Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920-   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第六話 田端(二)

五月二十四日 夕刻

 

 根岸よろしく、大正期の練馬近郊は東京の郊外と言うよりも、江戸の郊外と言った方がふさわしいほどに田畑が広がっていた。その暗さは帝都心臓部の明かりさえも届かぬほどであった。

 江古田村という辺鄙な農村に竹藪をもった低い丘がある。日本らしい農村の光景とは打って変ってアールデコ調の小さな洋館が異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「おまちしてましたよ、ホルストくん」

 この洋館はさる華族から買い取った、ドイツ魔術師協会の支部施設であり、サーヴァント・セイバーのマスター、カトリ・ハインリッヒが根拠地を構える館でもある。

「結界を解くとは、不用心ですね」

 客間に通されたホルストは誰に言われるわけでもなくソファーに腰掛け、黒に赤を配した詰襟姿のアーチャーがその後ろに立った。

「そこの御仁に破られると、修復が手間なものでしてね。もちろん、君に対してもアーチャーに対しても、思惟があってそうしたわけではないから安心してくれ」

 カトリの背後にノロりと姿を現したセイバーは、一つに結わえた長い髪に、紅白に拵えられた趣味の悪い刀を手にしていた。顎鬚をいじりながら、視線を三人それぞれに細かく配りながら、その顔は笑っていた。

「ところで今日はまた急だね、どうしたのかな?」

「一つ聞きたいことがありましてね」

「なんなりと、これでも日本支部局長だからね。答えてあげられる限りは」

「独魔術師協会の聖杯を手にする目的は」

「ん、それはご存知の通り、魔術の根幹であり、絶対の法理たる魔法を追求するためだ。聖杯の力があれば魔法の観測とその利用も簡便になる。奇跡は魔法に等しい力だからね」

「ではわざわざホムンクルスを使って聖杯に魔力を流し込むような真似をせずとも、既に聖杯はその要件を達する魔力量を持っているではないですか」

「ホムンクルスではなく、あれは人造英霊。我々は聖杯の奇跡の力を用いずとも英霊を召喚できるのだよ。それに力はより多く、我々に味方するのが正しい理なのだよ」

「ふん、こんな回りくどいやり方で正しい理などとよく言えたものだ。カトリさん、ジャベル卿の本当の目的を教えてくれ」

「聞きたいのかい?」

 

 カトリの屈託のない笑顔に悪寒が走った。

 

「ええ、よろしく」

「なら、まずは昔話からしましょう。我々はヨーロッパ全土の大戦の中、志を同じくするホーエンツォレルン家の頼みを聞き、兼ねてより一方的に支配してきた英国の魔術協会と袂を分かち、ドイツ帝国魔術師協会として独立、戦争協力に邁進した」

「ヴィルヘルムの奴と懇意になった結果だな」

「しかし、国内からの横槍によって停戦し、ヴィルヘルム帝はドイツを追われ、ヴェルサイユ条約を調印するまでに事態をもっていかれてしまった。しかし、我々は決して屈せず魔術の面からドイツを支えるべく、日夜世界の敵と戦っているのだ」

「その結果がメイドゥムの災日か」

「君ら若手がそう呼ぶのは勝手だ。しかし、あの会談こそが我々の意思表明であり、再度の宣戦布告なのだ」

「あの日、アクエンアテン師範の再合併に関する妥協案が成立しようとしていた現場に、ジャベルはくだらない演説を張って相手の怒りを買いそのまま乱闘になった。その場にいたあんたはそれを嬉々として眺めていたそうじゃないか」

「アドルフの奴だな、あいつは何もかも話しすぎる」

「アクエンアテン師範は過労により倒れ帰らなかった!そして、全ての努力を無に帰したまま、この日本に来てまでくだらない虐殺を繰り返している!そのホムンクルスを使ってな!」

「言いたいことはそれだけかガキ」

 ホルストは立ち上がるなり銃口を向けた。

「なるほど、わかったよ、父は聖杯を使って報復兵器の完成を急いでいるんだ。しかもこの東京を実験台にするために、俺はそんなことのために聖杯の力が利用されるのは真っ平御免だ!」

「いいんだな?」

 カトリの後方から走った無数の鎖がアーチャーの四肢を縛り、床にたたきつけた。

「馬車引きとは、いい趣味だね」

「雪山様、私の専門は封印操作でありますので」

 堂々たる金色の衣を身に纏い、腰には長大な剣を佩き、その浅い笑みを二人に向けた。

「この国では国家統一の将とたたえられているそうではないか、織田信長よ」

 雪山という男の異様な空気を警戒し、アーチャーを縛る鎖に弾丸を撃ち込んだ。

「やめておけホルスト、こいつはワシの宝具を使えなくしとる」

「それはペルシャの古代遺跡から発掘された、古代英雄の武具の残骸。ドイツが所持する数少ない宝具の一つだ」

「封印指定の天鎖を持ち出したのか!ということは来るんだな!」

「ええ、ジャベル卿はもうすぐ東京に到着しますよ。その前に邪魔であるあなたを始末します」

雪山は袖を一振りすると、床から土くれの兵が二体現れた。

「来るな!」

 数発を撃ち込んだがビクともしない。

 さらに四体の矛を持った兵隊が姿を現した。

「せめてもの情けです。止めになったら私が殺して差し上げますよ」

 ホルストの手には八ミリモーゼル弾仕様に改造されたボーチャードピストーレ。世界初の弾倉式自動拳銃である。特徴的な後部への突起が特徴的である。

 彼は通常弾の弾倉を放棄し、パウチから黄色に塗られた弾頭の弾倉を装填。二発を手前の兵に撃ち込むと上半身が吹き飛び、砂に還った。

 そして続いて二体目と三体目の首と胸をピンポイントで撃ち、これも砂に還った。

「ただの操り人形だ。土で乱造できる魔術仕掛けのな」

「ほう、兵の気を読めるか、なら寡兵ではなく大軍で押し殺すとしよう」

 雪山が袖を右に振れば旧兵隊が、左に振れば短槍兵が姿を現した。

 正確に射抜いていくが、何体かが鎖を持ち四方に引き裂かんとする。すぐに破壊しても次から次へと鎖を手にして外へ、外へと力をかける。

(手が汗に滲む…こんなのはマルヌ以来だ…!)

 予備弾倉を手にかけたがその弾倉を弓矢が弾き飛ばした。使用している回路断線弾は床に転がるそれが最後、この弾丸でなくては雪山から延びる魔力の糸を修復不能までに断ち切ることができない。

 死を覚悟したとき、突如として館の消し飛び、二階のあるはずの部分が露わになった。

 ホルストは咄嗟に緩んだ柱を倒して鎖の拘束力を解いた。

 

「まだまだぁーっ!もうひとっ斬り!」

その遠吠えに続いて、カトリと雪山めがけて建て一文字の一撃が一階と二階のがれきを吹き飛ばした。

 そしてホルストとアーチャーの目の前に、美穂とネズミ面の若武者を乗せた馬が現れた。

「ホルストさん!私はあなたの味方です!あなたを助けに来ました!」

「あ、ああ!」

 手綱を引く男の顔を見るなりアーチャーは大きく笑った。

「サルめ!ひさしぃの!」

「お、御屋形様、お日柄もよろしいことで」

「似合わんテンプレは治らんか!?ワシらの馬はあるか!」

「もちろんでございます!」

 手元から投げられた鈴が一頭の馬に変身し、アーチャーとホルストは慣れた手つきで乗り込んだ。

「逃げますよ!ライダーは走らせて!」

 二頭は竹林の出口に向かって駆け出した。

「サルよ!貴様、クラスは」

「ライダーでございます!女を抱きすぎました!」

「カカカ!ワシが貴様の金的を蹴らなんだら貴様は徳川に天下を奪われ何だろうな!」

「何事も定めにございます!」

「迷路の結界が発動してる!なるほど、入るのは簡単なわけよね!」

 美穂は暗闇の林道に目を見張りながら、肩掛けのバックから銀の液体に満たされた小瓶を取り出し、頭上へ投げ込んだ。

 すると瓶は何に当たったのか、割れて液体を四方にまき散らした。

「ホルスト!降りろ!」

 彼が飛び出た瞬間、馬は十数本の矢に射抜かれて光となって消し飛んだ。アーチャーはマントを翻しながら周囲に目を配った。

(止まれ!そこから縦へ下に弾幕を張れ!)

 ホルストの言葉通り、十五丁のライフルが天から茂みへと一斉射した。そして、腰の左文字を抜きはらった。

「こそこそと!」

 矢を一つ斬り落とし、二本目の矢ごと第二斉射が放たれた。

 しばしの静寂の中、アーチャーは敵の正確な位置をつかんでいた。

「いやはや、アサシンらしくいきたいのに、見え見えじゃ意味ないや」

 そこには中性的な顔立ちに青い衣を身に纏った少年が、アーチャーの前に姿を現した。

「ほう小童。この第六天魔王・織田信長に腹を見せて一人前のつもりか?」

「第六天魔王…なんかカッコいいですね!」

 異様なはじけるよな笑顔を浮かべ、一転アーチャーは不満げに笑みを浮かべていた。

「自慢の豪弓を壊しちゃうなんてさ、それにその銃って宝具じゃないよね?サーヴァントは宝具で戦おうよ!」

 一発放つと、少年は背の大剣を抜き、弾丸を斬った。

「お前の主人の国で作った銃であろうが、いつまでも弓だけでは戦はできんよ」

「すっごーい!でもね、もうそんなパチンコ玉になんか当たらないから!僕はペルレ・アプト!クラス・アサシンにして、竜殺しジークフリートなり!えへっ真似しちゃった」

間髪入れず撃ち込んだ弾丸が全てはじかれる。大剣の魔術刻印が青白く輝いた。

「今度は僕からいくよ」

 アーチャーはペルレの二太刀目を左文字の峰で受け流していた。とうの一太刀目は左下段で縦となった二丁のライフルが真っ二になって転がった。

「む」

 ペルレは柄を握り、腰の短剣をアーチャーの胸に走らせた。

「甘った!」

 ライフルに持ち替えていたアーチャーは曲芸のように何回転もさせて、銃剣でペルレの両ひざを回し斬った。

「うわぁ!」

両ひざが前へと折れ曲がり、ペルレは鼻先から地面へ倒れ込んだ。

戻ってきたライダーに再び馬を要求した。

「世話かかりますな」

「お互いにな」

 再びホルストとアーチャーを乗せて走り出した二頭は出口に差し掛かった。

「これで最後の結界だ!」

 金の液体が小瓶から撒かれ、その輝きが二頭の先端を包み、見えない壁を突き破った。

 振り返れば竹藪は小さく、結界が見せていた偽の景色であったことに気が付いた。そして、二頭に近づく物音にも気づいた。

「ホルスト、あれが何かわかるか?」

「いや、闇夜に紛れて適当に動いているようだ。いや、縦横無尽にか」

 

 闇の先に見える二頭を、二頭に引かれた戦車が追いかける。田畑の良し悪しを一切鑑みることもなく、ひたすら二頭に位置を悟られぬように左右に振りながら近づいていく。

「貴様たちは、この私の戦車に見つかったが最後!さぁもうすぐ!あと少し!くだらない周王とやらの能力を手にしたが!この走破性!愛、してる!」

 そのくぼんだ大きな目が、先頭を走るライダーの視線とぴったりと合った。

「その車輪を廃し、太閤が接収す!」

「な!なァ――――――――――!」

 車輪を失った戦車は馬とともに田畑の中にひっくり返ってしまった。

 

 

「太閤権威、無機物であれば遠隔地からでも物を取ったり送ったりできる!ただ…手にしていないと元に戻ってしまう。ばれててもワシは滅多に使わん」

「カッカカカ!お前にしては大雑把な宝具じゃ!さぁ小娘よ、ワシらはどこへ向かう」

 

「ホルストさんの潜伏地、帝国ホテルです」

 

 

 

 

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