Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920-   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第二十一話 東京市(三)

こうした魔術師たちとサーヴァントの戦いも帝都に灯る小さな火花。二人が教会に辿り着くまでの道のりは、いつもの谷中界隈の静けさだけの夜だった。

「着いたぞ」

 シールダーは門前から洸へと視線を移した。

「どうか焦らぬように、あなたなら時間さえかければ五分に持ち込める」

「ありがとう、気を遣わせるな」

「いつものことです」

 そして教会の前庭へと歩みを進めた。

「おうい、まっちょったぞ」

 アサシンは酒をあおりながら庭の真ん中にふてぶてしく座っている。シールダーは一文字を抜きはらい、その殺意のこもった瞳が彼に用件を尋ねた。

「沖田総司はここでワシと殺しあう。で、そこのマスターは中で待っているワシのマスターと戦う、行かれよ」

「総司」

「すぐに追いつきます。それまで」

「頼む!」

 洸はアサシンの脇を抜け、外側に開かれた教会の扉を勢いよく閉じた。

「じゃあ、用件は早く済まさなければのう」

 盃を投げ捨て、紅白の鞘を払って飛び込んだ。

 糸巻鍔が悲鳴を上げ、そのまま袈裟切りを返すと背中に体重を乗せて飛び、刃が過ぎたのを見て突きを走らせた。だがシールダーの姿はなく、左わき腹に痛みが走った。

「んんっ!?」

 振り向く間もなく突きがアサシンの鼻に突き刺さり、血しぶきが彼の視界を奪った。

「しかしっだぁ!」

 大ぶりの二振りが見当をつけて振り落とされ、僅かに感触があった。が、アサシンは鵐目が鼻の傷口に抉り込み、殴られたことにようやく気が付いた。

 シールダーは間合いを離し、切っ先をやや左に移した。顎下に小さな切り傷があった。

「ここまでなのか、以蔵」

「ぐ、ククク、カカカ!」

 痛みに悶え、やがて奇声にも似た笑い声に変わった。

シールダーは大きくため息をついた。

「そう残念そうにするな」

 アサシンの羽織が触手のごとく枝割れ、黒い枝先に刀が生え出た。

「これはワシが得た剣術が多数を相手に力を発揮する、その特性を宝具にした力。名を付ければ明けてこそ治めて狂う邪鬼道」

地を這うようにをシールダーは手始めに草むらを這う刃を低く飛び越え、枝に刃を走らせたが、以蔵の表情は変わらず宙からの一突きが脇腹を掠めた。

「京の袋小路が懐かしいだろう?」

 枝が彼女を何度も殴り、右腕に刃が通った。

 刀を無理やり握り、地面を転がったが人ならぬものを侍らすアサシンの姿は人ではないとようやく納得がいった。

「まだ始まったばかりだぞ!沖田総司!」

 だがそれでも彼女は立ち上がった。

 

 

赤い瞳のシスターは祈る。

 そして深い感謝の言葉を述べ、十字を切った。

「人殺しが律義だな」

 そう吐き捨てるように言った洸へクスィーは笑顔で向き直った。

「人殺しであるからこそ、神を信じ、許しを請うのです。そして教えに従い、全ての命を等しく愛する」

「なら生ける命のためにお前を主の元に送ってやる。だが人形が天へ行けるのかな?」

 洸は歩みを進めながら鯉口を切った。

「来なさい。終わりのために」

 ガントが放射状に走り、クスィーは黒鍵を斬りつけて赤い稲妻を引きちぎり、そのまま洸の一閃を正面からはじいた。

「そこかい!」

 洸は宝石の閃光を放ち、彼女の視界外から黒鍵ごと右手指を切り離し、切断面に向かってガントを走らせた。

「すごいわ」

 彼の左拳を蹴り飛ばし、勢いがなくなった彼の顔を黒鍵の刃が掻き斬った。だが、力を込めてガントを纏わせた右拳がクスィーを祭壇へと弾き飛ばした。

「なるほど、セイバーの言う通りだ」

 彼は血を拭い、刀に黄金の輝きを纏わせた。

 

シスターは決して笑顔を絶やすことはない。

 それどころか鋭い歯をあらわにし、もはや女性らしさが感じられない奇異な顔になっていた。

 彼女は確かに吸血鬼である。

 しかし、彼女の右手指から垂れ下がる指が糸を伝って揺れ動いている。

「アドルフの言う通り、人形だったのか」

「そう、私は自ら骨格の主たる肉体を魔力で修復することで無限に再生し続けられる」

 彼女の右手は球体の関節とともに再生し、その表面を人のような皮が覆い包んだ。

「でも、そんな私にもささやかな願いがある。先ほどあなたが言ったように、人ならざる者は天国と地獄のはざまを永遠に漂うことになる。辺獄へ行くことさへも許されない。だから私は本物の人間になる。義体を用いた吸血鬼のクローンという私の本質を塗り替えることができる。しかし、あと二人。ルーラーとセイバーを聖杯に封じなければ私を実体化させる魔力は手に入らない。足りない、足りないのです!だからあなたの魔力も私に下さい」

「断る。俺は耶蘇様に興味はない。だがお前は俺の家族を傷つけた、それも簡単には治らない傷だ!その代償はお前がその体のまま死ぬことで払ってもらう!」

「ふふ、ふふふ、これが宿命、これが運命。主よどうかお許しを…」

 クスィーの右手を突き破るように一本の穂先が姿を現した。その血がこびりついた槍はクスィーの表皮をわずかに砕いた。

「ロンギヌス!彼の定めに終わりを告げよ!」

 限界まで魔力を放出し、右腕を洸めがけて構えた。

 その瞬く間の突きが洸の右胸を貫通し、洸の前に張られたガントの壁がばらばらと崩れ落ちた。その衝撃波は教会内のあらゆるものを破壊しつくした。

「まだだ!」

 洸の回路は黄金に輝き、押し広げられた回路が崩壊を始めるが刀はその閃光で槍を打ち砕いた。

「これは失われた魔法の複製!不死鳥の弓だ!」

 その閃光はクスィーの体を砕き、その合間に流れ入っていく。その膨大な魔力量に彼女の義体は耐え切れずにバラバラと砕け始めた。

「これが主の望み、ああ!我が主よ!愛する者たちに祝福があらんことを!」

 彼女は天を仰ぎ、炎の中に落ちていく。

 表皮は溶け落ちて球体があらわとなり、人形の体が崩れて心臓に輝く赤い宝石が見えた。

「お前は人ならざる者、たとえ人になってもお前はこの世界で何も得ることはなかった」

「それでも、出会いはあったわ」

 クスィーの核となった赤い宝石が床に転がった。

 洸はそれを拾い上げ、月明かりにそれがハート形のルビーであることが見て取れた。

「アドルフの言う通り、肉体を維持する魂の座がここにあった。そこに魔力を無尽蔵に流し込めば肉体は許容しきれず、崩壊する」

 洸は力なく倒れ、胸の傷口から血が流れでた。

 彼に傷を治す気力はなかった。

 

 

 シールダーは為すすべがない。

 叩かれる体がもはやどこが悲鳴を上げているのかさえ理解できない。叫ぶ暇すら与えられない。その肉体に以蔵のありとあらゆる感情が叩きこまれた。

 だが何度でも立ち上がり、打たれ、なおも手から刀を離すことはなかった。すでに青い羽織はなくなっていた。

「簡単に死んではおもしろくない!」

「そうか、近藤さんこの魂の強情さこそが、新選組の精神を伝える原動なのですね」

 目の前で甲高い金属音が鳴り、その大きな背中に目を見張った。

「そうだ!俺たちの旗は俺たちの生きた証!たとえどんなに長い年月が経とうとも、俺たちの魂は不滅なのだ!」

「近藤さん!」

 青い霧を纏った肌の浅黒い男は、黒い枝を意にも返さず三本も斬り落とした。

「総司!掲げるんだ俺たちの旗を!」

 シールダーは誠の旗を突き立て、その背から人々の影が次々と姿を現した。

「まさか、お前の宝具は」

「そうだ!私の宝具はこの小さな旗だ!友と戦ってきた忠義の証であり、正義の証だ!お前の見れなかった本物の友情が私の宝具だ!」

「だまりゃあああああああああ」

 黒い刃が一斉に隊士たちに降りかかるが、その単調な斬撃は数によってあっさりといなされ、アサシンの宝具はその効力を失った。

 技を捨てたのは紛れもないアサシン自身であった。

「そんな」

 そして彼女に白地に黒いダンダラ模様の羽織を優しく着せた手があった。

「ありがとう、あなた」

「背中は任せろ、行け」

 駆け出した彼女に恐れはない。

 確かに失いはした。だが彼女の本当に守りたかったものはまだその胸の中にあった。そして、それを二度と見失わぬと心の中で強く決心した。

「来るなぁーっ!」

正面から来た黒枝の塊を、黒い洋服の男が一閃で払いのけた。

「負けるな、宗次郎」

「ああ、トシにぃ!大丈夫だよ!」

 アサシンの間合いに飛び込んだと同時に彼の斬撃よりも早く喉、心臓、水月を突いた。

「無明剣三段突き!」

 アサシンの枝は消え失せ、その体は地面に叩きつけられた。

「みんな…仇は…とれなかった…すまん」

 青い霧となって消え失せるアサシンを見下ろしながら、荒れる息を一気に吐き捨て、大きく空気を吸い込んだ。いつの間にか近藤たちは消え、シールダーは尻もちをついた。

「はぁ、はぁ、洸さん!」

 すぐさま立ち上がり、扉を開け放った。

 そして倒れる洸のもとに歩み寄った。彼の体は全身から透明な液体と血が交互に吹き出し、かろうじて呼吸だけはしていた。

「遅かったか」

 シールダーは来たばかりのルーラーに縋りついた。

「ルーラー、頼む、洸を救ってくれ」

 ルーラーは首を振った。

「なら、なら聖杯だ!聖杯の力があれば」

「肉体を復元できても、魂の器には小さすぎてすぐに崩壊する。彼の魂はもうこの世にはとどまれないほどの魔力を生み出し続けている。聖杯でも無理よ」

「そんな…」

 シールダーは自身を呼ぶ声に気づき、洸の元に駆け寄った。

「すぐに、すぐによくなります!」

「無理だ。自分がよくわかる」

「無理?そんなの聞く耳持ちませんから!あなたには琥珀ちゃんと赤ん坊がいるんです!父親が勝手に先に行くなんて道理があってたまるものですか!だから、だから、笑って、冗談だって言ってくださいよ洸」

「もう長くなかった。ボロボロだったんだ。俺はあと一つお前に頼みたい」

「お断り…できないでしょうに!」

「すまない、ルーラー」

 ルーラーはその手に聖杯を持ち、彼らへと差し出した。

「あなたは何を願いますか」

 そして一つの願いを叶え、榊原洸は沖田総司の腕の中で眠りについた。

残す言葉もなく、満足そうに笑顔を浮かべて彼は彼女の必死の叫びにも目を開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

この聖杯戦争はジャヴェル・アインツベルンの私意によって引き起こされたものであり、多少の騒乱はあったものの御三家はなかったものとして正式に記録から抹消。

 改めて第三次聖杯戦争は二十四年後の一九四四年に行われることとなる。

 

 

 

 

帝都聖杯奇譚 ~1920~  完

 




次回は最終回としてエピローグをお届けします。お楽しみに
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