戦死して飛ばされる。
持っている43Mは戦死したハンガリー軍兵士の死体から回収したもの。
実はお調子者で楽観主義的、軽口が多いタイプ。
実は絵が趣味。人物画から風景画まで何でも描く。
水彩画派。
絵画に関する深い知識と洞察を持ち現代芸術から古代中国に至る幅広い知識は専門家も舌を巻くほど。
本人も絵画収集家の気質がある。
最終スコア7機、戦車2台、トラック・車両3台、火砲1門。
一人っ子。
空軍内部でもよく知られたホルティ派の反共主義者。
矢十字党に関してはいい印象を持ってないがソ連嫌いなので従っているだけ。
ドイツ嫌いでもある。
英語の他にフランス語もできる。
ピアノが得意。
犬好き。
料理はできないが料理に関する知識もある。
煙草はパイプ煙草派。普段使っているパイプは象牙製のストレートタイプ。点火にはマッチを使う。
服装はハンガリー空軍のM1930将校用制服にルフトヴァッフェジャケットに勤務帽。
名前のモデルはカーロイ・ヤーノシュとイェネイ・ミハーイ・ラヨシュ。
見た目はマッツ・ミケルセン
誕生日はハンガリー動乱が終わった日から。
名前:カポディストリア侯爵、ヴィッラフランカ・パドヴァーナ伯爵、ノヴァ・ゴリツィア男爵ロベルト・アンミトレ・ヴィットーリオ・デッラ・カルヴィ
階級:大尉
出身:イタリア王国ヴェネチア
所属:イタリア共同交戦空軍
生年月日:1912年8月26日
使用火器:S&W M10 2インチモデル、ブレダM37
使用機材:ベラP-39Qエアラコブラ
使い魔:ヤギ
固有魔法:未来予知
ヴェネチア出身の超名門貴族で大資産家。文字通りの億万長者。
先祖を辿ればエンリコ・ダンドロや教皇アレクサンデル6世、パウルス3世、フェリックス5世、アンドレア・ドーリア、ヴィスコンティ家、ルースポリ家、ディ・レヴェル家、デ・ラ・ペンネ家、スアルド家、メディチ家、スフォルツァ家、ハプスブルク家、ホーエンツォレルン家、ホーエンシュタウフェン家、ボルジア家、ファルネーゼ家、ブルボン家、ルクセンブルク家、リウドルフィング家など名だたる歴史に名を残した貴族家の血を引く超名門貴族。
予備役空軍士官上がりで一応の本業は銀行家。
貴族家としては長くヴェネチア共和国に仕えた家で先祖はエンリコ・ダンドロの第4回十字軍でコンスタンチノープルを略奪し家には東ローマ帝国の像のクアトリガの置物が代々家宝とされている。
貴族としての称号として代々カポディストリア(スロベニアのコペル)侯爵、ヴィッラフランカ・パドヴァーナ伯爵、ノヴァ・ゴリツィア(スロベニアのノヴァ・ゴリツァ)男爵の称号を有している。
ヴェネチアで銀行を経営していた父親の下に生まれ、大学卒業後空軍に入隊、パイロット資格を得て4年間勤務し第二次エチオピア戦争やスペイン内戦に従軍後38年に除隊し実家の銀行に入り、経営に参加、その後第二次世界大戦が始まると予備役招集で空軍に戻った。
大戦中は第22戦闘航空群に属しマッキMC200サエッタを操縦して東部戦線に派遣、42年の本国帰還までの間に7機を撃墜した。
帰還後はMc202フォルゴーレに機種転換、本土防空戦を戦い最終的に3機の重爆撃機を撃墜しイタリア降伏を迎える。
イタリア降伏後は王党派であったため武装解除される前に脱走、パルチザンに合流しローマを中心にドイツ軍を攻撃、ラゼッラ街事件にも関与した。
またドイツ語に堪能な事からドイツ軍に潜入し機密資料の奪取や将校の暗殺なども行った。
だがローマ解放の数日前にドイツ軍に捕らえられ数か月後に処刑され飛ばされる。
カトリック教徒。
偽旗作戦と破壊工作に長けている。
また銀行家という事もあり経済に通じ株式取引でも大儲けしている。
一方で大規模な脱税や贈賄を行う、マフィアと取引、マネーロンダリング、インサイダー取引、相場操縦に関与するなどかなり腐ってる。
こちらの世界に来ても金儲けに精を出し自家用にフィアットBR20チコーニャ爆撃機を改造した輸送機を一機所有している。
貴族の教養として英語の他にドイツ語とフランス語に堪能。
フィンツィとは旧知の間柄。
ジュゼッペ・ヴォルピやアルベルト・デ・ステファニなどのファシスト政権幹部とのつながりもあった。
投資家としてフィアット、カントなどの株式を有している。
見た目はマッツ・ミゲルセン
名前のモデルはアンブロシアーノ銀行頭取だったロベルト・カルヴィから。
誕生日はヨハネ・パウロ1世の即位日から。
名前:カート・ロバート・フーヴァー(旧姓ウィトゲンシュタイン)
階級:少佐
出身:コロラド州ラ・プラタ群デュランゴ
所属:アメリカ海軍
生年月日:1913年9月6日(拾われた日)
使用火器:コルトM1911
使用機材:グラマンF8F‐1
↓
GM FM-2
使い魔:グリズリー
固有魔法:立体空間把握
パーソナルマーク:立ち上がるパンダ
元フライングタイガースのベテランパイロット。
スコアは僅か5機(内フライングタイガース3機、海軍2機)だが操縦経験と軍隊経験は非常に長い。
孤児院の生まれで両親はおらず生後すぐの時に教会の前で放置されていたところを教会の牧師に拾われた。
元々の名前も牧師から授けれた。
6歳まで教会の孤児院で育った。
そこで素晴らしい才能があることが分かり牧師から神学校に行くことを勧められ牧師を志したが6歳の時にデュランゴ出身の海軍将校に引き取られ父親の仕事の都合で15歳まで各地を転々とした。
その間に父親のような海軍将校を志したが15歳の時に父親の乗った飛行機が墜落し事故死、経済的理由から高校には通えず2年ほど工場で働きながら猛勉強しコロラド州立大学ROTCに入学、卒業後晴れて海軍将校となった苦労人。
海軍に入った後はパイロットとして飛行艇を飛ばし大尉まで出世した。
その後フライングタイガースの募集が開始されるとボーナス目当てに志願し日本軍と交戦、解隊後は海軍に戻り教官を務めた後護衛空母ガンビア・ベイでFM-2を操縦、対潜哨戒や対地攻撃、あのサマール沖海戦を戦いサマール沖で撃沈された後僚艦に救助され本国に帰還、そこで少佐に出世後F8Fベアキャットのテストに参加、実戦配備が始まると西海岸でF8Fの教官を務めた。
だが45年7月に訓練飛行中に問題が発生、墜落して飛ばされる。
極めて信心深いキリスト教徒でルーテル教会信者。
信心深く聖書にも詳しいが同時に柔軟で寛容。同性愛も否定しない珍しいタイプ。
人種差別も嫌っている。
教会の中で生まれ育ったため私欲が薄く酒も煙草もしない、浮いた話一つもないが誰に対しても優しく礼儀正しいため女性からは相当モテるが本人は無視。
フライングタイガースに入ったのは生まれ育った孤児院へ寄付するため。
稼ぎの殆どを育った孤児院に寄付している。
努力家で勉強家で仕事一筋のタイプ。
割と人望があるタイプ。
軍人にならなかったら牧師になっていた。
聖書に関しては幅広い知識を持つ。
パーソナルマークはベアキャットの中国語の熊猫がパンダと同じという洒落から。
名前のモデルはJ・E・フーヴァー
見た目はマイケル・ペイリン。
誕生日はマッキンリー大統領暗殺事件のあった日から。
名前:ジェフリー・パトリック・フィッツジェラルド・ジュニア
階級:大尉(米海兵隊)、中尉(英空軍)
出身:オレゴン州セーラム
所属:イギリス空軍第613スコードロン
生年月日:1914年11月23日
使用火器:コルトM1911
使用機材:デ・ハビランド モスキート FB MkⅥ
↓
ド・ハビランド モスキート FB MkⅥ
使い魔:アメリカンショートヘア
固有魔法:限定的魔導針(魔導針だが通常の魔導針よりも探知範囲に制限があり探知レーダーではなく射撃管制レーダー程度の能力しかない。だがその代わりに強力な電波発信能力とESM、ECM、ECCM、シギント能力を持ち電子作戦を実行可能)
アイルランド系アメリカ人の4世で一応アイルランド貴族。
元々彼の曽祖父がある貴族家の次男で1840年代後半にアメリカに移民、元々貴族だったので高度な知識を持っていたためあっという間にアイルランド系の纏め役として活躍し50年代に当時開拓地が増えていたオレゴン州にアイルランド系を率いて移住、そこでアイルランド系の移民の作物を纏めて加工、販売することで財を成し、更にホップや大麦の栽培が近隣で行われていたことからそれを使いアイリッシュ・ビールの製造販売会社「オレゴン・アイリッシュ・ビール」(OIB)を起業、セーラムに工場を構えオレゴン中で販売した。
それにより一気にオレゴン1のビール業者、アイリッシュビールでは西海岸一のビールメーカーとなり気がつけばセーラム随一の有力者でオレゴン州のアイルランド系の中心人物となった。
その後禁酒法論争が始まると祖父がアイルランド系の議員やオレゴン選出議員に圧力をかけ、さらにアイルランド系ギャングと結託し禁酒法団体を襲撃させるなどあの手この手で潰そうとするが失敗、禁酒法が成立すると表向きOIBは廃業、祖父も引退したが実際には父親に代替わりし製造設備をセーラムからセーラムとポートランドを結ぶ道路沿いにありホップの産地でもあったセーラム郊外のホバートに移してそこでアイルランド系ギャングと共に密造アイリッシュビールを作り大儲け、この間にはそれ以前の10倍の利益を出すなど荒稼ぎした。
その後禁酒法が終わると即合法企業に転換しホバートの製造設備をそのまま再利用してOIBを再興、数少ないアイリッシュビール製造業者として西海岸一のビールメーカーの一つとなった。
アイルランド貴族になったのは彼の祖父の代に当時の当主(祖父から見た場合叔父)と本家の3兄弟(祖父から見た場合いとこ)が相次いで戦死・病死したため最も近い男系の親族だった祖父が爵位を継承する事態になったから。
英空軍軍人だが元々は米海兵隊軍人で17歳でアナポリスに入り卒業(アナポリス1935年組。同期はユージーン・B・フラツキー少将など)、卒業後は海兵隊に入ったが退屈で第二次世界大戦が始まり、さらにフライングタイガースの応募が公示されると即日海兵隊をやめ志願、訓練を受けた後フライングタイガースに所属して日本軍と戦うがその直後にアメリカが参戦、42年に解隊されると海軍に戻らずそのままイギリスに向かい英空軍に志願し義勇パイロットになった。
義勇パイロットとして戦闘爆撃機部隊の第613スコードロンに配属、オランダでのゲシュタポ施設破壊など重要目標のピンポイントの破壊だけでなく時には迎撃に上がってきたドイツ機を撃墜するなどしてエースになったが44年6月22日にパリ郊外サン=ドニを空襲した際にドイツ軍の対空砲火を受け不時着、捕虜となりオーストリアの捕虜収容所に移送、そこでアランとトニーのパルチザンに救出されるが逃走途中に土砂崩れに巻き込まれ飛ばされる。
双子の弟がいるが弟は陸軍士官学校を卒業し陸軍士官になり戦車部隊指揮官としてパットンの第3軍で戦車部隊を率いていた。
中国で中華料理(雲南料理)を学んだため料理が作れる。
大の酒好きのビール好きだがビールはエールしか認めない。
民主党支持者。
大の猫好き。
元海兵隊なので射撃が大の得意。
元海兵隊員を誇りに思いコールサインも未だに海兵隊時代のを使っている(無許可)
ホッケー好き。
煙草はラッキーストライクを吸っている。
見た目はテリー・ジョーンズ。
名前のモデルはボストン市長でJFKの母方の祖父のジョン・フィッツジェラルドから。
誕生日はJFKの暗殺された日から。
名前:アントニー・カルロス・コルレオーネ
階級:少尉
所属:アメリカ陸軍航空隊
出身:アメリカ合衆国ニューヨーク州
生年月日:1915年2月14日
使用火器:コルトM1910(32ACPモデル)×2、トンプソンM1928、ウィンチェスターM70(30‐06弾)、コルト モニター
使用機材:ロッキードP-38ライトニング
↓
P-38ライトニング
使い魔:ドブネズミ
固有魔法:ホークアイ
パーソナルマーク:クロスさせた拳銃と「私が誓いを破る事があれば聖人の貴方の様に我が身も燃え尽きる」という意味のイタリア語
イタリア系アメリカ人
父親は表向きはニューヨークの港湾運送業者で機械部品の輸出業者だったが裏ではニューヨークのマフィアに協力し密輸品の荷揚げ荷卸し、更にはヨーロッパへの密輸に関与していた。
元々祖父がイタリア系移民を集め安い労働力として使ってニューヨーク港に出入りする貨物船や客船の荷役作業請負をしていた会社でマフィアとは全ての一家と等距離で対応し年額をちゃんと払えばどんな仕事でもどれだけ運んでも請負う事から信頼を得るとマフィア御用達の荷役業者に成長、第一次世界大戦では大戦のドサクサに紛れヨーロッパへ禁制品の密輸に関与、その能力を買われ初期にはドイツやオーストリアからの仕事を請け負ったり日露戦争ではイギリス政府からの依頼でニューヨークで武器や機械類の日本への密輸に関与、禁酒法時代にはヨーロッパやカナダ、メキシコ、中南米からの酒類の密輸で儲け、その時期には息子(父親)が中心となりアメリカで廃棄された大量のスクラップから機械部品を回収したり中古の機械類を輸出する仕事を始め儲けた。
その経緯からマフィア関係の中では最強の対外諜報能力を持ち仕事の関係上ヨーロッパ各地の色々なギャング・マフィアと関わりを持つ国際派の集団として知られその能力から米政府も見て見ぬふりをしていた。
その後世界大恐慌で多大な損害を受けるがすぐに立て直すと密輸業に関与しヨーロッパ各地のギャング・マフィアとコネクションがあることから大戦中はOSSと協力していた。
父親の会社は各マフィアのファミリーとの間に連絡員“リエゾン”を置きマフィアとの信頼関係を構築、リエゾンはそのファミリー以外の情報を持たず、また他のファミリーと接触してはいけない、もし接触した又は接触を受けた場合即座にリエゾンを“解任”される。
リエゾンは“殺害”又は“辞任”、“失踪”、“逮捕”でのみその役を解任される。
各マフィアはリエゾンに対して仕事に必要な情報のみを与えそれ以外の情報を与えず又受け取らない、受け取った又は与えた場合はその事を会社に報告する義務を持つ。
義務に反した場合、その程度によるが最悪の場合はその日から5から10年間そのファミリーの一切の仕事を引き受けず手持ちの全ての情報を他のマフィアに開示する。
会社は一切の抗争に関して中立であり場合によっては抗争の仲裁を担う。
会社を攻撃したファミリーは即座にニューヨークより追放される。
という厳しい契約を各マフィアとの間で結ぶことで信頼関係を構築した。
彼自身もまたマフィア構成員でジェノヴェーゼ一家の構成員だった。
15歳で初めて空を飛びパイロットライセンスを取得する傍ら飛行機を利用したマフィア関係者の移動、密輸を働き、更に19歳になるとルイス・バガルターのマーダー・インクに所属、各地で“処刑”を行った。
更にその腕を買われ各地のマフィアからの上納金の運搬も行ったがそれを狙い何度も強盗に襲撃を受けるが全て始末した。
そのほかにも代理ボスのフランク・コステロからの意を汲んで麻薬の密売人の始末や密輸関係者の始末などの仕事もした。
この時期に射撃とドライビング、死体の始末、更に暗黒街で生き残る術を学び特に死体の始末に関しては100人以上を始末したがそのうち98%は死体が見つからないか事故死として処理されていた。
だが1940年にマーダー・インクが摘発された際に彼自身も逮捕、基本的に無名の小物であり死体そのものが見つからないかそもそも死体自体が頭を一撃でぶち抜かれてるだけであり余りにも高度であったため1件の殺人と酒類と宝飾品の密輸のみで起訴されたがその直後に第二次世界大戦が勃発、OSSが父親の協力を得る条件に彼の即時釈放と陸軍航空隊への入隊であったため釈放、陸軍航空隊に入ると訓練を受け戦闘機パイロットになったが事実上の懲罰的扱いを受け、最前線の部隊をたらい回しにされた挙句に戦果に関しても実際の1/2しか記録しなかった。
44年1月にフランスで撃墜され捕虜になりスタラグ・ルフトⅢC収容所に送られ例の大脱走にも関わった後オーストリアの収容所に移送途中に脱走、ユーゴパルチザンに合流、その後アランとジェフも脱走させたがジェフを解放したが逃走途中に土砂崩れに巻き込まれ飛ばされる。
元殺し屋で密輸業者。
二丁拳銃の使い手。
50m以内の撃ちあいならば勝てる者はいない。
正確に頭と心臓だけを撃ち抜く技術と死体を消す技術を持ちある時には2台の車に乗った4人組の強盗に襲われるがその4人を全員射殺するとその死体を強盗の車に乗せ武器や身分証を回収した上で路肩で車に火をつけて事故死に偽装した。
それ以外にも一晩で麻薬業者83人を殺してジャマイカ湾に投げ捨てたなど数々の殺人を行った。
一応の表向きの仕事は中古雑貨商。
ドライビングテクニックや射撃術、交渉術などを闇社会で身に着けた。
実はユダヤ系でありユダヤ教徒(ただしそれなりに世俗化してる)
喫煙者だが基本的に噛み煙草派。
酒は飲まない。
非常に珍しい32口径の拳銃を好むタイプ。
大の麻薬嫌い、麻薬をやる奴は人類ではない。
見た目は若いころのマーロン・ブランド
服装はサービスドレスの上にA-2ジャケット。
名前:アラン・ジャン=リュック・マリー・ド・メーストル
階級:大尉(フランス空軍・ヴィシー空軍・ユーゴスラビア人民解放軍及びパルチザン部隊)
出身:アメリカ合衆国ワシントンD.C
所属:フランス空軍(元)、ヴィシー空軍(元)、ユーゴスラビア人民解放軍及びパルチザン部隊
生年月日:1915年7月15日
使用火器:ルガーP-08、ブルーノZB26
使用機材:ノースリベリオンP-51Hムスタング
使い魔:バセット・ハウンド
固有魔法:魔眼
元フランス空軍のパイロットで現在はレジスタンスの士官。
一応先祖は貴族だが殆ど苗字以外大して関係なく爵位もなければ貴族と認められてもいない。
父親は生まれた当時は駐米大使館付き武官でワシントンの病院で生まれた。
その後も父親の仕事の都合でアメリカやカナダ、イギリスなどで育ち15歳の時に初めてフランスに来てその後は仕事の都合でパリで暮らし成長、20歳の時にその年できたフランス空軍士官学校に入学、卒業後は戦闘機部隊に配属されモラーヌ・ソルニエMS406、その後カーチスホークを飛ばし第二次世界大戦を迎えフランス降伏までにドイツ機を6機撃墜しエースとなったがフランス戦で父がドイツ軍の捕虜となった。
フランス降伏後はヴィシー空軍に所属、フランス南部で勤務するがドイツ軍に反発、最終的に素行不良で空軍をクビになった。
空軍をクビにされるとレジスタンス運動に参加、パリで各種破壊工作に従事したがドイツ軍の捕虜となりスロバキアに送られるがそこでスロバキア蜂起に遭遇、パルチザンに解放されるとパルチザンに志願、スロバキア蜂起を戦うが敗北、また捕虜になりオーストリアの捕虜収容所へ移送直後ユーゴパルチザンに解放されユーゴパルチザンに加わりジェフを解放するが逃走途中に土砂崩れに巻き込まれ飛ばされる。
徹底した反人種差別主義者で民主主義者。
民主主義は他の全ての政体よりも優れていると言って憚らずナチスを嫌っている。(なお同じぐらい共産主義も嫌っている)
また権利と自由は与えられるものではなく戦って勝ち取るものであり守らなければならないものだと主張している。
民主主義と権利と自由を侵すものに対しては容赦が一切ない。
容赦のなさは捕らえたドイツ兵を殴り殺してその死体をドイツ軍の兵舎の前に放置したなど残虐な逸話多数。
スロバキア語やクロアチア語、セルビア語を簡単ながら喋ることが出来る。
元レジスタンスという事もあり爆弾を作るのも潰すのも得意。
対戦車砲使える(マジ)戦車殺したこともある(マジ・史実)
使っている武器は全てドイツ兵から奪ったもの。
フランス人の癖に味音痴。
煙草は吸わないが酒は飲む。
歌はうまい。
見た目はエリック・アイドル。
名前のモデルはジャン=リュック・ゴダールとジョセフ・ド・メーストル。
誕生日はシャルル・ド・ゴールがモントリオールで自由ケベック万歳!を演説した日から。
戦犯の親族というギリギリすぎるキャラにマフィアは…
トニーはトゥーハンドの使い手でたぶんガンカタできます。
狙撃も大得意。