Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920-   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第十四話 本郷(二)

 

五月二十八日 朝

 

 

 部屋から出てこない二人の事を案じ、こうして朝食の準備をするがバーサーカーは彼女を見透かすようにその様子を見ていた。

「よく手が付くものだ」

「昔からそうでしたから、幼い時に父を病気で失ってからずっと」

「そうだな。よくわかる」

 剣士の彼女の性格が、彼女自身の人生から来たものであり、自身の生きていた時代より遥かに矛盾した存在だと認識した。だが、そうだからと言ってマスターを尻目に家事などと、そう思ってしまった。

「セイバー」

「何ですか、バーサーカー」

「いや、何でもないんだ。つい色々考えちまってな」

「……」

 深夜、自宅に戻ってきて早々に満身創痍の美穂を見つけ、早朝まで洸と琥珀は彼女の治療に専念したが、意図的に魔術回路の位置を掻き毟られていた。

 それは魔術師ひいては人間の生命線そのものであり、かろうじて命を繋いでいるが目は見えず、体は自ら動かせず、僅かにではあるが口が利ける程度であった。

 そのことを二人から聞き出してはや三時間、アドルフの話とニューの帰りを挟み、二人は美穂の部屋から動かずひたすら看病を続けていた。

「強いのだなサーヴァントは」

「違う、慣れてんだよ。アドルフさんよ」

 紳士服のアドルフが台所の二人に頭を下げた。

「私もそういう口だ。しかし、非常にはなり切れんよ」

「ここに来る前、大方はあんたもこっちに飛ばされてきた口か」

「同属の匂いかな?」

「いや、あんたをこの時代に縛る魔術式がサーヴァントのとよく似通っている。細部は違うがな」

「どうやら君たちには嘘は通じないらしい。私は五十六年後の未来から召喚された、ヨーヘン・パイパーだ。未来では虐殺集団の精鋭と言われていた。ただし私は何ら能力を持たない、召喚実験の産物だ」

「最悪を見た口だな」

「君もだろう。反逆者モードレッド卿」

「ああ、久しぶりにその名を聞いたよ」

二人のから笑いが自分自身を嘲笑した。

 そこに立ったものにしか見えない景色なのだろう。

「私はこれから各方面に話をつけてくる。君たちのためだ、もう私の協力者はいなくなってしまったからね。その代わりなのだが、ニューを預かってくれんか、彼女は三分間だけしか力を使えない。その代償は丸一日の睡眠だ。もっとも魔法に近しい存在でもあるから美穂くんの役にも立つやもしれん」

「構いませんよ。美穂さんを救いに来てくださったのは貴方とニューさんです。それに報わせてください」

「ありがとう」

 アドルフが玄関の戸を閉めると二人は黙り込んだ。

 そこに顔を赤く、涙を流す琥珀がセイバーにすがりついた。

 あまりに突然だったが、セイバーは彼女の背中を優しく撫でた。

「また、あの人と喧嘩しちゃった。よくわかっているんだけどね、どうしてもあの人が何も話してくれないのに怒っちゃったの、私、もうやだよ」

 セイバーはちらりとバーサーカーに視線を移したが、黙って首を振った。

「大丈夫、男はそうやって家族を気遣っているつもりなんです。こうやって空回りすれば洸さんだって反省しますよ。ほら顔を上げてください」

「うん」

「あなたの信じるようにしなさい。私もついていてあげますから」

「もう少し泣いていい?」

「たんとお泣き、女は泣けるときに泣くのが大事よ」

 バーサーカーはセイバーの姿に何か懐かしいものを感じた。そして、彼女はもっとも剣士らしくない存在であると感じた。

 セイバーの腕はやさしく琥珀を包んでいた。

 

 

 

朝食を終え、縁側に座る洸の隣についた。

しばらくして真っ直ぐ洸の顔を覗き込む。彼の顔は既に覚悟を決めた表情だった。彼女のよく知る、死を覚悟した者の冷たい横顔だ。

「洸さん…まだ美穂さんは生きています。必ず助かる方法はあるはずです」

「あるだろう。だが時間がない」

 一転、情けなく俯く洸にセイバーは呆れた。

「何を仰っているのです!あなたともあろう魔術師が音を上げるのですか?美穂さんも呆れるでしょ」

「お前はどうしてそこまで厳しくしてくれるんだ」

「なんとなく…そういう予感がするんです。あなたは私が思うよりも遥かに強い人です。でもその強さは焦る者にも宿る力。はっきり言ってください。あとどれくらいなのですか?」

 こちらの感情を直に汲み取ってか、洸の表情が複雑に変化していく、口に苦々しいものが広がった。

〔口では言えない…思念でいいか?〕

〔どうぞ〕

〔俺の寿命はあと一年なんだ〕

 息をのんだ。

 そして全てを察した。でなければ洸が琥珀の前で言葉を渋るような真似はしない。彼の目はあまりに澄み切っていた。遥か昔から覚悟を決めていたような表情である。

〔俺の全身に埋め込まれた魔術回路は、昔の大事故で美穂の体を破壊した奴に同じようにされたんだ。いや、もはや命は保てないレベルだった。そして仮死状態だった体にアクエン博士が大出力の回路を埋め込むことで、命を甦らせたんだ。だがこの回路は人工的に作られたものであり、人間の体に馴染むのは俺の子供の代から、俺自身は回路の膨大な魔力供給に耐え切れずに死ぬ。その限界があと一年で来るんだ〕

 彼は着物の裾をまくると、僅かだが青い線が腕の至る場所から浮き上がっていた。

〔幼い記憶を消したのは、幼い俺がこのことを意図的に忘れたいがために打った術式によるものだ。それが回路の発現によって解放された。皮肉なものだ。だから、俺には時間がない。焦っているのは本当だ〕

 セイバーは目を瞑り、大きく深呼吸した。

 そして暫し考え、肩の力を抜いた。

「そうでしたか」

 セイバーは刀を手に庭先に出た。

「では私も少しばかり昔話をしましょうか」

 帯に差し、刃を抜きはらった。

「私は新選組唯一の女性隊員でした。もっとも、そのことを知る者はごく一部で、周りは本気で私を男と思っていました。そして私はある人を尊敬していました。でもある日から彼の周りから人が消え、それに耐えきれず新選組から逃げ出してしまいました。組織からの無断逃亡は御法度。局長の命で私は彼を追いました。そして彼を見つけ出しました。そして私は自身の思いの内を話し、自分も連れて行ってくれと頼みました。彼も私と同じ思いでした。でも、彼は戻りました。私を連れていくことは忠義に背くことだと、そして彼は間もなく切腹を仰せつかりました。上への復讐のために彼の介錯をしました。でも、お腹には彼の子供がいました。私は彼のために育ててみせると誓いました。でも、その子は生まれて一年もしないうちに父親の元へ旅立ちました。そして後遺症がそれからの私の人生に尾を引きました」

 切っ先は青眼の位置から空を一度に三度も斬った。セイバーの剣は達人の域を超え、もはや魔術の域に入りつつあった。

「どうか…どうか…あなたを大切に思う全ての人のために、生きる糧を残してあげてください。道を切り開いてあげてください。あの人も、わたしも家族に何も残すことができなかった。だからこそ、限りある時間を最後まで生き抜いてください。まだあなたは死んではいけません。生きぬいてから死んでください」

「セイバー」

「私はそのためなら全力を賭して戦います。すでにサーヴァントの身、あなたたち家族を守りたい」

 そしてゆっくりと納刀した。

「すまなかった…俺は生き抜く!家族を守り、繋ぐために生き抜いて見せる!だが俺一人ではだめだ。新しい家族の力を貸してほしいんだセイバー!」

「沖田総司!私の真名、新選組一番隊組長の沖田総司」

 何度も迷い、その度に互いに約束を交わした。

だがどこかに迷いがあった。今はそれがない。ここには互いの本当の思いがあり、それが交わって勇気に変わった。

セイバーはようやく戦う理由を知った。

「総司!いいのか?」

「愚問です!貴方の、そして私のささやかなる幸せのために」

 二人は手を取り、強く握手した。

 

 

 

「というわけだ洸クン、君のように状況にひっ迫している手合いはともかくだ。多くの連中は学問をしていて、それが何日も止まっているのだ。口を悪くすれば暇なのよ。だからこうして斎藤美琴は連絡役を引き受けている。早く授業が受けたいものだ」

「まったくだ」

 玄関に立つ斎藤美琴は事態について何も聞かなかった。

「さて私は次の女生徒のところへ赴かなくてはならない。洸、琥珀を泣かせるんじゃあないよ」

 台所から顔を出した琥珀に気づく間もなく、美琴は通りの奥に抜けていった。

「あいつには敵わないな。なぁ」

 明るい洸の顔を見て、琥珀は少し落ち着いた。

「ええ、いつも優しく見守ってくださっています」

 と、何か深刻そうな表情に変わった。

「周りを見てくれてるバーサーカーがお父様によく似た人を見たって」

「あっ!聖杯戦争に気をとられて連絡をしていなかった!」

 居間で刀の刃こぼれを見ていたセイバーはバタバタと騒ぐ二人を見て首を傾げた。そして、窓からバーサーカーが顔を出した。

「何事です?」

「父親が帰ってきている。しかもすぐ近くまで」

「とうとうお会いできるのですね。タイミングは最悪ですが」

「おまけにここ数日間、一切連絡を取っていなかったから、余計に大変だぞ。しかも聖杯戦争に感づいていたが、まさか子供三人が参加して一人は傷を負って寝たきり、ただじゃあ済まないなフフフ」

「なるほど、あれはああして誤魔化していると…本当に似たもの同士ですね」

 二人はマスターたちの慌て具合にただただ苦笑した。

 


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