Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920- 作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)
五月二十六日 夕刻前
電車に体を揺られながら、包みと刀袋を離さぬままセイバーは外を眺めていた。
(もう、訳を聞かせてくれんか?)
彼女が行きたい場所があると言い、黙ってそこへ向かっているが彼女の行動をある程度、予想はついていた。
(なんとなく、です)
「本当にわからないのか」
「あるかどうかは着けばわかるので」
「ある?」
帝都は広がり続けている。あらゆるものを犠牲にしてでも人々は生活の糧を得んと街は変わる。ある人からは帝都は輝いて見えるかもしれない。
だからこそセイバーのもの悲しげな目が、帝都の暗さそのもののように感じた。
これから向かう場所にそれがある。
「この町は未練の塊みたいな場所だ。結局、何か昔のものを残してしまう、そんな町だ」
「誰もかれもが、面影を探す町」
浅草の停車場から、浅草寺の裏を抜けて穢多村があったらしい東浅草へと来ていた。昌福寺という寺の墓標を一つ一つ見ながら、日の傾きに赤く照らされた墓標が現れた。
戒名は『賢光院仁誉明道居士』、その脇に『沖田宗次郎』の名が彫り込まれている。慶応四年に亡くなった墓の主は、約五十年もの時間を越えて自分の墓に対していた。
「そうか、これは」
「そうです、私は近くにあった医師の良順先生宅で死にました」
慶応四年五月三十日、会津藩付き新選組一番組組長の沖田総司は世話になった人たちと、松本良順先生に見守られながらその闘病生活を終えた。彼はひたすら抗い続けた、しかし結果は全てその反証に過ぎなかった。
「またどうして死に向き合おうと」
「この街は私が錯視するほどに変化を遂げていた。でも街に残された過去の記憶が、私に記憶の断片を起こさせる。私はサーヴァントとして転生しただけ、今は今でしかない。それでも、私の心の底にある二十数年の重なりが、人間としての自分に未だ未練を残している。奇跡はすべからく残酷です」
「その奇跡が俺を救ったんだ」
「でも、あの男は私と同じ望みをもってこの時代に召喚された。そう感じます」
「望み、君が召喚に応じた理由か」
「私はこう願ったんです。今の時代をなかったことにしたい。あの頃に戻って、栄光を取り戻したい。それだけなんです」
セイバーのすがるような目が、洸の瞳を深く覗き込んだ。彼女自身がどうすべきか彼に尋ねた。
「私はあなたたち家族を好いた、それがこうして私の愛してきた者たちとの時間を求める私への否定になる。私はもう死んだ身なのだから、過去にすがればいい、過去だけに居ればいい、そう思いたいのに、あなたや家族が私に新しいものを与えてくれる。あなたがたは私をどれだけ苦しめれば気が済むのですか!今の現実に生きているあなたが私に何を与えてくれるのですか!」
「ここが、君が望んだ場所ではないかもしれない。でも、今の場所で選ぶこともできる。君には選択する権利がある」
「では、あなたは私にどうあれと?教えてください!」
洸は何も返さなかった。
帰りの遅くなった二人に対して、琥珀は何事もなかったように夕食を用意し、バーサーカーも美穂も二人に対して深く言葉をかけることはなかった。
美穂は終始、暗い面持ちで取り繕ったような返事をするぐらいであった。
洗った皿を手拭いで拭きながら、洸にちらりと視線を向けてから食器棚に茶碗を戻した。そしてセイバー用の茶碗を見つめた。
「どうしたのですか、ぼぅとして」
「いや、なんとなく」
彼のこうした勝手は琥珀には慣れっこであった。
「二人ともやけに静かで、黙々と食事をされていたら気にもなりますよ」
「琥珀には敵わないな」
それはこちらもです。琥珀は嬉しそうに小さく笑った。
「セイバーは俺が今の生活を守りたい。それを手助けすると承諾してくれた。そう言ったな」
「ええ、私のためでもあるって」
「でもな、あいつは自分の墓に向き合ったんだ。過去の自分と今の自分、異なる願いを持った自分がいることに」
「お墓…セイバーさんの」
「そう、約四十年前に浅草のあたりで病死したそうだ」
「そうだったのですか、でもなぜ私にそれを」
「琥珀なら大丈夫、そう思ったのさ」
セイバーの茶碗は洸の母のもので、桜花の文様が書き込まれている。
「女同士で話してほしいのでしょ、男じゃわからないこともわかるから、でもダメですよ」
「え」
「私はセイバーさんの事、好きですよ。まるで妹ができたみたいで、でもあの子はサーヴァント、あなたがマスターなのです。あの子の過去に真剣に向き合ってあげられるのは、洸さん、あなただけです」
「君は甘えさせてくれないな」
「いじわるでしょ?」
「でもありがとうな、行ってくる」
棚の戸を静かに閉じ、廊下を歩く洸の背中が大きく見えた。琥珀は微笑した。
(だから、あなたの純粋さを愛せるのです)
裏戸から聞こえる蛙の鳴き声が夕闇に低く轟く。
「また梅雨を越えれば、暑い季節だ」
「盆の盃をささげるのはもう十分です。あの頃からずっと、ここも私の歩んできた道の先にあった。不思議なものです」
「どうして今日、話してくれたんだ」
「あなたにも知ってほしかったのです。戦う人間の行く先というものを」
「行く先か、怖いな。昨晩も考える暇もなく、今日こうしてお前さんと向き合った。まだ整理がついてない。それでもだ、それでも俺は俺の家族を守るために君の力を借りたい。君が愛してくれた俺たちを、だ」
縁側に腰かけた二人は空を登る月を眺めながら、今という時間を共に過ごしていた。
「では、私の愛したこの家族をあなたは、守り通してくれますか?」
「…約束しよう」
「ふふ、あなたと琥珀さんの子が育つまで生きていたい。今ならそう願うでしょうね」
「それだと長くなるかもしれんぞ、俺はせっかちだからな」
「いいですよ、私はどうなってもあなたたちを見守る」
「わかった、君の言葉に従おう」
「はい、サーヴァント・セイバー、微力ながら榊原洸に力をお貸ししましょう」
「ありがとう」
セイバーは下駄を履き、庭先に出ると刀を腰に差して鯉口を切った。先ほどとは違う、意思の乗った美しい形を洸に見せた。彼女の迷いは完全に断ち切れていた。
「セイバー、頼みがある」
玄関先からバーサーカーは二振りの木刀を手にセイバーの前に立った。
「どうしたのですか、稽古でも」
「そうだ、俺はあの人に助けられた。でも、おれはあの人を乗り越えなければならない。それが俺の廻り続ける理由だ。それを叶えたい、だからこそ、少しでも剣技を高めたい」
「なるほど、分かりました。私で良いのなら」
「頼む」
刀を納め、洸の隣に刀を置くと木刀を手にしてバーサーカーと向き合った。
「なるほど、バーサーカーもうちの子か」