元地方公務員は無難を選択しました。【ひっそりのっそり更新】 作:airel
課題について 参
結果として、宋太傅について公式なお咎めはなかった。
理由としては、当事者たる霍桐莉が翌日何事もなかったかのように登城し出仕したからである。
現場を知らず噂だけ聞いていた官吏は、なんだ冗談かとあっという間に噂を忘れて仕事に励んだ。
一部の官吏は宋太傅免責の上奏を視野に入れて準備を始めようとしていたようだが、宮中の雰囲気からそれを取り辞めたとの噂だ。
ただ、現場を見ていた武官達は平然と職務に励む桐莉へ興味を持ったとか…。
こうして朝廷のちょっとした出来事は、そんな事もあったなぁという小さな過去になった。
…後日、霍家貴陽邸に老舗の菓子折りを携えた宋夫人が訪ねたのは別の話である。
※※※※※
「宜しかったのですか?」
せっかくあの宋雋蓋を弾劾する為に用意した奏上書を門下省長官たる旺季が握り潰して屑入れに棄てた時、男の癖に甘ったるい声でそう囁いたのは、黄門侍郎の凌晏樹だった。
眉間に険しい皺を寄せたまま、旺季は晏樹を見ずに吐き捨てる。
「仕方あるまい、あの様に普通に働かれては奏上書(こんなもの)何の意味も無い」
「それもそうですね、ちなみにその進士、霍桐莉でしたっけ、…どうします?」
旺季は表情を変えることなく晏樹の顔を見る。
またいつものあの甘ったるい笑みを顔に貼り付けながら、目は笑っていなかった。まるで明日の夕餉の内容を聞くかのようにその処遇について確認してきた。
「どうもせん、…あの家は面倒だ」
それだけ呟くと、旺季は目を閉じて嘆息を漏らす。
晏樹はその応えに、内心面白くないモノを感じながらも、旺季の言葉に納得してその話題を打ち切って部屋から退出していった。
旺季は1人になってから筆を休めて静かに目を閉じる。
そう、あの家は面倒なのだ。
歴代の朝廷が、あんな非常識な家をそのまま放置している筈がない。海千山千の、狐狸妖怪が蔓延るこの国の朝廷が。
そう、何度も何年も何度でも、彼等はあの家に対して幾百の策を巡らしていた事か。
ある者は部下を山賊に扮させて領地を荒そうとしたが、その悉くが討ち取られるか捕縛され、またある者が、彼等公認の交易商人に攻撃的な行動に出て物流の阻害を図れば、あらゆる面でその者の粗を捜し出して朝廷に奏上しその者を罷免にまで追い込んだりして見せた。
そんな狐狸妖怪共の権謀術数をあの家は、総て事も無げに処理してきたのだ、自分達の手だけで。
ただの領地持ちの貴族とは、遥か一線を画すあの家には関わるべきではない。
そして旺季は知っている。
若き頃、初陣で知った【霍去韶】の猛威を。
憎悪と喧騒、噎せ返る血と鉄の臭い蔓延る戦場での一幕。瞳も髪も麗しい射干玉の、手には似付かわしくない血塗れの刀剣を持った女性が若き日の自分を見つめながら呟いていた。
『…ふむ、悪くない』
どんな状況でもあの戰嘩に対して抗おうとしていた強者達が奴等が現れた途端、戦意を失って何度戦線が崩壊しかけた事か。
今思い出すだけでも、良く生き延びられたものだと自分を褒めたくなってくる。
と自己陶酔に浸りそうになった旺季は、一度思考を遮断し気分を切り換えて別の案件への奏上書を認め始めたのだった。