Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920-   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第十五話 両国橋

 

「ごめんください」

 セイバーが当たり前のように戸を開けると間桐静香が立っていた。

「あらセイバー、こんにちは。ところで琥珀ちゃんや洸君はどうしたのかしら?」

「聞いての通りです」

「?」

「お前たちは父に黙って何をやっておるか!」

 居間から劈くような声が響き、静香は事態を察した。

「洸!お前は私がいない間は家長として責任を持った!だが!その家長が相談すべき相手に話をせず、こうして話を逸らそうとするのは言語道断!アドルフから何も聞いてないと思ったのか!一人で大事を片付けられるのなら事はここまで大きくなっとらんわ!」

「はい、すいませんでした!」

「琥珀!お前の血筋に関わる大事なことであるのは百も承知!だがそれでも榊原の娘だぞ!お前一人で家族を巻き込まないようになどと、自分を過信する出ない!よいか!」

「はい、申し訳ございません!」

「二人とも、そして美穂もだ。ワシを忘れるでないぞ…」

 大きなため息をつくと、榊原八郎は冷めた茶を一気に飲み干した。

「以上だ、事態はここまで動いてしまった以上、まずは収束こそが優先事項だ。今度は私もいるのだ。かならず大事を乗り越えられるはずだ」

 そこへとセイバーに案内されて静香が顔を出した。

「それでも琥珀は間桐の魔術師、身柄をあなたにお渡しするときにそう約束いたしましたよね」

「だが最後に決めるのは琥珀自身だ。私はそれを尊重するまでだ。後継者・間桐静香よ」

「私もそう思います。しかし後継者足る者、家の顔も立てなければなりませんので」

 琥珀を一瞥するが目線を合わせようとしない。

「何があったかは聞かないわ、近々あなたは絶縁させられるかもしれないから」

「…!どういうことですか御師匠!」

 ようやく顔を向けた琥珀に笑顔で首を振った。

「話は簡単よ、あなたは間桐の後継の血筋ではなく遠縁になるだけ、この際ですから八郎さんと洸君にも聞いてもらいましょうか。間桐本家では次代の当主選定が急がれている。理由は先代当主が聖杯の研究に専念するためであり、私と分家筋の間桐英二、そして琥珀ちゃんが候補になった。特に琥珀ちゃんは二代前の魔術回路を有し、高い操作能力を有していることから最有力だった。私は琥珀ちゃんほどの回路を持たないから、私も推進した。でも先代は何も意見を言わず、結果として私と英二が後継争いをはじめた。そこで互いに琥珀ちゃんの古橋家系を本家筋から外すことになったの、琥珀ちゃんにとっては望むべくもない話だと思うわ」

 洸は耐え切れず口を開いた。

「待ってくれ!ならなぜ琥珀は榊原の家に引き取られたんだ」

「それは私が話そう」

 八郎は重い口を開いた。

「琥珀の父、信久は天才だった。彼の知識と魔術回路があれば聖杯を作り出すなど造作もないと言われた。だがある日、娘を残して妻とともに殺された。理由は簡単だ後継者争いに邪魔な存在だからだ。私は自身の特権を振りかざして琥珀を預かった。信久は娘を間桐から遠ざけてほしいと願っていた」

「お父さま…」

 しばしの静寂を抜けて、静香は言った。

「あなたは父親の願いの通り、間桐から離れられる。よかったわね」

「ならここから立ち去ってくれないか、あなたから魔術を琥珀に教えたことも私は不快に思っているのだ」

「そうですね」

 静香は立ち上がり、琥珀へ微笑んだ。

「心配いらないわ、きっと良い方へ向かう」

 玄関を出た静香をセイバーが見送りに出ていた。

「琥珀は、仕方ないわね」

「あなたには恩がありますから、角までお送りします」

「ありがとう」

 しばらく無言で歩いた。

「あなたは昔、女ではなく男として生きたのよね」

「ええ、そうです」

「でも女である自身からは逃げられない。そうじゃない?」

「さぁ、考えている暇なんてありませんでした」

「私は女かしら?それとも化け物かしら?」

「女でしょうに、それとも何かあるのですか?」

 静香は不気味な笑顔でセイバーに微笑んだ。

「愛した男の子をおろしたことはある?その子の魔術回路を取り込んだことはある?そんな女が本当に子どもを産み、守り育てる女であると言える?」

「それでも女ですよ。あなたは母になれなかった自分自身に未練がある。それで充分です」

 セイバーは尾を返し、榊原邸に戻っていった。

 

八郎は美穂の傍に座り、その手を握った。

「美穂、帰ったよ」

「あ…お…とうさま…おかえり」

「ただいま。大変だったな、ゆっくり休みなさい」

「で…も…にぃさま…が」

「私がいる。あいつを一人で行かせはしない」

「ごめん…なさい…」

「お前という子は心配症だな、誰に似たのかな」

「ふふふ…おとうさま…わたし…誰にも…死んでほしくない…ただ…それだけが望み…」

「大丈夫、二人とも守って見せる、約束する」

「あと、アドルフさんに…ごめんなさいって」

「どうしてだい?彼に遠慮は必要ないぞ」

 暗く沈んだ目から一筋の涙が流れた。

「私…かぞくを忘れて…正杯に夢中になって…お父様の…代わりに…私たちを守って…いて…くれた」

「お前も必死だったんだ。洸も琥珀もみんな一生懸命家族を守ろうとした。私は怒りこそしたが、誇らしく思っているよ。みんなうちの子だ」

「うん…ありがとう…パパ…」

 美穂の手をそっと撫でる。

 八郎の目からも輝くものが滴り落ちた。

 

 白昼の大通り。

 東京市は昼の二時を過ぎ、通りを電車や大八車がせわしく行き交い、人の数も多かった。

そこに、ドイツ帝国の騎兵服を纏うパウル・ボルヒャルト・ヴェンドルフ少佐は身も知らぬ日本の両国に来ていた。

馬上にある彼の周りには同様の騎兵が四騎控えていた。

「時間稼ぎのために鉄道網を破壊しまわるか、あの坊ちゃんやルーラーが黙っておらんだろうな」

 パウルはkar98b騎兵銃を引き出し、ルーン文字の刻まれた銃剣を着剣し初弾を装填した。

「総員!不可視化解除!路面線路を破壊しながら貨物駅を粉砕し、上野駅を目指す!」

 五人のライフルから放たれた弾丸は両国通りを破壊し、その衝撃波が道行く人に襲い掛かった。

「行くぞ!」

 駆け出した馬の脚は魔術強化によって俊足を実現し、ライフルには魔術強化の施された弾丸と銃剣がある。

 噴煙が上がったことを確認したホルストは馬が両国橋を抜けて神田川沿いを上野方面に上がっていくのを確認した。

 ここは上野の松坂屋屋上、尖塔は先の戦いで破壊されたが眺めは十分に確保されている。

三人は噴煙の方向に目を向けていた。

「智子、シャリアの言う通り奴らは貨物駅を破壊してからこっちに来てくれるらしい」

 傍らで術の遠隔操作をしながら、逐一騎兵の位置を尋ねた。

「なるほどね、帝都の輸送網を断ちながら、私たちも一掃しようというわけ、じゃあ万世橋の貨物基地はしばらく使えなくなるわね。信用してあげる」

 包帯を巻いたままのシャリアは不満げに声を荒らげた。

「遠坂は余裕だと思うかもしれないが、パウル少佐はフランス軍の魔術師を一掃した戦士だ、簡単じゃないよ。君のランサーが生きていたらもう少し楽だったんじゃないの!」

「運が悪いことに私たちにはルーラーがいるわ、シャリア・コーデ」

 屋根を飛び越えながら、シスター服を脱ぎ第七聖典を構えた。

(智子さん、結界の展開は十分ですか?)

(後は引っかかってくれるだけよ、そちらは大丈夫なの)

(白昼での戦闘は久しぶりですがすぐに片がつきますよ)

 騎兵たちが秋葉原停車場の列車を粉砕しながら侵入すると、パウルは立ち止まるように号令を出した。

 逃げ惑う人の間にアーチャーが笑みを浮かべて立っていた。

「諸君、どうやらここが死に場所らしい、遠坂の結界だ。抜け出すにはあのカトリが必要だ」

「ようやくですか少佐」

「長かったな、見ろ、あの方々が死に水を取ってくれる」

 十数発の弾丸がパウルらの結界に弾かれ、しかし側面からルーラーが結界を叩き割り、一騎を直上から叩き潰した。

「少佐、それでは!」

「ああ!ヴァルハラで会おう!」

 ルーラーの追撃を払いつつ、馬上からの流れるような詠唱が第七聖典の一撃を払いのけた。

そして強化によって速度を上げたパウルの馬は彼女に向かって一閃となって駆けた。

「いざ覚悟!」

「無駄よ、無駄無駄…」」

 馬は貨物を飛び越えながら、跳躍を繰り返しつつ弾丸と化した馬人一体の攻撃が四方上下の三次元に攻撃を繰り出す。

 しかし、ルーラーに一太刀も入らず、それどころか目は彼を逃さず、やがて体も彼に追いついた。

 そしてようやく飛び上がったルーラーに沿うように銃剣を突き立てたが、馬ごと半身を吹き飛ばされるのが先だった。抉るように高速の人馬は鉄骨に叩きつけられ、血肉が四方に飛び散った。

 パウルの体は馬の血肉と見分けることは難しかった。だが彼のライフルはひとりでに浮かび上がり、弾丸がルーラーの頬を掠めた。

〔私の復讐は終わった〕

 そしてルーラーに向かって走ったライフルは手前で静止し砕け散った。そして銃剣の宝石を第七聖典が砕いた。

 彼の魂は既に肉体になかった。

 最強の兵士になるために、自らを魔力に還元しその魂を宝石に封じ込めることでそこから肉体を操っていた。しかし、彼の忠誠は敗戦とともに無為となり同士であったジャヴェルの復讐に同調した。

 彼は死に場所を求めていた。

 もはや平穏な暮らしなど彼は欲しなかった。ただ誰かに決着をつけてもらいたかった。妻と子を捨て、さらに自身からも逃げた彼の逃亡の人生は、ここに幕を閉じることとなった。

 

 他の騎兵の姿を探したが既にアーチャーが始末をした後だった。

「これで全部ですね」

「カカカ、懐かしいのぅ騎馬武者がボカンと馬から引きずり落とされる様というのは」

 ルーラーの冷たく澄み切った表情に同情を許さぬ意思が明瞭に表れた。アーチャーと自分とでは見てきたものが違う、そう言わんばかりにルーラーは彼らに祈りの十字を切った。

「そういう奴は慣れれば祈ることを忘れ、老いれば再び祈りだす。自らの死が、他人の死体の山で築き上げられたことを思い出すのだ。どうもお前さんも道半ばで死んだ口らしいな、何を見てきた」

 笑顔でこそあれアーチャーの目が笑っていたことは一度もなかった。

「大事な人を守り、助けられ、それからの私は静かに生きたいと思っていた。見るべき悪夢も地獄もすべて見た。でも私に言い渡されたのは自身の処理と永遠に繰り返し続ける邂逅、不滅の記憶と魂の付与だった。あなたはまだ一度目でしょうが、ここももう三度目になって飽き飽きです。でも、私はまだ救いがあると信じている。私がここから消えても、必ず—-!」

「世迷言だな、ワシは貴様とは違う!サーヴァントである身から抜け出して、再びこの世界に根をおろして見せる!」

 アーチャーはマントを翻し、曇り空を見上げた。

「この言葉も三度目か?ワシは一度でも成功したかの」

「ええ、そう言って死にましたよ、二度も」

「はっ、そうだろうな」

 そうして雨が降り出した。

 帝都はようやく梅雨を迎えようとしている。

 秋葉原停車場まで続いた爆発事故は、騎兵を見たという証言と身元不明のドイツ人数人の遺体とともに証拠もなく、原因不明のまま処理され、人々の記憶からも消えていった。

 

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