くれない色の恋慕   作:清水一二

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第5話

 

 

 

 百円玉を二枚、硬貨口に投入した。隣の台で操作中の少女の真似をして、丸いスイッチを押す。クレーンが横へ動いて、今度は奥に。長いアームが広がりながら下りていき、上向いた清光の胸もとに突き刺さった。

 

 

「ああっ! ごめんな清光っ!」

 

 

 力のかぎり、ガラスを叩く。このいまいましい箱め。ここに打刀があればたたっ斬ってやるんだがな。

 

 

「もうコツはわかったからな。次こそ成功させてやる!」

 

 

 タイミングよくボタンを押し、成り行きを見守る。今度は清光の脇腹に突き刺さった。

 

 

「清光になにしてんだよ! そのアーム、ちょん切ってやろうか!」

 

 

 僕は紙幣を硬貨に替えて、どんどん箱に投入していく。

 

 

「はぁっはぁっ、どうしても渡さねえってのか! おまえにあいつのなにがわかる! なにも知らないくせに独り占めするな!」

 

 

 アームの先端が、かろうじて清光の腰をつかみ上げた。僕のほうに満面の笑顔を向けている。クレーンが横に移動する間、不安定に小さな体が揺れる。僕は固唾を呑んで、身をこわばらせた。真下に横たわるたくさんの清光も一様に硬直している。と、ゆるやかな振動が起きて、そのはずみに腰がするりと抜けた。落ちていく清光と視線がぶつかる。

 

 

「清光……」

 

 

 人形の海にうつ伏せた、いましがた落ちたばかりの清光に、ガラス越しに触れた。

 

 

「おまえに決めた。僕のもとに来い」

 

 

 何度も何度もクレーンを操作した。後頭部に突き刺さったり、つかみそこなって上体がほんの少し浮き上がっただけだったり、なかなかうまくいかない。そのたびに、ため息が漏れた。

 

 

「今度こそ……」

 

 

 スイッチを押すだけだというのに、こんなにも精神力を消耗するとは。クレーンが動いて、清光の脇腹をつまんだ。ゆっくり上昇していき、ぽっかり開いた出口に向かっていく。

 

 来る! あの振動だ!

「耐えてくれ!」

 

 

 微かに体を揺さぶられ、だけど、しっかりとアームにつかまれている。ぽっかりと開いた穴の真上から清光が落下して、僕はよしっ! と叫んだ。もどかしい思いで、取り出し口からつかみ出す。優しい手触りが手のひらに吸い付いてきて、思わず清光のうれしそうな微笑みに頬ずりした。

 

 

 スポーツバッグに仕舞おうとファスナーを開く。ぷうぅんとこもった汗の臭いが内側から漂ってきて、急いで塞いだ。ここに入れるわけにはいかない。

 

 

 胸に抱いて、来た道を戻る。薄暗い通りを人にぶつからないようにして歩いた。立ち並ぶ店から漏れ出る光が、いくぶん通りを照らしてくれている。だけど、少し肌寒くて灰色のコートの開いた襟もとを寄せた。指先が、マフラーに触れる。

 

 

 あっ!

 ぬくぬくと、僕に抱きしめられている清光を見下ろす。今度にしよう。早く部屋に連れて帰りたい。

 

 

 帰宅して、すぐにふかふかの布団に清光を座らせた。首から外した漆黒のマフラーで、ゆるゆると小さな体を包み込む。

 

 

 僕はクローゼットに吊り下がったスーツの中で、場違いに目立った自分の衣服に手をかけた。この時代にやってきた初日に、ハンガーにマフラーをかけておいたのだ。白いマフラーを首に巻く。環境が大幅に様変わりしたせいか、自分のものがあることを忘れてしまっていた。

 

 

 熱湯を注いで蓋をしたカップラーメンをじっと待つ間、僕はテーブル越しに清光を見つめた。とびっきりの笑顔。三分なんか、あっという間に経ってしまう。

 

 

 翌日、その次の日と、午前中から出かけてはゲームセンターをハシゴした。店によって清光の種類が違うのだ。猫やパンダの衣装を着ていたり、照れていたり、怒っていたり、本丸では永遠に見ることのできない珍しい清光が溢れている。だから僕は戦いに出るんだ。愛くるしい清光を求めて。

 

 

 クレーンゲームの前で、新しく購入した鞄に次々と獲得した清光を入れていく。紺色の端に、水色の縦線が入った僕好みの鞄だ。一目見て気に入って、衝動買いした。

 

 

 この一週間でゲームの腕が上がって、狙った清光にそれほど金銭をつぎ込まずとも獲得できるようになった。そういえば、この人形はぬいぐるみと呼ばれているらしい。

 

 

 今夜も冷えるな。

 

 

 すっかり見慣れた通りには、買いものを楽しむ人たちが行き交う。相変わらず、視界いっぱいに制服姿の少年少女が入ってくる。きっと仲の良い友人なのだろう。華やぐ声音も、眩しいほどの店の明かりも、僕の存在をひときわ真っ黒に塗りつぶす。僕はファスナーの閉まらない、清光が溢れ出しそうな鞄を大事に胸に抱えた。

 

 

 駅に面した大通りに出ようとしたとき、突然、腕をつかまれた。

 

 

「ねえ、君、カフェでバイトしてみない?」

 

「ばいと?」

 

 

 ベージュのダッフルコートを着た茶髪の青年を見上げる。醸し出す、ふんわりとした雰囲気には、まったく殺気を感じられない。

 

 

「すぐそこだからおいでよ。いますぐ面接するから」

 

「めんせつって?」

 

 

 僕は腕を引かれるままに歩く。通りを引き返すはめになってしまう。知らない青年だけど、不穏な空気を感じないのだから攻撃するわけにはいかない。もし、よからぬことに巻き込まれても心配ない。打刀がなくても、このひょろりとした体格なら十分に打ち負かせられるだろう。

 

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