トリガー・イベント   作:灯家 柊(旧:灯家ぷろふぁち)

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トリガー・イベント

 鎮守府内をバタバタと駆け回る音が聞こえる。そしてレシプロ機のプロペラ音がそれに続く。

 駆ける音の主はビスマルク。それを追っているのはソードフィッシュという複葉機だ。艦娘が航空機の空襲を受けているという事は、よもや、ここに深海棲艦の襲撃でもあったのではあるまいかと考えたくもなるのだが、実はそうではない。このソードフィッシュという機体の主人は、その名をアークロイヤルと言い、最近この鎮守府に着任したばかりの艦娘であり、れっきとした味方なのである。どういう訳かこのアークロイヤルという艦娘、ビスマルクに執着でもあるのか、やたらと彼女の事を追い回したがるのだ。

 

「逃げるんじゃないビスマルクッ! 止まれっ! ソードフィッシュ! やれっ!」

 アークロイヤルはそう叫びつつソードフィッシュに攻撃を指示する。あくまでビスマルクそのものには当たらないようにした、一種の威嚇射撃であるが、ビスマルクにしてみれば当然そんな事はどうでもいい事だ。このままだとどうなってしまうのか、などと思っていると、ようやくビスマルクを護衛すべく何人かの艦娘が駆けつけて来た。彼女達がソードフィッシュを撃退し、アークロイヤル側にも艦娘が駆けつけて彼女を止めに入っている。

 ビスマルクは助かった、と思いつつ、こんな事が一体いつまで続くのか、とぜえぜえと荒い息を繰り返しながら思っていた。アークロイヤルの着任以来、同じような騒ぎが既に複数回発生しており、他の艦娘達も騒動を聞きつけて、ああまたか、と呆れ返る状況になっているのである。

 

 

 そんなある日のこと、ビスマルクは鎮守府にある食堂で昼食をとっていた。しかし、思うように食が進まない。それはそうだろう、アークロイヤルが着任して以来のドタバタがストレスとなってしまっていて、ビスマルクの食欲にも影響を及ぼし始めているのである。

「はあ……」

 食事中にもかかわらずため息が出てしまう。そんな時、

「ちょっとここ、相席いいですか?」

 と、声をかけて来た者がいた。ビスマルクが視線を上げると、そこにいたのはリットリオであった。

「ええ、いいわよ」

 と、言うとリットリオはビスマルクの前の席に座り、トレーに盛り沢山に乗せられたメニューをパクパクと食べ始めた。

「相変わらず食べるわねえ、あなたは」

 と、ビスマルクが言うと、

「ええ、私って食べるの大好きなものですから」

 と、明るくいうリットリオ。

 自分が食べようにも食事が喉を通ってくれない状態なので、羨ましいわね、と思いつつ、こんな事も聞いてみる。

「そういえばあなたって体重増えたとか言ってなかった? そんなペースで食べてて大丈夫?」

「うっ……。でも、きちんと運動して現状維持は出来てますから、今の所は問題無いかなあ、と」

 リットリオが焦りながら言う。

「そう、それなら良かった」

 実際、多少体重が増えようが食欲が無いよりははるかにマシである。軍事に携わる者というのはその業務の性質上体力の消耗が激しく、その分カロリーを摂取する必要がある。逆に今のビスマルクみたいに満足に食べられない状況はまずいのだ。

 ビスマルクがそんな事を考えていると、ふと、リットリオがその食べる手を止め、食堂の外の方を見て、こう言う。

「それにしても最近天気悪いですよね。この時期の日本ってこんなものなんでしょうか?」

「それはちょっとわからないけど……。ただ、他の子に聞いた話だとこういうのはやっぱり珍しいみたい」

 気象に関して言えば地域の差異が大きい土地柄の国ではあるが、少なくともこの時期に毎年このような天気になるような事は無いという事だ。それぐらい雨や曇りの日が多く、陽の光が地面を照らす日が少ない。

「こんな天気が続くと気が滅入るわね……」

 と、ビスマルクがため息をつくと、リットリオがこう返す。

「あなたの場合、天気だけが原因じゃないんじゃないんじゃないですか?」

 その途端、ビスマルクは顔面を硬直させ、すぐにうんざりしたような顔で、

「……やっぱりわかる?」

 とだけ言った。

「あれだけの大騒ぎしてるんだからわかりますよ。……例のイギリスの空母でしょう?」

 アークロイヤルがビスマルクを追いかけ回すのはもはや日常と化しつつある。幸いリットリオはまだ騒動に巻き込まれている訳ではないが、二人のいざこざを止めるために既に何人もの艦娘が駆り出されているのだ。

「距離置きたいってのが伝わって無いみたいなのよね。おまけにソードフィッシュまで飛ばして来るとか最悪……」

 ビスマルクはうなだれている。今でこそ人間の肉体に魂を宿した存在であるが、元々艦娘の前世は戦闘に従事する艦船であり、鋼鉄の塊だ。その鋼鉄の塊であった頃に第二次世界大戦という人類史上最大規模の戦争が勃発し、多くの艦船がその戦闘の中で沈んで行った。艦娘として現世に舞い戻る事が出来たのはその内のごく一部であるが、その一部の中でも因縁のある関係を持った者というのはいるもので、その端的な例がビスマルクとアークロイヤルという事になろう。その辺りの事情についてはリットリオもある程度知っている。

「無神経な事を聞いちゃうかもなんですけど」

 と、リットリオは前置きしてから、

「アークロイヤルの事を避けたいのは分からなくも無いんです。でもソードフィッシュってそんなに嫌なんですか? 流石に今のあれはあなたへ危害を加える訳では無いと思うんですけど」

 と聞くと、ビスマルクは渋い顔をして、

「それは、ものすごく嫌よ。まあ、分かりにくいかもしれないけど、そうねえ……」

 と、言って一考してから、

「例えば、投下するつもりがなかったとしても、私がフリッツXを振り回しながらあなたを追いかけたら、どう思う?」

 と、返してきたので、思わずリットリオは息を呑んでしまった。

 

 フリッツXは誘導爆弾の先駆けともいうべき兵器で、ドイツによって開発され、欧州戦線に投入された。前世のリットリオもこのフリッツXの被害を受けているのである。同時に攻撃を受けた妹艦のローマと違い、即座に撃沈される程の事態にまでは至らなかったが、それでも損害は大きく、ギリギリ沈まないで済んでいるというレベルであり、何とか自力航行こそ可能なものの、再び戦闘に参加することなどままならぬという状態で終戦を迎えた。その後のリットリオは無用の長物として数年間放置された後、最終的にはスクラップにされてしまった。

 そんな事を思い出して顔を引きつらせるリットリオを見ながら、

「ね? そういう事、なのよ……」

 と、弱々しい笑顔とともに言った。

 リットリオも何も言えない。そんなリットリオに対してビスマルクは、

「じゃあ、私は行くわね」

 と言って席を立った。

「え、あなたのご飯、大分残ってますよ?」

 と、リットリオが聞いても、

「食欲が無いのよ……」

 と、力無く言うだけで、残り物の入ったトレーを返却しに行ってしまった。

 

(相当深刻ね……)

 心なしかふらついているようにも見えるビスマルクの後ろ姿を眺めながらリットリオはそう思った。ビスマルクにとって、アークロイヤルからソードフィッシュを差し向けられるのがどれほど怖い事なのか。それを理解するという意味では、仮に目の前でフリッツXを振り回されたら、という例え話は、確かにリットリオにとっては分かりやすい。

 実際の所、前世においてフリッツXを投下されたという過去はリットリオにとって恐ろしく、忌々しい記憶であるし、今だに思い出しても一気に暗い気分にさせられてしまうような出来事なのである。

 とはいえ、リットリオに対する攻撃を実行したのは当時のドイツ空軍であり、ビスマルクではない。そもそもリットリオが攻撃を受ける遥か前、フリッツXの試作機による飛行試験が開始された時点でビスマルクは沈んでいたのだ。たとえ恨むとしてもそれは当時のドイツという国が対象となるべきであって、フリッツXの一件でビスマルクに当たるのはいくら何でも理不尽だろうとリットリオは思っている。国家という枠組みの一員という意味であればそこに遺恨もあるという事にはなるのだが、それはあくまで国家同士での比較だからそうなるのであって、個人レベルであればリットリオとビスマルクは当事者同士ですらないのである。

 が、ビスマルクとアークロイヤルの関係となれば話は別だ。艦船であった頃のビスマルクの最期は壮絶である。当時のイギリス海軍はビスマルク一隻を撃沈するためにその時点で稼働可能な大型艦のほとんどを動員し、その数の差で持ってビスマルクを半ば包囲する形で集中砲火を浴びせたとリットリオは聞いている。ビスマルクを直撃した砲弾の数は実に400発にも上り、砲塔は全て吹き飛ばされ、反撃する手段を失ったことから最終的に自沈処分という事にはなったようだが、イギリス側はそれでもなおそんな状態のビスマルクに対して攻撃を継続したというのだから自沈処分などしなくても沈むのは時間の問題だったろう。しかも砲撃を受け始めた時点でビスマルクは舵が破損していた為、満足に航行も出来ない状態であった。迫り来るイギリスの艦隊を目の前にして彼女はどれほどの恐怖と絶望を感じていた事であろうか。そしてその直前までビスマルクの追撃を行い、舵を破壊することで彼女が沈むトリガーを引いたのが他ならぬアークロイヤルなのである。たらればの話ではあるのだが、アークロイヤルの追撃をかわせてさえいればビスマルクがあの時点で力尽きる事は無かった可能性が高い。だからアークロイヤルの姿を見てビスマルクが反射的に恐怖感を覚えてしまっても無理からぬ所がある。

 更に追い討ちをかけているのが、現在アークロイヤルがビスマルクに対して取っている行動である。絶えずビスマルクを探し続け、視認した途端に追いかけ出すというのがかつての大戦時の行動そのままならば、逃げるビスマルクを足止めするためにソードフィッシュに攻撃を行わせるというのもかつての大戦時の行動そのままなのである。前世のビスマルクはこの一連の行動の結果、死ぬ事になった。そんな過程を現世でも再び体験させられているのだからたまったものではないだろう。ここで更に問題となるのは、アークロイヤル側には大戦の時とは違い敵意や害意の類は全く無いという点だ。純粋にビスマルクとの和解を望んでいるようにも見えるのだが、現状を見る限り、その試みは明らかに逆の結果をもたらしている。行動の結果として却って相手を怯えさせているという自覚が無いようであり、悪意が無い分非常にたちが悪いとも言えた。

 

「このままだと本当にあの子、参っちゃいますねえ……」

 そうリットリオは独り言ちた。彼女の所属している鎮守府は特段厳しい規律もなく、かなりオープンで鷹揚な雰囲気が漂っている所だ。出身の国が違うからどうだと言ったことも無いから、リットリオもスムーズに他のメンバーと馴染むことができた。もっとも、これはこの鎮守府の中では比較的古参とも言えるビスマルクがそれとなく手助けしてくれたことも大きい。彼女はその言動から少々高飛車な印象を相手に与えてしまうことがあるのだが、実際には結構面倒見が良く、何かあれば相談に乗ってくれることも多いのだ。そんな彼女がらしくもなく悲鳴をあげながら逃げ回っているのは明らかに異常事態であり、リットリオとしては大いに心配してしまう。先ほど、ビスマルクに声をかけて相席をお願いしたのも彼女の様子を知りたくなったからである。その憔悴ぶりは想像以上で、普段のビスマルクの気丈さはほとんど感じられなかった。放っておいたら本当に倒れてしまうのではないか。このままでいい訳は無い。しばらくの間リットリオはその場で考えていたが、ふと顔を上げて、

「たまにはこっちが面倒を見てあげないといけませんね」

 と呟き、立ち上がってトレーを片付け始めた。リットリオはビスマルクをどうにか助けられないか、行動を起こしてみる気になったのである。

 リットリオの見るところ、ビスマルク側もアークロイヤル自体をそれほど嫌っているという訳ではない。もし本当にアークロイヤルの事が嫌いなのであれば、呂500に自身の護衛を頼むと言う手もあるからだ。前世のアークロイヤルはU-ボートに沈められた。そんなU-ボートを日本向けにローカライズした呂500はこの鎮守府において最もアークロイヤルが苦手とする存在なのだ。護衛というのであれば、あるいはグラーフ・ツェッペリンでも良い。この鎮守府にアークロイヤルが着任して以来、幾度となく襲い来るソードフィッシュからビスマルクを守っているのが彼女である。もちろん、呂500にしてもグラーフ・ツェッペリンにしてもそれぞれの任務や用事がある訳だから、四六時中ビスマルクと行動を共にする訳にはいかないが、大体の時間帯において元U-ボートたる呂500や、ソードフィッシュを迎撃出来るグラーフ・ツェッペリンを同行させておけば、アークロイヤルに対する強い警告となり、拒絶の意思表示としての効果も期待出来る。

 だが、今の所ビスマルクはそんな行動を起こそうとは微塵にも考えていないようだ。アークロイヤルに悪意がない事が分かっているからなのだろうが、アークロイヤルを傷つけたくはないという事でもあろう。そんな所がビスマルクの甘い所であり、優しさでもあると言えた。ともかく、ビスマルクが求めているのは落ち着いて会話をする機会なのではないだろうか。

 まずは、それとなくアークロイヤルに話を聞いてみる事にしよう、そうリットリオは思い定めた。

 

 

 その翌日。鎮守府に帰投してきた艦隊がある。今はまだ朝と言って良い時間帯であるから、長時間の遠征の帰りなのか、あるいは夜戦でもあったのかもしれない。そう思った時、ふと、夜戦を前提とした作戦行動を行う艦隊が1個艦隊、昨日出撃したことをリットリオは思い出した。そしてその戻って来た艦隊の中にはアークロイヤルの姿もあった。彼女は空母でありながら、夜戦にも対応できる能力を持つという、かなり珍しい存在である。そのアークロイヤルに声をかける。

「ああ、リットリオか」

 と、普段通りに応ずるが、その姿を見ればかなりの被弾の跡が見え、敵方の攻撃の激しさを伺わせる。

「タフな相手にぶつかっちゃったみたいですね」

 そうリットリオが言うと、アークロイヤルはふふっと笑い、

「今回はアドマイラルに結構無理を言って参加の許可を貰ったからな。こうなるのは想定内だよ」

 と、事もなさ気に言う。

「えっ?」

 リットリオからはそんな言葉が口をついて出た。無理を言って参加の許可を貰ったと言う事は、提督は当初今回の作戦にアークロイヤルを参加させるつもりは無かったと言う事だ。それも、まだ彼女にはハードルが高いと判断していたからだろう。しかも、その事は当のアークロイヤルも自覚しているようだ。にもかかわらず敢えて参加したとは一体どういうつもりなのか。

「アークロイヤル、今からちょっとだけ時間を貰っていいですか?」

 やや切迫したような口調でリットリオがそう言うと、アークロイヤルは、

「ああ、構わないが、ほんの少しだけ待っていてくれ」

 と言って、艦隊の旗艦を務めていた艦娘に入渠の開始がしばらく遅れる事を伝えてから戻ってきた。

「これでしばらくは大丈夫だ。一体何だ?」

「二人きりで話せる場所に移動しましょう。ここだとちょっとね……」

 そう言ってリットリオはアークロイヤルを伴って鎮守府の敷地のはずれにある人気の無い場所へと向かった。雨こそ降りそうも無いが、雲が空一面を覆っており、相変わらず天気は重苦しかった。

 

 「それで、二人きりで話したい事っていうのは?」

 アークロイヤルが尋ねる。それに対してリットリオは難しい顔と共に腕組みをしながら、

「あなたが夜戦もこなせるって話は聞いているんですよ」

 と、切り出した。

「ああ、どうやら空母で夜戦が出来る奴は少ないようだからな。それだけでもここの役には立てると思ってるよ」

「ええ、そうでしょうね……」

 そう相槌を打つリットリオが気にしているのはそこでは無い。先日赴任してきたイギリスの空母は練度が十分で無いにもかかわらず、演習に加えて実戦でも昼戦、夜戦に関係無くやたらと出撃をしたがり、あまり休息も取りたがらないらしい、実はそんな噂が立っているのである。そんなアークロイヤルに対して少なくない艦娘が頼もしさを感じる一方で、同時に不安をも感じているというのが実情なのだ。しかも、この状況を見る限り、今のアークロイヤルの力量では苦戦を強いられると予想される作戦に対してさえも自ら積極的に志願して参加しているようだ。そこでリットリオはこう聞く。

「あなた、かなり無理をしてませんか? ここではまだ新人なんだからすぐに実績を出そうなんて思わなくてもいいんですよ?」

 ところが、アークロイヤルの答えはこうだ。

「別に実績を出そうと思ってる訳じゃ無い。私は少しでも早くまともな戦力になりたいんだ。そうするにはどんどん実戦をこなすのが一番だ」

 リットリオは思わず呆れてしまう。その考え方はあまりに猪突猛進的なのではないか。確かに実戦に参加する事が練度を向上させる上で効果的なのは否定しない。だが演習ならいざ知らず、実戦の場合は常に死者が出る事が前提になる訳であって、相手は手加減なんてしてくれないのだ。最悪の場合、沈んでしまう事だってありえるし、そんな事になれば戦力になるならない以前の話という事になる。

 

「まさか提督はあなたが志願した作戦全部にゴーサイン出してるんですか!?」

 作戦を指示する側が新人をポンポンと戦場に放り込むような真似をしていたとしたら大問題だ。しかし、アークロイヤルは

「さすがにそれは無いよ」

 と、苦笑いする。リットリオがその言葉にホッとしたのもつかの間、

「アドマイラルは私の申請をほとんど却下してしまうからね。今回は運よく許可を出してくれたんだ。もう少し柔軟に対応してくれても良さそうなものなんだがなあ……」

 と、アークロイヤルが言ったので心が凍りつく。元々ここの提督の戦場における目は確かなものがあり、無謀な作戦を安易に敢行してしまうタイプでは無い。「柔軟に対応しろ」とは言うが、そんな事は既に十分やっていると言うのが提督側の認識だろう。単にアークロイヤルの喪失に繋がると判断せざるを得ないから、これ以上は出撃許可も出しようが無いというだけの話なのだ。

 提督がきちんとブレーキ役を務めてくれているのが分かったのはそれはそれで良い。だが、ここで把握しておかなければならないのは何故アークロイヤルが自身の実戦能力の向上にここまでがむしゃらに取り組んでいるのかという点だ。

「あなたがそんなに急いでいる理由が分からないんですよねえ。無理をして欲しいなんて誰も思って無いんですよ? いつか取り返しのつかない事故を起こすんじゃないか心配で……」

「お前は私の事を心配してくれているのか?」

「当然でしょう? それは多分みんな同じなんじゃないかしら」

「ビスマルクは、どうなんだろうな……」

「うん?」

 いきなりビスマルクの名前が出て来て戸惑う。とはいえ出撃していない時のアークロイヤルがしょっちゅう追いかけている相手だからその反応は気になるものなのかもしれない。

「そうですね、あの子も心配してるかもしれないですね」

 実際には、最近のビスマルクはアークロイヤルに追いかけ回されているせいで疲れを溜め込んでいるような所があり、無理な出撃を繰り返しているアークロイヤルの事をどう思っているのかは分からないのだが、とりあえずそう言っておくことにする。

「それにしても、随分ビスマルクにこだわるんですね、あなたは」

「当然だな。私にとってはビスマルクに関する事が一番の重要事だからな」

 リットリオは固まってしまう。あっさりと言ってのけたが、実はアークロイヤルは今とんでもない発言をしたのではないか。そんな風に感じたリットリオが、

「あの、念の為に確認しておきたいんですけど、もしかしてあなたってビスマルクと単に仲直りしたいだけとかそういうんじゃなくて……もっとその先の、その……」

 と、恐る恐る尋ねてみると、ほんの少しばかり頰を赤らめて照れ臭そうに頷くアークロイヤル。

(ええっ!? そういう事だったの?)

 務めて態度に出さないようにしているが、リットリオの心の中には驚きが渦巻いていた。アークロイヤルのビスマルクに対する気持ちはLIKEではあるんだろうとは思っていたが、まさかLOVEであったとは。もちろん、鎮守府は女性ばかりの職場というのもあってか同性のカップルというのも別に珍しいものではないのだが、アークロイヤルがビスマルクに恋をしているとは思わなかった。何しろ前世では全力の殺し合いをしていた間柄なのである。

 

「でも、確かあなたたちって前の大戦で大喧嘩してたはずですよね? そんな相手が好きなんですか?」

 と、リットリオは素朴な疑問をぶつける。アークロイヤルは苦笑しつつ、

「まあ、普通はそう思うだろうな。だが、あの時の私達が大人気なかったってのもあってね」

 といってから、こう続けた。

「そんな大人気ない私達を相手にあいつは最後の最後まで全力で戦ってくれたんだ。本当、格好良かったよ」

 懐かしさと憧れとが同居したようなその表情を見る限り、嫌味や皮肉ではなく、本気でそう思っているようだ。

「いよいよ私が沈むってなった時にね、『ああ、結局自分もダメか』なんて考えてたんだが、その時思い浮かんだのがビスマルクの事だったんだ。あんな勇敢なヤツと一緒に戦ってみたかったなって、そう思ったんだよ。もちろん、国同士が交戦中だったからそんな願いが叶うはずも無かったんだが」

 リットリオは無言でアークロイヤルの独白を聞いている。

「で、今こうやって人間の肉体を得て、ここへ配属されたら……あいつがいるんだよ! ビスマルクが! こんなに嬉しかった事は無かったな! だってそうだろう!? もう一度会いたいってずっと思ってたヤツに本当に会えたんだぞ!? しかももうお互い交戦中でもなんでもないんだ。堂々と一緒に居ていいんだからな!」

 いつにもなく目を輝かせて心底嬉しそうに語るアークロイヤル。流石にここまでくればリットリオも共感しない訳にはいかない。

「数十年越しの恋、ですもんねえ」

「ふふ、そうだな」

 心なしかうっとりとしているアークロイヤル、こんな彼女の表情はなかなかお目にかかれないだろう。だが、次の瞬間、その表情には陰が差していた。

「だがな、あいつは私を避けるし、作戦海域が違うから戦闘で組むことも無いんだ」

「そうだったんですか? 海域が違うのは提督の意向?」

「恐らくそうだろうな。前に『ビスマルクと同じ艦隊で仕事をさせて欲しい』と頼んだんだが、練度が違い過ぎるから無理だと言われてしまってね……」

 そう寂しそうに言ってからこう続けた。

「ビスマルクと練度が違うせいでビスマルクの隣に並べないなら、ビスマルクと同じ程度の練度を身につけるしか無いじゃないか。だから私はこうしているんだ」

 アークロイヤルが異常とも言える程出撃を繰り返したがる理由が判明した。それはビスマルクに対する熱すぎる情熱ゆえ、なのである。

 確かにビスマルクはこの鎮守府の主力と見なされている存在であり、重要な作戦を任せられることも多い。今のアークロイヤルの力量だと足手まといになる可能性が高いだろう。だが、リットリオが推測するに、練度の違いというのは恐らく根本的にはただの建前だ。ビスマルクとアークロイヤルの現在の関係は提督も把握していて、この二人を同じ艦隊に配属させたらその艦隊が機能不全に陥るのではないかと懸念しているのだろう。

 もしかしたら、アークロイヤルもそんな提督の意図には薄々感づいていて、ならば建前が通用しない状況を作ってやろうとムキになっている部分があるからこそ今の状況があるのかもしれない。

「休んだほうがいい、とは提督は言わないのかしら?」

「いや、言っているよ。だけどそんなものの必要性は感じていないからこっちからはそう伝えているがな」

「そうなのね……」

 これは不味いかも、とリットリオは思った。この状態が続けば、近い将来、ビスマルクとアークロイヤルをそれぞれ別々の艦隊で活動させるべく新しい名分を用意する必要が出て来るが、アークロイヤルの性格を鑑みるに、その時になって、はい、そうですか、と引き下がる姿は想像出来ない。練度の向上そのものは艦娘とて軍人である以上、むしろ奨励すべき事であって、提督にしても止める理由は無い。ひょっとすると、提督は早くもアークロイヤルの扱い方に困り始めているというのが実情なのではないだろうか。最悪、戦力として重要なビスマルクを情緒不安定等を理由に一旦第一線から退かせるという決断を下す必要も出てくる事になるかもしれない。

 そうなる前に、ビスマルクとアークロイヤルの関係を改善させる必要があるし、その為には第三者の立場からも手を打たなければならないだろう。特に優先して対処しなければならないのはビスマルクを想うあまり半ば暴走状態に陥ってしまっているアークロイヤルだ。

 

「そういえば、あなたは珍しい艦載機を使ってますよね?」

「ああ、ソードフィッシュのことか?」

 そう言ってアークロイヤルはソードフィッシュを取り出して見せる。大切な機体のはずだが、わざわざリットリオの手に持たせてくれた。

「複葉機、なんですね」

「ああ、旧式でろくにスピードも出ないがとにかく頑丈で格闘戦以外なら何でもこなせる器用な奴だ」

 現代の軍用機でこの機体に近い設計思想の物を探すのは中々難しいが、あえて似ている機体を探すとなると、飛行性能上のピーク値を追求するのではなく、まずは取り回しの良さや安定した操縦性、そして多用途性に優先的に性能を振っているというあたりはF/A-18ホーネットやJAS39グリペンに近いものがあるかもしれない。しかも、スピードが出ないと言ってもそれは他の航空機と比べた場合の話であって、船を相手にするのであれば十二分に高速だ。先ほども書いたように、アークロイヤルに関して、この鎮守府に所属している艦娘の間では頼もしさと不安が相半ばしている状態だ。しかし、一旦戦場に出てしまえばこのような機体を自身の分身のように使いこなすアークロイヤルは確かに頼れる存在に映る事だろう。実際、無理をしているのではないか、という状況にあっても戦果そのものはきちんと出しているのである。それも、夜間も含めて。このような芸当はアークロイヤルとソードフィッシュの組合せだからこそ出来る事だと言える。

 

「夜戦もこれで?」

「ああ、そいつは戦場は選ばないからな」

「へえ……」

 戦闘機や攻撃機の主力がジェット機の時代になっても、夜間戦闘能力や全天候能力といった機能がごく普通に備えられるようになるのは1960年代以降だから、その点でも中々侮れない機体なのである。それに、兵器というのは信頼性が何よりも物を言うケースが多い訳で、頑丈さが売りのソードフィッシュが高い評価を得ているのはそう言った側面もあると言って良いだろう。そんなアークロイヤル自慢の機体に感心しつつ、リットリオはこの機体が最近よろしくない使われ方をされている事も忘れていない。

 

「確かにこの子はいい子だと思います。でも、味方を追いかける為に使ってしまうのは違うと思うんですね」

 そうアークロイヤルに語りかける。

「あなただってわかりませんか? ビスマルクは怖がってるんですよ? なのにあなたはこの子を使って毎日のように追いかけているじゃないですか。それにこう言っては何ですけどビスマルクはこの子のせいで沈められたっていう嫌な思い出があるんです。今のままじゃあの子は疲れ切ってしまいますし、それは流石に良くないと思います」

 と、ソードフィッシュを眺めながらリットリオは言うのだが、突然、

「……貴様は一体ビスマルクの何なんだ?」

 と、そう言われてしまった。

 何でそんな変な事をいきなり聞いてくるのかと思ったリットリオはアークロイヤルと視線を合わせて内心ギョッとした。先程までと異なりアークロイヤルの目には自分に対する明確な敵意が込められていたからである。どうやらアークロイヤルの中では自分が恋敵の扱いにされかけているようなのだが、それが確定してしまって彼女に心を閉ざされるとその行動を是正させようとするリットリオの説得は一切受け付けてくれなくなるだろうから、

「別にあの子とは特別な関係って訳じゃないんです。ただ、私がこの鎮守府に配属されてからずっとお世話になってるから、この先もあの調子なのは心配だし、困るんですよ」

 と、答えるしかない。

「ふうん……」

 と、アークロイヤルは一言発しただけだ。一応、リットリオの説明には納得してくれたようだが、どことなく面白くなさそうな様子だ。存外嫉妬深いのかもしれない。

「この子を使ってまでビスマルクを追いかける必要は無いと思うんですよねえ……。普通に話しかけるだけじゃダメなんでしょうか?」

 何となく虫の居場所が悪そうなアークロイヤルは、

「普通に話しかけたって無駄じゃないか。どっちにしろあいつは私と距離を置きたがるんだ。だったら少し強引に距離を詰めるぐらいはやっても良いだろう?」

 と、ふてくされたようにいう。

「はあ……あのねえ、アークロイヤル。今のあなたは前にビスマルクが一回死んだ時の行動をそのままトレースしてるんですよ? あの子が怖がるのは当然だと思いませんか?」

 リットリオがはっきり言うとアークロイヤルは気まずそうな顔をして、

「アドマイラルにもウォースパイトにも同じ事を言われたよ」

 と言った。

 流石に上官も同僚も今の状況を見かねたのだろう。既に注意を受けていたようだ。

「周りから見てもそうなんですよ? あなただって……」

 そうリットリオが言いかけた途端、

「そんな事は分かっている!」

 と、突然アークロイヤルが強い口調で言ったのでリットリオは驚いてしまった。分かっているなら何故、と聞きたくなったが、

「そう、分かっている。分かっているんだ……」

 うつむいて苦しげにそう呟くアークロイヤルの姿を見て、もはやリットリオはその場ではそれ以上何も言えなくなってしまった。

 アークロイヤルをどうしても突き動かしてしまう何かがある。とりあえず、今はそれが分かっただけで良しとしなければならないだろう。その何かが一体何なのかという所まではここで確認出来そうな状況ではなかったのである。

 

 

 この鎮守府では定期的に全体での会議を行う事になっている。原則として鎮守府に所属している艦娘は全員出席する事になっており、参加人数は決して少なくないのだが、基本的には提督や、各種任務や業務に従事している艦娘からの連絡事項を伝えた後は、簡単な質疑応答があるだけで、普段はそれほど時間がかかるものではない。

 会議の開始時間が近づいてきており、徐々に会場には人が集まり始めていた。

 そんな全体会議の場でアークロイヤルはかなり後方の席に既に着席していて、その位置よりやや後ろの、ある程度離れた席からリットリオはアークロイヤルを観察し続けている。視線をあちこちに向けているのはある人物を探しているからだろう。そしてお目当の人物であるビスマルクも入室してきた。どうやら会場の前方の席に座るつもりのようだ。ビスマルクの姿を目にした途端、普段ならば無機質な印象さえ与えるその表情がふわりと和らいだ。

(ホント、恋する乙女って感じね……)

 アークロイヤルにとってはビスマルクはまさに運命の人と呼ぶべき存在なのかもしれない。が、そうだとすればいかにもその行動との辻褄が合わない。あれをどう解釈するべきか。リットリオは内心首をひねっている。

 そんな事を考えていると、突然アークロイヤルの表情が曇った。彼女の視線の先にいるはずのビスマルクの方へとリットリオも視線を向けてみる。ある一人の艦娘が隣席しているビスマルクと親しげに話している。

(ああ、そう言えばあの子はビスマルクと仲が良かったわね)

 そう思って、再びアークロイヤルの方へと視線を戻してみると、明らかに先ほどの彼女とは様子が異なり、フラフラと視線が泳いでいる。まるでビスマルクを見ようとしても、見ることができずに視線を背けていると言った感じである。心なしか表情そのものも険しい。そんな彼女の様子を見ていてリットリオはハッとした。

(これはもしかして……)

 いや、恐らくは間違いない、とリットリオは思った。アークロイヤルは焦っている。それは何故か。ビスマルクは既に他の女の物になっているのではないか、あるいは現在進行形で言い寄っている女がいるのではないか、そういう不安があるのだろう。ビスマルクはこの鎮守府に配属されて長いし、他の艦娘達からの信頼も厚く、交友関係も広い。そのうちの誰かと恋仲になっていても不思議ではないが、その一方でアークロイヤルはと言えば着任してまだ日が浅い。恋愛を競争と考えれば、アークロイヤルは出遅れているどころか、圧倒的な最後発の立場にいるのだ。先日、説得を試みた時にはリットリオに対してさえ嫉妬心を露わにした。恐らくはアークロイヤルが内面に秘めている感情はそれほど強烈なのだ。その感情が不安をも生み出しているのである。ビスマルクはアークロイヤルとその行動に怯えているが、実際にはアークロイヤルにも怯えがあると言う事になる。ただしやろうと思えば物理的に対処が可能なビスマルクの怯えと違い、アークロイヤルのそれは自身の内部から湧き上がり続けているものであって、本質的に避けようがない。自分でもコントロールしきれないそれをどうにか処理しようとしたからこそ一足飛びにビスマルクに迫ると言う極端なアプローチをとってしまっているのかもしれない。

「これ、どうにかなるのかしら……」

 さすがにリットリオも頭を抱えたくなるような気分と共にそう呟いてしまった。とは言えどうにかしなければならないが、さてどうするか、と考えているうちに、提督が秘書艦とともに入室して来て会議の開会を宣言したから、一旦その事に関してはとりあえず脇に置いて会議の内容に集中すべく思考を切り替える事にした。

 

 

 会議があった日から数日が経った。

 「それで、そのワインが美味しくてですねぇ。作っているのは特に有名な所って訳じゃ無いんですけど、これは当たりだって思いましたね」

「へえ、私も飲んでみたいわね」

 リットリオとビスマルクがそんな話をしながら鎮守府内の敷地を歩いていた。相変わらず雲は多いが、雨が降りそうな感じではなく、散歩をしていても気分が良い。

「ぜひぜひ、飲んでみて下さい。本当に美味しいんですから。ただ、その美味しいって言うのが結構悩む所だったりするんですけど」

「うーんと、それは飲みすぎちゃうからって事?」

「まさにその通りなんです! あんまり飲むと次の日にもお酒が残るから仕事に差し支えるじゃないですか。それにお酒って飲みすぎると眠りが浅くなるって聞きますし……」

「ああ、それは正しいそうよ。お酒って飲んだ瞬間は眠くなったりするじゃない? だけど脳を覚醒させる作用もあるらしいわ。だから結局睡眠にも悪影響が……」

 ビスマルクの説明がいきなり止まった。リットリオが何事かとビスマルクを見ると、彼女の視線はリットリオとは別の方角に向けられており、その方角には広場に設置された長椅子に座ったアークロイヤルの姿があった。

「アークロイヤルですねえ。座ったままでどうしたんでしょう?」

「……いきなり私の方へ向かってきたりしないわよね?」

 最近のビスマルクはアークロイヤルに対して恐怖症のような状態になりつつある。

「おそらくそれはないんじゃないかと思いますけど……。でも、あの子様子が変です。全然動きませんよ?」

「何かしら? じっとしちゃうようなタイプにも見えないけれど」

「ちょっと近づいて見てみませんか?」

「ええっ!? そ、それはどうなのかしら……」

「大丈夫ですよ。何かあったら私がアークロイヤルを押さえておいてあげますから」

「そ、そう?」

 そんな会話をしながら、二人はアークロイヤルの方へと恐る恐る近づいて行き、すぐ近くまで来て彼女の様子を伺う。

「寝てますね……」

「ええ……」

 アークロイヤルは椅子に座ったまま居眠りをしていた。彼女は鎮守府のメンバーの中でも比較的アクティブなタイプという印象がある為、観察している二人にしてみれば非常に珍しいシーンに遭遇しているという思いがある。

 ビスマルクはすうすうと寝息を立てているアークロイヤルの顔を覗き込んでみる。一見すると端正で、それでいてどこか愛嬌のある彼女の顔を見ながら、

(こうして見てると可愛いんだけどな……)

 と、ビスマルクが思った次の瞬間、アークロイヤルの瞼が鈍く開いた。

 一瞬、アークロイヤルは自分の周囲がどうなっているのかがわからなかったようだ。ところが、いざ眠りから覚めたら自分の目の前にはビスマルクとリットリオがいて、しかもリットリオはともかくビスマルクの方はアークロイヤルが今このタイミングで目が醒めるとは考えていなかった為、結局両方が驚いてしまい、

「うわああああっ!!」

 と、鎮守府内に二人の叫び声が響き渡る結果となってしまった。

 

「ああ、寝てしまっていたのか……迂闊だった」

 自分の顔をなでつつ、恥ずかしそうにそう言うアークロイヤル。別にビスマルクとしてもしょっちゅう逃げ回るつもりはなく、自身を追いかける時の気迫のようなものが今回ばかりは全く感じられない為、その場に留まってアークロイヤルの話を聞いている。

「それにしても珍しいですねえ。あなたがこんな所で居眠りだなんて」

 そうリットリオが聞くと、

「一気に疲れが出たんだろうな。今日は暖かいし、座って海を眺めていたら、つい、な」

 アークロイヤルはそう言う。

「だから言ってるでしょう。出撃の頻度を減らしなさいって」

 そんなリットリオの警告に対して、

「ああ、だから実際に減らす事になった。と言うより、しばらく私の出撃は無いよ」

 と答えたものだから二人は驚いてしまう。

「それは提督の指示?」

「そういう事」

 そう答えるアークロイヤルの表情は不満そうだ。二人は彼女の両隣に座って詳しく話を聞く事にした。

 

 執務室へ呼び出しを受けたのだという。そこで示されたのがここ最近のアークロイヤルの戦闘に関するデータだ。ほぼ同じ練度の他の艦娘と比べると、一定の成果を上げる為に使用する燃料弾薬その他資材の消費量が明らかに多いのだ。前々からそうだというのであれば資質的にそういうタイプなのだろうという話にもなるのだが、以前のデータではそれ程資材の消費量が多いという事は無かったのだという。それがここ最近になって急激に消費量が増えてきているというのだから、これはもう以前のアークロイヤルと異なり、戦闘時の行動の効率が悪化していると考えざるを得ない。そしてその原因は何かと言われれば、やはりそれは連日の出撃による疲労の蓄積と結論づける以外に無いだろう。これではアークロイヤルの体調も心配になるし、何より彼女が消費する資材を他に回した方が予算管理の側面からも良い。

「『資材はタダじゃないのに、最近は無駄遣いが過ぎる』なんて言われてしまってはね……」

 諦めたような表情でそう言う。見方を変えれば、これは出撃を続けたがるアークロイヤルをいよいよ提督が容認しきれなくなったということでもあろう。元々提督は無理を重ねるアークロイヤルに危なっかしさを感じていた節があり、それとなく自制を促していたのだが、それをアークロイヤル側が一顧だにして来なかったのである。その為、それまでの出撃データを基にアークロイヤルに反論を許さないだけの十分な資料を作成した上でそれを彼女に示したのだろう。流石のアークロイヤルも具体的な数字を根拠に出撃する事自体に問題があると指摘されてしまえばそれは引き下がらざるを得まい。しばらくは休暇の扱いになるのだという。

 

「へえ、話には聞いてたけどあなたってそんな無茶してたのね」

 ビスマルクが呆れながら言う。

「自分ではそこまでだったつもりは無かったんだがな。外から見るとそうなってしまうみたいだ」

 アークロイヤルはそう言いながら、ふと思いついたようにビスマルクを見つめる。

「……何?」

 ビスマルクが怪訝そうな顔つきで言う。

「いや、お前がまともに話しかけてくれたのは初めてだと思ってね」

 と、嬉しそうに言うアークロイヤル。

「それはあなたがいきなり追いかけてくるからでしょう?」

「追いかけるのはお前が逃げるからだ」

 何やら水掛け論になりそうな雰囲気だったのでリットリオが制止に入る。

「はいはい、今は喧嘩をするのはやめてくださいね」

「なにも喧嘩をしているわけでは……」

「ええ、でもアークロイヤルはビスマルクとお友達になりたいんですよね? ちゃんと会話が出来る機会を得られたんですからまずはその事を伝えるべきだと思いますよ」

 「うっ」とだけ言ってその後の言葉が続かず、気まずそうな表情のアークロイヤルと、驚いたような表情のビスマルク。

「ビスマルク。わかっているのかもしれませんがアークロイヤルはあなたに迷惑をかけたいわけじゃないんです。ただ、仲良くしたいって、それだけなんですよ」

 と、リットリオが言うと、

「そうだとすると、私を爆撃しようとするのはおかしいんじゃないかしら?」

 と、ビスマルクが当然の事を指摘する。

「直接危害を加えるつもりは無かったんだが……その、それに関しては悪かったよ」

「ビスマルクはソードフィッシュに攻撃を受けた事が辛い思い出なんですよね?」

 そうリットリオが補足すると、

「ええ、そうね」

 と、ビスマルクが同意する。

「だろう、な……」

 アークロイヤルが寂しそうに呟いた。実際に相手がすぐそばにいるから却って負い目を感じているのかもしれない。そんな彼女に視線を投げかけていたビスマルクは、しばらくして何を思ったのか、

「私を爆撃したあの子を見せてくれないかしら」

 とアークロイヤルに聞いてきた。アークロイヤルは一瞬驚いてから、すぐに一機のソードフィッシュを取り出して、ビスマルクに手渡す。

「こうやって間近で見るのは初めてだわ。そう、この子なのね」

「結構、可愛い子ですよ」

 と、リットリオが言うが、

「それでも、この子に飛ばれるとまだ怖いわね……」

 とビスマルクは呟く。どれだけソードフィッシュによって心に深い傷を負わされたのか、その事がアークロイヤルにも伝わってくる。

「あの時、こいつに攻撃を行わせたのはあくまで私だ。私のことを責めるのは良いが、こいつに責任は無い」

 と、アークロイヤルは言う。彼女の言う「あの時」とは最近頻繁に発生している鎮守府内での追いかけっこの事ではなく、かつての大戦時においてビスマルクを追撃した時のことを指している。その上でアークロイヤルはビスマルクに対して自分の考えている事を出来る限り正確に打ち明ける。

「確かにあの時、私はお前を酷い目に合わせてしまった。でも、その事を謝るつもりは無い。と言うより、それは出来ない」

 アークロイヤルがそう言うのは当然だろう、彼女だってあくまで祖国の命令の下で全力で戦っただけなのだ。

「忘れて欲しいなんて言うつもりも無い。都合の良い事を言っているのはわかってるんだ。それでも、私は……」

 そう懸命に語りかけてくるアークロイヤルをビスマルクは無言のまま見つめていたが、しばらくして、

「いいわ、今の所は無しにしてあげる」

 と言った。アークロイヤルがホッとしたような表情をする。

「ただし」

 ビスマルクが条件を付ける。自らが持っているソードフィッシュを指差し、言った。

「この子を私に向けて飛ばさない。それを守ってほしいわ」

「わかったよ」

 アークロイヤルは即座に了承する。

「仲直りってことで良いんでしょうか?」

 リットリオが二人を交互に見ながら言う。

「うーん、そうなるのかしら」

 腕組みをしてそう言うビスマルク。ホッとした表情のリットリオは立ち上がって言う。

「だったらご飯食べに行きましょうよ! もうお昼ですし、すっかりお腹空いちゃいました」

「そうね」

 ビスマルクも腕組みを解いて同意した。

 結局、ビスマルク、アークロイヤル、リットリオの三人で鎮守府の外にあるレストランで昼食をとる事になった。アークロイヤルもリットリオもどちらかといえば大食らいなタイプで、ビスマルクだってそこそこ食べる方ではあるはずなものの、この二人程では無いという事もあって、二人の食べっぷりに半ば感心し、半ば呆れていたのだが、自分自身も以前程ではないにせよ大分食欲が戻ってきたのを実感していて、久しぶりに美味しい食事が取れた事に安堵していた。

 

 

 その後、程無くしてビスマルク達に哨戒及び敵戦力掃討を実施するようにとの命令が下った。

 今回の任務にあたっては火力の高い艦を中心にした編成が組まれ、ビスマルクが旗艦、2番艦がリットリオである。なお、アークロイヤルは今回の出撃にあたって見送りに来ていたのだが、前述通り上からの指示があるために出撃そのものは叶わない。

「無事に、帰って来てくれよ」

「当然よ」

 ビスマルクはそう言うが、アークロイヤルはとても寂しそうだ。

 だいぶ離れてから再度振り向くと、まだアークロイヤルはこちらを見送っていた。

 鎮守府が水平線の向こうに隠れた頃、ビスマルクがリットリオにこう言った。

「なんか変わってるわね、あの子」

「そうですか?」

「出撃なんてしょっちゅうなのに、あんなに名残惜しそうにしなくても……そんなに自分が出撃出来ないのが嫌なのかしら?」

「うーん、その回答だと100点満点中20点、と言った所でしょうか。あなたのことが心配なのと、出来れば一緒に出撃したかったってのがあれば及第点だったんですけど」

「何それ? やっぱりあの子変わってるわ……」

「変わってるんじゃないんですよ。純粋にあなたの事が好きなんだからああもなるでしょう?」

「……は?」

 ビスマルクは目を丸くしてリットリオを見る。

「あの子が? 私を? え?」

 明らかに混乱している。そんな事想像したこともなかったのだろう。

「それって本当? 冗談よね?」

「本当ですよ。本人に直接聞いたんだからこれ程確かな事は無いです。あなたって女の子同士はダメなタイプ?」

「いえ、そんな事は……無いつもり、だけど……」

 戸惑いを見せるビスマルク。

「でも、よりによって何で私なのかしら?」

「なんでも、以前あなたと戦った時に、その姿に惚れちゃったんだとか」

「何よそれ。そんな事で誰かを好きになったりなんて普通しないでしょうに……」

 ビスマルクは呆れながら言う。

「誰かを好きになるきっかけなんて人それぞれじゃないですか?」

 アークロイヤルの気持ちをリットリオから聞かされて驚いてしまったが、同時にアークロイヤルについての幾つかの疑問も解消された気がする。まず、自分ばかりをやたらと追いかけまわすというのもそうなのだが、その際、グラーフ・ツェッペリンにガードして貰う等してアークロイヤルが退散せざるを得なくなる時、悔しいというよりもとても悲しそうな表情を浮かべている事が多かったのだ。その時は何でそんな複雑な表情をするのか全くわからなかったが、彼女がそういう気持ちでいたのならば何となく納得出来そうではある。

 とはいえ、納得したところでビスマルクが悩む事には変わりは無い。元々接し方がわからない相手なのに、その相手が自分に恋愛感情を抱いているとなればますますわからなくなる。今までと違って距離を置いておけば良い状態でなくなった分状況は悪化しているとも言えた。

「あの子とどう接すればいいのかしら……」

 ビスマルクは素直な心情を吐き出す。

「変に身構えないで普通に応対してあげればいいのでは? どうせ今まで避けてばっかりだったじゃないですか」

 リットリオのこの返答は一般論としては正しいのだろうが、今回ばかりはドライ過ぎたかもしれない。

「それはそうだけど……」

 そう言ってビスマルクは溜め息をつく。

「何かあれば、私も話を聞くぐらいは出来ますから」

 と、穏やかな表情で言うので、ビスマルクも、

「ええ、ありがとう」

 とだけ返した。

 先日、アークロイヤルと会話をした時、リットリオは「アークロイヤルはビスマルクと友達になりたがっている」と言っていた。しかし、ここに来て、リットリオはアークロイヤルが自分に対して好意を抱いているという情報を追加で出して来たのである。追いかけ回されるような事は無くなっている訳だから、かねてからビスマルクの事を心配していたリットリオにしてみれば一安心という事なのだろうし、今後のことを考えればアークロイヤルの気持ちについてはビスマルクにも知っておいて貰う必要はあると判断したものの、さらにそれ以上口出しするのはおせっかいに当たると考えているのかもしれず、そうであればもうここから先の事は自分の判断でやってくれと思っているのだろう。

 結局、この日の作戦行動でも深海棲艦に遭遇したが、あっさりと撃破した。とは言え、ビスマルクにとっては敵に遭遇した事自体は些細な事で、それ以上の大問題を抱えることになった訳だから、作戦行動中についに晴れた表情を見せる事は無かった。

 帰投した時、無事な姿を見てアークロイヤルが大喜びで出迎えてくれたが、彼女の気持ちを知ってしまったビスマルクは微妙な笑顔を返すのが精一杯だった。

 

 

「ほら、あっちだ!」

「ええ、わかったわ……」

 街なかをアークロイヤルに腕を引っ張られる形でビスマルクが続く。今日は二人が仲直りしてからの何度目かの、一応はデートの日だ。一応は、という言葉を付け加えたのは、アークロイヤルからすれば確かにそういう事になるのであるが、ビスマルクからすればどうしてもただの友人同士のお出かけとしか受け止められないからである。

 アークロイヤルが自分に好意を持っている。というのはあくまでリットリオから聞かされているだけの話で、その実アークロイヤル自身から直接聞かされた訳では無い。ビスマルク自身、恋愛の機微については非常に疎い所があり、アークロイヤルが本当に自分を好きなのかどうかの見極めがつけられないでいるという状況なのだ。それに、機会はいくらでもあったはずなのに、アークロイヤルがその手の話題を全くしようとしないのも気がかりな点だ。

 加えて、自分自身がアークロイヤルの事をどう思っているのかがわからず、仮に気持ちを打ち明けられたとしても果たしてそれに応えられるのか、というのもある。直接本人に聞くという手段が取れないのもそういう心理から来ている。これがエゴだというのも自分では分かっているのだが、やはりアークロイヤルに傷ついて欲しくは無いというのもビスマルクの正直な気持ちだからだ。

「出撃制限が解除になったそうね?」

「ああ、これでまた存分に戦えるよ」

 実に楽しそうに言うアークロイヤル。

「ダメよ、また無理な出撃を繰り返したりしたら」

「分かってる。また無理やり長期休暇を取らされたら堪らないからな」

 本当に分かっているのか、と思わずビスマルクは苦笑いをする。

 こうやってアークロイヤルと過ごす時間は素直に楽しいし、自分といる時にはしゃいだりする彼女はとても愛らしく思える。が、これは果たして恋愛感情がもたらす物なのか。アークロイヤルには悪いかもしれないがビスマルクには自分の気持ちと向き合う時間がもう少し欲しいと感じている。

 

「ああ、このあたりにクレープ屋があってな。そこが結構美味しいんだ」

 と、アークロイヤルが言う。結構色々と見て回るのも好きなタイプのようだ。

「へえ、あなたのオススメのメニューとかはあるの?」

 この子がそう言うのなら、とビスマルクも関心を示す。

「当然。何ならお前の分も買ってこようか?」

「ええ、お願いするわ」

 そう言った途端、アークロイヤルはお店へと小走りで向かって行った。何だかいつもよりテンションが高いのではないかというような気がして苦笑いしてしまうが、そんな彼女の事を可愛いなあと思ってしまうのも事実であった。さて、自分はどうするべきだろう、などと考えていた所、横から声をかけられた。

 そこにいたのは鎮守府でよく話す艦娘の一人で、たまたま買い物で街へ出ていてビスマルク達を見つけたのだという。ついついビスマルクはその艦娘との雑談に興じてしまった。

 

 (そろそろ言わなきゃダメなんだがな……)

 アークロイヤルはクレープを両手で持ちつつそんな事を考えていた。自分の気持ちをビスマルクに伝えるかどうかという事である。実はリットリオ経由でビスマルクが自分の想いについて既に伝えられている事を彼女は知らない。だが、仮にそんな事を知らされたとしても却って気まずくなるだけだろう。ビスマルクが身近な存在になった分、拒絶される可能性を想像すると怖くなってしまって、自分の感情に関する部分は何も言い出せなくなってしまっているのがアークロイヤルの現状なのだ。

(一緒にいてくれるだけでも、それでいいのかもなあ……)

 などと考え、自分はこんな事を考えてしまう弱気な奴だったかとも思ってため息をつく。初めて出撃禁止の指示を受けてしまって以来、一緒に時間を過ごす機会も増えていて、身近に居るからこそビスマルクの新たな一面を発見する事も多くなった。そしてビスマルクのそんな面を見るたびに、やっぱりこいつって良いな、という思いが強くなっている。

 何よりも、どういう訳か甘えたくなるような雰囲気を感じさせ、本人も意外と人懐っこいような所があるのも魅力的だ。まあ、他の艦娘に対しても似たような態度を取っているのが癪ではあるのだが。ただ、一緒にいる事自体がとても心地の良い存在である事は確かで、アークロイヤルにしてみればビスマルクとはもう二度と離れたくなく、だからと言ってその本心は出来れば知りたく無いという微妙な心理に至っていた。

 そうこうしている内にビスマルクの姿が見える場所まで戻って来たが、どういう訳か彼女は自分ではない艦娘と親しげに話していた。それを見た瞬間、アークロイヤルの中に黒い感情が沸き起こる。

(なんだ、そんな女と仲良くしやがって……今は私と過ごす時間じゃなかったのか)

 自分には見せた事の無いような笑顔で話しているビスマルク。イライラに殺意が混ざり出す。ビスマルクが相手に冗談を言ったようで、相手の艦娘が笑いながら、変な事言わないでよ、とツッコミにペチンとビスマルクをはたいて見せた瞬間、アークロイヤルの中で何かがプツンと切れた。

「おい、貴様。ビスマルクから離れろ!」

 そう叫んでクレープを投げ捨て、ソードフィッシュを取り出してビスマルク達に向かって放ったのである。

 

 聞き慣れたプロペラ音が聞こえてビスマルクはゾッとする、音のする方向を見ればアークロイヤルから放たれたソードフィッシュがこちらへ飛んで来ていた。

「あなたは逃げなさいっ!!」

 ビスマルクは隣にいた艦娘に向かって叫ぶと、彼女は青い顔をしたまま頷いてそのまま走り去った。そしてビスマルク自身はソードフィッシュの目標はあくまで自分のはずだと判断して、いずれは来るであろうアークロイヤルを待ち構える。

「全く油断も隙も無い……」

 そう言って近寄って来るアークロイヤル。逃げた艦娘を目で追っている。

「すまん、慌てていてクレープを落としてしまったよ。もう一度買って来るから悪いがもう少しだけ待っていてくれ」

 アークロイヤルはそう言うがビスマルクからの反応は無い。

「……ビスマルク?」

 相手の異常を察したアークロイヤルは声をかける。

「アークロイヤルさあ……」

 ビスマルクの妙に低い声と、暗い表情。そんな彼女を見てアークロイヤルはゾクリとする。

「……あなた、なんで飛ばしてるの?」

「え? ……あっ!」

 ようやくアークロイヤルは自分のやってしまった事に気が付いた。それまでの手癖が出てしまい、無意識のうちにビスマルクに向かってソードフィッシュを放っていたのだ。

「ねえ、私、言ったよね? 『この子を私に向かって飛ばすな』って、そう、言ったよね?」

 そう言うビスマルクの周りをソードフィッシュが周回していて、実際にはそんな事は無いだろうが、アークロイヤルさえ攻撃命令を出せば即座にビスマルクに対して爆撃が行われるはずだ。

 流石にビスマルクはすぐに逃げ出すなどという事はしなくなっていたが、腕組みをして立ったまま小刻みに震えていた。その震えはこれまでの経緯を踏まえると恐怖感から来ていると推測されるが、果たして本当にそれだけだろうか。

 その時のビスマルクの顔に浮かんでいたのは凄まじいまでの怒り、そしてその瞳が宿しているのはのはこれ以上無いという失望。そんな彼女を見てアークロイヤルの全身に冷や汗が流れる。ビスマルクの視線は真っ直ぐに相手を見つめるものではあったが、その性質は極めてネガティブで、相手を精神的に圧迫するものであった。そんな視線を受け止めなければならないアークロイヤルの心の内はとても苦しく、自分の方が逃げ出してしまいたいという欲求にさえ駆られてしまう。そんな彼女をビスマルクはしばらく見つめていた後、ある一言をアークロイヤルに放ってその場から走り去ってしまった。

「……この大嘘吐き」

 この言葉がアークロイヤルの心にグサりと突き刺さる。ビスマルクの無言の、しかしながら極めて手厳しい糾弾に耐えた末の最後の一言のダメージは大きく、アークロイヤルはしばらく動けなかった。しかし、ビスマルクが逃げだしてしまったのであれば、これからでも何としても追いついて今の行動を弁解しなければならない。

「ビスマルクッ……! 違うんだっ……!」

 ここで追いつけなければ本当に自分は終わる。そんな思いでアークロイヤルはビスマルクを追いかけ出した。

 

 (何よ、結局約束なんて守らないじゃないっ……!)

 ビスマルクが守るように言った約束はたった一つだけだ。それなのにアークロイヤルはそのたった一つの約束をあっさりと破ってしまった。なまじ彼女との楽しい時間を過ごせるようになった矢先の出来事だった事が災いして、自分への裏切り行為に見えてしまった事もまたビスマルクの怒りを助長していた。

 ビスマルクは走りながら慌てて携帯電話を取り出す。前世の頃は主な通信手段といえばモールス符号を使うような無線機で、それも真空管を使った巨大な物であったから、現代ではこんな手のひらに収まるようなもので簡単に他人と音声のやりとりが出来るという事に驚いた記憶がある。それはともかく、ビスマルクの端末にはリットリオの番号も保存されていて、事前に「何かあったら連絡するように」と言われていたので、今回は素直にその言葉に甘える事にする。

「あら、ビスマルク。どうしたんですか?」

「リットリオッ! あのっ、アークロイヤルがっ!」

 走りながらなので上手く話す事が出来ない。だがリットリオにはこの言葉だけで十分伝わったようだ。

「……また、なんですね?」

「そうっ!!」

「分かったわ。あなたは私の部屋の方向へ逃げてください。そうしたら何とか出来ますから。いいですね?」

「ええっ!!」

 そう言ってビスマルクは携帯を切り、リットリオの部屋へと進路を定めた。

 通話が切れたのを確認したリットリオは

「結局そうなるのね……」

 と、端末を見つめながら呟き、

「まあ、そんな気はしていたけれど」

 と、穏やかに言いながら立ち上がった。ただしその表情は口角が釣り上がっていてそこだけ見れば笑っているように見えるのに、顔全体を見れば人でも殺すつもりなのではないかと思わせる凄まじいものであった。そして室外からは、パタパタ、と窓ガラスを水滴が叩く音が鳴り出した。元々今日の雲行きは怪しかったが、いよいよ本格的に雨が降り始めたようだ。

 

 (頼む! もう逃げないでくれ!)

 雨が降る中、そんな風に思いながら必死にビスマルクの後ろ姿を追うアークロイヤル。ビスマルクは鎮守府の敷地内のとある建物の中に駆け込み、アークロイヤルがそれに続く。

「待つんだ、ビスマルク! 待ってくれ!」

 そう叫んだ時、ビスマルクのさらに向こう側から、

「待つのはあなたの方よ、アークロイヤル!」

 という声が聞こえてきた。

 リットリオであった。ただしいつもの彼女と異なる点がある。これから出撃する訳でも無いのにもかかわらず、戦闘に使用する艤装を全て身に付けていたのである。

 何でそんな格好でいるんだ、と思ってアークロイヤルが思わず立ち止まると、ビスマルクがリットリオの元へと駆け寄る。

 走り続けて息が上がっているビスマルクは、リットリオにこんな声をかける。

「ありがとう、助かったわ。でも艤装を全部つけたまま鎮守府内にいちゃだめじゃない」

「そうなんですけどね。このままだとあなたが危ないと思ったものだから……」

 そうビスマルクに言うリットリオの眼差しは慈しむかのようであったが、アークロイヤルの方へと視線を向けた途端、その目つきが今までに見た事の無い物へと変貌し、アークロイヤルの背中を寒いものが駆け抜けた。

「怖かったでしょう? でも、もう大丈夫ですからね?」

 そう言ってビスマルクをそっと抱きしめるリットリオ。

(えっ……?)

 一見すると慰めの為の抱擁のようにも見えたが、どうもそれだけとは思えない。リットリオはビスマルクの耳元で何かしらを囁いていて、ビスマルクはそれに小さくうなづいている。それがどんな内容なのかは聞き取れないアークロイヤルの心が嫌な予感で蝕まれ始める。

 リットリオはビスマルクの後頭部を優しく撫でながら、

「とにかく、あなたは私の部屋に避難しておいて下さい。これが終わったら私も行きます。そうしたらその時に、ね?」

 と言い、ビスマルクの頬に軽く口付ける。

「なっ……!」

 思わずアークロイヤルの口からそんな言葉が飛び出してしまった。そんなアークロイヤルを横目で見ながら、リットリオはニヤリと笑う。

 

「さあ、行って下さい!」

 そう言ってリットリオはビスマルクを送り出す。すぐさま、再び走り出したビスマルクはこちらを振り返る事も無く、残された二人の視界から消えてしまう。

「お前、まさか……!」

 アークロイヤルはそう言うのが精一杯だ。カタカタと震えているのは疑念、嫉妬、怒りその他諸々の負の感情が渦巻いているせいだろう。

「ふふ、流石にわかったようですね。ご推察通り、私とビスマルクはそう言う関係なんです」

「そ、んな……」

 一瞬茫然自失としたものの、何とか意識を立て直したアークロイヤルは、

「貴様、裏切ったのか!? 私のビスマルクに対する気持ちは知っているはずだろう!」

 と、リットリオを糾弾するものの、

「何を勘違いしているのかしら? 私はあなたの味方だったつもりなんて一度も無いんですよ?」

 と返されたものだから絶句してしまう。

「ただ、あなたには感謝しなければいけませんね」

「何を、訳の分からない事を……」

「だってそうでしょう? 私だって前々からビスマルクの事が好きだったのだもの。でもなかなかきっかけが掴めなかったんですよね……。そんな時にあなたが着任してきたんです」

(やっぱりコイツは最初からビスマルクを……!)

 そう思い、リットリオを睨みながらもアークロイヤルは無言のままだ。リットリオは更に続ける。

「あなたに追いかけられて弱っているビスマルクが私に相談してくるようになったんですよ。いつもは相談に乗る側だったにもかかわらず、ね。それでようやく私があの子の心に入り込めるようになったって訳。あなたはそのきっかけを作ってくれたんです」

「私を利用したと言うのか……?」

「そう言う事になりますね。とにかく、私に色々と吐き出してくれるようになったし、すっかり私のことを信頼してくれるようにもなってくれましたね。そうなれば私の物になってくれるまで時間はかからなかった。『私がアークロイヤルからあなたを護る』と言ったら無条件に承諾してくれましたし」

 すなわち、表向きはアークロイヤルとビスマルクの間を取り持つフリをして、その裏でビスマルクを物にすべく工作を進めていたという事になる。

「貴様……そんな卑怯な奴だったとはな……!」

「暴力を利用して自分の気持ちを押し付けようとする人よりはマシだと思いますけどね?」

 ううっ、と呻いてアークロイヤルは俯いてしまうが、再び顔を上げて、

「とにかく、そこを通してくれ。ビスマルクにちゃんと説明させて欲しいんだ」

 と依頼するが、当然今のリットリオがそんな事を許可する訳が無い。

「今更何を説明するつもりなのかしら? それに、今の私はあなたからビスマルクを護る為にここにいるんですよ? 通るのなら私を倒してからになさい!」

 リットリオは元々火力が自慢の戦艦だ。しかも今の彼女は鎮守府の屋内にいるにもかかわらずフル装備の状態である。外出していたという事もあって空母として最小限の装備しか身につけていないアークロイヤルには明らかに分が悪い相手だ。

「分かった。例え無理でも抜かせてもらうっ!」

「勇気と蛮勇は違うのだけど、それでもいいのならいらっしゃい。……ビスマルクが嫌がるでしょうけどね」

 ここで突然ビスマルクの名前が出てきたのでつい戦闘への意欲が削がれ、

「おい、何故ここであいつの名前が出てくるんだ?」

 と、アークロイヤルが聞く。

「艦娘同士の戦闘ともなれば両方が無事なんて事にはなりませんからね。少なくともどちらかが、まあ大抵は大なり小なりの怪我を両方がする事になるんですよ」

 それはそうだろう。艦娘は人の姿をしてはいるものの、同時に強力な兵器そのものでもあり、それらが互いに攻撃し合うのであれば無事で済むはずがない。

「ビスマルクを護るって約束をした時にね、今みたいな事も起きるだろうって事は言っておいたんですよ。そうしたらすごく不安そうな顔で『そんな事になるのは嫌だから出来ればやめてくれ』って私が怪我しちゃう事を心配してくれて。ああ、あなたが怪我するかはどうでもいいみたいですけどね」

 リットリオがさらりと言った最後の一言が、その実アークロイヤルにとっては決定的な一撃となった。評価の対象にすら入っていないなんて、そんなバカな。もはや顔面蒼白となってそう考えるアークロイヤルに対し、リットリオはこう続ける。

「『愛の反対は憎しみでは無く無関心だ』って確か誰かが言ってたと思うけど、誰だったかしら? とても説得力のある言葉だと思いません? ビスマルクは疲れちゃって考えたくも無いのかもしれないですね」

「そんな、私はただ……」

「言い訳の時間はもうとっくに終わってるの! あなたはもはやビスマルクに詫びる事も出来ない立場だという事をいい加減理解しなさい!」

 アークロイヤルの顔からはもはや何も読み取れず、また微動だにする事も無くなってしまっていた。リットリオの言っている事が聞こえているのかも分からない。

「私を突破しようというのならば応戦はしてあげますよ? 私があなたに傷つけられるとあの子は悲しむかもしれないけど、もう私はあの子を護らなければいけない立場なんですから。前哨戦にはもってこいだわ」

 リットリオのいう「あの子」とは、当然ビスマルクの事だ。飄々とそう言ってのけるものの、その体から凄まじいまでの殺気を発し、さらに不退転の決意をも漂わせるリットリオ。

 もうアークロイヤルは何も言わなかった。というより、何も言えなかった。こんな彼女に対し、リットリオはこう通告する。

「さあ、今すぐ戻りなさい、ライミー! ビスマルクをこれ以上悲しませたくないのならね!」

 窓の外でしとしとと雨が降り続く中、沈黙がその場を支配する。どちらも発言しようとしないまましばらく時間が経過したが、そのうち、

「そう、か……。そうだったんだな……」

 誰に言い聞かせるでもなくアークロイヤルはそう呟き、そして、

「わかった、戻るよ。それにもうビスマルクを追いかけたりもしない」

 と毅然とした態度でそう言ってくるりと背を向け、その場を立ち去った。

 

 あくまでも落ち着いた風を装っていたが、それも自室に戻るまでだった。室内に入って後ろ手にドアを閉めた瞬間、アークロイヤルの目からドッと涙があふれ出た。

「ビス、マル、ク……! 私じゃ、ダメ、だったん、だなっ……!」

 そんな言葉を絞り出して、ソードフィッシュを取り出す。

(コイツの事もそこまで嫌だったんだな……。だけどコイツは悪くない。悪いのはコイツを使ったバカな私だ)

 その手からソードフィッシュがぼとりと落ちる。もはや力の入らない体を何とか自室に置いてある椅子の所へと持って行き、そこへ崩れるかのように座り込んだ。そして上を向き、涙に歪められた視界で天井を眺める。それでどうにかなる訳でもないが、それ以外にどうしようもなかった。何とも息苦しく、体が重く感じてしまってまともに動かせそうも無い。

 今自らが実感しているとてつもなく苦しい気持ちと、それに呼応した体の反応から、自分がどれだけビスマルクの事を本気で想っていたのかという事を改めて思い知らされる。だが、ビスマルクが自分を愛してくれる事など無い。リットリオは「ビスマルクはあなたに関心が無い」と言っていたが、それはつまり嫌悪が極まったからこそ関心が無くなってしまったという事に他ならない。すなわち、ビスマルクの自分に対する感情のスタート地点は「嫌い」だった訳だ。

「結局告白なんかしたって断られるだけだったって事じゃないか……何も言わないで正解だったなあ、ハハハハ……」

 涙にまみれた死んだような目でそう独り言ちる。

 

 再会した当初こそ何としてもビスマルクを自分の物にしてみせると意気込んでいたが、結局の所、そんなアークロイヤルの気持ちは単なる一方通行な代物でしかなく、その気持ちに対する応答があることすら期待すべきでは無かったと言う事だ。

 もはや出来る事といえば泣く事ぐらいだ。それほどアークロイヤルの心はズタズタに引き裂かれたかのようになっていた。まさか失恋がこんなに辛いものだったなんて、などと思い、到底心構え一つでやり過ごせるような物でも無い事をも痛感させられる。我慢しようにも次から次へと、ボロボロと涙が溢れ出てきて止まらない。惚れた相手に嫌悪されるよりも戦場で敵の攻撃の的にでもなっていた方がはるかにましだとすら思えてくる。

 更に辛いのは、アークロイヤルはこの鎮守府にこれからも在任し続けなければならず、失恋した相手が他の女と仲良くしている所を見続けなければならないという事だ。これこそまさに針のムシロ。ビスマルクにとって無意味なものと見なされてしまった時点で、戦場での能力という意味ならばともかく、心理的にはここに居場所など全くなく、自分には存在するだけの価値も資格も無いとしか思えなくなってしまった。それほど絶望的な気分になってしまっていたものだから、アークロイヤルらしくなく、

「ああ……死にたい……」

 と呟いてみたのだが、その瞬間、

「何ならU-ボートに頼んで雷撃処分してあげましょうか?」

 という声が聞こえてきたので、思わずアークロイヤルは体を跳ね上げてそちらを向いた。そこには聞き間違えるはずもない声の持ち主、ビスマルクがいた。ショックのあまりドアの鍵をかける事を忘れてしまい、ビスマルクが室内に入って来ていた事にも気づかなかったのだ。アークロイヤルは目を大きく見開いたまま、

「何で、お前が……ここに……」

 と言って固まってしまった。ここはアークロイヤルの自室だから、わざわざ自分を嫌っているビスマルクが来るような所ではない。

「ん、リットリオに頼まれたのよ。アークロイヤルの事いじめすぎたからフォローしてあげてって」

 そう言われたアークロイヤルは泣き腫らして赤くなった目でビスマルクを睨み、

「……一体何をフォローすると言うんだ? これからは厄介なヤツに関わらなくて済むからむしろせいせいした所なんじゃないのか!?」

 と、これまたらしくもない台詞を言う。

(ああ、この子ってこんな感じになったりもするんだ)

 好きな人の事を想うあまり却って深く傷ついてしまい、もはやその事すらも隠せない程に弱ってしまっている。それはビスマルクにとって初めて見るアークロイヤルであった。

「今のあなたを見ればはっきりわかるわ。私の事が好きだっていう話、本当だったのね……」

 そうビスマルクが言ったその瞬間、アークロイヤルの目が大きく見開かれる。彼女が把握している限り、自分の気持ちを知っている者は自分を除けば一人しかいないはずなのだ。

「リットリオが喋ったのか!?」

 あの女は口も軽いのか、と呟くアークロイヤルの怒りの矛先をそらすかのように、

「落ちてたわよ。ダメじゃない大切な機体をいい加減に扱ったら」

 そう言ってビスマルクはソードフィッシュをアークロイヤルに見せる。

 リットリオに言われてこの部屋に来て見たのだが、ノックをしても反応が無いし、鍵もかかっていなかったから思い切って勝手に入室して見たものの、そこであのアークロイヤルが自分の存在に気づくでも無くただひたすらに泣いていたのだからびっくりしてしまった。更には足元にはソードフィッシュが転がっているのを見つけて、大切な機体なのにこんな扱いをしてしまっているのだから、今のアークロイヤルがどれほどのショックを受けているのかがビスマルクにも分かったのである。

 元々、リットリオの部屋にいた時に「あの子はあなたにフラれたと思い込んでダメージを受けているはずですよ」という事を事前に聞かされてはいたのだが、まさかこれほどとは思わなかった。

「私が怒っちゃったのもこうなった原因よね? それに関しては私も悪いなと思ってて」

「……別にそんな慰めなんかいらない」

 アークロイヤルは鼻をすすりながらそう言う。すっかり拗ねてしまっている。

「飛ばすなって約束を私が破ったのは事実じゃないか。お前は怒って当然なんだよ」

「でも約束を破っちゃうくらい頭に来てたのよね? あの時のあなたも」

 アークロイヤルは無言のままだ。ビスマルクはそれを肯定と捉え、続ける。

「さっきリットリオの部屋にいた時にね、その事も話したのよ。あなたがあの時なんでそんな事したのか分からなかったから」

 随分と何でも話してるんだな、流石に恋人同士だと違うね、等と皮肉めいた事を心の中で呟きながらアークロイヤルはビスマルクの話を聞いている。

「そうしたらリットリオに笑われてしまったわ。それであなたがこの子を飛ばした理由も説明してくれたの」

 ビスマルクはソードフィッシュを片手に、更に続ける。

「ヤキモチ焼いちゃったんでしょ? 私が他の子と仲良くしてたから」

 一瞬虚を突かれたかのようであったが、ほんの少ししてアークロイヤルが寂しそうにうなづく。

「自分でも呆れてしまうよ。どうやら私はお前を独り占めにしたいという気持ちがとても強いみたいなんだ」

「思わずソードフィッシュを飛ばしちゃう程に?」

「ああ、とにかく不安になってしまうんだ。だけど今後は本当にもう二度とお前に向けてソードフィッシュは飛ばさない。そもそも嫉妬する権利なんて今の私には無いんだからな」

「この子を飛ばさないでくれるのはありがたいけど、嫉妬する権利が無いって言うのはどういう意味?」

「私はお前の隣にいちゃいけないって意味だよ! そもそもお前はリットリオと付き合ってるんだろ!?」

「ああ、それリットリオの嘘よ」

「はあっ!?」

 アークロイヤルはポカンとしてしまう。実にあっさりとビスマルクが言うものだからそんなリアクションになるのも当然だ。

 

「おい、それ、本当……なのか?」

「『弱い所は見せたがらないし、思い込みの激しい子だから一度ガツンと凹ませてあげないとちゃんとあなたと向き合える状態にならないと思った』ってリットリオが言ってたわね。私に代わりに謝っておくように頼まれたわ」

 要するに改めてビスマルクとアークロイヤルが会話できる状態に持っていくためにリットリオが一芝居打ったと言う訳である。その効果はてきめんで、今までのアークロイヤルだったらまず外に出さないような部分をもさらけ出すようになり、アークロイヤルの本質について今一つ理解出来ていなかったビスマルクが初めてまともにアークロイヤルを見ることが出来るようになったというのが現在の状況である。

「なんだ、それ……」

 頭を抱えながらうつむくアークロイヤル。ビスマルクは微苦笑をしつつ、

「いじめすぎた、って言うリットリオの言葉は本当だったみたいね。普段のあなたはすごく元気で頑張り屋じゃない? だからそんな子が泣いちゃう事もあるんだなって思ったわ」

「好きな奴が他人に取られたんだぞ!? しかもその好きな奴は私の事が嫌いなんだ! 泣きたくもなるだろうが!」

 未だにやり切れない気持ちのアークロイヤルはそんな言葉をビスマルクにぶつける。

「さっきも言ったけど、私がリットリオと付き合ってるって言うのはリットリオの嘘な訳でしょ。それとね……」

 ビスマルクは一旦言葉を区切って、続ける。

「私は『あなたの事が嫌い』なんて一度でも言った事があったかしら?」

 そんな事を言われてしまい、アークロイヤルは、

「う、え……?」

 などと間の抜けた声を上げてしまう。

 

 確かに、思い返せば避けられているという印象こそあったものの、ビスマルクが自分の事を嫌いなどとはっきり口にして言っていた記憶はない。これはリットリオを始めとする他の艦娘の話を聞いていても同じ事だ。

「だけど、嫌いなんだろう、私の事が?」

 これまでの反応を見れば、アークロイヤルとしてはそう判断せざるを得ない。ところがビスマルクは、

「それがねえ、わからないのよ」

 と、少し困ったような顔でそう言うのである。

「あなたが私の事を好きだって言う気持ちは、理解出来たつもりよ。でも恋人同士ならお互いに好きって言う感情があるのが普通だと思うの。それで、正直に言うと私の方があなたの事を好きかどうかって言う事も自分ではわかってないの」

 そう言ってからビスマルクは真顔で、

「そんな訳だから、この際きちんと確認すべきだと思ってるの」

 と言った。

 結局、私の事なんて嫌いなくせに、何をグダグダ言ってるんだ、さっさとこの場から消えてくれ。そんな風にアークロイヤルが考えていると、ビスマルクはこんな事を言い出した。

「だから、アークロイヤルにお願いがあるのだけれど……私にキスしてくれないかしら?」

「……は?」

 アークロイヤルはあっけに取られてしまう。一体この女は何を考えているんだ。何をどうしたらそんな話になるんだ、という思いが頭の中でくるくると回り出す。

「普通、キスってのは好きな人同士でするものじゃない?」

 そう前置きをして、ビスマルクはこう続ける。

「逆に好きじゃない相手にキスをされるのはすごく気持ちの悪い事らしいわ。あなたとキスをしてみて気持ち悪いと感じたら、それは私があなたを嫌いだって言う事になる。もし、気持ち悪くないと思ったら、多分私はあなたの事が好きなんだと思うの。さっきも言ったけど、今の私は自分でもあなたをどう思ってるのかはわからない。だから試して見て欲しいのだけど」

「お前は、それでいいのか?」

 と、アークロイヤルが聞く。それに対しては、

「ええ」

 と言う短い答えが返ってくるのみ。そんなビスマルクは全くの無表情である。

 相手がしろと言っている。どうせ自分がビスマルクに触れる事が出来るのは今が最後の機会なんだ。そんな、やけっぱちな気分と共にアークロイヤルは腹を括り、ビスマルクに近づいて行ってその両肩を掴む。その瞬間、ビスマルクの体が一瞬だけピクリと震える。

「キスするぞ。いいな?」

 というアークロイヤルの確認に対し、

「ええ、してちょうだい」

 と、ビスマルクが返したので、ゆっくりと顔を近づけていく。

 

 アークロイヤルとビスマルクの唇が重なり合った。時間にしてほんの数秒、少し触れ合う程度のささやかなキス。

 肩を掴んだままそっと体を離し、アークロイヤルは恐る恐るビスマルクの顔を見た。その表情からは嫌悪感は伺えないが、内心ではどう感じているのだろうか。そんな不安が胸をよぎった時、ビスマルクが意外な一言を発した。

「一度だけじゃわからないわね。もう一度してもらえるかしら?」

「えっ?」

 アークロイヤルは驚いてビスマルクの顔をじっと見つめた。相手が一体何を考えているのかいよいよもって分からなくなる。

「嫌?」

「そんな事は、無い……」

 二度目のキス。今度は一度目よりもやや力強く、時間も長かった。

 顔を離して再びビスマルクの表情を伺う。相変わらず嫌悪感を感じているようには見えない。それどころか、ほんの少し頰が上気しているようにも見えた。

 今度はアークロイヤルから言ってみる。

「悪いが、もう一度いいか?」

 それに対してビスマルクはコクリと頷いただけだ。

 三度目。今までよりも強く唇を押し付ける。ビスマルクの唇の柔らかい感触は病みつきになりそうな心地よさだ。更にここに来てビスマルクの両腕がアークロイヤルの背中に回された。

 再び顔を離すが、この時点で二人の視界に映っているのはすっかり赤くなった相手の顔。そしてどちらからともなく無言のまま接近して四度目のキス。

 もはやそれまでの遠慮は無かった。力強く抱きしめ合い、夢中でお互いの唇の感触を貪るように味わう。今度は離れるのも惜しくなり、だから時間も長くなってしまった。ゆうに数分は経過していただろう。ようやく二人の体は離れた。

 

「クスッ、なんて顔してるのよ」

 ビスマルクが優しく語りかける。アークロイヤルは再びボロボロと涙を流していたのだ。

「わからないんだ……! もう私の中、グチャグチャで……!」

 話すのもままならない。

「これが最後で、お前とはダメなんだろうなって! でも、さっきので、期待していいのかって、不安で、怖くてっ……!」

 ここに来て、自分の弱い部分を容赦なく曝け出す。そんなアークロイヤルを見ながら、

「私ね、あなたとキスしてて、気持ち悪いなんて事は全然無かった。むしろすごく良かった」

 と言うビスマルク。そんな彼女を涙ながらに真っ直ぐ見るアークロイヤルの表情は明らかに不安そうで、まるで判決を待つ刑事被告人のそれのようだ。

「今ので確信が持てたわ。私はあなたが好き。アークロイヤル、あなたはどう?」

「好きに決まってるだろう!」

 そう言ってアークロイヤルは再びビスマルクを抱きしめる。

「好きだ! どうしようもないくらい好きなんだ! だからお願いだ、私のそばにいてくれ! どうか離れないでいてくれ!」

 ビスマルクに抱きつきながらそう懇願するアークロイヤル。

「お前に嫌われたら……お前にいなくなられたら……私は……私は……!」

 元々泣いているのに声の震えが更に激しくなった。自分の発言がますます自らの恐怖感を煽ってしまっているのだろう。そんなアークロイヤルを抱き返す腕に更に力を込めながら、ビスマルクは言った。

「大丈夫、ずっとそばにいるから」

 その瞬間、アークロイヤルの体がビスマルクの腕の中でビクッと小さく跳ね、後は、

「うう、うううう……!」

 と、感極まってしまったのか、ろくに喋る事も出来ずに本格的に泣き出してしまった。

 

(この子ってすごく可愛いのね……)

 アークロイヤルを抱きしめながらビスマルクはそう思った。先ほどの拗ねているアークロイヤルも可愛らしかったが、こうやって全力で甘えてくるアークロイヤルはこの上なく愛しく思えてくる。

 本当に自分の事が好きで好きでしょうがないのだろう。かなり不器用な娘ではあるが、自分に向けられている気持ちそのものは本物だ。それ自体は悪い気はしない。いや、悪い気はしないどころかとても嬉しいし、そんな相手を悪く思えるはずもない。この子がそれだけ本気なのなら私もきちんと応えなきゃ、ビスマルクはそう思った。

「また、どこかへデートしに行きましょうね。ああ、それから、私と同じ艦隊で働きたいって言っているらしいわね? その為に無理をしたらダメだからね? 焦らなくても私は待ってるから」

「うん、必ずお前を護れるような奴になる……!」

 アークロイヤルは涙声でそう言った。アークロイヤルが泣き止むまで、ビスマルクは彼女を抱きしめ続けた。

 

 しばらくしてアークロイヤルが落ち着くと、二人は抱擁を解いたが、アークロイヤルは急に照れくさくなったのか、

「ちょっと紅茶を用意してくるよ」

 と、キッチンへ向かいだした。ほんの少し歩いて「あっ」と言ってからほんの少しだけビスマルクの方へと顔を向け、

「お前はコーヒーの方がいいか?」

 と、聞いたものの、

「いえ、私も紅茶がいいわ」

 と、ビスマルクが言うので、

「ん、分かった」

 と言ってキッチンへ入って行った。

 しばらくしてからアークロイヤルが紅茶とスコーンを持って来て二人きりでお茶会となった。アークロイヤルの生まれ故郷は紅茶の入れ方だけで学術論文が何本も発表されるというお国柄だから、紅茶が不味い訳などない。元々料理は不得手との事だが、少なくともお手製のスコーンに関してはなかなかの美味であった。ビスマルクがその事を伝えると、アークロイヤルは「そうか、ありがとう」と照れながら返事をする。このお茶の席が何となく楽しく感じてしまうのは、何もビスマルクに紅茶やスコーンの味を褒めてもらったからばかりではあるまい。

 そんな時、突然、ビスマルクが、

「ああ、一応言っておくけど」

 と、一呼吸置いてから、

「さっきの、私のファーストキスだからね?」

 と言った。アークロイヤルは驚きを隠せず、

「そう、だったのか……」

 と返すのが精一杯だった。意外だという思いと共に、意中の相手のファーストキスを貰ったのが自分だという事実に何とも言えない嬉しさが込み上げて来る。

「なあ、ビスマルク」

「何?」

「もう一度、抱きしめていいか?」

「ええ、勿論」

 そう言うないなやアークロイヤルは飛びついてきた。受動的だったとはいえこれはビスマルクも望んでいたことだ。もはや今の彼女にとってアークロイヤルの温もりはとても心地良いものになっていたのである。

 どうにも離れがたくて、二人はしばらく抱きしめあったまま動けず、また動くつもりもなかった。

 

 

 結局、ビスマルクはその晩から翌日の朝までアークロイヤルの部屋で過ごした。ただ、あくまでもキス止まりであって、そこから先に進展した訳ではないが、そこは別に気にする所でも無いだろう。それは並んで歩く二人の明るい表情を見れば明らかだ。

「こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりだよ」

 伸びをしながらアークロイヤルが言う。

「眠れてなかったの? 結構頻繁に夜戦に参加してたっていうのは聞いてるけど」

 と言うビスマルクの問いに、

「ああ、夜戦が多かったというのもあるんだが……まあ、ここ最近は色々と考え過ぎていたみたいだ。結構そういう事でも眠りっていうのは妨害される物なんだな」

 自らの頰を人差し指で軽く掻きつつ、少し照れ臭そうにそう言うアークロイヤル。

「ダメよ、睡眠はきちんと摂らなきゃ。お肌に悪いわ」

 と、注意した事に対し、「そうだな、気をつける」と、アークロイヤルが返答したのを確認した上で、

「ところで」

 と、あえて悪戯っぽい表情を浮かべてビスマルクは話題を変える。

「その考え過ぎていた色々っていうのは、もしかして私に関係することかしら?」

 その途端アークロイヤルは立ち止まり、少し頰を赤らめながらもまっすぐな視線でビスマルクを見つめつつ無言でコクリと頷いた。

「そ、そう……」

 と、一言だけ発してビスマルクもまた黙り込んでしまった。ちょっとしたおふざけのつもりで聞いてみただけなのに、迷いなど一切ない純粋な反応が返ってきたものだから、却って恥ずかしさが込み上げて来て相手に視線を合わせ続けることが出来ず、間抜けな質問をしてしまったと後悔した。

(もう、この子本気過ぎなのよ!)

 ビスマルクは心の中でそう叫ぶ。ソードフィッシュを飛ばされるのも困るが、こんな風にあまりにもストレートな愛情表現を連発されても別な意味で耐えられなさそうで困る。

 そんな微妙な雰囲気を伴った沈黙を破ったのはアークロイヤルの方だった。

「そういうお前は眠れているのか?」

「ええ、お陰様でよく眠れたわ」

「いや、昨日の事じゃない。それより前だ」

 この質問に関しては一瞬返答に詰まったが、正直に答える事にする。

「はっきり言って、満足に眠れるような状態じゃなかったわね。だから、久しぶりにぐっすり眠れたのは私も同じなの」

「眠れていなかったのは……私のせいだよな。……すまなかった」

 アークロイヤルの声が弱々しくなってしまう。

「もうそれはいいのよ。これから先はそういう事も無いんでしょ?」

「ああ、それは私がなんとしても保証してみせる」

 と、一言区切った後、更にアークロイヤルが、

「それに、もう肌に悪影響を与えるような事はお互いやりたく無いだろう?」

 と砕けた口調と表情で言ったものだから、ビスマルクは笑顔で、

「それは当然ね。無理に夜戦に参加するのもダメよ?」

 と言って、と言ってアークロイヤルに柔らかい視線を投げかける。

 二人は見つめあったまま、一瞬だけ、再度沈黙があったが、すぐに耐え切れなくなって、どちらからともなく吹き出すように笑いが起こった。

 

「その様子だと上手くいったみたいですね」

 そう言いながら二人に近づいて来る人物がいる。リットリオである。

「そうね、ありがとう。でも借りを作っちゃったわね」

 と、ビスマルクが明るい表情で言えば、

「後日利息上乗せで請求しますね」

 とリットリオが返し、二人でクスクスと笑う。

 そんな時、リットリオの視界が鋭い視線を捉えた。もちろん、その視線はアークロイヤルの物。リットリオは微笑を浮かべたまま、

「心配しないで。別にあなたの恋人を奪ったりするつもりなんかありませんから」

 と、アークロイヤルに言った。

「……今一つ信用が出来無いんだがな」

 アークロイヤルは不機嫌そのものだ。ビスマルクとの恋愛が成就出来るよう色々と動いてくれたのは感謝しなければならないのだろうが、その過程で自分はあまりにも振り回され過ぎたという意識がリットリオに対してはある。それに今ここでビスマルクと親しげに話している事も面白くない。加えて昨日の衝突にしても何故あそこまでビスマルクに対して献身的になれるのかというのも疑問点として残っている。リットリオはそれを気にするでもなく、

「そうね、今は別に信用してくれなくてもいいんですよ。信用は時間をかけて積み重ねていくものだもの。"My word is my bond(私の言葉が私の証書)"……確かあなたの国では信用というものを言い表す為にこういう言葉があるのでしょう?」

 と、さらりと、しかし強引に論点をずらすかのように話をはぐらかしてしまう。

「いや、確かにそんな言い方もあるにはあるがそれはシティの奴らが使う言い回しであってそもそも私が言っている信用というのは……」

 と、アークロイヤルがボソボソと言うのを無視してリットリオは更にこう続けた。

「それとね、あなたがビスマルクをまた泣かせるような事があれば、さっきの発言を撤回させてもらいますね。あなたはやっぱりビスマルクにふさわしくないという事になるんだし、その時こそはビスマルクを私の物にしますから」

 この発言に思わずカッとなったアークロイヤルはビスマルクとリットリオの間を半ば遮るような位置へと移動し、

「ふざけるなっ! 私はビスマルクを泣かせるような真似なんかしないし、まして貴様にビスマルクを渡すなんて事は絶対にしないからな!」

 とリットリオを睨みながら強い口調で言い切った。

 リットリオはクスッと笑って、

「そう、その意気です。せいぜい頑張りなさいね」

 と言って、二人の横を通り抜け、その場を立ち去った。

「あいつはっ……!」

 今だに怒り冷めやらぬという表情でリットリオの後ろ姿を睨み続けるアークロイヤルに対し、ビスマルクは微笑みながら、

「だから大丈夫。ちょっとキツイかもしれないけど、あれはリットリオなりのジョークよ。あの子が私の恋人になるような事なんて絶対にないんだから」

 というので、アークロイヤルは、

「何故だ? どこにもそんな根拠はないと思うが……」

 と、不審げな顔をビスマルクに向ける。それに対してなんて事も無いようにビスマルクはこう言った。

「リットリオはちゃんと恋人いるもの。もちろん私じゃない相手よ」

 初耳であった。驚いたアークロイヤルが、

「え、それは誰だ?」

 と聞き返すと、

「あなたもよく知ってる人。アトミラールよ」

 という返答が返って来たものだから、驚きを通り越して唖然としてしまった。確かに、リットリオに対してはビスマルクとの関係を疑っていたし、そうでなくとも然るべき相手がいるのではないかとは思っていたが、まさかこの鎮守府のトップとそういった関係であったというのは完全な想定外だ。

「リットリオは確かに恋愛に関して私達よりも一枚も二枚も上手よ。でも色んな子と遊ぶようなタイプって訳じゃ無いの。むしろ逆ね。本当に一途で、アトミラール一筋なの。だから、私も含めてアトミラール以外の相手がリットリオの恋人の候補に挙がる可能性なんか元々無いのよ」

 と、ビスマルクはリットリオの恋愛事情について説明した後、ふと思いついたようにアークロイヤルにこう続けた。

「もしかしたら、リットリオは私達の事をものすごく応援してくれているのかもしれないわね。特にアークロイヤル、あなたの事を」

 リットリオは見た目とは裏腹にその内面に激しい情熱を秘めているタイプだ。アークロイヤルもそれは同様で、しかもビスマルクに対して一途。根本的な所で自分と似ている部分があると感じたからこそ、あえてああいう行動を取ったという可能性はあるのかもしれない。

 ようやく状況を理解し始めたアークロイヤルは片手を額に当てて、

「やられたっ……! やっぱりあの女は信用出来ない!」

 と、悔しげに吐き捨てた。

 そんな彼女の様子を見たビスマルクがクスクスと笑いながら、

「ここの噂話にちょっと耳を傾ければ分かる事なんだけど、本当にあなたって私の事しか見てなかったみたいね」

 といって来たので、少しムッとしたアークロイヤルは、

「……悪かったな、視野が狭くて」

 といってぷいと顔を背けてしまった。

「ううん、そういう意味じゃなくて。それだけ私の事を想ってくれてたのが分かって嬉しかったってだけよ」

 そうビスマルクが言ってもアークロイヤルは黙って顔を背けたままだ。ただ、アークロイヤルの顔が紅潮しているのはビスマルクの位置からでもはっきりとわかった。

「ねえ、こっちを向いてくれないかしら」

 とビスマルクが聞いてみると、アークロイヤルからは、

「嫌だ」

 という返事しか返って来ない。

「それは何故?」

 と聞いても、

「今は顔を見られたく無い」

 と言うだけである。泣き顔まで見せておいて今更何を恥ずかしがっているんだ、と思いつつ、それ程までに見せたくないのならば意地でも見てやろうという悪戯心がビスマルクの中に湧いてきた。

「いいじゃない。昨日だってすごい顔をしてたのに」

「それを言うな! ああ、そうだ思い出した! 私は演習に参加しなければいけないからそろそろ行くからな! 集合時間に遅れてしまうのは不味いんでなあ!」

 赤面した顔を見られたくない一心でアークロイヤルは一気にそうまくし立て、早足でビスマルクから遠ざかり始めた。演習に参加する予定があるのは事実だから嘘は言っていない。ただし、その集合時間まではまだかなり余裕があると言うのが実際の所だ。そしてその事を把握していないビスマルクではない。

「でも私に顔を見せる時間ぐらいはある訳でしょ?」

「そう言う問題じゃない!」

「ちょっと待ちなさいって」

「断る!」

 空は快晴、明るく降り注ぐ太陽の光の下で、逃げるアークロイヤルに追うビスマルク。この鎮守府で再会した時とは完全に立場が逆転してしまっている形だ。当初の懸念と問題点はひとまず解消されたと言って良いだろう。

 

 強いて言えば、今現在のこの状況、それが極めて馬鹿馬鹿しい理由で発生していると言うのが問題といえば問題であろうか。

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