Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920- 作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)
五月三十日 夕刻
浅草、神谷バーは明治から続くバーである。
場所柄もあっての物珍しさも合わせてか、電気ブランの名も併せてよく知られる場所である。
智子は目の前に置かれた電気ブランを一口飲み、少々のチェイサーを口に含んだ。足元には人除けの小さな魔術が発動している。
「ごめんなさいね、家族との時間を大事にしたいでしょうに」
洸の側のシールダーはあおるようにウィスキーの水割りを飲み干した。その飲みっぷりに呆然としながら彼もブランを口にした。
「一時間の約束ですから問題ないですよ。それより智子さんが一人で出歩いていいのですか?突入の核でしょ」
「向こうは生成で手一杯、それにクスィーでもなければ私を倒せはしないわ」
「そうですか」
「話は手短、遠坂も私一人になった以上、全ての権限は私にある。その上であのトラン・ト・ロアをここに呼んだのは遠坂であり、その意図は分かるわね」
「俺の力を発現させて、戦力に組み込むため」
「それもあるわ、一番は間桐との裏取引の部分よ」
「何!?」
運ばれきたジャーマンポテトを食しながら智子はブランを一口飲んだ。
「間桐は最近、人体から聖杯を作り出すことにご執心だわ。そしてそれに適正な人間を作るのに遠坂が力を貸し、間桐は聖杯戦争の主導権を今次は放棄する。そういう契約を結んだのよ」
「それに俺の体がどう関係すると」
「あなた、もう琥珀ちゃんは抱いた?」
「なっ!?」
顔を真っ赤にさせた洸の顔を見て静かに頷いた。
「なら、子供ができる。そして、琥珀ちゃんとお腹にはあなたの回路を継承した赤ん坊が宿る。もうわかるわよね」
赤い顔から血の気が引け、蒼白の表情を浮かべた。
「なんてことを…!俺の琥珀と子供をもとに聖杯を作り出すのか!それが遠坂のすることか」
「魔術師がどういう生き方をしているか、あなたは十二分にわかっているはずよ。それにこれは私には内密に事が進められていた。わかったのはついさっきよ、落ち着きなさい」
「これが、落ち着けるか」
シールダーは黙して語らず、感情を押し殺しながら話を聞いていた。
「この警告はあなたへのお礼と受け取ってほしいわ。あの時あなたがクスィーの前に躍り出てくれなかったら、遠坂の血は完全に絶えていた。私ね、お腹に宗一郎さんの子供がいるの、私はまだ死ぬわけにはいかないのよ。洸君には悪いと思っているわ」
洸は小さくため息をつくと、智子のブランを奪って飲み干してしまった。唖然とする智子に洸は不敵に笑って見せた。
「うちの家族はそんなにやわじゃないんでね。必ず間桐の障害を乗り越えてくれる。それにあなたもお腹の子のために酒は控えてください」
「死ぬかもしれないのに、貴方の仇になるかもしれないのにどうして…」
「俺には確信があるんです。俺はもうすぐ父親になる。その子が男か女の子か知ることができないかもしれない。でも、子を持った男は一回りも二回りも強くなれる。男ってそういうロマンチストな生き物であるもので」
智子は黙し、洸はジャーマンポテトを口に運んだ。シールダーも手を伸ばして食した。
「しょっぱいですね」
「あれ、もしかしてベーコンを食べるのは初めてじゃないのか?」
「ベーコン?」
「豚肉の塩漬けだ」
「えっ!?」
「いいわ、表だって協力してあげられないけれど、貴方の奥さんと子供を守ってあげる。遠坂ができる恩返しはそれが限度。あとはあなたたち家族次第よ」
「十分です。頼みます」
智子と別れ、帰路についた二人は公園を抜けて、言門通りを過ぎたあたりに来ていた。
「洸くん」
そこに立つアドルフは傷ついたニューを抱えて二人の前に立っていた。
「まさか、戦いに出かけたのですか」
「ああ、だがこの通りだ」
アドルフの足もコートで隠してはいるが血で湿っていた。
家に戻るとニューを手当てし、アドルフの足の傷にも包帯を巻いた。激戦の中、命からがら逃げかえってきたことは安易に想像がついた。
帰ってきていた八郎の表情は暗く曇っていた。それもそのはず、ニューの全身には切り傷が付き、宝石の埋め込まれた刀は、もはや細木のように磨り減っていた。同じ吸血鬼でさえ相手にならない。それほどまでにクスィーは実力を上げている。
「いいえ、勝てる。私には三分しか時間がないから」
ニューは無理やり体を起こすと、洸にあるものを見せるためアドルフに箱からあるものを見せた。
「これは!」
「私の体と違うところ、無限の再生能力の根源。クスィーは体が切り離されることを極端に嫌う。いい?榊原洸、貴方の力なら奴をバラバラにできる。そのためには奴の体の部位を傷つけるのではなくって、切り離す必要がある。これが唯一の弱点。これは私が切り離した指…あとはお願い」
瞳を閉じたニューは静かに呼吸しながら眠りについた。美穂と布団を並べて、二人は静かに眠りについている。
茶の間に洸、シールダーに琥珀とバーサーカーを呼んだ八郎は、厳重な鍵のついたトランクケースを傍らに置いた。
「この国の保有する魔術道具を持ってきた。私の権限と交渉で持ってこれたのはこの二つだけだが、お前たちの力になるはずだ」
トランクの錠を解放すると、やや短い太刀が洸に差し出された。
「蜘蛛切丸といって美濃系の刀だが、修験者たちが天狗と化した者や、蜘蛛となった僧つまりは魔術を悪用するものを斬ってきた妖刀だ。だがこの妖刀は魔力を流し込んで強化することができる刀、立派な魔術道具だ。きっとお前の力になる」
「はい!」
刃を静かに抜くと、何度も短く直されてはいるがその耐魔術の切れ味が落ちていないことはすぐに理解できた。
そして革ケースに入った十数枚の木札を琥珀に手渡した。
「これは魔力を封じた木札。東京に敷設した結界を保持する魔力源のストックだ。これ一枚で五十年耐えられるほどの魔力がある。相手を考えれば十分ではないかもしれんが、結界の発動と召喚魔術の使用では大いに力になる」
ケースから札を出すと、陰陽系列の術式が書かれているが基本は静香から習っているため、問題はなかった。
そして八郎はシールダーとバーサーカーに向かい、頭を下げた。
「セイバーさん、バーサーカーさんどうか二人を守り切ってください」
「心配しなさんな、俺たちサーヴァントの使命はそこに尽きる。それを果たすだけのことだ」
「マスターを守り切り、生きて聖杯戦争から抜けさせる。ささやかなお手伝いですが、微力を尽くしますよ」
「ありがとう」
洸と琥珀は互いに頷きあい、父へと向き直った。
「父さん、お願いがあります」
「どうした」
「琥珀を俺の妻に迎えさせてくれませんか」
八郎は二人の顔をまじまじと見つめた。
「琥珀とよく相談して、こういうのは早く決めた方がいいと思いましてね」
「そうか、とうとうその日が来たのだな。琥珀、お前の名字を変えなかったのはもしかしたら洸と結ばれるのではと、私が期待したからだ」
「ええ!じゃあ、お父様ははじめから」
「二人が考えている通りだ」
洸は頭を掻き、照れ臭そうに周囲を見渡した。
「父さんもお人が悪い」
「ははは!あの世の信久君と美鈴さんも喜んでくれるだろうな」
八郎は泣くことを抑えて声を張った。
「洸!琥珀!夕飯にしようか!今日は秘蔵の酒、木曽路の中乗さんもだしてやろう!今日はささやかだがお祝いだ!」