くれない色の恋慕   作:清水一二

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第6話

「そのぬいぐるみ、すごいね。買ったの?」

 

 

 肩越しに振り返ってきて、鞄からのぞいた清光に気づいたようだった。

 

 

「ゲームセンターだよ」

 

「ああ、ユーフォ―キャッチャーかぁ。僕なんて、どんなに粘ってもひとつも取れないよ」

 

「コツさえつかめば、簡単に取れるものはある」

 

「へえ。俺は優。君は?」

 

 

 そう言いながら、白塗りの壁から切り取られたような長方形のドアに歩み寄って、鍵を開けた。通路に面したガラス張りの窓はブラインドで覆われて、店内が消灯しているのは一目でわかる。

 

 

 優が壁のスイッチを押すと、パッと温かみのある照明が店内に広がった。天井から吊り下がるチューリップの花が煌々と咲き誇っている。その下には、四人掛けの木製のテーブルが規則正しく、しかし、ゆったりと配されていた。

 

 

「安定」

 

「やすさだくん? いまどき珍しい名前だね。ここに座って」

 

 

 言われたとおりのテーブルに着く。閑散とした空気が心地よい。優が向かいの席に腰を下ろした。

 

 

「オーナーがいないから俺が面接するよ。そもそも、めったに顔を出さないんだ。でも、街で美青年や美少年を見かけたらすぐにスカウトしろって言われてて。いま、閉店したばかりだったんだけど、安定くんならって思ったんだ」

 

「どうして僕なんだ?」

 

「中性的な顔立ちで、その、言いにくいんだけど、哀愁が漂ってるというか」

 

 

 哀愁……僕にそんなものが纏わりついているというのか。清光がいるのにか? しっかりと抱きかかえた鞄をいっそう強く抱きしめた。

 

 

「大丈夫? 気に障ったのならあやまるよ」

 

「いや。続けて」

 

「う、うん。面接って言っても、俺の中ではとっくに採用してるんだ。だからこうして連れてきたわけ。安定くんに、このカフェを見てもらって、引き受けてくれるのかを決めてもらおうと思って。どうかな」

 

「仕事、だよね?」

 

「うん。仕事と言っても、難しいことはしないよ。そこは安心してもらって大丈夫。慣れないうちは、俺がフォローするから」

 

 

 兼定さんの残してくれたお金はまだ十分にある。だけど、あのお金を使うのはほどほどにしなくてはいけない。わかってはいたんだ。ほかの刀剣たちの助けになるだろうから。いまの僕みたいに。

 

 

「引き受けるよ」

 

「ふぅ……助かるよ。さっそく明日からおねがいできるかな」

 

「わかった」

 

 

 部屋に帰ると、清光をベッドに並べた。白い壁に沿って、寝そべった清光、打刀を構えた戦闘態勢の清光、ほわんとだらしなく笑う清光。鞄から取り出した順番に並べていく。

 

 

 僕はベッドに頬づえをついて、しばらく至高の光景に見入った。心が温まっていくのを感じた。

 

 

 翌日から僕はカフェで働いた。白いシャツを着て、腰に漆黒の長いエプロンを巻きつけた、いやに大人びた姿だ。自分に似合っているのか、いまいちよくわからない。忙しく立ち働く優は黒いシャツに身を包んでいる。長身の彼が着ると、引き締まって見える。昨日のダッフルコートとの落差が激しく、凛とした青年のような雰囲気が漂っていた。

 

 

 テーブルを布巾で拭いていると、優に呼ばれた。彼の隣に並んで、僕はドアの前に立つ。入店してきたお客さんに頭を垂れて、「いらっしゃいませ」とふたりで声をそろえた。新人は、顔を覚えてもらうために、毎回、こうして出迎えなくてはならない。常連のお客さんが多いらしく、好みの店員がいると友人を引き連れてきてくれるらしい。僕にはよくわからない。

 

 

 制服姿の少女を、空いたテーブルに案内する。三人がメニューを眺めながら華やいだ雰囲気で会話をはじめた。そのうちのふたりは視線も交えて話をしているようで、しきりに僕を見上げてはまた互いに顔を見合わせる。僕は落ち着かない気持ちになったけど黙っていた。

 

 

 あっ、こういうときは……。

 

 優に教えてもらった言葉を思い出した。

 

 

「お決まりになりましたらお呼びください」

 

「あのっ! 大和守安定に似てるって言われませんか?」

 

「えっ? どうして僕の――!」

 

 

 僕は慌てて口を噤んだ。正体を明かしてはいけないんだった。それが、この時代を体験する上での規則だ。そもそも人が時代を飛び越えられると話したところで誰も信じてはくれない。変人だと指を差されるのがオチだろう。

 

 

 それに、この時代で、あれほど精巧に清光の姿を模したものが存在しているんだ。僕が知らないだけで、僕のぬいぐるみがどこかの店で並んでいても何ら不思議なことじゃない。

 

 

「よく言われます」

 

 

 僕は微かに口角を上げて、背を向けた。清光のようにはうまく笑えないな。

 

 

「なにいまの……なんか……きゅんっときた」

 

「わかるー。哀しそうな感じしたね」

 

「わたし、指名しちゃおっかな。できるんだよね、このお店」

 

 

 背中に少女たちの声を受けながらカウンターの内側に入った。数人の店員のなかで、優がハムチーズサンドを作っている。僕に気づいて、うれしそうに歯を見せた。

 

 

「やっぱり。俺の見込んだとおりだった」

 

「僕のこと?」

 

「これから忙しくなるよ」

 

 

 完成したハムチーズサンドをほかの店員に渡した。二枚の皿が、カウンターを出てホールに連行されてゆく。

 

 

 優は、業務用の巨大な冷蔵庫からショートケーキを取り出して、小さな皿の真ん中にちょこんと乗せた。僕は指示されたとおりに紅茶をティカップに注ぐ。立ち上る湯気と共に、茶葉の香りがふわりと漂う。ふたつを載せたトレイを優が手に持った。だけど、優は硬直したかのようになかなか動こうとしない。

 

 

「どうかしたのか?」

 

「あっ、えっと……うん、なんでもないよ」

 

 

 瞬きの回数が異常に増えている。ふぅっと息を吐いたかと思うと、よしっと気合を入れた。

 

 

「あ、でも……」

 

 

 またまごつきはじめた。どうしたというんだ。

 

 

「紅茶が冷めてしまうよ」

 

「そうだよね、そうなんだよね。わかってるんだけど」

 

 

 束の間、微かに揺れる紅茶を見つめて、思いきったように僕のほうに顔を向けた。

 

 

「ついてきてくれないかな」

 

「苦手なお客さん?」

 

「そうじゃなくて……なにも聞かずに、頼むよ」

 

 

 ただならぬ雰囲気に、僕はわけがわからないまま了承した。ただテーブルに置いてくるだけなのに、何をそんなに落ち込むことがある。

 

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