艦隊これくしょん 麒麟の凱旋 作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)
六月十三日、
次々と上級将官が退出していく中、眉を剃り厳しい瞳を肉のたるんだ顔に浮かべる男が最後に退出した。中将の襟章が鈍い金色に輝き、その目線は扉を出た右側へと向けられていた。
そこには彼へ敬礼する木下中佐が静かに待っていた。
「木下か」
彼もそれに答え、軽くしかし整った敬礼が返された。
「先に退出した本田少将からどのくらい待った」
「十分と三十二秒です」
「そうか」
手で促しつつ、連合艦隊司令長官東雲宗一郎大将はゆっくりと歩き始めた。
「北方棲艦の数はたいして増えていない。イタリア艦娘部隊の派遣のみで十分という意見でまとめられた」
「国海議ですな」
「そうだ。これで多少ではあるが日本に二億円の支援予算が決定された。そうなれば君が求めていた航空戦力の増強もできる」
「つまり、他国の提案を飲まれたと」
「飲んだ。我々とイタリアの小戦力を合わせて北方棲艦の掃討とミッドウェー島を奪還する。攻勢は来年の夏季に作戦を予定している」
「閣下もお気づきでありましょう。現戦力での勝算は皆無、二回の攻勢ですでに半数の人員と艦艇を失っている。一年、たった一年でこの問題を解決しうる戦力の増強と生産力の高効率化を成しえるか否かを問題となされていたのは、閣下御自身ではありませんでしたか」
「良いか木下、これは高度に政治的な問題でもある。我が島国日本は海に囲まれ資源に乏しく、深海棲艦によって政府が崩壊しておる。以来、我々は各国の援助によって生き残ってきた。我々は勝ち続けなければならないのだ、借りは返さねばならない。」
「しかし、戦争目的達成された時、我々の手中に残り得るものが少ないほどこの先に待っているものは……」
「言うな!お前が言わずとも、俺が言っていた……なぜ言わなかったかお前なら分かる筈だ」
「……」
「だが、疲れているのかもしれんな、木下中佐、我々は少ない戦力で勝つ方法を考えるのだ。血の一滴までも振り絞ってな」
「閣下……」
長官の執務室前に立つと、思い出したように振り向いて木下へ一枚の紙片を渡した。
「お前の部隊に夕立という艦娘がいたな」
「確かに、二年前のアンダマン沖における対ドイツ戦の折、殉職しました。」
「二ヶ月前からしきりに東南アジア諸国の海軍連合から、こんな報告を受ける。深海棲艦化した艦娘の部隊が南太平洋から東シナ海へ北上しているそうだ。すれ違ったイギリス東洋艦隊がその部隊に夕立の姿があったそうだ。それは私の情報閲覧コードだ。狐に気を付けたまえ、必要とあれば追い払っても構わん」
「宜しいので?」
「勿論だ。そのためにお前たちがいるのだ」
そう言うと、東雲はゆっくりと扉を閉めた。
神奈川県横浜市は過去の名、現在は神奈川府新濱市が正式名称となっている。東京の荒廃に伴って現地に遷都、そのまま日本の中心都市となり、港の機能は縮小し街の再開発と拡大が急速に行われた。その都市としての様相は歪な新旧が入り乱れる奇妙な景観を作り上げていた。
山下町の高層ビル街の一角が海軍軍令部のある官庁街である。
そこから一歩離れた錦町の港湾に巡洋艦日進、陸軍の輸送船や強襲揚陸艦が肩身を寄せ合って停泊している。
その小さな町に遊撃部隊の本部ビルが設置されている。四階建てであり、広い面積を持った施設の屋上には、常備されたカ号ホ型観測ヘリ、通称『カホ観測機』が二機常備されている。
施設二階の奥にある射撃場では、小柄なPDW『COWT25G型』が巨大なマズルフラッシュを発射しながら指切りによって三発ずつ点射されている。やや暗めの室内で十五メートル先の標的を正確に撃ち抜いているのは、少女のような体形と亜麻色の髪をツインテールに編んでいる艦娘、天津風であった。
「なんともナンセンスな銃だな、使用弾薬はこの6㎜強装弾(6×35mmp弾)、この口径で高ストッピングとはいえその馬鹿でかいマズルブラストはどうにかならなかったのか速吸」
天津風の後方で試射を見守る天龍はその手に持っていた弾頭の赤い弾薬をライトの光に重ねた。速吸は天龍の手からその一発を取り上げた。
「今撃っているのは特注バレルで改造した一品、予備のバレルは強装弾による過熱を想定して多めに確保してある。だけど量産モデルの機関部強度がバレルの寿命のそれと合わない」
「そこも特注品か」
「バレルと違って数はない、なにせ遊撃部隊装備課の特製部品だからね」
「今度納入される一八式改型小銃で十分だな、でも後方の狙撃任務中は助かるな、その過度の灯さえなければな」
「速吸、こいつはすごいぞ」
「あんたがすごいんだよ。まったく前線部隊の奴はどうかしている。いくら義体とは言ったところで、この暴れ馬で三秒二十発ピンヘッドショットできるなんて」
「できないのは整備専門のあんたくらいじゃないのか、なぁ天龍」
「確かに、実戦部隊の連中は全員できるよ」
と、その時無線の受信信号が天津風の脳内に走った。
〔コード0203〕
〔どうした雪風、待機中の秘匿回線は禁止、違うか?〕
〔あんたからそんな言葉が出るなんて驚きね。司令から呼び出しよ、今から十分後に四種海軍服を着用して地下駐車場に来なさい〕
〔諒解。秘匿回線の使用は……〕
〔司令からの指示よ〕
〔だろうな〕
無線を切り、C25を置くと天龍へ向き直った。
「急な用事かな、天津風君」
「そうだよ。お察しの良いようで、ところで速吸、たぶんこのストック要らないよ。私の使うモデルは排莢箱も取り除いておいて」
「そう言うと思ったよ。ハーネスも作っといてやるから行きな」
「ありがとう、いつも気遣いには感謝しているよ」
「ならもっと優しく使え!」
「無理」
そう言いながら試射場を出ていった。
天龍は珍しげにC25を手にすると小銃用の弾倉をその小型の本体に取り付け、装弾把握のロックを外すと、勢いよく初弾が薬室に装填された。
「ところで俺の二九式狙撃自動小銃のバレルのカットは」
「うまくいったよ、ただスコープのゼロインはあんたが一からやる必要がある」
「じゃあ現物を拝むとしよう」
四種海軍服という艦娘専用に支給された灰色の制服に身を包んで、駐車場に出てみれば同じ四種服を着用する雪風と三種服の木下が待っていた。
「天津風、第一ボタン」
歩きながらボタンを掛けると木下の私用車に乗り込んだ。やや古びた車体にフラットな白い塗装が彼らしさを際立たしている。彼女らにとっては慣れた事柄なので
心の中で一言二言文句を言いながら何気なく座席に着いた。
地下から街へ出るとコンクリート打ちっぱなしのビルが整然と並び、街路樹が一本もないためか灰色の一色の光景が晴天の下に広がっている。
歩く人々にも色彩がない。唯一、人間の血が通う赤い肌がわずかに色と言える色を添えている。
「ところで私たちを呼んだ理由を教えてくれないかしら」
「新人の出迎えだ。森下少将の手引きで第一艦隊の予備艦と理由をつけて、空母型艦娘を一人こっちに回してくれた。今頃軍令部の玄関前で棒立ちして待っているだろうから俺たちが出向くのさ」
「なら、自分の足で本部まで出向かせればいいだろうに」
「お前達を連れてきたのは別にある。天津風、お前が要請していた改型小銃の初期納入品がとどいたから確認してくれとの連絡があったのさ」
「半年待ってようやくか、いくら先行納入してくれるとはいえ、納入の遅さはどうにかならないものか」
「今回は新設部隊にも納入する予定だったはずだぞ、たかが一軍人の言葉が受け入れられただけでも良しとしとけ」
「むぅ……仕方ねぇか」
「帰りは自分の足で帰ってこい。お前のことだ細かく口立てするだろうからな」
「いざとなったら軍令部所属のバイク一台使わせてもらうさ」
「さて、本題に入る前に新人には十五分後に向かうと連絡を入れてある。少し長めのドライブになるぞ」
「私たち二人だけの理由もそれかしら」
「そうだ。最近、海軍諜報部が熱心に行方を追っているものの事だ」
車を停車させた隙に助手席に置かれたブリーフケースから、二つにまとめられた書類がとりだされ後席に回された。
「亡霊部隊第三次報告書……」
「最近東シナ海で暴れまわっていると噂の奴だな」
「俺たちが四日前に沈めた部隊、奴らはその亡霊部隊を追っていたとみられている。その報告書では何度も航跡が一致する箇所がある。だが、奴らが追っていた理由は分かっていない」
「待ってくれ、その亡霊部隊は二日後に第一遊撃隊が殲滅する予定だろ、私らが出る幕はないと思うのだが…」
「そもそもの問題は亡霊部隊を追跡した後の目的だって言いたいのでしょう。そして、その両方の動きを早期から察知していた連中が国内にいる」
「出遅れてはいるが探す価値はある。仕事の範疇である以上、亡霊部隊追跡を報告しない部隊には制裁を加える権限がある。そして亡霊部隊の処分に関してもな、ところで雪風、お前の先日あった海戦に関する報告書に申告漏れの疑いがある。処罰はしない、ここで報告しろ」
「いつからそれを」
「お前の隣に座っている奴が報告書に書いていた。近接攻撃を開始する数秒前に敵深海棲艦との無線が同調し、何かを一っているようだと判別したが正確な発音を聞き取れなかったそうだ。あの時、敵に最接近していたのはお前だ、天津風と同じ現象に出くわしたなら正確な聞き取りができたのはお前のはずだ」
「ええ、聞き取ることができたわ。内容は、
千花の地を海より望むものの、
暗雲の奥に眠る花を包み、
我らの春が来たることを祈れば、
霊へ還ることをかの人に許し請う。以上よ」
「それは本当にお前が聞いた奴らの言葉なのか」
唐突な天津風の返しに雪風が声にならない声を発する。だがそれはすぐに閉じられ、彼女は小さく言った。
「そうよ」
天津風は彼女の表情を覗き込むように顔を向ける。
無表情にしかし感情を殺すように、窓ガラスによって屈折した光が作り物の瞳を輝かせる。
「天津風、お前はどう思う」
目線を前方に戻すとぶっきらぼうに、そうだなぁと返事した。
「下手糞な詩だが、まぁ初級の暗号文みたいなものでしょう。意味はおおかた予想はつくでしょう、奴らの標語みたいです。そして、戦争目的」
「もしかしたら、それが私たちの未来を暗喩しているのかも」
「お前も似たようなことを考えていたか」
「今となってはあれが本当に敵部隊からの通信だったのか分からないわ」
「いいか、この件は明日部隊員全員に通告する。お前たちに話したのは通信の件と亡霊部隊の調査を、先行して人員選定をやってもらいたいからだ。これは第二遊撃部隊ではなく四課としての仕事だ、いいな」
諒解と復唱すると、すでに軍令部西門前へと来ていた。車を寄せた先で、正面玄関前に茶色のトランクを手に立つ艦娘の姿が見えた。
「それでは天津風は改型自動小銃の受け取りに参ります」
「せいぜい文句を並べなさい」
「あればな」
そう言い返すとドアを閉めた。
「大鳳准尉」
そう呼ばれ、四種服に赤と白を基調とした空母級艦娘を示すカフタイトルを、右袖につけた艦娘が、160センチ後半の軍服を着る短髪の女性に敬礼した。中尉の襟章と旗艦を現す腕章を見た者の自然な反応であった。
「申告します。本日付けをもって第一艦隊および一航戦予備艦、第二遊撃部隊に配属されました。空母級大鳳准尉であります。第二遊撃部隊旗艦雪風大尉とお見受けいたします」
「いかにも、陽炎型駆逐級雪風中尉だ。そして、後ろにいらっしゃるのが第二遊撃部隊司令の木下真之介中佐よ」
「迎えに来てやったぞ、色々覚えてもらわなけりゃあならん、早く乗れ」
「諒解しました」
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「どうだ、情報は残っているか」
「例の東雲司令のパスコード、あれ匿名閲覧用のコードですよ。それに、狐というのは何匹もいるみたいですよ」
「上等だ」
コードレスタイプの電脳を持つ義体は少ない、ましてや大空襲後のこの日本では資源枯渇のために、遺体から古い有線タイプの部品取りを行うことも珍しくない。
ただし、外部端末を用いれば安易にコードレス化ができる。また、そのほうが安価で安全性がある。
秋月の背首に取りつくようにコードレス用の外部端末が受信を示すオレンジ色の点滅光が走る。彼女の座る端末室(コンピュータールーム)の椅子には背首に接続される有線コードが使用されることなく、端子を天井に向けている。
天龍の左前方で秋月の対している画面が橙の文字を加速させている。
「ありました。全部隊の実戦・訓練航海記録の初期データー約二月分、さすがに三か月より前は運航管理課の許可が必要のようです」
「それだけで十分だ。黙って全部頂いておけ、あとデーターは隊の外部記憶装置に入れておいてくれ」
「後で浦風にも呼集をかける」
「結構だ。俺はこのことを龍驤に伝えてくる」
一分で情報のコピーと処理を終えると、部隊用端末のハードとの接続を解除、退出した天龍がいないことを確かめつつ、将官用データーベースの障壁地図を画面に表示した。
その時、地図の中に規則性と柔軟性を併せ持つ奇妙な障壁図の中にあまりにも正しく整った箇所を発見した。しかも、データーベース管理主任へのアクセス域へ真っすぐに伸びている。
〔天龍さん、やっぱりデーターベース内に東雲司令の言った獣道があります〕
〔そこから相手を逆探できるか〕
〔一日、時間をかけて釣り上げればすぐにでも〕
〔無茶はするなよ、浦風と共同で進めろ、お前には実戦に出なくてはならないからな〕
〔用心します〕
椅子に体重をかけ、コードレス端末を起動させると、しばらく画面に走る障壁図の動きを観察した。それは防壁を食い破ったというより、許可されたものとして上書きされたものであった。
だが、侵入時の動きは外から判別しやすく、あまりにも警戒心のない動きであり、枝をつけるのは安易であると判断した。
(空想が現実となった世界で、こいつはどこまでその現実を追えているのだろうか)
ふと思ったことが口に出かけたが、すぐにそれを閉じ、障壁図の全体をスクロールさせてリアルタイム変動に切り替えた。
そして端末室の扉が開き、赤い口紅を差した雪風が大鳳を伴って入室した。
「出たばかりの仕事を頼んですまないわね。新人君を連れてきたから、ここの事情について先ほどまで新人だったあなたに説明を任せるわ、ちなみに新人教育は浦風が担当するから」
「諒解、脱新人頑張らせていただきます」
そう言うと、大鳳を残して雪風は端末室を退出していった。
やや緊張気味の大鳳が、第一声を開いた。
「本日配属になりました」
「空母級の大鳳ね。気を楽にして話を聞いてちょうだい。さ、そこの椅子に腰かけて」
「はい」
「私は秋月型駆逐級秋月、階級はあなたが上だけどここは階級無差別。実力と能力が私たちそれぞれを分かつもの、ただし司令の定める大尉と中尉の指示に従うべし、後は古参の二人に逆らわないことだね。」
「質問を宜しいでしょうか」
「いいわよ」
「この部隊の主任務は遊撃部隊としての警戒・迎撃および殲滅だけなのでありましょうか、森下少将から気を付けるように言われたのですが」
「気をつけろ。私も少将から同じように言われたわ。この部隊は正式名称を第二遊撃部隊と呼んでいる。その業務も基本的にはそれに乗っ取っている。でもそれは表向きの名前、正式には特務任務部隊第四課が本来の名称。あなたも噂として耳に入れたことはあるでしょう?第一課は内部調査と第二課は特殊部隊として公にも知られている。そして、三課と四課は一部の人間しか実態を知らない。そして私たちの基本業務は、海軍内部と外部における隠密行動の監視と調査、そして第三勢力とおぼしきものの排除よ」
「…………」
「勿論、艦娘として深海棲艦の撃滅にあたるけど、それは二の次の任務であって私たちは海軍内部のそれと異なる敵と戦う役目を負っている。時には公安まがいの捜査をしたり、対人戦をやったりするのが日常業務よ」
「そ、それが本当に海軍の部隊ですか…」
「あなたの義兄さんである木下司令が、海軍次官だった東雲司令の協力を得て新設した部隊よ、私も海兵隊からの引き抜きだったけれど、はじめは困惑するものよ。施設を案内するわ」
端末を接続したまま秋月は席を立つと、いまだ困惑したままの大鳳が急いで立った。
「私がそうだけど、すぐに慣れるよ」