Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920-   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第十七話 山ノ手(二)

 

 

五月二十九日 夜半

 

 ルーラーが連絡役となり六月一日が決戦日と決まった旨を伝えた。遠坂法喜が事前に用意した結界を使用できるのが残り三日であり、既に包囲を感づかれている可能性があるためである。

 それを聞いた八郎は支度を整えて出かけようとした。

「お父様、どうされたのですか」

「洸、琥珀、お前たちのために私の権限で魔術道具を用意する。明日の朝には戻ってくるから、そのようにな」

「道中気を付けて」

「ああ!アドルフとも合流するから心配ない」

 そう言って魔術強化を施した足で地を蹴り、屋根伝いに上野駅方面へ向かっていった。

「明後日か、俺はクスィーを、お前は智子さんたちと月島か」

 不安を隠せない琥珀の腰に手を置き、笑顔で心配ないと言って見せた。そこへバーサーカーが顔を出した。

「おい優男にマスター、トランが呼んでるぞ」

 トランは術式の維持装置をそのままに、鞄に式書を仕舞い帰りの支度を始めた。

「今日はここまでだ。残りは早朝から夜までに治療を完遂する。僅かだが左目の視力が回復している。美穂君は強運の持ち主だ」

 二人が美穂のそばによると美穂の左目が丹念に周囲の状況を読み取ろうとしているのがわかった。

「トラン…先生…お耳が…おお…きいの…ね」

「はっはっはっ、父の代からだよ。この調子なら明日の治療後の痛みにも耐えられる。今日は洸君と琥珀君もゆっくり休みなさい。何かあったら池近くの『アーネンエルベ』という旅館に来なさい。では」

「ありがとうございます先生、琥珀、俺はセイバーと先生を見送っていくから美穂を頼む」

「分かりました」

 家を出た三人が大学前の通りに出たところでトランが話を切り出した。

「一年と言ったな、あれは正確な数字ではない」

「はい、そうだろうとは」

「やはりな、アポロンの弓は覚醒状態から魔力放出をし続けるほどに、肉体を切り裂き、寿命が来る前に体は崩壊する。そうなれば、聖杯で肉体を復元しても魔術回路が収まらず自我が消える」

「その覚悟はしてきました。とうの十年以上前にアクエン先生に助けられた日から」

「だが、だがな君が残すだろう命には、十代以上にわたって受け継がれる精強な魔術回路が備わっている。君無き後も必ず」

「いえ!洸は死なせません!私が必ず守って見せます」

「セイバー」

「決して決意は変わることはありません!洸!私はあなたの生きた盾であることを忘れないでください!」

「もちろんだ!だが生半可な覚悟では奴らに勝てない!俺たちは勝つんだ!そして家族を守り抜いて見せる」

「だから、少しは自分自身を大切にしてください」

「よく自分に言い聞かせよう」

 トランは安心したように頷いた。

 そして洸に小さな円盤を手渡した。

「ならば君にこれを渡そう。最大放出を制限する鍵だ。これを解除する時が来たときは、わかるね」

「あなたは」

「使わないことを祈っていたのは君の家族だけじゃない。そのことも忘れないでくれ」

「何から何まですまない」

 トランを旅館前まで見送り、自宅まで戻ってくるとセイバーに二階に上がってこないでくれと伝えた。

「琥珀と話があってな」

「そうですか、ちょうどよくバーサーカーも来ましたよ」

 バーサーカーは当たり前のようにセイバーに木刀を差し出した。

「今日の分の稽古も頼む」

「ええ、では洸、何かあったら令呪を」

「あ、そうか!」

 二人して令呪の存在を忘れていたことに笑いあった。 

「呆れたぜ…琥珀でさえ俺の狂化を抑えるために二画も使ったのに、お前さんたちは使わずじまいとはな」

「最後の日に使えれば事足りる。じゃあセイバー言ってくる」

「はい、お互いの声がよく聞こえる場所まで」

「ふふ、意地悪な奴だ」

 

二人が公園に着くとバーサーカーは木刀を置き、弁当を差し出した。

「マスターからだ。気遣い痛み入ると言いたいのだろうさ」

「琥珀さんらしいですね、いただきましょう」

 簡単ではあるがこぶし大のおにぎりと漬物が入っていた。

「それにしても量が多いな」

「昼から何も食べてないの気にしていたのでしょ」

「そういえば…トランが来てからずっとだ」

「お互い、妙なところが不器用なようで」

「それを言うならマ…琥珀もだぞ。やっと今日になって覚悟を決めやがった。最後まで迷っていたのはあいつさ、俺は腹を決めたっていうのに」

「まったくです。でも背中を押す手間が省けました」

「だから、頑なに腹を隠していたのか」

「いつから、気付いていたのですか」

 大きな一口を飲み込み、水を飲んだ。

「一度だけお前の着替えに出くわしたとき、腹の肉の減り加減でな、お前があの二人にやたらと気を遣うのはお前の過去から来たものだろ?お前が子供を早くに亡くしたこと聞いてたんだ」

 セイバーは静かにおにぎりを食べ進めた。

「あの子たちの倍以上は苦難を歩んできたつもりです。そしてその結果がこの時代の世界だった。でも、たとえどんな苦難の時代がこの先に待ち受けていても、強く生きてほしいのです。きっと、何度だって幸せが訪れる。だから力強く生きてほしい」

「ああ、不思議な時代だ。誰もかれもが霧の中から雲を掴むような曖昧な時代なのに、迷うことを糧として一心不乱に歩み続けている。俺はその姿勢、嫌いじゃないぜ」

 バーサーカーは最後のおにぎりを頬張りながら、セイバーの顔を覗き込んだ。

「信じてやろうじゃないか、きっとどんなことがあっても生きていけるって」

「はい、モードレッドさんも歳ですね」

「まったくだ。体は歳をとらないのに、魂の年季は亀の甲より厚いときた」

 食べ終えたと同時にバーサーカーは暗闇の中を睨んだ。足音が二人に向かってくる。

「誰だ!」

 白と青の洋服に身を包んだアンジェリカは全くの無防備であり、戦う意思は感じられなかった。

「何のようだアーサー王」

「明後日の夜、お前と決着をつけたい」

「ふふ、見透かされているというわけだ。私のマスターも同行するのだから、あなたのマスターも来るのでしょうね」

「残念だが私にはマスターはいない。正規のサーヴァントとして召喚された時、ジャヴェルによって人間一人分の魔力を与えられた。二戦ほどなら全力で戦える力は残っている」

「正規?疑似ではないのか?」

「聖杯ははっきりと私を『セイバー』に区分した。でも、今回の聖杯戦争はあまりに違いすぎる。本来、あるはずのない八つ目と九つ目のサーヴァントが召喚されている。一つはルーラー、二つ目は」

 アンジェリカことセイバーは総司に向かって目線を合わせた。

「九つ目のクラス、聖杯戦争には存在しない守護者シールダーのクラス。あなたがそうなのです」

「私が」

 バーサーカーが振り向くと、総司ことシールダーはなるほどと言った。

「だから聖杯は私にクラスを与えなかったのですね」

「なぜシールダーが出てきたかはルーラーさえも知りません。でもこれであなたが宝具を発揮するきっかけになるかもしれません」

 バーサーカーに改めて向き合ったセイバーは静かに頷いた。

「私は召喚当初からルーラーとともに事態の収拾に動いてきました。ルーラーは表立っての行動を、私はジャヴェル側にスパイとして裏の顔を司ってきました。ただ、あなたとシールダーには正体を感づかれていましたが」

「それで、なんで決着をつけてくれる気になったんだ?」

「それが私の願いを成就させる条件だからです。アヴァロンの世界に到達するには私の撒いた迷いを解かねばなりません。モードレッドの迷い、それは」

「アーサー王との雌雄をつけ、王が本物であることを確かめること」

「いいんだな、モードレッド」

「あんたからそう願ってくれるなら、俺もそれを信じよう。あんたも色々見てきたんだ。もう一度会いに行くぐらい叶わなくちゃな」

「すまんな、では明後日の万世橋、夕刻七つの時」

「いいだろう!受けて立つ!」

 二人に微笑むと、何も言わず暗闇のなかへと再び消えていった。その背中を見つめながら、シールダーは口を開いた。

「クラス・シールダー。なんとなく、合っている気がします」

「もうそういう話はいい!せ、じゃないなシールダー!稽古を頼む!」

「あの方の言葉を信じるのですか?」

「あの人は嘘が大のへたくそな人だ。俺が保証する」

「わかりました、信じましょう」

 互いに木刀を構えると、バーサーカーの構えは完全に天然理心流のものが板についていた。

「今日は最後の仕上げになります、いいですね」

「お願いします」

 そして二人の剣が何度もぶつかった。

 森のざわめきが短く響き、その間を木刀の打突音が響き渡る。この稽古は夜明け近くまで続いた。

 

 

 

 

五月三十日 朝

 

 

 

 台所に立つ琥珀は服を着替えず、髪も乱れていた、それでも朝早くから朝食の支度をしていた。

「琥珀さん、私がやりますから着替えて、居間で休んでいてください」

「で、でも」

「いいから、ここは私に任せてください」

 そそくさとシールダーが琥珀を台所から追い出すと、静かに頷いて自室へと向かっていった。

「さてと、何を作りましょうか!」

 

 場所は変わって帝国ホテルの一室。

 ホルストは卓上で弾丸を数発生成し、その弾頭に白の塗料を塗った。

「ワシが馬上に居た時に言ってたとっておきか」

「そうだ」

 裸にシャツ一枚のアーチャーはホルストの背に抱きつき、一発の9mmルガー弾を手に取った。

「お前も物好きだな、作戦説明しながらでもなんて、お前が初めてだぞ」

「ふふ、お前さんもだろう?こんな物好きと幾夜も枕を濡らすとはな」

「たかだかサーヴァント一体に実体の肉体を与えることなんて簡単なことさ、だがサーヴァントの能力があるうちは存分に働いてもらう」

「よい、万事はよく動いている。聖杯奪取の暁にはワシをどうする」

「おまえなら嫌でも俺の傍に来るだろ」

 彼に強く引かれてキスかわした二人は手を握り、弾丸を彼へと返した。

「わが命はお前のものだぞ、ホルストよ」

 ドアを叩く音がすると、食事をもったシャリアが入ってきた。両腕は既に完治していた。

「主様、お食事をお持ちしました」

「ああ、そこのテーブルに置いてくれ」

 ライダーに倒された日から彼女のサーヴァントとしての力は失われたが、かろうじて命を繋ぎ、自身を救ってくれたホルストに仕えていた。

「君はもうジャヴェル卿に未練はないのか」

「私はもともと実験台の魔術師でしたので、食事が与えられるという条件を信じて同行したまでです。言うなれば生きるための糧に器になっただけですので」

「そうだったな、ありがとう」

「失礼いたします」

 退室してからアーチャーはシャツ一枚であったのに気が付いた。

「あいつ、わざとか」

「血は見たが、お前みたいなのは苦手なんだろう」

「カカカ、お前のことだ早いうちに手籠めにするだろうな」

「言うなよ」

 そして鞄から二丁の拳銃を取り出した。

「さぁ、決戦は明日だ」

 ボーチャードピストーレの尺取虫が上へと上がった。

 

 

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