艦隊これくしょん 麒麟の凱旋   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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イントロダクション



 二〇六七年、第三次世界大戦が終わり約十七年。
 戦争の無人化と形骸化によって軍備の削減が進み、人口増加に合わせた食糧生産体制の変容、国際社会の変革とその大成とが急速に進んだ時代。
 それは人類の生存と国家単位の経済に大きな変革をもたらし、人類の知はようやくにして〈統一〉の二文字を現実のものにしようとしていた。
 新たなる人類社会、さらに向上した認識力そして拡大から閉鎖へと向かう〈進歩〉の死、それらは実現されてゆく未来が常に現実の延長戦であることの証明であり、生きる人々にある種の諦めを促し続けた。
 だが六月十三日の朝、ごくありふれた朝とともに来たその日、日本国防軍横須賀警備局のレーダーが突如、妨害攻撃を伝える警告音に包まれた。
 初老の司令官が本当の妨害攻撃であることを指摘するまで、兵士の誰もが定期的な故障か破損だと考えていた。
 その二十分後、突然妨害波が止み、レーダー管制官が悲鳴にも似た声を上げた。
 三十数メートルもあろう飛行物体が約五十機も画面に映し出されていたのである。やがて十機ごとの編隊となり、東京上空に侵入し始めた。
 初老の司令は首相にダイレクトラインを繋ぎ、そしてある事実告げた。
「現在上空にいるものは、首都圏を二度壊滅できる量の爆薬を搭載していると思われます。空襲を開始した場合の阻止行動および避難活動は、不可能であることをここに申し上げます」
 軍縮によって対空および戦闘機の保有数は世界最低数になっていた日本国防軍は、わずかに空軍二個師団程度の戦力しかなかった。関東に至っては航空隊一個中隊と陸軍歩兵部隊一個連隊のみだった。さらに配備されていたのは約五十年以上も使用されてきた、旧式のF-35j改支援戦闘機であった。
 政府の国家非常宣言が約三十年ぶりに発せられた時には、既に墨田区を中心として都内上空を巨大な飛行物体が覆いつくしていた。人々は空を見上げ、目玉のついた異形の飛行船を笑い、共有し、気味悪がり、そして無視した。それらが、自分たちを滅する存在だと気づいた時には時すでに遅し、飛行物体の観音扉が開き、その巨大な爆弾倉から無数のクラスター弾が街の隅という隅に炎をもたらした。
 第三次世界大戦中では燃えることのなかった東京の街は、赤く染め上げられ、崩れゆく都市が逃げ延びた人々に牙をむく、この日投下された爆弾の総量は東京大空襲の総火薬量を超えるのは僅か一時間足らずであった。
 東京は三日かけて燃やされ、政府および都市機能を喪失。文字どおり、人骨さえも残さぬ破壊と焼却が東京という都市を殺した。
 やがて東京への攻撃を終えた謎の爆撃機群は各都市や港に目標を転換、二ヶ月余りの地方への集中爆撃によって日本の約半数の人口が失われた。そして日本が完全に疲弊したところに海上にも異形の兵器群が現れ、次々と船舶を攻撃、太平洋を中心に急速に制海権を奪っていった。制空権においても同様の態を成していた。彼らは日本から同時多発的に世界各地に攻撃を開始したのだ。
 旧列強国では再び核を生成し攻撃を敢行したものの、誘導兵器を無力化または回避され、また敵が決定的な根幹を見せることなく戦略目標を失い、西ヨーロッパ、アジア数都市への核による誤爆を機に使用する機会は永遠に失われた。
 人類は戦後十数年をかけて復興させた全てを焼き尽くされた。
 人々はこれを『文明消失』と呼んだ。
 この謎の生命体が五年前よりオカルトマニアから『深海人』と名付けられ、目撃例が存在していた。日本国防軍は高い水上戦闘能力と組織力を持つ彼らを明確な敵とし、『深海棲艦』と呼称し、調査および殲滅戦に踏み切る。彼らは敵性宇宙人である、地下に暮らしていた地球の古い生命体の一種であるなど盛んに論じられたが、どれ一つとして確証はなかった。
 そして約八年もの月日が、『深海棲艦』との戦争に費やされた……。
 長期化の中、彼らに一筋の光明が差す。
 海軍兵器技術研究所、通称『海技研』の義体・義肢を研究していた科学者が人型深海棲艦と同様に海上を走り、強化された肉体によって通常艦船と同等の火力を持つ携行兵器を使用することで、彼らと同じ土俵に立てることを論じ、義体海兵を提唱した。
 『特別攻撃兵器第十三号計画』
 後に兵器化を果たした海兵が女性ばかりであったため、『艦娘』と呼ばれる。
 やがて、空軍力が深海棲艦と拮抗し、制空権争いが膠着状態になると。彼女たちは日本海、東南アジア周辺海域、オホーツク海をわずか一年半で奪還し、さらに太平洋海域に進出。
 出血を強いられながらも南太平洋の制海権を確保する。
 そして、制海権確保により各国との情報共有が進み、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、南アフリカが艦娘の運用を開始。人類側の攻勢が始まった。

 だが、彼女たちが登場してから僅か四年で、世界は急激に変化を始める。開発と運用法を確立した日本ではその動きは顕著であった。深海棲艦がその数を減らし、復興に伴う国家経済が求められるようになると、艦娘たちには決定的な最後の役割が与えられ、新たな悲劇を呼び込むこととなる。
 始まりは二〇七九年初夏、
 この物語は、艦娘部隊解体までの約二年間の出来事である。




亡霊篇 第一話『廃都』

第一話『廃都』

 

 東シナ海北方、九州に面し沖縄列島がその身を置いている。

 太平洋と日本海の合流点でもあるため波は高く、巡洋艦であっても第二船速でも波が甲板を叩く。上下に揺れながらも海兵は意に介さず、外付けされたタグボートを固定していく。

 装甲巡洋艦『日進』は全長205m、喫水線7.8m、機関は二機の旧式MT30ガスタービン発電機、最高出力47.000hp、187㎜対地空速射砲一門、72口径128㎜単装砲一門、対地空ミサイルおよび対艦ミサイル、そして30㎜対空機関砲二門、三連装魚雷発射管二機、艦娘射出機構二機が艦尾に装備されている。

 

 戦闘艦橋は一面がパネルディスプレイとアナログな丸形メーターが混在する空間で、各戦闘士官は液晶バイザーに目を通し、首に首輪のような外部端末機が七、八本の有線ケーブルを下げている。

 各々は無言の内に戦闘主任の命令を実行していく、アナログに戻った機器を指さしで確認しながら、自動制御と手動制御の両方の調整と同調を進める。三十年前の自動戦争の面影はない。

 この異様な空間にレーダーディスプレイを前に言葉を交わす二人の女性の姿があった。

「いました。第二警戒水域を突破した機動部隊の姿です。でも、この海域は佐世保鎮守府の第十四水雷戦隊と第三航空師団の管轄内、横須賀軍管区の私たちが手を出したらまずいのでは?敵が回頭を始めました」

 左目に眼帯をする艦娘『天龍』が、ディスプレイへと深く覗き込んだ。

「秋月、あんたは海兵師団の出だから知らないと思うが、佐世保軍管区の部隊は対空戦が多いから、海戦戦力には注力していない。緊急時の際には、火消し役を他の軍管区から回してもらうのが取り決まりになっている。それに、奴さんは専属の火消し屋である呉第十七水雷戦隊が三度も逃がした相手だ、俺たちがやるほかねぇのさ」

〔戦闘主任へ、こちら秋月、敵艦隊は進路を変更し本艦直線状に直進してきています〕

〔諒解。こちら戦闘管制室、敵艦隊は進路を変更し、本艦へ向け十海里地点を航行中〕

 艦橋には操船要員と各主任が顔を揃え、中央座席には艦長が前方を見据えている。そしてやや右に散歩下がった場所で三種服を着る一人の士官が立っている。

「木下少佐、敵の行動変化をどうとるかな」

 艦長が低く、小さい声で問いかけると、そのあまりにも緊張感を感じさせない三十過ぎの士官は迷わず。

「正面から突っ込んでくる。なら、艦を寄せて通しましょう。ただし、通してやるだけの話です」

「うむ、追尾はどうあれ敵の殲滅に変わりはない。取り舵、一杯!敵進路上を脱しつつ敵の後背につく、木下少佐は部隊指揮に専念してくれ」

「感謝します。遊撃部隊各員聞いての通りだ。龍驤は本艦直上に護衛機を飛ばし、二個雷撃戦隊および直援機を発進し敵艦隊の足を止めろ」

「空母は沈めてもかまわへんな」

「逃がすなよ。天龍と金剛は各二隊に人員を編成し出撃、雪風と天津風は二人一組で先行し敵を引き付けろ、金剛指揮のもと、各隊の判断で戦闘開始。艦からの援護射撃はこれより十五分後だ。行け」

 敬礼の後、木下の命令を直接聞いた金剛、天津風、浦風が甲板を駆け出した。

「天津風、雪風はどこにいるネ」

「いや……知らないが、無線の応答はないのか」

「なかった。誰かと交信している感じでもなかったネ」

〔こちら雪風、命令を諒解し現在第一種戦闘配備で待機中。どうぞ〕

〔どうぞじゃないわよ、何をしていたのよこの追跡下の一時間〕

〔定時連絡を入れていましたけど、ティータイムの邪魔はできませんので〕

〔そういう余計な世話をかかんでもいいネ!〕

〔敵の観測をしていました。逐次秋月から報告を受けていましたからね〕

〔諒解。殲滅射撃時の指揮はこちらに委任してもらうけどいいわね〕

〔隊長の命令に従います〕

〔結構。交信終わり〕

 

 風を一身に受けながら、海水が時折防水コートを叩き、じっとりと濡れる。

 艦のはるか後方に目をやりながら甲板に腰を下ろす姿はどことなく玄人の風情を感じさせるものがある。そして彼女は言葉通りに水上航行用の推進機関を装着し、その背には彼女の何倍もの重量を感じさせる装備が比較的コンパクトにまとめられた状態で装着されている。

 艦が回頭を終えると、背の低い、赤い耐熱服に身を包んだ龍驤が雪風に気づくことなく後方甲板の射出装置直上へと立った。

 腰のポーチから一本の巻物が取り出し、その小さな体で半円運動しながら巻物を空へ解き放つ。

 巻物は龍驤の周りを包み、『出撃』の信号とともに紙片状に圧縮されていたナノマシンが最高性を開始、それぞれが航空機の形状となり、巻物の尾っぽから射出されていった。

 その航空機は百年前のレシプロ機そのものであるが、最高時速は二分の一のスケールながら実機のそれを上回り、深海棲艦に対抗できるよう、装甲・武装・航空性能に調整が加えられている。

「さぁ、頼んだで」

「いつ見ても美しい出撃ですね」

「当たり前や…っていつの間におった!」

「ずっと後ろにいましたが」

「まぁ、かまわへんけどな。この射出装置も昔はナノマシンを使った革新的装備と言われたのやけど、整備性がどうの、金食い虫やどうとかで、今やこの方式をあつかっとんのはウチだけや」

「でも、手放す気はないのでしょう」

「当たり前や、誰にどう言われたって、ウチにとってはこれが一番や」

「それは何よりです」

 雪風はコートを脱ぎ棄て、甲板を歩きながら無意識に砲塔を旋回させた。ただ、これは無意識とは少々異なる。脳に直結された有線装置から、信号を送り操作している。言うなれば彼女の手足となり、砲弾を撃ち込むのである。連装砲は重々しい外見とは裏腹に、その実態は軽量装甲板で包まれた7.7×63mm弾、通称『七四式実包』を使用する小艦砲である。対艦ミサイルにさえ耐えうる深海棲艦の肉体を貫通し、かつ中枢臓器の破壊および薬包機関の誘爆を達成しなければならないという課題があった。そこに艦娘の誕生二年前、国防軍標準弾薬『九九式実包』を改良し、圧縮型成型炸裂弾『乙式弾頭』使用する強装小銃弾が開発された。この乙式弾頭は7.7㎜でありながら20mmクラスの貫徹および炸薬力を持っている。この乙式弾頭を基に信管を改良した前述の『七四式実包』、12.7×35mmの『七六式実包』、そして40mm以上の貫徹力を持つ20×124mm『七五式二十粍実包』を開発し、各艦娘のクラスに合わせ、計六口径用の『乙式弾頭』弾薬が実戦配備されている。

 彼女は、背に自在手(オートアーム)に取り付けられた7.7㎜一六式連装砲四門を有し、九二式四連装魚雷発射管二機を装備する。これらの装備は、彼女のバックパックに用意されたAIが戦闘・航行管制を行う。雪風と一体となったAIが補佐または戦闘を主人たる肉体に行使させるのである。ただし、彼女は照準管制のみマニュアルで操作している。

 初弾装填の甲高い金属音が四つ同時に彼女の耳に入ると、艦の龍驤の立つ二歩先に歩み出た。

〔出撃準備完了、お前どこにいる〕

〔天津風、あんたの真上よ。旗艦雪風より全部隊員に通達、私は天津風と先行して雷撃隊攻撃直後に敵艦隊を奇襲。金剛隊長指揮の下、敵艦隊を一隻残らず殲滅せよ。なお、日進からの援護射撃を当てにするな。以上だ。時計合わせ用意、六、五、四、三、二、一、作戦開始〕

〔諒解、天津風出撃する〕

 雪風は甲板から足を離すと、体を半回転させながら艦を離れる。その眼に一瞬カタパルトで待機する天津風の姿が映る。機関を全力運転し、歩く方向と逆に体を向け着水した。

 ブーツが海水に浸る感覚がする。

 体はいまだ進行方向と逆に滑っていく、目の前には自分が切り裂いた波しぶきが気泡となり、白く濁りながら遠のいていった。

 やがて一定まで減速すると、かかる波しぶきに耐えながら推進機関をふかし、艦と平行しながら海上を進んでいく、波立つ海は時に山なりを作り進行方向の視界を奪うが、艦娘は波をかき消すように海を駆けることができる。

 その短い髪が風に揺られる。そして後方から近づいてくる天津風に合わせ増速した。

〔私が言うのもなんだけど、しけった海に甲板からの飛び降り着水ってのは、あまり感心できねぇな〕

〔じゃあ失敗して海に沈んだら、隊の指揮権をあげるわ〕

〔死んでも御免だ。生きて旗艦やっていろ〕

 二人は黙って作戦海域に向かった。

 

 巡洋艦日進の後方、一海里地点を進むのは特務を負ったと思われる深海棲艦艦隊であった。

 空母を中心に巡洋艦・駆逐艦が周囲を固め、中心となっているヲ級空母は女性型の肉体を有していながら、その頭上には異形の被り物がその口を開けて両眼を正面に向けている。

 広く呼ばれる深海棲艦はこのように海上を走り、その人型かつ小型ゆえの高機動力、そして小型化された高火力兵器を用いての、中遠・近距離双方の戦闘能力を保有するものを指す。

 また、半獣的な外見を有し、深海棲艦発見時から『UMA』として認識されてきた、軽巡洋艦・駆逐艦又は航空機も同様に深海棲艦として認知されている。

〔敵艦影を視認、索敵二号を収容する。同時に第一次雷撃隊の突入を開始〕

 龍驤が射出した雷撃隊は敵特務艦隊の十一時の方向より侵入、その小さな白波の上を行く深海棲艦の姿を機体内AIが認識した。

【突撃セヨ】

 龍驤からの信号を受け取った指揮官機はト連送を打ち、信号弾を発射した。

 その瞬間、指揮官機左後方を飛んでいた九七式艦攻二機が火を噴いて急降下した。

編隊前方を三機の敵戦闘機が通過する。円盤形に瞳のついた異形の飛行体には、焼夷徹甲弾を用いる六艇の超小口径機関銃が下げられている、HC(ヘルキャット)型艦上戦闘機である。その高い火力を有する彼らから、足の遅い艦攻や急降下爆撃機は逃れることはできない。

 だが、敵戦闘機が艦攻隊から離れた瞬間を、彼らは見逃さなかった。全四艇の小口径弾がHC型を一機誘爆させ、灰色の戦闘機が敵戦闘機隊の中に飛び込み、その空域から艦攻隊を前進させた。艦攻隊の頭上を、零式艦上戦闘機六二型改を中心とする護衛部隊が、優位な位置から見守っていたのだ。

 その間、艦攻隊は徐々に高度を下げ、艦爆は上昇を開始した。敵の対空砲火が激しくなる中を猛然と敵艦隊直上に先行するのは艦上急降下爆撃機彗星十一型である。

 敵の対空射撃に機体が揺れながら、機首を下げ、その観音開きの爆弾倉を開いた。

 唸りを上げながら敵巡洋艦に一発の500㎏同級爆弾が落とされ、重巡洋艦ネ級の主砲と本体の接続部に直撃し誘爆、ネ級の体を半分吹き飛ばした。

【空母ダ、空母ヲ潰セ、】

指揮官機の指示を受けた艦攻隊は次々と護衛艦船群の間を抜け、超低空飛行のままヲ級進路上に狙いを定める。だが砲弾の炸裂が嵐となって隊の前進を阻む、その一発が先頭を行く指揮官機の発動機を貫いた。途端に火が吹く。

 だが後続の三機は意に介さず魚雷を投下、ヲ級の眼前をすり抜けていく。一発はヲ級の後方を抜け、一発がヲ級に命中し水柱が上がる。しかし減速してしまったことで最後の一発がヲ級の前方を抜けてしまった。そして、ヲ級は速度を下げながらも悠然と前進を続け、落ちるのを待つばかりの指揮官機を対空砲で撃墜した。

(しまったあいつらもうVT信管もどきを作りよった!残ったのは森本機と岡田機それに福井機だけか……)

【第一次攻撃隊、艦攻・艦爆隊戻レ、第二次攻撃隊ノ準備ハ完了シテイル】

 自動学習型AIに制御されているとはいえ、龍驤の艦載機はその構造上共用バックデーターベースを持つことができない。従って機体は龍驤の訓練・実戦経験と比例する形で性能が向上し、熟練し洗練された戦闘が行える。撃墜された指揮官機は龍驤の艦載機の中では最古参であり、約三年半の付き合いであった。

 龍驤はくやしながらに目をつぶって静かに呟いた。

「スマン。敵は必ず討つ」

 

 特務艦隊は空母ヲ級が小破、重巡ネ級が中破したことで、火力と機動力の低下を招いていたものの空母を守る護衛艦船の主は健在であった。

 だがヲ級の左後方、ネ級の背中についている駆逐艦に二発の乙式弾頭弾が着弾した。

 暫し沈黙ののち、破裂音とともに弾痕から発煙をはじめ、頭頂部の大部分が弾け飛び、減速。

 波に飲まれていった。

 7.7㎜弾が駆逐艦の肉体を貫通し、弾薬を生成する薬包機関に命中。誘爆を起こし、その直上にある大脳機関を吹き飛ばしたのだ。

 人類側が深海棲艦を沈めるのに効果的な攻撃方法のひとつである。

「来ルノカ」

「そうよ、その無防備な脇腹を狙ってね」

 ヲ級の右前方僅か4メートルの場所に四門の連装砲を空母に向けながら、光彩の中から雪風が姿を現した。駆逐艦の誘爆に全ての艦が注視していた瞬間、どのようにして艦隊の懐に飛び込んだのかを理解する間もなく、ヲ級は頭部を四発の7.7㎜乙式弾頭弾によって肉体から引き千切られた。

 ストック付きの照準装置を手に彼女は四散する血肉から逃れるように機関をふかし、艦隊の後方へ逃れようとする。敵の中心部である以上、砲火が彼女に集中するのは必然である。

 だが、荒れ狂う波の中で不自然に微笑みを浮かべながら彼女はゆっくり後退していく、

 指揮官機を失った彼らの凶暴剽悍な意思は目の前の敵を討つべく発砲させた。

 その艦列は乱れに乱れ、火力を集中せんと互いに密着し、艦砲の爆炎によって視界を喪失する。

 粉塵の中を波の乱れる音が周囲を正気に戻させた。

 海の黒ずんだ藍色に溶け込んでいく人型が消えた。波によって航跡が消され、そして彼らの悪しき者は彼らの視界から失われた。まるで何事もなかったようにヲ級も敵もいなくなっていた。

 周辺にはあの断末魔にも似た声は聞こえない。

〔全艦撃ち方始め〕

〔諒解、撃ち方始め〕

 そして金剛指揮の殲滅部隊が一斉射撃を開始、人型駆逐艦の左腹部にある薬包機関に大口径弾が貫通した。金剛型戦艦艦娘の主砲は七六式実包を用いる七六式12・7㎜艦娘砲、貫通力と炸薬量に優れ、その安定した破壊力は軽巡洋艦型でさえ肉体の半分を抉る。

 それは即ち、たとえ薬包機関が誘爆せずとも、敵を上下に分割にすることで戦闘不能にするのである。 

下半身はすでに海中に没しているが爆風で飛ばされた上半身が宙を舞っている。

 深海棲艦の艦隊を正確無比の射撃が襲う。もはや彼らに反撃する余力など残っていなかった。

 手負いの艦から次々と増速を始め、逃走を図る。

 しかし、その頭上には龍驤の放った第二次攻撃隊の艦爆が猛然と急降下を開始した。

 もはや攻撃能力を喪失していたネ級に再び500kg同級爆弾が命中、頭部を吹き飛ばしてネ級を海へと引きずり込んだ。残るは満身創痍の駆逐艦二隻である。

「ここからは俺一人で十分だ」

 この海域から脱出するべく最大速力の二隻を、腰に太刀を佩びた隻眼の天龍が一人追う。

 目の前を走る巨大な肉塊を捉えて逃がさない。手負いに加減する悠長さを持ち合わせていないのは、双方ともに百も承知である。

 手貫緒に手を通し、やや右手を遊ばせながら鯉口を切った。

 ロ級駆逐艦の下半身が横一文字に斬れる、その態勢のまま上段に構え左手を添えると、敵の頭頂部に刃を逃がしつつ斬り下ろした。ロ級は力なく水上を跳ねて重心を失うように彼女の後方に消えていった。

 血振りされた刃に刃こぼれは幾つか見られたが支障はない。その刃渡り二尺九寸にも及ぶ刃の厚い強刀は、飾り気のない眠い直刃の刃紋に薄く延ばされた赤が滲んでいる。

 一隻になったタ級駆逐艦はその尾をとって返して彼女に突撃する。もはや逃げ場のないことを悟った行動であろう。だが、天龍は動じることなくタ級の大きな瞳に刃を突き立てた。

 衝突と同時に太刀が胴体を貫通し、切っ先が背中から顔をのぞかせている。

 手貫緒から手首を離し、タ級を蹴り出すと主砲を発砲し止めを刺した。

〔こちら天龍、敵駆逐艦二隻の撃沈を確認。敵脅威の排除に成功〕

〔旗艦金剛諒解した。全艦に告ぐ周囲を警戒しつつ母艦に帰投せよ、繰り返す。全艦周囲を警戒しつつ母艦へ帰投せよ……〕

 金剛の命令を諒解し、母艦からの方位信号を受け取った天津風の前に、海の色に紛れていた雪風が光彩を放ちながらゆっくりと姿を現した。

「光学迷彩か」

 だが、天津風を無視しているのか前を見据えたまま水上を走っている。

「雪風……雪風!」

 気づいた顔には一瞬驚きの表情が見えたが、すぐに穏やかな微笑みにとって代わった。

「ぼうっと突っ立っていると、お前もさっきのヲ級みたく首を持っていかれるぞ」

「忠告ありがとう。でも心配要らないわ」

「何だ、お前の身か、それともこの海の事か?」

「どっちかしらね。」

「…………」

 

 

『六月九日木曜日、特務巡洋艦日進は午後六時二十三分、佐世保鎮守府に入港。同時、五十一分、鎮守府司令水代美広上少将に敵特務部隊撃滅の撃滅を報告、英国の海軍将より贈られたというダージリンのセカンドフラッシュ葉を用いた一杯をいただく』

 と、第二遊撃部隊司令・木下慎之介中佐は日記を書き終え、黒電話の受話器を手にし、ダイヤルを素早く回すと煙草に火をつけた。

 宿泊室唯一の椅子には無造作に軍帽と軍服が脱ぎ捨てられ、シャツには不器用な手で直されたと分かる補修箇所がいくつも見受けられる。彼は独身者ではない、この部隊の前身『第二艦隊・遊撃艦娘部隊』で艦娘の管理士官であった女性を嫁にもらい、出産まであとひと月ほどであった。

 彼のケチな性格が災いしてか、普段から身なりは質素でみすぼらしかった。この時代の人間としては裕福であるにも関わらず、それに甘んじる素振りも見せない。それが彼のこだわりなのかは、部下である艦娘たちには測りがたかった。

 結局のところ、男という生き物の性分なのだろう。

「ああ、もしもし吹雪さん。木下です」

 一方、横須賀鎮守府第一遊撃部隊分室には、木下とは異なって規定通りに海軍三種服を着用し待機任務に就く黒髪に、やや短い下げ髪の女性士官が受話器を手にしている。

「そう大戦果じゃない。ここ最近の第二游隊の仕事としては至極真っ当じゃないかしら」

「こっちにだって他に仕事があるのに、力仕事は避けたいね」

「何を言っているの、いつも東京湾警備のシフトを快く受けているのは、どこの隊かしらね。それに、軍令部の機密事項にまた触れるようなことがあったら、今度こそ弁護しきれませんからね」

「それはお互い様じゃないかな」

「それはそれ、これはこれです。それで、話はそれだけではないのでしょ木下さん」

「そうだったかなぁ」

「では、待機任務中ですので切り」

「ごめんなさい。あります、あります、話あります」

「それは良かったわ」

「今度の敵なのだがね、しばらく泳がせて航路を追跡したよ。例の亡霊部隊の目撃された海域を回っていた。第二警戒水域を超えたから仕方なく殲滅したが、空母に重巡とこの海域に入り込んでくるには戦力が高すぎる。例の部隊を追っていたのは間違いないよ、何かしらの理由で殲滅を目的としてね。それにもし、増援だとしても斥候部隊の援護にしちゃあ編成が見合わない。一度、亡霊部隊と手合わせしてみないことにはわからないが、その任は間違いなく」

「火力の高い私の第一遊撃部隊の仕事ね。心してかかるわ、それにしても気になるわね。特務部隊の存在…」

「その線はこっちに任せて、亡霊との戦いに備えてくれ」

「ありがとう、そうさせてもらうわ」

「それじゃあ何か佐世保土産でも」

「いりませんよ、それなら桜さんとお腹の赤ちゃんに買ってあげるといいわよ。それじゃあ、雪風たちによろしくね」

「おやすみ、吹雪さん」

 八時五十分より、灯火管制により電灯には減光カバーがかけられ、電球の灯は弱く、手元の書類を浅い橙の光が活字を浮かび上がらせる。

 東京大空襲以来、約八年間も続けられている灯火管制は、ライフラインの破壊と回復の堂々巡りが続く中で、軍需物資の生産および、軍事行動用の電力保持のために続けられていることであった。

 黒いカーテンの間から覗く港町には、時折出される信号灯の光以外、街も、軍艦も、人も、その灯を消し、暗闇の中に潜んでいるように思われた。

 だが、わずかに月の光が山の影を浮かび上がらせ、海面には雲によって白銀に染まっている。

 時々、堤防に打ちつける波の音が、どうしてかやるせない気持ちにさせる。

 彼は人が営みを持っているとは関係なく、この時間の中に溶け込んでしまっていることがどうしても信じられなかった。

「眠らないよりかはましか」

 

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