くれない色の恋慕   作:清水一二

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第10話

 パソコンを起動して、とうらぶの通販サイトに飛んだ。毎晩、シャワーですっきりしたあと、新商品をチェックするのが日課になっていた。

 

 

 刀剣たちの商品をスクロールで見ていく。缶バッジやクリアファイル、キーホルダー、グラス……いろんな形に変えてみんなが売られている。売り切れと表示された品物が数多くある。

 

 

 唐突にフィギュアの文字が飛び込んできて思考が停止した。画面では、清光を形作った小さな人形が僕を見つめていた。その無邪気な笑みが鏡で練習していたものと重なった。

 

 

「清光……」

 

 

 たまらなくほしい。

 

 

 すぐにクリックして買い物かごに入れた。そのほかにも、タペストリーや文房具など、あらゆる清光を購入した。清光の種類はいったいどれだけあるというのか。たまらなくほしいと思う感情がとどまることなく心の底から湧き上がってきて、同時にクリックする指が止まらなくなった。

 

 

 ひどく目が疲れて、パソコンから離れる。テーブルをすっかり占領しているぬいぐるみをひとつ抱き上げた。この哀しそうな清光は、主に可愛いと言われなかったと落ち込んだときの表情だ。いま誰が慰めているんだろう。応援しているんだろう。僕以外に清光を理解している刀剣がいるはずはないのに。

 

 

 

 

 

 

 ホイップクリームとチョコレートソースのかかったワッフルが盛りつけられた皿、そして紅茶をトレイに乗せた。ちょうど優がカウンターに入ってきた。

 

 

「今日は行ってくれるよね、香帆さんの接客」

 

 

 優は汚れた皿をシンクに置いて、いいよと答えた。昨夜のことで前向きになれたらしい。

 

 

 優にトレイを運んでもらって、香帆さんのテーブルの脇に立つ。

 

 

「どうして優が?」

 

「僕のほうが新人だけど、優には指導が必要だから」

 

「ああ、それなら納得。しっかりね」

 

「がんばります……」

 

 

 トレイからワッフルの皿を持ち上げるその手が、微かに震えている。ああ、また自信をなくしてしまったみたいだ。これじゃあ、指名を勝ち取る日は遠いかもれない。なにかに怯えているかのように震えながら、ワッフルがテーブルに着地した。転がる苺がなくてよかった。優もそう思ってるんじゃないかと思った。

 

 

 香帆さんも真剣みに溢れた眼差しで、その様子を見守っていた。安堵したような息が隣で聞こえた。そうして、ぎこちなく彼女に笑いかけた。

 

 

「宗三左文字って、戦うことが嫌いなんだね。部隊に加えるのがかわいそうになる」

 

「ん? それって江雪左文字じゃない? 宗三左文字はピンク色の髪のほう」

 

 

 フォークに刺されたワッフルが、中空で止まる。

 

 

「あっ、そうだったかな。まだ覚えられなくて。はじめたばかりなんだ」

 

「別に覚えなくてもいいんじゃない? 男のひとで詳しいのって、安定しか知らないし。基本的には女の子に人気なんだし」

 

 

 ようやくワッフルが、小さく開いた艶やかな桜色の唇に触れた。

 

 

「そうかもしれないけど……は、話が、合うようになりたいし」

 

「ああ、お客さんとね。仕事のためなら仕方ないね。お客さんも喜ぶと思うよ。がんばって」

 

「あっ、いや、そうじゃなくて……」

 

「違うの?」

 

 

 ティカップの取っ手に指を絡ませて、不思議そうに優を見上げる。慌てふためく優の感情が、空気を伝わって僕に届いた。

 

 

「や、当たってるけど……」

 

「なによもう、はっきりしないわね」

 

 

 とうらぶをはじめたのか。僕の主もやってるから、全然おかしなことじゃない。

 

 

「少しまかせてもいいかな。指名してくれたお客さんが呼んでるから」

 

「えー」

 

 

 香帆さんの口先が尖る。

 

 

「ごめん、すぐに戻ってくるから」

 

「俺なら大丈夫。今日は安定くんの指名多いよね。いってらっしゃい」

 

「ちょっとー安定ってばぁ」

 

「すぐに戻ってくるよ」

 

 

 僕はほかのテーブルに歩み寄った。専門店で宣伝したせいか、今日になって指名がぐんと増えた。灰色の制服を着た少女が、空になったグラスを差し出してくる。

 

 

「お代わりいいですか?」

 

「あ、はい、お待ちください」

 

 

 グラスを手に、振り返ろうとすると呼び止められた。

 

 

「あのっ」

 

「はい?」

 

「昨日、専門店に行った友達に聞いてきたんですけど、ほんとに大和守安定に似てますね」

 

「よく言われます」

 

 

 僕はお決まりの言葉と共に会釈した。

 

 

 カウンターで、冷蔵庫からオレンジジュースの容器を取り出してグラスに注ぐ。僕のことが噂になっているらしく、今日は何度も同じ言葉を言われた。わざわざ会いに来てくれるのはうれしい。だけど、それは好奇心であって本物の愛じゃない。

 

 

 あのテーブルでは、優と香帆さんが楽しそうに笑い合っていて、僕の胸がズキンっと痛んだ。ふたりを見ていると、なんだかいたたまれない。

 

 

「お待たせしました」

 

 

 オレンジジュースを、半分ほど崩れかけたロールケーキのそばに置いた。

 

 

「あのっ、それって」

 

 

 少女の視線は、黒いエプロンのポケットに注がれている。そこから清光の顔がはみ出しているのだ。僕はメモ帳に挟み込んだボールペンともども取り出した。キャップについたミニサイズの清光を、全体像がわかるように少女の前に掲げる。頭上で煌々と咲くチューリップが、スポットライトのように清光を照らす。少し誇らしい。

 

 

「あっ、やっぱり。加州清光なんですね。それにメモ帳も」

 

 

 注文を書き記すのに使用しているメモ用紙の上で、イラストの清光が元気に騒いでいた。ほかの店員からは文句も出たけど、優は笑って受け流してくれた。

 

 

「ごめん。もう行かないと」

 

 

 そばでお客さんが立ったのを機に、僕は片付けに取り掛かる。汚れた食器を乗せたトレイを手に、ホールを横切っていく。ほかの少女たちの相手をしている優の背後を過ぎて、香帆さんの横を通った。

 

 

 香帆さんはうつむいて雑誌を読んでいる。人気のある優は、彼女の相手ばかりをしているわけにはいかないんだろう。

 

 

「あっ、安定!」

 

 

 僕は、なにか言いたそうな香帆さんのもとへ引き返す。

 

 

「ご注文ですか?」

 

「ううん。このあと買い物に行かない? 専門店」

 

「昨日、行ったじゃないか」

 

「そうなんだけど、また行きたくなっちゃった」

 

「けど、あそこは九時までだよね。今日は規定通り八時に閉めるから急がないといけなくなる」

 

「あたしはいいよ。ねえ、おねがい!」

 

 

 香帆さんが手を合わせて見上げてくる。なんだか瞳が潤んでいるように見えた。断る理由はなにもない。優はどうなんだろう。誘ったんだろうか。

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

「やったー! 待ってる」

 

 

 閉店時間が近づくにつれ、店内のお客さんは少なくなっていった。

 

 

 僕は運んできた汚れた食器をシンクに置いた。優は黙々と皿を洗っている。なにも言わない。ということは、誘ってないのかもしれない。

 

 

 僕はまたホールに出て、テーブルに布巾を滑らせながら、ちらりと香帆さんを見遣った。煌々と咲いたチューリップの下で、紅茶に口をつけている。

 

 

 優を誘いたくない。優にとってチャンスだとわかってるのに。店の外で会うことを重ねていけば、自然にふたりで会う行動につながるかもしれない。わかってる。わかってるんだ。だけど……。

 

 

 カウンターの奥では、優がまだ食器を洗っていた。僕は隣に立ち、積み重なる濡れた皿を布巾で拭いていく。僕は口を開かなかったし、優も手を動かすばかりだ。

 

 

 ロッカールームで着替えをすませて、優がおつかれさまと言って出ていこうとした。

 

 

「あっ」

 

 

 思わず声を出していた。ドアの前で優が振り返る。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 なにも知らない優の無垢な表情に、僕の胸に罪の意識が染み渡っていく。声を出してしまったのは、その芽がすでに植わっていたからなのかもしれない。応援すると決めて、ずっと協力してきた。それなのに肝心なところで僕は裏切ろうとしている。それは清光に誇れる僕の姿じゃない。

 

 

「安定くん?」

 

 

 僕は、はっとして優を見返す。

 

 

「これから、専門店に行かないか?」

 

「とうらぶの?」

 

「そう」

 

「もしかして香帆さんに誘われた?」

 

 

 僕はそうだとうなずく。

 

 

「九時までだから少し急ぐことになるけど」

 

「俺は……いい」

 

「どうして」

 

「安定くんを誘ったんだ」

 

 

 ノブに手が伸びる。逃げていく優に、僕は無性に苛立った。

 

 

「なんのために、いままでがんばってきたんだ。香帆さんが僕を好いてるわけないじゃないか。ここで引くなよ。ライバルはこの店の外にいる男かもしれないんだ。機会があるなら飛びつくべきだ」

 

「でも……」

 

「ほかの男にくれてやるのか」

 

「いやだ!」

 

 

 一瞬震えた背中に、哀愁が滲んでいる。

 

 

「行くよ。僕も」

 

 

 その声までもが震えていて、どうしてなのか僕の心も震えた。たぶん優とは違う。僕のは胸がきしむような痛み。理由がわからなくて、僕はただ耐えることしかできない。

 

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