フレイア作戦とストパンの無能すぎる軍上層部をボロクソに批判するだけで一話潰すとかおかしくない?
というか502が一ミリも出てこない謎の会議回。ただフレイアからクライマックスにつながる軍上層部の話なんで無下にできない。
実は書いてたら滅茶苦茶長くなることに気が付いて会議会にしただけ
ヘルシンキ、このスオムスの首都にある軍司令部のタバコの紫煙の漂う一室にヴァトゥーチン、そして北方総軍のお偉方と呼ばれる軍人が揃っていた。
ニコライ「で、マルシャルマンシュタイン。
この作戦を本気で実行する気ですかな?」
マンシュタイン「ええ、ヴァトゥーチン大将。
なのでオラーシャ一と名高い機動戦の名手たる貴官の意見を聞きたい」
ソファに腰掛けタバコを薫せながら書類を確認するヴァトゥーチンが目の前に立つカールスラントの軍服を着た元帥、即ち北方総軍最高司令官エアハルト・フォン・マンシュタイン元帥に聞く。
それにマンシュタインは書類に書かれた作戦「フレイア」についての意見を聞く。
ニコライ「そうだな、どうだ?ヘプナー、トレスコウ、ベルザーリン。」
意見を求められたヴァトゥーチンは隣で同じように書類を確認していたヘプナーたちに意見を聞く。
最初に老眼鏡をかけて確認したヘプナーが問題点を指摘する。
ヘプナー「そうですな、まず準備期間が極端に短い。
事前偵察も偽装も陽動もなしですか」
書類によれば準備期間は僅か10日、それもこの日も含めてである。
その期間ではまともな準備など出来るはずもないのである。
作戦、ましてや攻者三倍の法則が適用される攻勢では事前準備は重要である。
事前偵察や兵力の隠蔽、欺瞞作戦や陽動によって敵戦力を分散させる、これは攻勢では当たり前の行動である。
ノルマンディやエル・アラメインでも連合軍は大規模な欺瞞作戦を行ったしウラヌス、バグラチオン、ヤシ・キシニョフ攻勢などのソ連軍の攻勢などでも、ましてやソ連軍ではかなり早い段階からマスキロフカ、即ち戦力の隠蔽というのは積極的に研究されて来た課題であり攻勢でやるのは当たり前であった。
事前偵察も「敵がどこにどのぐらいの数がいてどのような状況でどのような装備をしているか?」、「脅威となり得るか?」というのは戦場の霧を減らすために重要でありこれを疎かにするとほぼ100%作戦は失敗した。
この重要な点が作戦段階で欠落していた。
次に切れ者たるトレスコウが意見する。
トレスコウ「次に作戦そのものですね。
80センチ列車砲の徹甲弾で巣を破壊する、ですがそもそも当たるのですか?
当たるほどの弾が用意できるのですか?当たるまで何時間使う気ですか?
一発発射後の準備に20分、仮に10発発射するなら少なく見積もって180分、3時間もかけるのですか?
3時間敵の攻撃範囲内で作戦のキーたる兵器を暴露し続ける、作戦としてのリスクが高すぎます」
トレスコウそもそもの命中率、そしてかかりすぎる時間に疑問を呈した。
当たり前だが砲弾は百発百中ではない、一般的に戦場で砲撃がピンポイントの移動する目標に当たる確率というのは非常に低く1%あればいい世界である。
確かに実戦ではスリガオ海峡海戦で米海軍の戦艦ウェストヴァージニアが夜間、距離2万mで西村艦隊に対して8%という命中率を叩き出しているがこれはそもそも高い精度を誇るレーダー管制射撃であったからであり光学射撃の場合さらに低いのである。
アンツィオで列車砲レオポルトとロベルトが初弾でアンツィオの燃料集積所を破壊したことがあったがあれはほとんど例外的とも言える事例である。
なので大戦期の砲兵運用はウィリアム・テルではなくロングボウ隊列であった。
にもかかわらず列車砲でコアを破壊しろなどと言うのは拳銃で狙撃をしろなどというほど無茶苦茶な要求だった。
さらにトレスコウは作戦にかかる時間にも注意を向けた。
かの偉大なるアレクサンドル・スヴォーロフはかつて「戦争において金銭は尊い。人命はより尊い。それよりもなお時間は尊い」と自著の中で述べている。
その言葉通り彼は速攻、機動、奇襲を重視した。
戦争において最も平等で貴重で気まぐれな味方であり資源というのは時間である。
時間は全てに対して平等であり一度失えば二度と戻らない資源であった。
そしてこの作戦では一発撃つごとに20分もの時間が必要だった。
これでは一時間に3発撃てればいい程度というのはふざけてるにも程があった。
トレスコウはこの作戦で「敵の攻撃範囲内で」、「数時間もの間」、「極めて巨大な火砲が」、「貧弱な防備の元」、「動かないで晒される」という状況に疑問を持っていた。
これでは飛んで火に入る夏の虫そのものである。リスクが高いなどと言うレベルではないのだ。
ベルザーリン「その上この二つの列車砲の偽装や隠蔽、撤退などに関する検討が一文字も見当たらない。
更にはもし仮に両方の列車砲が破壊、又は発射不能になった場合の対応について何も書かれていない」
そしてベルザーリンは列車砲の偽装、隠蔽、撤退、さらには両方の列車砲が発射不能になった場合の作戦行動に関する検討に関して一文字も書かれていないことを指摘する。
ドーラというは極めて巨大である。
巨大である以上ある程度は偽装を行うのが常識的思考である。偽装というのはあながち無下にできるものでもなく簡単な、それこそ適当に白で塗るだけでも積雪下では十分な迷彩効果を出せた。
だが書類上2問の列車砲は一門はデュンケルグラウ、もう一門に至っては塗料不足を理由に下地のレッドプライマーのままという無茶苦茶度であった。
しかも恐ろしいことに作戦に参加するカールスラント軍の車両の全てが1両たりともデュンケルゲルプにも、上から白色の冬季迷彩も、シーツで装甲板を覆うことさえしていなかった。
史実では各国共に車両塗装の色に関しては大戦中期以降迷彩効果を重視していた。
例えばソ連軍は戦前塗装色としてフェイスグリーン(結構使われてるのになぜか公式な塗料リストには載ってない謎の色)と3AUという迷彩色が使われていたが3AUには特殊なフィルターを通して見ると目立ってしまうという特性があったためソ連軍は一般的にロシアングリーンとして知られている4BOに塗料を更新している。
ドイツ軍も戦前、特にヴァイマル共和国軍時代には後の3色迷彩に似た迷彩が施されいたし再軍備後も開戦からしばらくするまで車両はデュンケルグラウとブラウの迷彩(ただ明度の差が非常に小さくモノクロ写真では単色に見えてしまう)が使われていた。
その後車両の生産の都合上開戦して少ししてからグラウの単色に切り替えたがその後作戦範囲が北アフリカまで広がると北アフリカ用に急遽ドイツ軍はありもののRAL(ドイツの規格。ドイツでは今でも多くのの塗料がこの規格で規格化されてる)の中から迷彩色を制定、さらにこれが41年の後半以降東部戦線にも広がり42年ごろには結構な数の車両がゲルプとグラウの迷彩を施していた。
そして43年の2月にドイツは車両塗装の大改革を行い車両塗装をグラウからデュンケルゲルプとし現地でデュンケルグリュンとロートブラウによる迷彩を施すと規定を変更、この結果ドイツ軍は43年以降車両の塗装が一新された。
また末期になった44年10月には使用塗料を変えずにベースをゲルプからグリュンに変更、さらに迷彩塗装を現地ではなく工場で施すようになり戦局が悪化するとブラウに変わってレッドプライマー色が迷彩に使ってもよいと規定が変更されたりするなど非常に細かい変更が相次いだ。
そのせいで大戦末期には迷彩塗装は無茶苦茶になりレッドプライマーとグレープライマーの上から適当にゲルプを吹いただけというような車両まで現れるようになった。
それでもドイツは戦局が決定的となり塗料を溶かすガソリンさえ事欠くようになっても迷彩塗装をし続けていた。
だがこの世界の軍隊はどうも「迷彩」という概念に鈍いようでこれ関連の規定が更新されず未だに車両はグラウの車両が多く冬季迷彩をしていない車両が山ほどいた。
さらにベルザーリンはもし両方の列車砲が発射不能、例えば戦闘での損傷、機械的故障、誤操作、外部的要因による故障などで発射不能になった場合の対処に関して何一つ書かれていなかった。
こういった可能性というのはゼロではない、むしろ極めて過酷な、それこそ極限の環境である北極圏で運用するとなれば絶対に考慮しなければならないのはずである。
北極圏は精密な機械が使えるような地域ではない、なぜなら極めて寒いのだ。
そのため故障する可能性高い、なのでもし砲撃のタイミングで故障するという可能性は十分考えられたがそれに関する検討や指針などは一言もないどころか故障の可能性にさえ一言も触れられていなかった。
さらには撤退に関しても触れられていない、作戦の基本の一つである「あらゆる可能性を検討する」という点が欠落していた。
ニコライ「そうか、総論すればこの作戦は“作戦の名を借りた何か”として評価する。
私ならこの作戦を書いたものを銃殺刑に処すかシベリアに送るね。」
3人の意見から彼はフレイア作戦を「作戦の名を借りた何か」と評価した。
ここまで問題点が多い上にその洗い出しすらされていないのは問題どころではなかった。
司令官や参謀の資質さえ疑われても仕方ないレベルの雑な作戦だった。
マンシュタイン「う、だがもはや我々はこの作戦に賭けるしか…」
トレスコウ「先日、うちからスピードバード作戦の原案を提出しましたが?」
マンシュタイン「あの作戦は不可能だ。
あんなので巣が破壊されるとは到底思えん」
マンシュタインは弁解しようとするがトレスコウが先日提出したスピードバード作戦の存在を指摘する。
ところがマンシュタインこの作戦を「不可能」と断じていた。
スピードバード作戦はいわゆる縦深作戦でありネウロイに対して圧倒的砲兵火力で殲滅するというものであり多少の損害は無視できる上に大打撃を与えることが可能だった。
だが巣への決定打に欠けることは否めず彼ら自身それを承知していた。
そしてとうとうヴァトゥーチンは怒り始めた。
ニコライ「はあ、マルシャルマンシュタイン、貴官とその部下は恐ろしいほどの無能なようだ。
いいか貴様ら、貴様らのその愚鈍な脳味噌のせいでこの戦争は西ヨーロッパの破滅という結果になったんだ!分かってるのか!
もし貴様らが硬性防御と陣地固守、撤退禁止、移動禁止を命じていなければ我々は39年に戦争を終わらせていた!
もし貴様らが陣地固守に固執しなければカールスラントを失わずそのまま逆襲していた!
もし貴様らが早急なマジノ線の放棄とガリアでの機動防御戦を行なっていたらガリアは落ちなかった!
もし貴様らが中央ヨーロッパ平原での機動防御戦をしていればオラーシャまで来なかった!
もし貴様らがバルバロッサで我々にイニシアチブを渡していなかったら、我々はウラルの彼方まで追いやられていた!
この戦争がこうなったのは!貴様らのその恐ろしく甘い見通しと!その恐ろしく愚鈍な頭脳!そしてそんな連中を平気で要職につける組織だ!
貴様ら全員一度辞任して士官学校からやり直したらどうだ!」
ヴァトゥーチンはこのような無能極まりない軍人を平気で要職につける組織、そしてそのような地位についた無能の作戦によりどんな目に遭ったかを挙げる。
彼らの無能怠惰の結果中央ヨーロッパを失ったと言っても過言ではなかった。
ネウロイはいわばソ連軍に近い物量戦を得意としている、それに対して連合軍はなぜか拠点の固守と硬性防御にこだわった。
結果機動防御戦に切り替える前に壊滅したり破局に至ることが続発した。
機動防御戦というのは少ない兵力でも効率的に防御をできるのである。
例えば42年の秋から冬にかけてドイツ軍は東部戦線南翼のカスピ海からドン河に至る500キロの戦線で側面を曝け出してしまったことがあった。
この地域に配属されたのは僅か第16自動車化歩兵師団と特別編成司令部Fのみ、兵力としてはせいぜい2万人程度というような状況であり、もしここを突破されればコーカサスのA軍集団が根元から包囲されるという危険もある地域であった。
そしてソ連軍もそれを理解しここに第58軍を差し向けた結果カルミュック平原において激しい機動防御戦が行われた。
ドイツ軍は圧倒的なソ連軍を機動防御で撃退し続け10月から1月までの3か月間守り切った。
さらに第3次ハリコフ攻防戦や東プロイセン攻防戦でも前者はマンシュタインとハウサーが、後者はデッカーが見事なバックハンドブロウを行い撃退している。
北アフリカでも圧倒的兵力不足と補給不足の中ロンメルがイギリス軍を苦戦させるなどの大戦果を挙げているのは有名である。
だがこの世界の連中は硬性防御にこだわり機動防御を理解せず第一次世界大戦のような戦闘を繰り返し結果中央ヨーロッパ、そして西ヨーロッパを失陥した。
そしてそのような作戦指揮を執った将軍の殆どがまだ指揮官の座についている現状にとうとうヴァトゥーチンは怒った。
だがそれがマンシュタインの逆鱗に触れた。
マンシュタイン「ほう、ヴァトゥーチン君、それは上官への侮辱かね?」
ニコライ「事実を言ったまでですよ」
マンシュタイン「そうか、時間が来たので帰るがヴァトゥーチン君、君の資質の方が問題のようだ。
フレイア作戦が終了次第君を査問会に召集しよう」
そう言い残すとマンシュタインは司令部を出て行った。
それにヴァトゥーチンは大声で叫ぶ。
ニコライ「クソが!あの無能が!
何が資質だ!貴様よりかはあるぞ!
あのゲルマンスキーのブルジョアジーが!反革命罪でぶち殺してやる!」
ヘプナー「まあ落ち着け、私だってこの作戦には同意できないよ。
私の部下をこんな雑な作戦で失いたくない」
ヴァトゥーチンの罵りをヘプナーは諫める。
ヴァトゥーチンは完全に怒り狂っていた。
トレスコウ「それより、元帥は閣下をフレイアの終了後査問会にかけると言いました。」
ベルザーリン「不味いな、閣下をクビにする気だ。」
トレスコウとベルザーリンはマンシュタインがヴァトゥーチンを解任する気だという考えに気が付き脅威を感じていた。
ヴァトゥーチンは軍事的にも政治的にも大物だった。
オラーシャ軍で大きな影響力を持ち同時にオラーシャの左翼勢力の重鎮であった。
同時に彼らを庇護し従来の勢力を隷下の部隊から排除する役割も担っていたためもし彼が解任されれば自分たちの立場さえ危うかった。
ニコライ「ああ、奴は俺をクビにする気だ。
どうする?殺すか?ニコライ・クトゥーゾフは優秀だぞ」
ヴァトゥーチンもそれを理解し部下の工作員による暗殺さえ検討した。
流石にここまで過激なことをしないようヘプナーが止める。
ヘプナー「そこまで過激なことはしない方がいい。
フレイアを潰すか?」
トレスコウ「そうなればペテルブルク、カレリア、東部戦線の北端が決壊します。
フレイアが失敗したうえで我々の作戦でグリゴーリを排除するのが望ましいかと」
ヘプナーはフレイア作戦を潰すことを検討するがトレスコウが影響が大きすぎると止め「フレイア作戦が失敗した上で自分たちでグリゴーリを排除する」ということを提案した。
ニコライ「あるのか?そんな作戦が?」
トレスコウ「あります。事前にフレイア作戦の内部情報を入手していたためそれとスピードバード作戦を組み合わせた作戦です。
作戦名はまだ決まっていないため仮称でカレワラ作戦と名付けてます」
そういうとトレスコウは持参した作戦書類を配る。
作戦名は仮称としてフィンランドの叙述詩からとられたカレワラ。
内容は縦深作戦とフレイアを組み合わせたもので使用兵器は火砲3000門とされていた。
作戦はシンプルにネウロイの巣を砲撃で叩き潰すものだがそこに破城槌として列車砲を動員する点で違っていた。
また作戦では綿密な偽装と隠蔽が支持されているほか攻撃方向もネウロイの前面と両側面、さらに後方から機動梯団による攻撃も加わり包囲、2重3重の包囲網で重包囲し殲滅するというものだった。
また失敗時にはこの戦力を再編し機動防御を行い消耗を強いる内容だった。
時間も基本的に無駄が少なくよく考え
その内容を一読し3人は感想を述べる。
ニコライ「素晴らしい作戦だ」
ヘプナー「流石トレスコウ君だ。
フレイアなんかよりずっといい」
ベルザーリン「同志トレスコウ、素晴らしい」
3人は作戦を絶賛する。
そして細かい点を質問する。
ニコライ「準備にどれぐらいかかる?」
トレスコウ「およそ12日から2週間、しかもスオムスから列車砲の殆どを持ってくる必要があります。
なのでこの間鉄道路線の大半を止めます」
ヘプナー「砲兵部隊の指揮は?」
トレスコウ「ラヨシュ中将が行います」
ベルザーリン「弾薬は?備蓄は足りるのか?」
トレスコウ「魔導徹甲弾をおよそ100万発必要という試算です。
緊急輸送でムルマンに15万発、ヴァエンガとポリャールヌイに5万発ずつ、コトカに25万発、ペテルブルクとクロンシュタットに25万発ずつ、チフヴィンに10万発が備蓄済み、これをすべて使います」
ニコライ「輸送は間に合うのか?」
トレスコウ「現在あらゆる輸送手段を使い輸送中です。
現状使用量の35%が輸送済み、21%が輸送中、29%が輸送準備中、15%が輸送待機中です。
間に合います、間に合わせます」
トレスコウは3人の質問に的確に答えた。
作戦の準備は既にトレスコウの独断で行われていた。
ニコライ「そうか。だがこんな作戦がバレたら全員クビだな」
トレスコウ「分かってます、なので表向き別の作戦として扱わなければなりません」
だがこの作戦は完全な独断専行、文民統制の観点からよろしくなかった。
そこでこの作戦を外部から偽装する必要があった。
ヘプナー「そうなるとプラウダ計画の防衛作戦か?」
トレスコウ「それがいいでしょう。」
ヘプナーはプラウダ計画の作戦名に偽装するのが適役と判断するが既に北方にはコムソモリスカヤ・プラウダ作戦があった。
ただ外部の将校にはプラウダ計画の作戦名の法則は理解できていなかった。
ただ共産系のコードが付与されているだけだと思われていた。
ベルザーリン「作戦名…ソヴィエツカヤ・オケアンとかか?」
ヘプナー「ソビエトの海?この作戦に海はないから逆に注意を惹くだろ。」
ベルザーリンはソヴィエツカヤ・オケアン、ソビエトの海という作戦名を提案したが逆に注意を惹くため不適切と言えた。
ニコライ「うーむ、法則通りザリャー・ヴォストーカでどうだ?
グルジアの共産系新聞からだ」
ヘプナー「まあそれでいいだろう」
ヴァトゥーチンは作戦名としてジョージアの共産系新聞ザリャー・ヴォストーカを提案した。
そして特に反対もなかった。
ニコライ「ではカレワラ改めザリャー・ヴォストーカ作戦の準備を行い、フレイア作戦失敗時にこの作戦を行う、ということでいいな。
同志諸君、これから忙しくなるぞ」
ヴァトゥーチンが纏めると会議は解散となり将軍たちは各々司令部に戻っていった。
AFVモデラーの常識:ドイツ軍の迷彩は43年とそれ以前は全く違う。
ブレパン見てるとさ思うんだよ、「迷彩塗装をしろ」って。
単に白色で適当に塗るだけでもいいのにそれさえしないんだよ。
ましてやドイツ軍は43年以降塗装を変えてそれ以前にあった車両もほとんど塗り直ししてるのに45年晩冬にまだグラウの車両とか火砲があるのが正気を疑う。
フレイア作戦は真面目に作戦として破綻してる。