Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920- 作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)
六月一日 夜半
決戦の時間が近づく、先に出てゆく琥珀とバーサーカーを玄関で見送った。
「なぁシールダー、いやセイバーかな」
「どうしましたか」
「本音を言うと、お前さんともう一度サシで勝負がしたかったな」
「私もですよバーサーカー」
「お互い未練が尽きないな」
「まったくです」
「バーサーカー、行きましょう」
「ああ!」
バーサーカーは琥珀を抱えると、高く飛び屋根伝いに千駄木方面へと向かっていった。
「洸君、八郎君から連絡があった。日本政府は君たちへの魔術道具の提供を正式に決定した。つまりは折ってきても文句はないそうだ」
「心強いです」
「洸さん、少しだけ形を合わせましょう。敵は逃げませんから」
「私の仕事は情報と作戦の提供で終わっているが、一つ作戦を君に提供したい。稽古しがてら話そう」
万世駅前は下町の玄関処、しかしその日は人通りも少なく、あまりにも異常な静けさに包まれていた。
それもそのはず、智子と琥珀が組んだ人除けの結界と外部からの視界を遮断する結界を張り、極力人を排除しているからである。
琥珀は結界の入り口に立ちながら、アンジェリカを待つバーサーカーを見やった。
「琥珀、頼む」
「わかったわ」
琥珀はためらったが息を吸い叫んだ。
「令呪の盟約を持って我が命ず!狂化せよ!己が狂気を放ちて狂化せよ!」
バーサーカーの鎧は黒く染まり、髪が白く消し飛んだが薄く金色が残り、白金の輝きに染まった。そして顔を黒い影が這ったが途中で止まった。
「やったぜ、自我を奪われなかった」
やがてお茶の水方面からアンジェリカが姿を現した。その姿は銀の鎧の礼装を纏い。その手には不可視の霧を解いた黄金の剣が夜闇の中でも輝いていた。
お互いに身一つでの戦いに臨もうとしている。
「王よ、アーサー王よ、わが愛しき人よ。我が望みを聞いてくださるか」
アーサーは静かに頷いた。
「モードレッド、私はもう長く多くの人々のもとでサーヴァントとして戦ってきた。それがどんな悲劇であっても、どんなに幸福なことがあっても、私もただ一つの望みに向かい、走り続けている。聞こう!お前の望みはなんだ」
モードレッドはクラレントを地に突きたて。大きく息を吸った。
「我が望みは貴方にもう一度、遠き理想郷〈アヴァロン〉の輝きを示してもらいたい!私はアヴァロンを否定した、あの裏切りの日から私の心は迷いの中で曖昧になった。でも、貴方に見せてもらった円卓の輝きは本物であった。それは貴方が私に示した人の輝きそのもの!それを今一度、この剣と体で確かめさせてほしい!」
「アヴァロンは追い求めたものに、その輝きを示す。そして永遠の旅路につくことになる。だがよかろうモードレッド、お前のために今一度道を指し示そう!」
「アーサー、行きます!」
モードレッドは剣を抜きはらうと、剣を隠すように大きく構え黒く巨大な風が彼女を包み込んだ。
アーサーも剣を高く掲げ、青い電と風が荒々しく彼女の周りに吹き荒れる。そして剣は黄金の輝きを徐々に増していく、対してモードレッドの黒い風は赤く変わり、鎧にまとわりついていた黒がはじけ飛び銀色に輝いた。
その桁違いの魔力量に琥珀は焦った。
「そんな…三重の結界が削り取られていく!これが二人の全力!」
二人の貯めた魔力が最高潮に達した瞬間、剣がふり降ろされた。
__________我が麗しき父への反逆__________クラレント・ブラッドアーサー‼
__________約束された勝利の剣____________エクスカリバー‼
真紅と黄金の輝きがぶつかり、そして光の海となって結界を打ち破り、万世橋駅前は黄金の輝きに包まれた。琥珀でさえその眩しい輝きに目を開けることができない。
だが数々の戦場を潜り抜けてきた二人は走り、剣を交えた。
(あなたも長い道ご苦労様でした)
モードレッドは激しく叩きおろし、アーサーの動きを封じようとする。しかしそれよりも早くアーサーの返しが胴めがけて何度も刃が走る。
(それはお前もだろうモードレッド、よくわかるぞ)
しかし切り返しさえも弾き返し、アーサーの右腕に逆袈裟の一撃が打ち込まれた。アーサーはそれも構わず上段からの強烈な一撃を受け止めた。
(分かりますよ、あなたが追い求めるアヴァロンはすぐそこにある、もうすぐです)
そして、刃を反してモードレッドの胴を叩き斬り、すぐに袈裟斬りが赤き騎士に止めを刺した。
「ああ、お互いな」
剣を落とし、倒れるバーサーカーを正面から抱きとめた。
「だが、お前は私を越えなくてはならんのだぞ?」
「少し、怠けました」
「馬鹿者…私によく似て大バカ者だ」
目を瞑ったモードレッドはアーサーの腕の中で霧となり天へと消え去っていった。黄金の輝きもそれに導かれるように空高く消えていった。
「モードレッド」
アーサー王に手加減はできないと狂化をして見せたが、彼女の精神力は狂気よりも遥かに強情であり、誇り高かった。バーサーカーの肩書は彼女にとって足かせ以外の何物でもなかった。彼女を縛ることは何人にもできなかったように。
「よかったね」
モードレッドとの別れに涙を流した。
そんな琥珀のもとにアーサーが近寄った。
「琥珀さん、モードレッドのマスターでいてくれて本当にありがとう」
「私はあの子に注意されてばかりだったから、でもあの子の望みが叶えられて本当によかった」
「いえ、まだ戦いは終わっていません。脅威が残っています。琥珀さん、私と契約してくださいませんか?」
「脅威」
「始皇帝、彼は疑似英霊であることを利用し、政治中枢を破壊しようとしている。この時代の人々を守るために力を貸してほしいのです」
琥珀は空を見上げ、アーサーに向き直り腕の令呪を彼女に差した。
「私と契約の印を結べ!アーサー!」
月島は石川島造船所の一角。人除けの結界を潜り抜け、ホルスト、アーチャー、智子、ルーラー、ケレスの五人が勢ぞろいした。そしてそこにシャリアが顔を出した。
「ホルスト様、錠を開けました。三秒後に結界が消えます」
彼女の言葉通り結界が消えると、智子は赤い全身強化の術式を解放し、腰からアゾット剣を投げ飛ばした。
走り飛ぶと二層目の結界に突き刺さった剣の柄に拳を押し当てた。
「レストっ!」
二層目の結界が砕け散り、体を半回転させつつ破片となった結界が実体化し、隠れていた敵に襲い掛かった。
「攻勢防壁を逆手に取ったか、さぁ一気に片をつけようか」
走り出したクレメンスの先頭に立ち、倉庫から飛んできた矢を弾き飛ばした。
「来たか紛い物のアサシン!」
「ジークだ!第六天魔王!」
正面に対し、クレメンスのペースを崩さぬよう二五丁のモーゼル1898ライフルが逃げ回るペルレを丁寧に追撃していく。
「甘いよ!」
弾丸を避けながら、アーチャーの抜きはらいを受け止めた。
「行け、すぐに追いつく」
「いや!ここで殺す!」
だがペルレの大剣を受け止め、流すように胸に切っ先が分け入った。
「おっとと?これで僕が死ぬと」
「お前の力はどこまで神聖なる力だ?」
刀を伝うように熱が走り、ペルレの胸に撃ち込まれたあるものに火が灯った。
「そうか、サーヴァントの力の源はこの聖遺物か」
「神性化されたものを燃やすのか、僕のジークフリートの刃片だけが燃える!」
「そうだ、これが第六天魔王波旬だ」
顔の半分が黒焦げたおぞましい表情となり、彼の胸から燃え盛る聖遺物が抜け出た。
「まだ!まだだ!」
アーチャーに向かって剣を振り下ろし、その歪んだ顔に一撃が入った。
「やった!」
「気が変わった、お前を殺すなとホルストに言われたが」
ペルレの周囲を三千丁もの火縄銃が所狭しと包み込んでいた。アーチャーは笑っていなかった。
「やだ!」
「
一斉に放たれた銃火中から、肉片が地面へぼたり、ぼたりと滴り落ちた。
強化した肉体は赤い輝きを放ち、呪術を纏わせた拳が敵の腹部を深々と貫き、その手を大きく広げた。
「ひとつ」
男の体を呪いが走り抜け、肉体を黒く染めて絶命した。
「貴様っ」
その光景を見ていたドイツの魔術師が青い炎を纏ったオオカミの幻獣を召喚し、四匹が一斉に智子に襲い掛かった。
「ふたつ…いや」
彼女が手を振り下ろした瞬間、地を板のような結界が何重にも走り、幻獣を一瞬のうちにバラバラに切り裂き、そこから呪いが伝って黒く染めつくした。
「いつつ」
「そんな!私の獣たちが!」
逃げ出した魔術師に先回りし、彼を蹴り上げると再び追いついて肘で首をへし折った。
「むっつ」
その光景を見ていた三人の魔術師は怯んだ。あの美しく伸びた髪は紅葉のような美しい赤を輝かせ、その瞳が彼らに死を宣告している。
「頼む助けてくれ」
そう言った男の首を跳ね飛ばし、落ちてきた頭を掴むなり握りつぶした。
「大丈夫、誰一人として生きて返さないから」
智子は残りの二人をどう処理するか、それしか考えていなかった。
聖杯があると思わしき倉庫は二重の構造であり、この一層目に辿り着いたのはホルスト一人であった。
コンテナが複雑に配置された奥に、白髪になった縫い跡を持つ男が立っていた。
「とうとう来たようだなホルスト」
「ええ、少し時間がかかりましたがね」
彼の義父、ジャヴェルは強情にして細心、豪胆にして穏やか、もしアハトという強大な存在がなければ、ジャヴェルも良き父であり師であったかもしれない。
そう思わざる負えなかった。
「お前が使命に忠実であることはよく知っている。だからこそ復讐の邪魔はさせん」
ジャヴェルの持つダブルアクションのリボルバーが火を噴くと、ホルストの脇を掠め、彼も三発の弾丸を撃ち込み、鉄製のコンテナに隠れた。
「時間遡行弾。僅かに一秒だが効果は十分のようだ」
だが彼はホルストを追いながら正確に弾丸を撃ち込んでくる。
「どうした?今日のために何種類か弾丸を用意したのだろう、ホルスト」
ホルストは構わず、物陰へ、物陰へとジャヴェルから逃げるように移動する。その度にジャヴェルの正確な射撃が飛んできた。
息を荒くしつつ、弾倉をポケットに放り込み、ホローポイント弾頭の弾倉に交換した。
(なるほど、予想通りだ。ならこの逃げ時間を有効活用する)
銀の弾頭弾を一発取り出すと、詠唱もなしに銀が溶け落ちて地面を縦横無尽に走った。
(これでチェックメイトだ)
銀は倉庫内に張り巡らされた回路を逆流、地面全体が魔力反応を探知する結界であることに気が付いた。
そしてジャヴェルの正確な位置を把握した。
「さすがは我が息子だ」
ホルストの頭部を二発の弾丸が貫いた。
「だがそうなることは分かっていた」
ホルストの体は力なく倒れ、血ではなく透明な羊水が流れ出た。その羊水の性質を結界が即座に判断し、それが人間のものでないことを知らせた。
ジャヴェルは左肩に衝撃を感じると、胸も貫通していたことに気が付いた。そして傷口から白く冷たいものが傷口を辿って全身に回り始めた。
「そうか」
左上を見上げると、銃床付きのルガー08拳銃を構えたホルストが天井の鉄骨に張り付いていた。
「どうも」
安全装置を掛けて床に降りると、氷になるジャヴェルの元に歩み寄った。
「この感知型結界は魔力を流し、対象から反射を術者に知らせるもの。だが倉庫全体を走っている以上、その処理能力は人間なら三秒前後。その間に俺のダミーを転がしておいたのさ」
「よかろう…疑似聖杯は…この…先だ…アインツ…ベルン…の…し…め…い…」
彼の臓器も凍結し、やがて全身が凍った。
「あなたはアインツベルン当主の務めを果たされました。どうか安らかにお眠りください」
そうして倉庫の奥の扉を開けると、もう一つの厳重な倉庫が姿を見せる。そして彼の後ろからアーチャーが現れた。
「ルーラーは」
「まだ雑兵を相手しておる」
「なら急ごう」
重々しい扉を開き、正面に目を凝らすと鋼鉄製の球状ポッドが、見開き窓からここに聖杯があると言わんばかりに銀色に輝いていた。
「ようやくこの時が来た!この帝都を流れるあらゆる魔力を吸い上げ、これに疑似英霊の魔力が上乗せされた完全なる聖杯が手に入る」
「これでお前を縛るものはなくなるな」
「さぁアーチャー頼んだ」
振り向いたホルストは恐怖に顔をひきつらせた。
「どうした?」
アーチャーの上半身が下半身から千切り飛ばされ、彼女がルーラーの存在に気が付いたのはその後だった。そして彼女の心臓に杭の先端が置かれた。
「し、死にたくッ!!!」
「第七聖典は裁きを下す」
撃ち放たれた一撃がアーチャーの胴体を微塵に砕き、灰になって消し飛んだ。
「最初からアインツベルンは聖杯を二つ用意し、その片方をあなたに渡そうとしていたのですね。でも、私ルーラーが一つの聖杯しか認めないことは明瞭。そのためにクスィーを隠れ蓑にしようとしたわけですか」
「まさか、初めから気付いて」
「ええ、だってそのために私は聖杯に召喚されたのですから、聖杯は唯一絶対であり、存在があり続ける限り二つとその存在は許さない」
ルーラーは第七聖典をポッドに向かって構えた。
「やめろ!」
ホルストが引き金を引いた瞬間銃弾は暴発し、銃の破片が彼の顔に襲い掛かった。
「がぁぁぁぁぁぁああ」
「今一瞬だけ、薬室に蓋をしました。この時代の銃ならそれだけで致命傷ですから」
「やめろぉぉっぉぉおおおおおおおお!」
第七聖典の一撃がポッドごと聖杯を砕き、ルーラーはその手に余剰となった魔力を吸収した。
ホルストは傷の痛みなど構わず、悲壮な表情のままルーラーを見据えていた。
「アインツベルンに使命があるように、私にも使命があった。ただそれだけなんですよ」
そこには追い求めた者の末路があった。
彼の誠意は間違いなくジャヴェルという父とアインツベルンという血脈に裏打ちされた誇りから来るものであった。しかし、彼の誇りは彼自身が殺し、そしてその結末をこうしてその身で味わった。
ただそこには無に帰した夢の残骸が散らばっていた。