「痛い」
「みたいね」
「さとり」
「はいはい。解ってますよ」
さとりは横になった俺の首を支えるように持ち上げ、スプーンを使って食事を口元まで運んでくれる。
咀嚼の必要が少ない粥状の食事はすんなりと喉を通るが、それでも身体の節々から筋肉が張る痛みを生み出す。
「例の変身は駄目なんだっけ?」
「らしいよ」
「難儀な能力してるわね」
「まあ、死ぬほど痛いけど、死ななかっただけマシだと思うさ」
俺は今、地霊殿にて療養をしている。というのも先の狂気異変の後、さとりの好意で地底の温泉宿泊施設に泊まったのだが、翌日目が覚めると俺は全身の筋肉痛で指先一つ動かせなくなっていたのだ。
わざわざ出張してくれた永遠亭のウドンゲが言うには『急速な肉体の活性化に身体がついて行けなくなった事による反動』とのこと。
すぐさま理解したね。ダブレット姿になったあの能力を使ったからだと。人間離れした動きとそれについていけた動体視力と強靭化していた肉体、なによりも負った傷がすぐさま癒えた回復力、何かしらの反動があることは少しだけ考えていた。
初めは能力使用による超回復で筋肉痛も治せると踏んで再びダブレット姿へ変身し、確かに筋肉痛は治った。だが、治ったのはその時限りで、能力解除してしばらく経つとまた全身が張るような痛みとともに動けなくなってしまった。
結局の所、自然治癒を待つしか無いらしい。
「本当、助かるよ。こんな親身に看病してもらって」
「良いのよ。私が好きでやってるんだから」
俺が動けなくなった後、一番近くで看病してくれているのはさとりだ。特に何かあった訳ではないと思うのだけど、何故か多少なり好意を寄せてくれている気がする。
我ながら自意識過剰だとも思うけど。
「そんなことないわ」
「何が?」
「多少なりの好意は寄せてるってことよ」
「そりゃ、光栄だ」
本気なのかからかってるのかは分からないが、俺としても悪い気はしないのでつい甘えてしまっている。
さとりはその名が表すように“覚り妖怪”だ。だから俺の心を読み絶妙に尽くしてくれるのだが、これがなんとも心地よい。
個人的には言わずとも伝わるというのが非常に楽だ。
前にも思ったが確かに心を読まれる事に不快感を覚えるものも居るのかもしれない。でもそんなのは「読まれて困ることを考えてます」と言っているようなものだ。
…かくいう俺も、不埒な考えを読まれた時は恥ずかしさで穴があったら入りたい状態になったけど。
そうなんだ。さとりは確かに童顔で背丈も小さいが、こいしから察するに身体は成熟していると思うんだ。そんなさとりが付きっきりで看病している訳だよ。
一瞬たりとも不埒な考えを持たないとか無理だよね。つい最近死にかけたばかりだから身体が危機感を感じて子孫を残せって言ってるよね。
でも手は出す気は毛頭なかったり。
「チキンだもんね」
「否定はしないけど、さとりはそれ以前にもっと言うべきことがある気がする」
「変態って罵ればいいのかしら」
「そういうことじゃない。別に
こんな風にからかう余裕を見せてくるし、長い時の間、心を読んで生きてきたさとりにとっては俺みたいな小童の妄想程度の事は見飽きてるんだろう。そもそもさとりは妖怪で俺は人間だしな。
それに、俺は
たっぷりと時間を掛けて食事を終えた頃、さとりはペットに呼ばれて部屋を出ていった。
ついつい甘えてしまうが、あんな幼い見た目でもこの旧都を治める領主様なので色々と忙しい身なんだと猫耳のペット、お燐に言われた。
ちなみに嫌味を言われたわけではない。むしろ引き止めてくれと言われた程だ。
というのもさとりは所謂ワーカーホリックであり、何かしら手を休める理由がない限り仕事の手を休めないのだとか。なので俺の看病で談笑したりしているのはお燐としては嬉しいらしい。
何処まで本当かわからないけど三日までは徹夜が当たり前なんだそうだ。格段急ぎでもなく、さとりでなくては駄目な訳でもないのに。
そんな姿勢が誰にでも取れるわけも無いのでペット達は交互に休みを取ることでさとりをサポートしているとの事。
ちなみにフラタニアはすっかりお燐達と馴染んで一緒に仕事に励んでいる。折角なのでさとりに相談してこのまま地霊殿に住んでもらう手はずを整えた。
「世話にはなるが妾はさとりのペットになる気はないぞ!」
とはフラタニアの言葉。
俺としても今回の異変で中心に近い位置に居たフラタニアにはしばらく鳴りを潜めてほしいので地底にいてくれると助かるので、お燐と仲良くなってくれたのはかなりありがたかった。
この身体じゃフラタニアを何処に住まわすか考えられる状況でもないしな。
他の問題は香霖に何も伝えてないので心配させているかもしれないということだ。もうかれこれ異変発生から五日も立っている。店の仕事だって溜まっているはずだ。
折角、店の電話とスマホを繋げられるようにしてもらったものの、この地底には河童の作った電波塔がないのでつながらないのだ。
異変の後に好杏達の事で決意を固めたというのにこのザマで何も出来てないし。昴の容態だって気になる。
そうやって様々な事に頭を悩ませながら過ごし、ようやく動けるようになったのはそれから二日後のことだった。
「すっかり世話になったな」
「気にしなくていいわ。フラタニアも居ることだし、またいつでも来ていいのよ」
「そんな事言いながら、さとりが俺に会いたいだけだったりして」
「否定はしないわ」
否定しないんかい。
地霊殿の入り口にはさとりと俺しか居ないので、人目を気にすることなくじゃれ合う。寝たきりの生活はかなりきつかったが、さとりと他愛もない話をして過ごすのは楽しかった。
「私も楽しかったわ」
「また来るよ」
この小さな地底の主に会うために。
「ええ、待ってるわ」
俺は苦笑交じりに小さくため息を付いて、地底を後にした。
一人っきりなので道中、妖怪に絡まれるかとも思ったが、どういうわけか妖怪達は俺の姿を見るなりそそくさと逃げていってしまったので地上までは障害もなくたどり着くことが出来た。強いて言えば神社に霊夢を呼びに来ていた女の子―パルスィとか言ったか―に睨まれたくらいか。
冬とは言えど一週間ぶりの日光は容赦なく照りつけ俺の視界を白で染める。それから暗順応により次第に見えるようになった視界に飛び込んできたのは一面の銀世界だった。
都心に住んでいた俺には珍しい雪に染まった世界は日差しによってキラキラと輝き、幻想のような景色を作り出している。
幻想のようなっていうか、幻想郷だけど。
眼下に広がる雪景色に感嘆しながら香霖堂へと帰ると、店内には一週間前までなかった石油ストーブが出されていた。
そのストーブのそばに椅子を置き、本を読んでいるらしい
「おかえり」
何も気にしてくれない朱鷺子にちょっとだけ不満が湧いたが、直後にかけられた言葉で俺は口元が緩むのを感じた。
カウンターの中で高めの椅子に腰掛けて退屈そうにしている香霖堂の店主が軽く手を上げて俺を迎えて、
「黙ったまま入り口に突っ立って、どうしたんだい?」
優しく微笑みながらそういう。
「…あっ。た、ただいま!」
香霖にそう言われて俺はようやく考えを口に出していないことに気づき、返事を返す。ついさっきまでさとりと居た所為か話さずとも通じると思ってしまっていた。
「んーおかえりー」
やる気のなさそうな朱鷺子の声に俺は帰ってきたなと感じた。たった一月住んでいただけで、確かに
香霖は手に持っていた小さな本をカウンターに置くと、身体を俺の居る方へ倒し凛とした瞳を向けてくる。
「どうやら色々あったみたいだね。何処へ行っていたのかな?」
「地底にある旧都まで行ってたんだ。長いこと帰ってこれなくてごめんなさい」
「ち、地底!?あんたよく生きて帰ってこれたわね!」
読んでいた本から視線を離すほど驚く朱鷺子に俺まで驚きそうになる。
「そんなに驚くことじゃないだろ」
「驚くわよ!地底なんて地上に居ることが出来なかったはみ出し者と力が強すぎるが故に追いやられたもの達の巣窟なのよ。いくら少しは力が付いたといってもただの人間がホイと行って一週間も無事だなんて奇跡みたいな話だわ」
「そ、そうなのか?」
「少なくとも、私なら絶対に行かないような場所ね」
朱鷺子も決して弱い妖怪では無いはずだが、それほどまでに地底を怖がるのか。
「そうだね。僕としても力を手に入れたばかりの恭也が行くのは心配だな」
香霖までそう言うなんて。
「でも霊夢が一緒だったし、旧地獄も噂で聞いてたような恐ろしい場所でもなかったよ」
「霊夢が?もしかして異変でも起きていたのかい?」
「ええ、実は―」
この一週間の出来事、それと俺自身の身に起きたことを説明していく。フラタニアの事、地底に呼ばれたこと、吸血鬼の影の事、そして俺の得た能力について。
最後まで話し終え二人からの反応を待っていると一泊置いた後に香霖が極々小さな声で「なるほど、それで」とつぶやいた。
その言葉が何を意味するのかは分からないが、もしかしたら異変について香霖も何か気づいていたのかもしれない。
「それにしても、リンクって言ったかしら。吸血鬼のように傷が治っただなんて信じられないわね。私達妖怪だってそんなに早く治るのは再生能力がある奴くらいよ」
それは地霊殿で療養中に永遠亭の使いとして来てくれたウドンゲも言っていた。異常な治り方だと。
少なくとも人間にそんな力はないし、魔法でも出来るかは怪しいそうだ。だから俺も少しは疑ったんだ。自分が人間では無くなっているんじゃないかって。でもウドンゲが言うには波長は人間の持つそれなんだと。
まあ、魔法なら再現が出来るかもしれないという事だったので明日か明後日にアリスかパチュリーにでも聞きに行くつもりだ。魔理沙は勝手なイメージだけど治癒魔法とか使えなさそうな気がするんだよね。
「よし、恭也。勝負しよっか」
「えー」
「『えー』じゃないの。あんたが居ない間は私が当番を変わってあげてたのよ」
「じゃあ朱鷺子の当番変わるから許してよ」
「だめ」
「なんで」
「そのリンク能力ってやつが気になったから。見せなさい」
すくっと立ち上がり俺の腕を引く朱鷺子に香霖が気怠そうな声で、
「やるなら店の外でやってね」
と言った。
強引に対決の場へと上げられた俺はそれから十分と経たずに白旗を上げる羽目になった。いくら霊夢との修行でなれてきたとは言えども使い方がいまいちわからないリンク能力や、若干のふらつきの残る飛行じゃまだまだ無理があるようだ。
ともあれ樹木の吸血鬼と化したフラタニアが地底に残ることで今回の異変は幕を閉じた。原因も、何もわからないまま。きっと俺の知らない裏で何かが起きているのかもしれない。でも、霊夢もさとりも何も言わなかったと言うことは、俺に知る必要が無いという事なんだろうさ。どんなに強力な能力があろうと人の身で有ることは変わらないし、無茶をするつもりだってない。今回は本当に、たまたま、“運良く”生き残れただけであり、次に同じようなことがあったとして同じように生き残れる保証だってないんだ。
実際に魔法なり弾幕なり使えるようになったって、所詮人の身体能力では妖怪達に敵わない。現にこうして朱鷺子に負けているしな。
斯くして俺は明確に人としての枠を超えた力を手に入れた。幻想郷じゃ目立つような力って訳でもないけれど、これから先はきっとこの力を使いこなさなければ行けなくなるだろう。
第一章「葡萄酒に飢えた樹木」
完
……To Be Continued
これにて第一章は終了でございます。
なんていうか初めのうちはpixivからの手直しだけのつもりだったのに、もう完全に書き直しをしてますね。
話も大筋はともかく細かいところはかなり変えてしまってます。
うーん。こんなつもりじゃなかったのになぁ。
これからも亀の歩みになるかと思いますが、気長にお使いしていただければと思います!
では!!