Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920- 作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)
時刻を一時間ほど過ぎた東京は日比谷の一丁倫敦。
ここの静まり返ったオフィス街を宮城に向かって東京駅玄関から壮大な馬車列が伸びていた。
そして車列のほぼ中央に据えられた玉座に雪山こと始皇帝が坐していた。
「余は完全にはなれなかった。だが、我がこの世においてここまでの力を行使できるというのは、つまりは世界が余に畏怖と尊敬をもっ
ていることの証だ。ならば、ひとつその力でこの国の王を殺してみせるのも造作ないことだ。そしてそのあかつきには我の自由であると、そうだなカトリよ」
始皇帝の玉座脇からカトリはゆっくりと頭を下げた。
「復讐こそ我が定めにございます。帝の力がございますれば、さらに良き復讐の徒となりえましょう私という化け物は」
「まさしく、お前は妖怪の類だ」
十騎八列の陣はゆっくりと、しかし確かな足取りで宮城を取り囲む結界を破壊していく。
「それにしても奴はまだか」
「奴…アンジェリカですか」
陣列の前方に白銀の礼装に身を包んだアーサーが真っ直ぐ歩んできた。
「噂をすれば…槍隊!前進せよ!」
だがその長槍はビルの屋上から放たれた輝きによって破壊された。そして輝きは衝撃波となり土の兵たちを次々と打ち砕いていった。
「間桐のマスターにございます。ここはお任せを」
「よしなにな」
琥珀は馬車列を見下ろしながら、革ケースに入った木札の枚数を数えた。
〔琥珀さん、ここまでで十分です〕
〔いいえ、最後まで私も戦うわ。あなたも頭上を気にせず思う存分にやって、魔力の心配も無用よ!〕
〔心強い!〕
琥珀はビルを伝う存在に気が付き結界を発動したが、赤紫に目を輝かせるカトリが彼女の結界にめり込み、溶かし始めた。
「いいですね、私も結界専門の魔術師です。採点しましょうか」
その人口の瞳は縦横無尽に走り、やがて彼の体に溶け込むように結界が消し飛んだ。
「そうか!結界を溶かす邪眼の殺人鬼!パリで高官を次々と暗殺した男」
「よくご存じで、そう私が魔眼の奇術師ロアン・ダ・ヴィンチ。横浜支局の奴らも、内通者も存外手ごたえがなくて困っていたんだ。君は違うのだろう?聖杯の卵」
「何とでも言えばいい!」
木札の一枚の魔力を解放したと同時に、内外から結界が干渉し、火花が飛び散った。
「さぁ、早くしないと逃げ場がなくなりますよ」
周囲を覆うようにハンドボールサイズの結界が無数に宙を漂っている。その一つが琥珀の結界に干渉すると実体化し破裂、ガラス片となり彼女に降りかかった。
「対魔術ではなく、物理的な破壊をもたらす私の結界は守りではない。攻勢魔術そのもの。まさに死のシャボン玉だ」
琥珀は次々に結界に干渉してくるシャボン玉に耐えながら、木札の最後のストック五枚を取り出してありったけの魔力をある術式に込めた。
「できれば、使いたくなかった」
円陣となり消し飛んだ木札は蒼い光の玉となり、そしてそれが連なって巨大なムカデが姿を現した。
「魔蟲三ノ式、黄金を食い尽くす大百足!」
百足はカトリの結界をすり抜け、カトリの自己防衛結界をも食い破って彼に絡みついた。そして巨大な顎が彼の左腕と右足を食いちぎった。
結界は百足とともに一斉に消え去り、カトリは絶叫しながら地に伏した。
「本来なら手のひらサイズの蟲だけれども、札を使った特大サイズの蟲よ」
しかしたった二分の召喚に、琥珀も気力を持っていかれ自然と息が荒くなった。
「よくも、やってくれたな」
のたうち回っていたカトリの目が再び赤紫に輝いた。そして琥珀を半球の結界が内へ内へと収縮していく。
「潰れろ、腕と足の代わりに命もらう」
だがその結界を深紅の風が打ち砕き、カトリの首も切り伏せた。その光景に琥珀は力なく膝をついた。
「モードレッド」
「琥珀、全力なのは分かるが無茶はいけないぜ。少しは加減しろよ」
そう告げると赤い騎士はビルを飛び降りた。
琥珀は夢中になって大通りの見える場所に立つと馬上で赤いマントを翻すアーサー王、そして彼女の前を円卓の騎士たちが盾となり矛となって始皇帝の軍団を次々と打ち破っていく。
「これが貴様の軍勢か、アンジェリカいやアーサー王よ!」
安房宮が大通りを包んだが、円卓の騎士たちは怯むどころか増々その勢いを増していくのである。
始皇帝は息を飲んだ。
「なぜだ」
「始皇帝よ、お前はサーヴァントという立場でありながらこの時代の大局に干渉しようとしている。そんな横暴はお前も私にも許されない!そして聖杯戦争はもうすぐ終わる!消える定めから逃げるな!」
「フフフ、ハハハハハ!何を拘る?この時代に生まれたものは、すべからく己が道を究めるもの!余は余の覇道をこの時代にも示すだけだ!アーサー!」
「なら、この世界の、この時代の多くの人たちを守るために!未来を守るために!私はお前を倒す!」
「なら行動で証明して見せよ!」
大挙して攻めかかる土の兵たちを騎士たちが立ちはだかった。
「王よ、ここは我々が道を切り開きます」
「任せた!」
ガウェインとモードレッドが突撃し、赤い風が稲妻となり一直線に陣を始皇帝の目前まで切り裂いた!
「甘いぞモードレッド!」
そう叫んだガウェインのガラティーンの閃光が道を塞ぎに入った土の騎兵たちを消し飛ばした。
走り出したアーサーの馬を七騎が守りながら疾駆する。だが、裏廻りした兵がアーサーに槍を投擲した。
「王の背中は私が守る!」
ガラハッドの巨大な盾が槍を弾いた。
そして二本目を構えた兵を一本の矢が貫き、砕いた。
トリスタンはガラハッドに軽く手を振った。
土とはいえ始皇帝の精兵、それになんら怯むこともなく騎士たちはまっすぐ道を維持し続けた。
そしてアーサーの剣が天を指し、黄金の輝きに包まれた。
「なるほど、お前は本物の
「
安房宮は光の中に消し飛び、土の兵たちも光の中で砂に還った。
そして始皇帝の体はその黄金の中で灰となり消えていった。
その安房宮の残骸は光の雨となり、地ではなく天へと降り注ぐように登っていく、円卓の騎士たちも一人ずつ光の中に姿を消していく。
琥珀がアーサーに近づくと、彼女も既に光になろうとしていた。
「アーサー王」
彼女は首を振った。
「私の真名はアルトリア。使命を果たしました。これでお別れです」
「そう、アルトリア。ご苦労様」
「琥珀、どうかあなたの将来が幸福の日々であることを祈っています。私もこれであの人の元に向かうことができる」
「いってらっしゃい、そしてさようなら」
闇は深く、戦いの後の静けさが帝都を平穏の日々に戻していく、光の雨は彼らの行く末を名残惜しそうにゆっくりと天に昇る。
その輝きたちを見上げながら琥珀は洸とシールダーの無事を祈った。