Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920-   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第十三話 本郷(一)

 

五月二十八日 零時

 

 

 

 空を覆っていた雲は晴れ、梅雨にもかかわらず美しい月夜である。馬は坂道を登りきると、そこにはリーゼル率いる魔術師五名が勢ぞろいしていた。

「皆さん!お待たせしました」

「ああ、ご苦労様。香港支局の応援もこうして来てくれた、これで奴を破壊できる」

「はい!この世にあってはならぬモノを消すために、そしてもう一つの聖杯を手にするために」

「行こうか」

 二人が裏への道へ抜けたのを見送り、リーゼルたちは教会の表扉を開けた。

 そして足を踏み込むと、シスターが彼らの視界に入り込んだ。ヴェールの下に輝く金色の髪が月明かりに照らされその穏やかな表情を写しこんだ。

「今宵はまたいかがいたしましたか?」

 リーゼルは一歩前へ出た。

「単刀直入に申し上げよう。シスター・ミレー、あなたは聖杯戦争が始まるより以前から日本に居ついていた、なぜですかな」

「私は正式な監督官ですよ」

「既に聖堂教会に尋ね、あなたのような方は存在しないと返事がありましてね。そもそもあの阿部神父でさえ、教会を破門にされたアジアの魔術師。そもそも聖堂教会は今次聖杯戦争の存在を知らなかった。あとはもう流れのままですよ、十四番目の愛玩具【クスィー・へタイラ】よ」

「その名前は嫌いです。私はミレー・ボードヴィン。ただのシスターですよ。でも、日本に長く居るのは事実でございます」

 リーゼルが手を動かすと、細身の男がクスィーの周りに糸を張り巡らし、少しずつ彼女を縛り上げる。

 その瞬間、細男の目にダガーが突き刺さった。

「鍵!?」

 その瞬間、糸ごと男の両手指が切り裂かれ、胸を十字に切り裂いた。

「私は日本人の貧相で強情な血が舌によく合うのですよ」

 クスィーの目は黄金ではなく、真っ赤に輝いていた。

 返り血を舐めると、何を思ったか息絶えた男の首筋に食いつき、血を吸い上げた。

 その光景にリーゼルはたじろいだ。

「でも、魔術師はもっと濃くて好きですわ」

 飛び込んできたクスィーに気付く間もなく二人が鍵に斬りさばかれ、胸元や首の傷から息が流れでる。

「このジャヴェルの犬めが!」

「あの人たちは行き場のない正義。正義は正義とは相いれない。それはそれぞれが信じる正義に本物はないからですよ」

「勝手言って死ぬんじゃないか!」

 長いコートを纏う男は両手の斧を天に高く投擲すると、ひとりでにクスィーの頭部、両足を切り裂いた。

「さぁ我が自慢の精霊の斧の味はいかがか!」

 だが、一切の傷も血もなく、砕けた黒鍵を捨てて片方の斧を掴んだ。コートの男はクスィーに体が引かれた。

「一見すると一人で二動いて見える。でもさっきの細男のように見えない糸を張り巡らして、その軌道をコントロールしていますわね」

「見えるのか!?死線の流れが」

「死線?これは不可視化したピアノ線よ」

 その細身に似合わぬ力で強引にクスィーの袂に引き寄せられると、首が宙を舞い血が彼女に滴り落ちた。

 リーゼルは立ち尽くし、最後の応援の一人がしっぽ巻いて逃げ出してしまった。

「死だ…死をもって償え!吸血鬼もどき!」

「いらっしゃい!」

 リーゼルの拳に巻かれた詠唱文が青く輝き、彼の連打が黒鍵ごとクスィーの骨を砕いた。そのもの静かな男から発せられる気合と打撃にクスィーの笑顔が消えた。しかし、彼女はリーゼルの右手首を掴み捻じり切った。

「強引だ!」

 リーゼルは顔色一つ変えずクスィーの顔面と急所を叩き続けた。だが、その感触の違和感に汗がにじんだ。

「貴様っ!やはり人間ではないな!」

 クスィーは笑顔になり、リーゼルの首に三本の黒鍵を突き刺した。

「わかりましたね。さぁあなたも神の元へ」

「ふざけるな、我が純身破怪【ホープ・ソウル】は

魔術強化の剣、死なばもろともだ!」

 クスィーが首を切り離した途端、首のない体は身軽になったと言わんばかりに先ほどの日ではないラッシュが加えられる。

 だが彼女は笑いながら体ですべての打撃を受け止め、リーゼルの打撃が少しずつ鈍り始める。黒鍵を両手に持ち、まず両腕を斬りはなし、足をも突き裂いて胴に十文字の切り付けをした。

 流れ出る血の海で踊りまわり、そして月に向かい膝をつき両手を合わせた。

「この世にあるものの行き着く先は天国か地獄か、我が主に身を捧げ、私はわたくしの愛を成して、多くの者に死と免罪のご奉仕をしております。そして私はいかなる手をもっても、人となりて主のもとに向かいます。そして我が主よ、わが父よ、我が妹たちよ、どうか我と我が愛人に祝福を!」

 クスィーは涙に滲む月の輝きをいつまでも眺めていた。

 

 

 

美穂は教会の控え間に入り、床タイルが隠し扉になっていることに気が付いた。

「どうじゃ、マスター」

「地下に術式はないわ、むしろ術式を守るために封印しているような気配」

「引くか?」

「行こう。私のささやかな幸せのために」

 蓋を開け、暗い地下階段にランプの灯を差し入れた。やや深い場所で足をつくと、その強烈な腐臭に鼻を抑えた。

「これは残酷じゃのう」

 骨と皮だけになった人間が積み重なり、ランプの灯をかざすと僅かに残った体力で小さくうめき声を上げた。美穂は力が抜け、尻もちをついた。

「しっかりするんじゃ美穂!目的を果たせ!」

「う、うん」

 放置される人々の上を抜け、奥の小さな箱を置いた部屋にたどり着いた。

「すごい、この部屋が疑似的な魔術回路に覆われている。間違いないわ…聖杯を守り育てる卵よ」

「ワシは入り口を見ておる、取り出しの作業を…」

振り向いたライダーはその赤黒い影に胸を突かれた。

「なっ…何っ!」

 その影はライダーの胸から心臓を引きづり出した。あのシスター、クスィー・へタイラであった。

「英霊とて生身、絶対の存在はこの世にはない」

 臓器がはじけ、ライダーの体は床に伏してしまった。

「ライダー?」

 ようやくシスターの存在に気が付き、ランプを投げ出してしまう。その赤い微笑みに美穂はただ後ずさりするしかなかった。

「わかりますよ、私はあなたの義母の仇、もっとも忌むべき存在、幼き日の恐怖、真祖のクローン、最強の人形。わたしはずっとあなた方家族を見つめてきましたもの、この体に取り込んだあなたの母の血を通して」

 美穂のほほに彼女の手が触れた。

「ばらさないから、あなたは私の眷属にしてあげます」

 顎をあげて唇を奪った。一筋の涙が流れると、体は人形のように力を失い、体がクスィーに寄り掛かった。

「すべての痛みを快楽に変えるまじないをしたわ」

 左肩から吸われる感覚に全身の力が抜け落ちてしまう。体は動かず、家族の姿が駆け抜けていく、美穂は快感の中で自らの死を悟った。

「そこまでだっ!」

入り口から黄金の矢が駆け抜け、美穂の体を投げ捨てて飛び込んできた斬撃を避けた。ランプに僅かばかりに黄金の髪を持ったあのニューが立っていた。

「その子を返してもらうわ、妹よ」

「十番目の愛娘【ニュー・へタイラ】か、忌まわしい」

 ライダーは起き上がり、美穂へと手を伸ばした。

「さらばだ…我が…マスターよ…」

 美穂の体はひょうたんに変わって宙に光となって消し飛んだ。彼の体は灰となり、彼女らの前から消失した。

「ライダー…シナリオ通りに動いた!」

 皮だけの人間をニューに向かってぶん投げると、その視界に隠れて階段を素早く上がっていった。

「あら、ヨーヘン・パイパーじゃない」

 アドルフは気に食わぬ顔で上がってきたクスィーに銃口を向けた。しかし、彼よりも先にニューが両刀を振りかざしながらクスィーを庭先に追い立てた。

「アドルフ、美穂はライダーが家に飛ばした。すぐに追いつくから行って」

「ああ、必ず帰っておいで」

血の海となった庭先に躍り出たニューの手には、宝石の埋め込まれた太刀と短刀が握られていた。

「アドルフ…いえ、パイパー。あなたが用意してくださった刀の切れ味は常軌を逸していて好きよ」

「十番目が感づいてこうして時計塔の刺客を送り込んだがこれまで、ただの肉片になったわ」

「この人たちはただ聖杯が欲しかっただけ、あなたが時間をかけて得た魔力の塊が四日前になって突然に消えた。それが二つ目の生成に取り掛かっていたことに本国の講師陣は狂喜した。唯一、リーゼルだけがお前の存在を憂慮していた」

「聖杯があるよりも遥かに危険であると、まぁ吸血鬼の本当の恐ろしさを知るのは一握りの魔法使いだけ」

「ここで始祖の模造品をすべて破壊する。私も含めて」

 黒鍵を取り出した瞬間、太刀が遺体を弾き飛ばしてクスィーの懐に向かって何度も、何度も斬撃を加える。それはリーゼルの比ではない、吸血鬼独特の身体能力である。

「でも十番目は一番体が小さい」

 腕で顔を地に叩きつけ、右腕を足で踏みつけたが左手の太刀がクスィーの顎下から切っ先を滑り込ませ、柄を押し込んで体を仰け反らせた。そして半身を返し、  短刀を握る右こぶしで腹を殴り飛ばした。

 宙を舞ったクスィーから鍵が投げ飛ばされ、腕を地に打ち付けられたがその拳を刃で受け止め、しかし扉に向かって蹴り飛ばされた。

「さようなら十番目、美穂さんやパイパーによろしく」

 ニューはクスィーを睨みつけたが、何を思ったか暗闇の中に走った。

「くそ、時間が来てしまった。でもあの十四番目はそれを狙っていたなら、あの優男の復讐を十四番目が願っている」

 彼女の目が赤く輝き、懐のブランデーボトルから血のストックを飲んだ。

「趣味が悪い」

 月は少しずつ下がり始めていた。しかし、夜明けはまだ遠かった。

 

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