くれない色の恋慕   作:清水一二

8 / 17
第8話

 帰宅すると、さっそくパソコンを起動した。教えてもらったとおりに、平仮名で入力できるように設定する。苦労してお目当ての文字を探しだして、一文字ずつ打ち込んでいく。

 

 

「と……う。ら。ぶ」

 

 

 通販サイトらしき文字をクリックする。サイトに飛んで画面が切り替わると、さっき優が見せてくれたものとは、まるっきり異なるものが展開していた。複数の可愛らしい女の子が僕を見ている。そのどれもが絵なのだけど、微笑んでいたり、哀しげだったり、実に豊かな表情だ。なんだか僕を誘っているような気がした。

 

 

 女性向け、の文字の下に三日月宗近がいた。どうしてこんなところに。場違いじゃないかと思いながらも、刀剣乱舞オンラインと書かれた文字に意識が吸い寄せられる。自然とクリックしていた。画面が変わるたびに、指が下がる。

 

 

 と、奇妙な画像が現れた。

 

 

 畳の部屋に次郎太刀が立ち、画面の中から僕に向かって微笑んでいるのだ。紫色の着物姿で、どぶろくをぶら下げて、体の横で大太刀を持っている。背後には、本丸の景色が広がっていた。しんしんと雪が降り、池の水面や寒々しい裸の木々に落ちてゆく。真っ白な冬景色を見せつけるようにして障子が開け放されている。次郎太刀は少しも寒がることはなく、堂々と立っていた。

 

 

「これは絵なのか?」

 

 

 思わず指先を画面に当てた。右側には二文字の漢字が縦にずらりと並んでいる。結成を開いて、びっくりした。部隊が編制されている。

 

 

「これは、いったい……」

 

 

 しばらく、ぼぅっと部隊一の画面を見つめていた。なにも考えられない。光を放つ画面に、思考を奪い取られてしまったように感じた。

 

 

 ふっと我に返って、一瞬で自分の思考を取り戻した。だけど、まだ完全に操ることができなくて、僕は気力を振り絞り、力の弱った手でマウスを動かす。ほかの漢字にポインタを当てて、だんだんと思いどおりになりつつある指でクリックした。

 

 

 出陣。

 

 

 鍛刀。

 

 

 上から順番にページを開いていく。そうしてようやく、ひとつの仮説が浮かんだ。

 

 

「刀剣乱舞……ゲームセンターにあるものと同じ類のものか。たぶん、そうだ。クレーンゲームの台にも記されているのを何度も見た。刀剣乱舞とはなんのことだと思っていたけど、これのことだったのか。誰もが主になれるゲームか。どうやら僕の主もやっていたみたいだ」

 

 

 その証拠に、左上の隊名に主の名前があった。

 

 

 僕はパソコンを離れて、ベッドに寝ころんだ。まさか僕たちがゲームになっているとは。清光が知ったらなんと言うだろう。

 

 

 ふぅ……。

 

 

 そうか。だからお客さんが騒ぐわけだ。あらゆる店にぬいぐるみも置いてあるだろうけど、刀剣乱舞のゲームも影響しているはず。確かに僕は大和守安定だ。似ているわけじゃなく、本物の。

 

 

 夕刻が近づいて、兎少女がカフェにやってきた。僕は、優とドアの前に並んで出迎える。

 

 

「あっ安定。今日からよろしくね」

 

 

 故意に、優のほうに視線を向けないようにしているのを、ひしひしと肌で感じた。「いらっしゃいませ」と放った優の作り笑顔が引きつる。それでも、どうにか表情を保っていられるのはすごいと思う。

 

 

 僕が空いたテーブルに導く間に、優は、彼を指名してくれているテーブルに逃げていった。兎少女は席につくとメニューも見ずに、チョコレートケーキとココアを注文した。

 

 

 僕は兎少女から離れて、優の腕を引っぱってカウンターに連れて行く。ほかの店員やお客さんの耳に入らないように囁く。

 

 

「一緒に接客にいこう」

 

「ムリだよ。避けられてる」

 

「がんばるって決めたじゃないか」

 

「ごめん。今日は……」

 

 

 僕はふぅっと息を吐く。清光は落ち込んでも、案外と立ち直りが早い。同じ人間じゃないから、違うのは当たり前だけど。さっきのが相当に堪えてるみたいだな。

 

 

「わかったよ」

 

 

 僕は、優の横を通り過ぎて、冷蔵庫からチョコレートケーキを取り出した。チョコレートのスポンジとクリームが交互に層になっていて、僕の気分に似つかわしくない甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

 

 また、ため息が漏れた。優がやる気になってくれないと、僕は応援できないじゃないか。

 

 

「お待たせしました」

 

 

 僕は、兎少女の前に、チョコレートケーキとココアを置いた。彼女はうれしそうに皿を引き寄せて、フォークを手に取る。

 

 

 相変わらず、優は指名客の相手だ。穏やかな物腰で話しかけている。このテーブルが見える位置に陣取っているんじゃないかと思うのは、僕の考えすぎだろうか。

 

 

「ねえねえ、安定。とうらぶ、やってる?」

 

「え?」

 

 

 優を気にしていたから、びっくりした。兎少女は紅色のセーターをつまんで、軽く引っぱった。

 

 

「あたしのこれ、加州清光を意識してるんだ」

 

 

 それを聞いた瞬間、僕の頭から優のことは吹き飛んだ。

 

 

「やっぱりそうだったんだ。色が同じだなと思ってたんだ」

 

「そうそう。すきすぎて、服装に取り入れちゃったよ。清光って、一生懸命可愛くしてるところが可愛いよね」

 

 

 僕の口角が自然と上がる。

 

 

「十分、可愛いのに、あれ以上どう可愛くなりたいんだろう」

 

「ほんとほんと」と、彼女は笑った。

 

 

 視線を感じて、はっとした。優の哀しそうな双眸が僕を見て、それからすぐにもとの穏やかな表情に戻った。つい話が盛り上がってしまった。優を応援しなくてはならない立場なのに。兎少女はおかまいなしに話を続ける。

 

 

「この間、とうらぶ専門店でね――」

 

「専門!?」

 

 

 僕はテーブルに手をついて身を乗り出す。

 

 

「知らないの!? 駅の向こうにあるよ」

 

 

 ああ、つい反応してしまった……。

 

 

「知ってるけど、行ったことはないんだ」

 

「えーっ絶対行くべきだよ! 損だよ損!」

 

 

 そういえば優が……。

 

 

「明日、一緒に行ってもらってもいいかな。女性客が多いって聞いて、なんか入りづらいんだ」

 

「あー、それはあるかも。ぜんぜんいいよ。せっかくの土曜なのに、予定からっぽだし」

 

「じゃあ、お店の前で」

 

「オッケー」

 

 

 兎少女はフォークで崩したチョコレートケーキの欠片を頬張った。感嘆の息が漏れて、頬が幸福の色に染まった。

 

 

 僕は、さっきとは違うテーブルの傍らに立つ優に近づいた。紺のブレザー姿の少女ふたりと楽しそうに談笑している。その胸の内は、ほかのことで満たされているんだと思うと、なんともいえない複雑な気持ちになってしまう。

 

 

 二段に重なったホットケーキの生地にフォークを刺し入れて、白い皿に広がるとろりとしたハチミツをつけて、おさげの少女は口に入れた。途端に、瞳が輝く。

 

 

「君を見てると、うれしくなるよ」

 

「え?」

 

 

 少女の不思議そうな目が、僕の視線とぶつかった。

 

 

「あんまりにもおいしそうに食べるから」

 

 

 少女がどことなく照れくさそうに微笑む。向かいの席に座したゆるふわパーマの少女が、僕をじっと見つめて目を見張っている。

 

 

「大和守安定に似てますね!」

 

「そんなに似てるかな」

 

「似てる似てる!」

 

 

 優は静かに、僕と少女たちのやりとりを見守っている。とても優しい光を瞳に宿して。僕にはそれがつくりものにしか感じられない。どうして本心を隠してしまえるんだろう。

 

 

 いつのまにか、少女たちは僕ではなく優を見つめている。吸い寄せられるように、うっとりとした眼差しで。少女たちの世界には優だけしか存在しないみたいに、あっという間に僕は締め出されてしまった。

 

 

 優の穏やかそうな顔立ち、微笑み、やわらかな声に少女たちは抗えず、心を奪われて、胸の奥のずっと深いところまで溶かされてしまうのだろう。少女たちのとろけそうな微笑が、ありありと事実を物語っている。

 

 

 今生の別れみたいに大袈裟な嘆きの渦から抜け出して、優と僕はテーブルを離れた。まだ追ってくる、絡みつこうとする視線から逃れるようにしてカウンターの奥に引っ込む。

 

 

「明日は彼女も誘ったから」

 

「え!? ほっほんとに!?」

 

「嘘を言っても仕方がないよ」

 

「じゃあ、俺がいなくても大丈夫だね……」

 

 

 さっきまでの余裕の笑みはどこへやら、優はしゅんとしてうつむく。兎少女が関わると、優の仮面はもろくなって、はがれてしまう。

 

 

「誰のために誘ったと思ってるんだ。優から近づいていかないと、彼女と仲直りできないじゃないか」

 

「彼女は知ってるの?」

 

「言ったら来ないと思う」

 

「彼女が嫌がることはしたくない」

 

「逃げたいの間違いだろ」

 

 

 優のうつむいた頭が重たそうに沈んでいく。哀しみからくるものなのか、情けなさからくるものなのか、僕には読み取れない。だけど応援すると決めたから、優の感情に流されてはいけない。僕が、怖がりなこの背中を押さなくては。

 

 

 おもむろに、優がうなずいた。それから、瞳を揺らして僕を見つめて、「わかった」と言った。とても小さく、消え入りそうな声だったけど、少しだけ覚悟のような響きが混じっていた。僕は、優の背中にぽんっと手を置いた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。