すっかり元に戻った湖を後にして、あたし達は紅魔館へ戻っていた。
「魔理沙は紅魔館にいるのよね?」
「うん!私達を助けに来てくれたんだよ!」
霊夢の質問にフランが答える。
「今回の異変に作為的なものを感じたとかでパチュリー様と図書館で調べ物をしてるはずよ」
咲夜の補足に霊夢は少しため息を付いた。なんでも湖での戦いで魔理沙が居なかったことが不満らしい。いつもなら放っておいても力ずくの解決を選ぶ魔理沙らしくないとか、なんとか。
まあ、性格的にわからなくもないかな。
かなりの実力者が居たにも関わらず、かなりの苦戦を強いられた。それは幻想郷で主流のスペカルールを無視した戦いだったことや、吸血鬼の特性による不死身性が理由だろう。さらに言えば、個々の戦闘能力は高かれどいずれもどちらかといえば手数で押すタイプであり、高火力で焼き払うなどの手段が取れる面子が居なかったことも挙げられる。
ところが、高火力を出せるあたしは空を飛べないために湖の上で繰り広げられた戦いに参加できず、また魔理沙も図書館でパチュリーと何かしていて近くに居ながら戦いには参加しなかった。
あたしが空を飛べさえすれば多少は変わっていたはずだ。
「なんか元気ないけど大丈夫?」
「大丈夫だ。ちょっと自分の力のなさに呆れてただけだから」
あたしを抱きかかえたまま飛ぶフランが心配そうに聞いてくる。大した距離じゃないから歩いて帰ると言ったのだけれど、フランが送ると言ってくれたのだ。
「鈴は飛べないもんね。魔法でなんとかできないの?」
「それが出来たら苦労はしないっつの」
恭也があたしに付けた『設定』の中には“魔力不活性による魔術行使困難”というものがある。この『設定』によりあたしは体外に魔力を放出することが出来ない。そのため体内で完結する肉体強化系の魔法しか扱えない。飛翔魔法は基本的に姿勢維持などで必ず身体に魔力を纏う必要がある。そのため体外放出が困難なあたしは飛翔魔法を扱えないのだ。
魔力量だけならパチュリーに匹敵するレベルだというのに、宝の持ち腐れもいいところだ。
「うーん。鈴の悩みはあまり良くわからないけど、私を遊ぶ時に撃ってる弾幕はどうやってるの?」
「あれは魔導具で打ち出してるんだよ。導具が魔力を吸い出してくれるからあたしでも使えるんだ」
「その魔導具ってやつで空は飛べないの?」
「無理ではないと思うんだけど、複数の魔術を組み合わせないといけないから術式が複雑になるだろうし、理論上は可能って程度だな。実用的じゃない」
「パチェとか魔理沙に聞いてみたの?」
それは以前にも考えたが、困ったことに幻想郷で使われてる魔法はあたしの知っている法則と違っていて、あたしには理解が出来ない。
「一度聞いてみたら?聞くだけならタダだよ」
「それもそうか」
聞く前から諦めるなってことか。
「とうちゃーく!」
フランにゆっくりと門前に降ろしてもらったあたしは居眠りしている美鈴をチラと見る。いつものことだし、あんな状態でも外敵が近づけば気づいて起きるのであたし的にはどうでもいいんだけど、咲夜はそうも行かない。ため息を付きながらナイフを一本、美鈴の額に向けて投げる。
今でこそ見慣れたが始めてみたときは肝が冷えた。なんと言っても咲夜の投擲には殺意が込められているのだから。
普通なら寝ているところに投げられたナイフなんて避けることは出来ない。ましてや受け止めるなんてもっとだ。だが、美鈴はそれをたやすく実行して見せた。
「ふわぁ~…。終わったんですよね。ここからでもわかりましたよー」
目を覚ました美鈴は受け止めたナイフを咲夜に手渡して大きなあくびをした。
「だからって寝てていい理由にはならないわよ?」
「大丈夫ですよ。警戒はしてますから」
「そういう問題ではないと何度も言っているでしょう。……ところで怪我は大丈夫なの?」
いつもなら軽口を叩く美鈴に一罵声くらい浴びせるというのに、今日の咲夜はしおらしい反応を見せた。なんとも珍しい。
「まだ少し痛みますが、へっちゃらですよ!これでも妖怪ですから」
「本当にキツかったら言いなさいよ。お嬢様だってそれくらいは解ってくれるわ」
「なんならあたしが変わっても良いしな。俺はほとんど怪我してないし」
確かに屋敷での戦闘で傷は負ったが、恭也が昴に回復魔法をかけた際に余波であたしの傷も治っている。魔力は完全に戻ってないが、元の保有量があるので大した問題ではない。
「うーん。気持ちは嬉しいんですけど、鈴は何か気になってることでもあるんじゃないですか?」
「あるにはあるけど、まだ考えをまとめてる段階だし、気にしないで休んできなよ」
咲夜の方を横目で見ながら美鈴にそう促す。咲夜も解ってくれたのか「お茶を入れておくわ」と言い残して姿を消した。毎度思うが些細なことで時間を止め過ぎじゃないのか…?
よくある時間干渉系の能力って、止めている間も能力者本人の時間は進み続ける気がするんだけど、咲夜の場合はどうなんだろうか。もし進むのであれば、そんな些細なことで能力を使ってほしくないんだけど。
「そういうことなら、お言葉に甘えて休んできますね。次の交代は妖精メイドに伝えておきますので」
「ああ、そうしてくれ」
美鈴はぐーっと背伸びをすると、軽く手を降って館の中へと入っていった。それを見届けてからあたしは門の横にある柱へともたれかかる。
あたしは考える。あたしは脳筋キャラだ。恭也がそう『設定』した。でもだからこそ考える。
先程の話でフランの言っていた飛翔魔術を組み込んだ魔導具は以前にも考えていたし、実際に術式の構築もしたことがある。その際に発覚したのが術式の複雑さ、術同士の干渉や、制御、燃費の悪さ、そして何よりも小型化の難しさにあった。小さくまとめようとすると、複雑な術式同士が干渉する、それを回避するために大きくすると使用しにくいし魔力も大量に食ってしまう。
他にも理由はあるが、あたしが作成を諦めていた主な理由はこれらだった。
そういえば、他人の使う魔導具の事を気にしたことがなかったな。この世界にはあたし以外にも魔導具を使う者は居る。例えばパチュリーの魔導書や魔理沙のミニ八卦炉などだ。他には命蓮寺の住職が巻物型の魔導具を使っているらしい。
この中で、魔導書は紙という術式を乗せるのに最適な形である代わりに武装としての役割はせいぜい殴るのに使う程度で、あたしの戦闘スタイルには合わない。巻物も同様だ。と、なれば参考にできそうなのはミニ八卦炉か。あの小ささで出力や魔力の制御力が非常に高いのは前から疑問ではあった。
あたしは思いつく限りのことを足元の地面に書いていく。困ったことに紙とペンを持っていなかったのだ。とりあえずで良いので重要そうな事は書き連ねたい。あたしの脳じゃ一度に大量のことは覚えられそうにないから。
やがて門の前が落書きで埋まり、日も大きく傾いてきた頃、妖精メイドが門番の交代に現れ、あたしは地面の文字を消さないようにと申し送ってから自室に紙とペンを取りに戻った。そこから再び紙に移すべく門前に戻ろうとしたあたしを呼び止める声があった。
「くぁ~…。そんなに急いでどうしたのかしら?」
振り返ると幼くも気高き吸血鬼、レミリア・スカーレットがあくびをしながら近づいてきた。異変の後、緊張が溶けて眠くなったのかお昼寝していたはずだが今起きてきたらしい。あたしは事情を説明して日が完全に落ちる前に行こうとしてた旨を伝えると、少し笑ってから、
「書き写した後で良いから、あたしの部屋に来なさい」
そう言った。なにやら伝えることがあるそうだ。
一応、これでも紅魔館に居候している身なので主人の言葉には従わねばならないので、あたしは急いで門前に書いた落書きを紙へと走り書きで写していく。途中から日が落ちて見えなくなってしまったので、妖精メイドにランタンを持ってもらいながら書いた。
後はパチュリーや魔理沙に聞いてみながらすり合わせていくだけ。
メモ紙は適当に折りたたんでからポケットに突っ込んで、レミリアの自室へと向かう。
「まったく遅いわよ」
部屋の前で咲夜と鉢合わせた。どうやら咲夜もレミリアに呼ばれていて、あたしと一緒に来いと言われたらしい。
そのまま扉を開けようとしたあたしを咲夜が制止してノックをする。そして中から「どうぞ」と聞こえてから咲夜は扉を開いた。
いや、面接じゃないんだからと思ったが、咲夜に合わせてしっかり「失礼します」と一言断ってから部屋に入り、扉も両手を使って閉めた。
「楽にしなさい。別に堅苦しい話をしようって訳じゃないのよ」
レミリアは優雅に紅茶をしばきながら、もっと寄ってくるようにと言った。その傍ら、いつもは咲夜がいる位置には意外な人が居た。
「美鈴、二人にもお茶を入れてあげて頂戴」
「畏まりました」
なんと美鈴がメイド服に身を包んで、あまつさえお茶を入れ始めた。
美鈴が紅茶を入れている間にあたしと咲夜は空いている席へと促されて座る。一体どういうことなのだろうか。どうして美鈴がメイドなんかに。
疑問が多かったが口に出すのもはばかれたので、横目で咲夜の様子だけ見ると、咲夜は何かを察したような顔つきでレミリアの言葉を待っていた。
そして、美鈴以外のお茶が淹れられたところでレミリアが口を開く。
「咲夜の前で言うのもなんだけど、美鈴の淹れるお茶はとても美味しいわよ」
本当に
咲夜の方は別に怒った様子も驚いた様子もない。どうやら美鈴の腕は知っていたらしいな。
「……無理。限界だ。なんで美鈴がメイドをやってんだ?」
あたしにとって一番の違和感は美鈴のメイドがあまりにもハマり過ぎてることだった。お茶の淹れ方然り、立ち振舞然り、妖精メイドなんかよりもよほど練度が高いように思える。咲夜にさえ匹敵するかもしれない。
「なんでって、美鈴には一時的にメイド長へ戻ってもらうように私が頼んだのよ」
「戻ってもらう…。って」
「そういえば鈴には話したことありませんでしたね。咲夜さんが来るまでは私が紅魔館のメイド長だったんですよ」
「ええー!?いや、でも…。確かに、よく似合ってるわ…」
冗談のような言葉だが、実際にこの仕事っぷりを見てしまうと嘘だとは思えなかった。そもそも美鈴が嘘を付く意味はないが。
「そもそも私の教育をしたのも美鈴なのよ。家事はともかく炊事は未だに美鈴に敵わないわ」
「咲夜レベルの飯で敵わないって、美鈴何者だよ」
「まあ、こればかりは経験の差ですよ。私はかなり長いことメイドをやっていましたから」
「悔しいけど、その通りだから何も言い返せないのよね」
「咲夜さんなら、すぐ追いつけそうですけどねー」
「届きそうで届かないから悔しいのよ」
「はいはい。そこまでね。本題に入れないじゃないの」
話が膨らみ始めたところでレミリアが割って入った。そうだった。美鈴のメイド姿ですっかり忘れていたが、あたし達はレミリアに呼び出されて来ていたのだった。
「それで、あたしらを呼んだのってなんなんだ?美鈴のメイドとなんか関係あるのか?」
「大いにあるわ。貴方達に暇を与えようと思ってるのよ」
「なるほどな。咲夜、あたしらはクビだってさ」
「そ、そんな!お嬢さま!それはあんまりです!」
咲夜がわざとらしくレミリアに泣きつく。いつもの瀟洒な態度にしてはノリがいい。
「違うわよ!咲夜もなにノってるのよ!まったく…。折角、従者を労ってやろうとしてるのに貴方達は…」
唯一、話の外に居る美鈴だけがクスクスと笑っていた。
「美鈴は妖怪だから、そう簡単に疲れたりしないけれど、貴方達は違うでしょう?長年気にしてきたフランの問題も落ち着いた事だし、二人には休養を取って欲しいのよ」
「お気持ちはありがたいのですがお嬢様。私は体調管理を怠ったりはしておりません」
「時間停止の事を言いたいのでしょうけど、私が言いたいのはそういうことじゃないわ。咲夜には働いてもらってばかりで里の女の子がやって居るような遊びを全然やらせてあげられなかったでしょ?館の外に出る機会はあれど、買い出しや異変への探りくらいなもの。ずっとね。今までも遊びに行かせてあげたかった」
とても優しい、我が子を見守る母のような微笑みをレミリアは咲夜へ向けていた。その眼差しを受けた咲夜が何かを言おうと口を開けると同時にレミリアの表情が曇り、
「でも心ではそう思っていても、あの子の事に囚われていた私には、貴女に『遊んできなさい』と言えるだけの余裕がなかったのよ。本当に申し訳ないと思っているわ」
そう続けた。
咲夜は開けた口を閉じ、しばらくの沈黙の後に再び口を開いた。
「私は」
言葉を選ぶように、ゆっくりと言葉が紡がれていく。
「お嬢様に感謝こそあれど、不満なぞ頭をよぎったことすらありません。人間の私を拾い育ててくれ、あまつさえ家族のように接してくれている。私にとって、お嬢様に仕えるのは幸せ以外の何物でもございません」
「ふふ、大した忠義ね。主人としては嬉しい限りだわ。でも、だからこそなのよ。家族のように思っているからこそ、貴女には年頃の女のように遊んでほしいの。鈴もここに来てから買い物の付き添いで里に行っただけで幻想郷のことは全然知らないでしょう?貴方達は歳も近いことだし、一緒に遊んできたら良いと思うの」
とてもいい話のような光景が繰り広げられているが、あたしはまだ紅魔館で働いて一月しか立ってなく、みんなの生い立ち等を知るほど親密にもなれていない。後な咲夜は十代後半と自称していて、あたしの主観からしても十七か十八ってところだ。これでもあたしは二十一なのでそこまで歳が近いわけでもない。そりゃあ五百年以上生きてる吸血鬼様からしたら四年程度誤差みたいなものなんだろうけど。
別に雰囲気を壊したい訳ではないので、口に出すような無粋な真似はしないが、なんとなく蚊帳の外のような気分を味わっていた。
従者の主人は互いの厚い信頼を確認し、そこからさらに数言交わした後に咲夜とあたしの休暇が決定した。
「別にあたしは休暇もらってもなぁ」
「幻想郷には強い奴がいっぱい居るわよ?」
「なるほど、もしかしなくても咲夜はあたしの事を
「あら、違うの?」
「強さは求めてるが、別に戦闘狂ってほどじゃねぇよ」
あれからティータイムをゆっくり楽しんだ後、休暇に入る前に終わらせたいことがあると言う咲夜と共に付き合って館の中を回っていた。美鈴は「気にしないで休んで良い」と言っていたが、咲夜的には中途半端なまま引き継がせたくないらしい。
「そういえば、良かったの?手伝ってもらっちゃって、何かしようとしている所だったってお嬢様から聞いているけど…」
「あー、そういあパチュリーに用が有ったな。まあいいわ。一刻を争っている訳じゃないし」
「そう?なら遠慮なく手伝ってもらおうかな」
「任せたまへー」
あの茶番のせいですっかり忘れていたが、どのみち飛翔魔導具は簡単に作れる代物じゃないのだから焦ったって仕方がない。
「そういえば、パチュリー様に要件があるなら、明日にしたほうが良いわよ」
「なんで?」
確かに夜の帳は降りきっているが、魔女であるパチュリーは夜型なので別に寝てしまうわけではない。手伝いもそんなに遅くなるわけではないので、終わってからでも十分話す時間は取れるはずだ。
「パチュリー様は異変が起こってからずっと動き詰めだったのよ。さっきお茶をお出ししたときもまだ魔理沙と一緒に異変の事で何かを調べていたわ」
言われてみれば、霊夢が帰った時にみたらまだ魔理沙の名前のところに退館者のサインがなかったな。
「なんでも霊夢と魔理沙が言い合いを始めたり、色々あったらしいわ」
「そういあ『魔理沙に言いたいことがある』とか言ってたっけ…」
「そんな訳だから、図書館に行くなら明日にしなさい」
「そうするわ」
こうして意外な形であたしは自由時間を得た。パチュリーにはもちろん聞くが、他にも色々と探ることは出来るはず。
この世界の実力者は皆、空を飛ぶことが出来る。対抗したくばあたしも空を飛ぶ手段を手に入れるしかない。正真正銘、ただの人間であるはずのフラタニアですら空を飛べるようになっていたのだ。あたしだけがいつまでも地に這っている訳には行かないだろう。
別にあたしは
さあ、準備を始めよう。必ず起きる次の異変のために、次の次の異変のために。
To Be Continued
あとがきのようなもの
元々、鈴と言う子は恭也の鏡として作り出した存在でした。
設定としては恭也とほぼ一緒で違うのは性別くらいだったのがいつしか愛着が湧いてしっかりとしたキャラ設定が出来ました。
そんなこんなで、次は第二章の始まりです。頑張って書きまーす。