Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920- 作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)
轟音と共に弾け飛んだ裏門から、上半身が膨らんだ異様な大男が姿を現した。一文字の白刃が夜闇を縫うように彼の前にセイバーの気配をみせる。
「ワ、我は、バーサーカーなり、お前が、セイバー、殺す」
セイバーは大男の大剣を見とめつつ、やや下がり気味に間合いを取った。
「ぐっおおおおお」
雄たけびと共に飛んできた体を紙一重で避けつつ、刃を腕の神経に撫で置いた。そしてハバキを支点に彼の力を利用しながら回り込んだ。
「俺、偽のサーヴァント、バーサーカーの失敗作、だから死ぬ、お前を殺して、俺、死ぬ」
「ほぅ?謙虚な、あなたほどのバーサーカーは古今東西にもありませなんだ。でも、所詮は偽物、もうどうしたって英雄にも、バーサーカーにもなれない」
「貴様っ!」
力任せに振られたいい加減な剣をセイバーは懐に入ることであっさりと回避し、首に刃を入れるとゆっくりと喉から頸動脈を斬り捨て男の肩に乗った。
「ほら、倒れろ」
胴が地へ伏すと、ピクリとも動くことなく息が絶えた。草鞋越しに息がないことを確認するなか、後方に立つ人影に気が付いた。
「あなたが、セイバーですか」
そこにはセーラーにベルトの女学生に扮したアンジェリカが立っていた。眼鏡の奥に輝く翡翠の輝きがじっとセイバーに向けられていた。
その手には見えこそしないが得物の気配がある。
「一度こうして貴方と話がしてみたかった」
「ほぅ、死に土産にか?」
「それも一興、というものでしょう」
セイバーの月に見せかけた袈裟懸けが空振りし、得物を把握すべく胴を飛びこませつつ。離れるタイミングを奪う、そうして鍔迫り合いに入る。
互いに真剣であればあるほど、セイバーはアンジェリカが偽物であることを信じなくなった。
「なるほど、バーサーカーが気を揉むわけだ」
セイバーは自然と鍔迫り合いから剣を下した。
「どうしましたか?私は敵ですよ」
「そういうことにしましょうアンジェリカ。貴女の剣は嘘が苦手のようですから」
セイバーは近間でありながら当たり前のように納刀を済ませてしまった。
「あなたのような方とは何度も手合わせしましたが、セイバーさんは違うようですね。まるで自身と戦っているような感触です」
「私もです。でも、あなたは私よりも長い時を多く積み上げている。今だからようやく理解できます」
「なんでしょうか、まるで旧友にあったような…セイバーさん、どうか私に何もお尋ねにならないでください。あなたのマスターとあなた自身のためにも」
「セイバーさん!」
ルーラーが硬い表情で二人に視線を送った。
「心配にはおよばない、私は本当に何も知りません。でも、技は嘘をつきませんから、そのことをお忘れなく」
セイバーは黙ってルーラーの脇を抜けて再び闇の中に消えた。
「ルーラー、信頼されていないらしいな」
ため息をつきながら、第七聖典を持つ手を緩めた。
「仕方ありませんよ、あってはならない聖杯戦争のあってはならないサーヴァントですから、よくお判りでしょう?セイバーさん」
アンジェリカは答えなかった。
逃走用の地下坑道を抜けると、四人のマスターと一体のサーヴァントが古めかしい寮に出た。
「ここ、帝大生の多い秋房寮じゃないですか」
「仕方ないのよ、ここは父上が寄付の名目で作った潜伏施設。建ててからかれこれ五十年で一度も使わず。今回久しぶりに開放したのよ」
「キャスターなら追えるんじゃないのか」
「いや、心配はいらないよ洸君。彼ならもうアーチャーが殺した」
先ほどまで会談が行われていた部屋はきれいなままだが、床には黒く煙立つ人影があった。
「殺…せ、こ…ろして…くれ…!」
キャスターは全身の魔力を焼き尽くされ、黒焦げのまま部屋に残されていた。やがて肉体は灰となり、霧の中に姿を消した。
キャスターこと果心居士は、こうして正規サーヴァント最初の脱落者となった。
廊下を進むと部屋から出てきた瓶底メガネの青年と出くわした。
「おや、榊原氏ではないか、帝劇での定期公演以来だね」
男は肩をたたきながら笑った。どうもすでに酔いが回っているらしい。
「後藤田さんか!久しいな!」
「そうだ、私が後藤田だ。それでぞろぞろとどうしたものだね?」
「あ、これは、」
一同に目をやりながら何かを思いついて後藤田に向き直った。
「酒!君は酒屋の出身だろう!いい酒をもっていると思ってね!ここにドイツの友人がいるからいい話が聞けるだろう」
「そいつはいい!さぁ上がってくれろ!」
一同は安堵のため息をついた。
数十人の武者集団が前衛の槍兵・騎兵を全滅させ残骸となった土くれを荒くれ共がさらに踏み慣らす。
彼らはランサーの宝具『悪党報身』により召喚された精鋭たち、一騎もかけることなく悪党たちの前進が雪山の軍を切り崩していく。
「大将!どうぞ前へ」
「ああ!古代の大英雄に我らの本領を見せつけよ!」
彼らは横暴にして義理堅く、しかして戦いは信念を貫く非道。そして悪党を従える古今随一の将、そう彼こそが不退転の忠臣にして鬼才。
「我は楠木左衛門尉正成だ。始皇帝よ、相手を仕る」
ランサーの目配せで側面の騎兵が敵騎兵を蹂躙、そのまま土の体を砕きつつ、雪山を背に後方が荒らされる。
「セッツざぁぁぁぁぁん!加勢するぞ!」
そう叫びながら戦車に乗った偽物のライダーが悪党軍団側面に向かって突っ込んできた。
「ふん、贋物の助けなどいらぬ」
その偽ライダーの前にバーサーカーが風の中から現れて、石畳を砕きぶつけた。
ひるんだ馬足を飛び込んできたバーサーカーが叩き斬り、左の馬の首を斬り落とし、つづけて右側の馬の腹を斬りさばいた。
瞬間、飛び出る血しぶきの中で戦車は真っ逆さまに庭先を転がった。
「なんだ…なんだ…!なんだぁぁぁぁぁ!」
起き上がった偽ライダーは矛を持ち、バーサーカーへ突っ込んできた。
「ライダーから馬を奪うなんて卑怯だぞォ!許さんぞぉ」
血糊にまみれたスクラマサクスのルーン文字が浮かび上がる。
「我、神栄なるユーサーペンドラゴンの血統に従うもの也―――――」
黄金と青翠の龍が偽ライダーの首と腹を食い破られ、その風に巻き込まれて肉体が消し飛んだ。
「――――受け継がれし紋章の剣【スクラマサクス】――――――」
戦車だけが馬と共に地を這っていた。
「バーサーカー、ここは私の戦場だ。邪魔をしないでもらいたいな」
「ああ、負けたら笑ってやるよ」
そう言い残して姿を消した。
ランサーと雪山の軍団は対峙しながら、バーサーカーの戦いぶりに感心していた。
「君のお嬢さんの戦略はうまくいっているかな」
「ああ、正規のサーヴァントが一体。偽物が二体。そしてマスターたちを追跡したものも潰される。そして始皇帝、あなたもだ」
「ええ、わたくしとしては朗報と受け取れる内容ですね。ありがたいことです」
雪山は袖を右に振ると、彼の乗る輿の傍についていた将が青龍刀を手に立ち上がった。
「よかろう、お前たち突撃隊形のまま待機」
「大将、薙刀を」
「よし」
相手からの近間である一歩手前に立ち、それぞれ陣前に立ったのもつかの間、重量に似合わぬ一突きが受け身のランサーをすり抜ける。その身が崩れたが最後と言わんばかりに、切っ先が首に走る。
だが瞬時に踏み込んだ足で一閃を飛び越え、右脇に重心を移して左腕ごと青龍刀を斬り上げた、そして大きく重心を整え、刃を振った。
飛んできた首が雪山の足元に転がった。
「あっはっははははは、あははは!よかろうランサー、お前に我が城塞宝具を見せてしんぜよう!」
腰の長大な剣を大地に突きつけると、黄金の空間が悪党の軍団を包み込んだ。
「我が栄華を誇る中夏の大地よ!四方を我がもとに束ね、絶対なる権威の輝きを示せ!安房宮!」
ランサーたちの周囲は余りにも広大な、あまりに巨大な宮殿、そして極彩色を帯びた土兵たちが包んでいた。そして雪山の存在に恐怖した。彼は間違いなく真正のサーヴァントであり、アジアを作り出した生きる伝説そのものであることに気が付いたのだ。
そして、それはもはや勝利の見込みもなくなったことも示していた。
「優れた将兵は、相応の出迎えをせねばならん。守備隊、総攻撃せよ」
弓という弓から放たれる矢雨、槍という槍から繰り返される突き、かつて血に塗られた宮殿はなおも血を欲するように悪党たちの血の海が広がる。しかし、雪山こと始皇帝の彼からすれば生ぬるかった。
「だが始皇帝、わが忠義が必ずや貴様たちに一矢報いることであろう。わが宝具は死をもって事を成就する。そのことを忘れるな…!」
ランサーの体は矢にまみれ、槍によって内臓が引き出されているが、彼の芯をもった瞳は始皇帝をまっすぐ捉え続けていた。
「見事なり、日本国は名将の意地を見せてもらった。逝け」
安房宮と共に悪党たちの亡骸は消えていき、空間がもとに戻るころにはランサーの姿はどこにもなかった。
(私めの力及ばず、しかし忠は尽くします)
サーヴァント・ランサー、脱落。
寮の外に出たライダー目に月を背にする灰色のシャリアがライダーを見つけてほほ笑んだ。
「君一人かい?私はセイバーと戦いたいのだけどね」
「カカカ、おあいにく様じゃがワシ一人じゃ!」
地に降りたシャリアは如意棒を振り回しつつ、ライダーの間合いに近づいた。
「それぇ」
如意棒が五尺に伸びた瞬間、その一撃はあっさりと彼の天頂をたたき伏せた。
「あれ、軽いなぁ」
シャリアは顔を上げたライダーを蹴り上げた。
ふたたび起き上がれば背首を殴りつけて地面を舐めさせた。
「なにこれ」
如意棒を振り上げ、関節を重点的に叩き殴り、再び頭部を殴りつけた。
「カッカッカッ!いい打撃じゃ!」
軽すぎる、態度も、表情も、感触も軽すぎる。
すでに一撃目で死んでもおかしくない一撃を加えた。
「しかし、お前に構っている暇はない」
腰に佩いた刀を抜きはらい、シャリアの両腕を叩き切った。あまりにもあっさりと状況が逆転し、彼女は眼を泳がせながら絶句した。
物陰から姿を現した美穂はライダーの召喚した馬に乗り、本郷への道に目を向けた。
「美穂さん」
「いち…セイバーさん」
「教会に向かわれるのですね。どうぞお気を付けて」
「心配するなセイバー!ワシが美穂を守り抜くからそのようにな」
「ええ、お願いします」
「さぁて、はっ!」
縄を打ち、馬は坂道を遠く登っていった。
セイバーは館を離れて、潜伏地に敵がいないかを確認しに来たが周囲には先ほどのシャリア以外の敵は見つかっていない。
自身を睨み上げるシャリアに視線を移した。
「逃げればよかろう」
「ど、ドイツ人は逃げない。たとえ体を忌むべき土地の英霊に支配されても、精神は決して死ぬことはない。だからこそ…だからこそ貴様を殺す」
「哀れだな、所詮はまがいものか」
「…くっ、憐れむなら殺せ、殺せよ!」
セイバーはその言葉通り、シャリアを袈裟斬りすると、シャリアは血を流して倒れこみ、彼女の体から白い煙が抜け出ていった。
(マスター、以上はありません)
セイバーは周囲の気配に気を配りつつ、霊体化して姿を眩ました。