Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920-   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第十一話 遠坂邸(一)

五月二十七日

 

 

 帝都の遠坂邸はその外見上、庭付きの邸宅としては貴族のそれを過ぎていた。周辺住民はそれが遠坂のものだとは知らない。それどころか、存在を思い出すことさえも困難である。ただし、その結界を抜ける力を持つものであれば簡単である。

 ホルストは本郷の廻りを二、三廻りしたが結局は智子の指定した喫茶店に来ていた。

「しかし、やはり遠坂と言うべきか、あれは約五重の結界に囲まれている。そう硬いものではない。でもあれは迷宮だ」

「寝起きがわるかっだだろう?クマが浮いてたからのぅ。それで集中力でも欠けとったんじゃ、コーヒーを飲んで目を覚ませ」

「そうだな、はしゃぎすぎたらしい」

 コーヒーを一口飲みつつ、入り口からやってくる二人に気が付いた。

「待たせたか」

「いや、まだ智子は来ていない。待ち時間としては早すぎるくらいだろう。さ、座ってくれ」

 話は昨晩、ルーラーから遠坂邸に敵が攻め込んでくるという情報が入った。どういうわけか協力関係のマスターが迎撃を提唱した。その自信は間違いなくホルストの反旗、上野突発戦での二体を除いた人造英霊の脆弱さである。要注意の雪山、アンジェリカは協力して迎撃すれば安易であるとはっきりした。

「こうして話をするには夜中の学校以来かな、俺はアインツベルンの代表だ」

「じゃあ上野での一件は」

「信頼したんだ、あのアンジェリカはアーサー王の真正に近い人造英霊だそうじゃないか?ルーラーとバーサーカーの俊敏さを信じてね」

「そうだろう。ところでうちのセイバーが遭遇したのはアサシンで間違いないのか?真名は分かっている」

「ああ、アサシンだ。向こう側にいた時に召喚を見届けているから間違いない」

「真名は岡田以蔵。約五十年前の内戦前夜の日本で暗殺者として名を上げた男だ。剣は無頼そのもの、初見で太刀筋を読む尊王派の犬」

「なるほど、セイバーは同じ時代を生きた人間か」

「否定はしません」

「すまない、アーチャーのように大声で自分の名を名乗るのは得策ではないからな」

「ぬかせ!ワシはその存在を誇示すればするほど宝具の絶対性を持つ、真実へ近づくほどにな、それはどのサーヴァントでもそうであるはずだ宗次郎よ」

「つけてたな」

「二人で悠々と墓参りをすればそうなろう、聖杯戦争に絶対の協調はない」

「アーチャー、喋りすぎだ」

「ふん、何を言うか」

 アーチャーはセイバーを見て笑っていたが、目は笑っていなかった。

「この際言ってしまおう。お前は自分の宝具を真に理解できているのか?できておらんだろう!あの魔術にも似た剣技が本当に宝具と思ったら大間違い!だが、ワシに協力すれば、明日にも宝具を全力で使えようよ」

「それはあなたが見たいだけだ。私はあなたの道楽には付き合わない」

「道楽か!カカカ!ぬかしおるわセイバー、いや違うかな?」

「何を言っているの」

「二人ともそこまで、ここからはマスター二人の話だ。しばらくは静かにしてくれ」

 ホルストは術書を取り出し、洸へと渡した。

「これは」

「アクエン・アテン博士の回路定義書だ。魔術回路は人体そのもの、回路の摘出は死を意味し、回路の湾曲は寿命の時間をも指し示す。かつて博士に習ったことだ」

「俺の恩人の本」

「そうだ、君の治療の時、不思議と懐かしさを感じてな、それが君の回路が博士のそれを完全複製したものだと、呪物の摘出時に分かったからだ。そして」

「ああ、君の思っている通りだ」

「やはり気づいていたか」

「この回路の記憶部が少しずつだが解放されて行っている。後は感でわかる」

 ホルストは冷めたコーヒーを口にした。

「もう降りるといい、この聖杯戦争は間違いなく君に死をもたらす。僕は僕の目的のために動いているが、アテン博士への恩義は忘れていない。博士の思いを不意にはしたくない」

「ダメだ、もうダメなんだよ」

「ふむ、そうか。ところで僕は数年前まで戦場にいたんだ、フランスの戦線で長く。そこで分かったことがある。君のような良心ある者から先に消えていく、運命はすべからく残酷だ」

「ありがとう、これで心置きなく…」

「良き友に祝福があらんことを」

 サーヴァントは内容を察し、そしてセイバーは自身の考えをひたすらに否定した。

 やがて智子が迎えに来て喫茶店を出た。

 

 

 

 

 

 

「話は以上だ」

 そうホルストは話を切った。

 遠坂邸、西の一室。ここに遠坂智子、ホルスト・フォン・アインツベルン、榊原洸、古田琥珀、クメンティーナ・榊原・ウィルキンス(榊原美穂)と各々のサーヴァント、そしてルーラーが座していた。

「報復兵器なんて馬鹿な真似をするわね。でもこれで私の要求がはっきりした」

 ルーラーは席を立ち、話を続けた。

「私は皆様方にジャヴェルの生成した聖杯を破壊して頂きたい。そのためにはジャヴェルらの生死は問いません。しかし、協力したあなた方に公平に分け前を用意する必要があります」

「いいや、結構だ。普通に聖杯戦争をさせてほしい」

「構いませんが、ホルスト氏の意見に皆さんは?」

 初めに琥珀が口を開く。

「間桐に意義はありません」

 続いて智子。

「遠坂も同意見です。ジャヴェルの排除が目下の急務」

 そして美穂。

「時計塔は聖杯戦争が再開できるか疑問でありますが、ジャヴェルのせん滅には同意いたします」

 洸の答えも一貫していた。

「聖杯戦争には参加しない。しかし、ジャヴェルの打倒については協力する」

 ルーラーはその答えに頷いた。

「榊原洸、あなたの意思はよく理解しています。しかし、クレメンティーナ・榊原・ウィルキンス。なぜ聖杯戦争を放棄するのですか」

「理由は簡単です。そもそも聖杯戦争は冬木の地で行われるべきであり、この霊脈の変化し続ける東京市での開戦は聖杯の魔力を減じせしめる可能性がある。それどころかこの街に重大な損壊を生じかねない。遠坂はそれを留意すべき立場にあるはず」

「なるほど、だが聖杯戦争がこの地で行われるとは限らないでしょ?時計塔は時期尚早ね」

「…そうですか、しかし私は聖杯戦争に反対です」

 美穂は不満げに席についた。

「よいでしょう、洸さんとクレメンティーナさんは私の責務をもって、協力者への見返りとして聖杯戦争からの脱退を許可します。そして残りの方々にはお約束通りに聖杯戦争の続行を約束します」

「いいでしょう」

「かまわない」

「よいかと」

「反論はありません」

「異論はないよ、ルーラー」

 ルーラーは各々の顔を見て再び頷いた。

「ルーラー一つ聞きたい。いいかな」

「榊原さん、どうぞ」

「聖杯は異層虚空に魔力を納める空間を持つ、しかし魔力は固有のもの、それが連結し融合するほどその有する魔力値は膨大なものになる。ジャヴェルは本当に一個の聖杯にこだわっているのか?本当はもう一つ用意しているのではないのか」

 ルーラーが小さく笑った。

「もしそうなら、もう一個の聖杯は何のために」

「まだ推測の域だが、彼の協力者への見返り、現状に導いた者の仕業」

「そこまでです。そういったことはジャヴェルの聖杯生成とは関係ありません。あと、セイバーさんそちらは?」

庭先に目を向けていたセイバーは洸へとうなずいた。

そして智子の目も厳しくなった。

「お客様のおいでよ」

 セイバーはサーヴァントたちに目配せをし、洸に決められた配置に向かう旨を耳打ちした。

「頼んだ!」

 セイバーは窓を開け、二階から一階に飛び降りて暗闇の中に消えていった。

 

 そしてアーチャーは軍服姿に戻り、モーゼルミリタリーを窓の外に向けて撃ちはなった。その一発を空中の黒い影が打ち消した。その影は紋日服に手袋には複雑な式陣が何重にも書き込まれている。

「やはり、神父からマスターを鞍替えしたようじゃのう…キャスター、いや果心居士」

 その若々しい顔にはありえない深い皺が笑みとともに現れた。

「やはり御屋形様は騙せなんだか、だが今の私にとって大事なことは、この邸宅を人造英霊の戦場に変えることです。西洋かぶれの遠坂の決壊なぞ、わたくしには蚊ほどにも痛くありません」

 

 正門が破壊され、庭先に数人の影が入ってきた。

 

「おもしろい、お前は逃がさんぞ。たっぷりと料理してやる」

「ありがたき幸せ…」

 ホルストから投げられた手りゅう弾が煙幕を吐きながらさく裂した。しかし、アーチャーは決してその場を離れることはなく、宙を浮くキャスターを見つめていた。

「撃ッ!」

 キャスターは四方からの銃弾を結界ではじきつつ、大笑いの末に口から大煙を放ってアーチャーの体を纏った。

「死ぬのはあなたですよ。紫雲蝕肉」

 キャスターは両手で握るように煙を操り、そして完全に煙の渦に閉じ込められた。

「神通力によって操られた呪詛の塊があなたを溶かしつくす。さようなら織田信長」

「ぬかせ!」

 マントによって弾かれた煙の中から長大な銃が姿を現した。

「ほう、マントに小細工。いつまで持ちますか!?」

 巨大なマズルブラストと共に弾丸がキャスターの結界を貫通、左腕を食い破った。

「なっなんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォ!?」

「どうした?鉄砲が効かないのだろう?こいつはタンクという鉄車を破壊するための巨大な銃。対戦車小銃M1918だ。しかしお前の結界は金属体を回避する力を持っている。だからこそ、金属でなくしたのだ」

 腕に残った破片を見てキャスターは驚愕した。

「これはゴム!弾頭を魔術縫合でゴムコーティングし、結界の初期認識を阻害したのか、なら品目を追加すれば良いことだ!」

「本当にそれだけかな」

 キャスターの腕を黒く波打つものが侵食していく、それは洸に打ち込んだ禁制の呪術であった。

「まさか、ここまで読んでいたのか」

 アーチャーは大笑いしながらその長い髪を四方に広げた。闇に蠢く瞳さえも笑っている気さえする。

キャスターは息を呑んだ。

「ワシはあの小娘の時代と違って、たかだか文献上の人間であろう。だが!貴様にとってはつかず離れずの生き地獄そのもの!さぁ来い、お前も焼かんか?おのが身を…」

「貴様はこの私には勝てない!」

「さぁ!」

 彼の見ている空間は突如として業火の中にあった。

手に降りかかる火の粉を除けようとすればするほどに体が焼き燃えていく。

「なんだ!なんだここは!」

「懐かしかろう?人の油で燃える天守、どんな無常の中でも命は輝き燃え盛る。ワシは五体を炎のうちに焼き尽くされた。これはそのささやかな再現だ」

 青い炎がことごとく全身の魔術陣を焼き払っていく、やはりこれは幻覚ではない。

「消せばよかろう?熱かろう」

「そうかっ!この炎は神秘の輝きを持つものだけを燃やす、そして神術をことごとく体に刻み込んだ俺の体は体全ての神秘が消えるまで!いやだぁぁぁぁ!」

「これがワシの宝具…第六天魔王破却だ!」

 もだえるキャスターを見るアーチャーはすでに人ではなく、消し炭そのものであった。

 

 

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