Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920- 作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)
五月二十五日 夕刻近く
琥珀とバーサーカーが帰宅するなり、三人はちゃぶ台を前に向かい合った。
議題はもちろん。
「私の意志は一貫して、ルーラーと歩調を合わせて独魔術師協会とは協力しません」
美穂はその返事に笑顔で頷いた。
「時計塔の指示でジャヴェルと協力することはありません。お兄様」
洸は膝を叩き、よしと気を張った。
「悩むことは多いが先ずは味方を増やすことが大事。俺は奴らと組まない。お前たちと共闘する」
曇りを隠して芯を根差す洸の姿にセイバーは安心した。ライダーとバーサーカーも黙って会話を聞いている。
「アンジェリカへの拒否の申し出は俺とセイバーが行く、ただもしかしたらアンジェリカだけとは限らないかもしれない」
「でしたら、公園への入り口前にバーサーカーを配置すればいいでしょう。私のライダーは足と手紙がありますから連絡は任せてください」
「手紙?」
ライダーに目配せすると、指を鳴らしたと同時に小さな文が琥珀の手元に召喚された。
「ライダーの能力『千生瓢箪』はモノや言葉を奪い、送る能力。ただし、質量が大きければ大きいほど、ライダーは肉体でそれらを手に持てなくてはならない。
持てない場合は元の場所に転移される。手紙程度なら簡単ですから」
「分かった、美穂とライダーは俺と琥珀の状況の仲介を、バーサーカーは公園の東奥から大仏へ」
「なんで甘ちゃんが指示出しているんだ」
「もっとも中立的な立場であるからよ」
「あっそう、どうなっても知らねぇから」
「指示に」
「仰せのままに」
「ありがとうね、それでは洸さんお願いします」
洸が立ち上がると、既にセイバーは浅黄色の羽織に一文字を帯びていた。
「ん、行こうか!」
玄関先で草履を履くセイバーの傍に琥珀が座った。
「セイバーさん、洸さんをお願いします」
「はい、それが盾たるものの役目でございますから」
琥珀に対して何を変えるわけでもない、セイバーの純朴さが不思議と温かみを与えてくれる。
「戻ってきたら何か好きな物でも作りましょうか」
「え?そうですね」
洸に目で問いかけると、好きなものを頼めばいいと戸を引いた。
「高野豆腐の卵煮かな」
「わかったわ、必ず作ってあげる」
「楽しみに…しています」
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
日暮れの明るさがセイバーの横顔に差し込んだ。
二人は公園へと歩を進めていった。
「お前に守られてばかりだな、俺は」
「私は力不足でしょう。しかし、あなたの素朴な望みが私にもわかる気がします。なるほど、あなたはマスターに相応しくない」
「そう思うな、頼りにしている」
しかし、上野公園に入った途端、セイバーは洸の前に出て刀を抜いた。
そこには、見覚えのある強烈な匂いが広場に充満していた。
「そこのあんちゃん、血の匂いは苦手か?ワシは懐かしい、いい匂いぜよ」
長髪に薄汚れた羽織には血のりがべったりとこびりつき、紅白の拵えが非現実な光景に溶け込んでいた。
「ワシはサーヴァントぜよ。クラス・セイバーのサーヴァントじゃ、のぅ新選組一番隊組長さん」
セイバーは体が震えていた、この時代ではないあの頃の空気を、その肌にひしひしと感じているからだ。
「懐かしぃ…再開の印に一杯」
「ふん、妄信者め」
「カカ、カカカ…」
腰にぶら下げていた徳利を踏み割り、不気味な笑みを二人に向けた。
「でもまぁ、お前さんも同じ穴のムジナというわけだ…!休まることのない、さまよえる魂」
「いいや、お前はドブ犬だ。勝ち組で一番のドブ犬だ」
「カカカ、なぁ見てみろよこの日本という国を、なんちゅう情けない姿じゃ、これがワシらの戦った末の世界だ!しかも徳川は生きとる!お前さんに何一つ返すことなく徳川は貴族として生きとる!死んだかいがあったのう…お互い様!」
「黙っとれ!以蔵っ—------------!」
セイバーの直情的な一閃が鵐を掠めた。
「冗談じゃ」
力の入った腕を奥に押し込みながら、柄を高く振り上げて何度も、何度もセイバーの頭を殴った。すかさずセイバーが足を引いた瞬間に蹴りを彼女の腹に打ち込んだ。
「なまったね、こりゃこりゃ」
転げるセイバーを見下しながら低く小さく笑った。
彼女は立ち上がって血を袖でふき取ると、切っ先を彼に向けた。
「そう、それじゃ、その顔!」
以蔵は獣のような雄たけびを上げながら、刀を大ぶりに四方へ振り回しながらセイバーに刃を走らせた。
だが、登っていた血を抜いたのは以蔵であった。
「うるさい」
瞬間、セイバーの姿は以蔵の懐にあり、そしてへそと腰が斬られていたことに気が付いた。
(死ぬ?)
だが、大仏のある不忍池側から爆発音が鳴り響き、青く沈む森の中に閃光が輝いた。セイバーの注意が自身から消える間合いを見計らって以蔵は森の中に逃げていった。
「ったれめ!」
倒れかかる彼女を洸が抱き留めた時、セイバーは既に気を失っていた。
「まったくなぁ、乱暴だよ」
砕き落とされた大仏の頭が転がるのもつかの間、あのペルレ・コーデに向かって長剣のごとき黒鍵が走り、大仏の胴体を伝って背首へ逃げ込んだ。
そして、首の前に立つ一つの影を注視する。
「おまえがいなければ、乱暴はしない」
「結局は僕が邪魔なのね!ムカつく!」
大剣を振りかざして大仏の影から影の側面に飛び込んだ。それを強大な杭打機〈パイルバンカー〉が受け止めた。
「ん」
打たれるべき杭は地面に食い込み、杭打機を支点に少年の左ほほを蹴り飛ばした。そして、間髪を入れず彼の顔面にアッパーを打ち込み、体は高く舞い上がった。影の合間にのぞかせるその顔は、まさしくルーラーであった・
「でも、ね」
空中で姿勢を整えたペルレの急所を三本の黒鍵が貫いた。しかし心臓から外れている。さらにもう一本の黒鍵がさらに宙へと跳ね飛ばした。
(わざとっ!?なぶり殺しか!)
ペルレの体が自由を失い、落下する真下に杭打機の鋭角な先端が彼を差していた。
「うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「セブン」
ペルレの体が何百、何千という切り傷と打痕に覆われた。
「カルヴァリア・ディストピア!」
布切れのようになったペルレの体が瓦礫の真上に転がると、小さな叫びが絶え絶えに響いた。
「さぁ、死ね!」
黒鍵が四本現れ、ペルレに放つのではなく大仏の右肩へ放たれた。
鎧の音とともに、眼鏡を掛けた完全装備のアンジェリカ・クロイツェルが姿を見せた。
「そこまでです。この明るさでは人が集まってくる。それに望まぬ客も来る。あなたなら、引いてくださるはずです。私たちに今、戦う意思はない」
「紛い物からそんな言葉が…なるほど、なら押しとおってください。よろしいですね?」
アンジェリカがルーラーから離れようとした瞬間、赤い俊足の影が二人の前に立ちはだかった。
その影は噴煙の中から赤い閃光をアンジェリカに向かって打ちはなった。大仏の胴体は銅製の破片と基礎の木材をまき散らして消し飛んだ。
「ルーラー、ここはこのバーサーカーに譲ってもらおうか」
白銀に赤の装飾を纏う彼女は、因縁のあの日を思い、体は戦えることに打ち震えていた。
「ご自由に、しかし、自重してください」
布切れのペルレを抱えて、大仏のあった小山からルーラーは離れてしまった。
ぽたり、ぽたりと滴り落ちる雨のなか、二人の騎士は余りに静かであり、まるで彫像のようであった。
「おまえは、変わらないな。直情的で、狡猾、自分の意を通すために自らをもだまして見せる。なぜかな、こうしてお前はまた私と刃を交えるのは」
「王よ、あなたが王であったからだ」
「そうだな、過去は変えられない。お前がどんな道を辿ってきたかは知らないが、こうして私に巡り合った。お前が騎士でなかったらと、何度思ったかな?」
「うるさいぞ!変えられねぇものに何でもいちゃもん付ければ、お前は犠牲者だったと言わんばかりのつらしやがって…!これはお前が望んだ形じゃない!俺が欲し、望んだ形なんだ!俺のものだ!この感情も、この対決も」
「まだ整理がついていないらしいな、なら私はお前の望みのままにしよう。お前は、なんとしたい?」
「う」
剣を突き立て、その前に立ちその両腕を大きく広げた。
「来るな」
「モードレッド」
「来るんじゃねぇ!」
「お前の欲しいものはなんだ」
動揺するバーサーカーの心に黒く温かみを消すような感触が飲み込んでいく。
「ああ、あ、ああ!」
鎧に忍び寄る黒い輝きがバーサーカーの意識を奪い始めたことに感づいたアンジェリカは叫んだ。
「モードレッド!気をしっかり持て!狂化したらお前の望んだものは叶えられんぞ!」
「望む…愛…尊敬…アーサーは。アーサー…殺ス!」
赤い魔力放出の風が黒い色に染まり、金髪が白く消し飛んだ。アンジェリカは仕方なく剣を取った。
バーサーカーのほほを赤い涙が走った。
「アァァァァサァアァァァァァァァッ!」
しかし、アンジェリカは自らも魔力放出をし、蒼く稲妻走る風がバーサーカーにアンジェリカの存在を再確認させた。
「来いモードレッド!貴様を倒す!」
モードレッドのクラレントが赤い旋風を纏い、振り上げられた瞬間、その瞬間である。
(今だ)
バーサーカーの体が遠くからの閃光に弾き飛ばされた。彼女の狂化は収まり、体が瓦礫にたたきつけられた。
アンジェリカはすぐに矢が飛んできた方向を睨んだ。
上野・広小路、松坂屋屋上の塔に赤い大鎧に、巨大な豪弓を持った古風な姿のアーチャーが講演を睨み渡していた。
(バーサーカーの宝具に邪魔された。一撃必殺ではない)
(構わんさ、二発目で二人をやれるか?)
(カカカ!是非もなく!それにしても、貴様も悪い奴だ…同盟になったとたんに始末とは)
(信ずるは己のみ、後は駒だ。聖杯戦争ってのは、そういうものさ)
(さも、あろう)
アーチャーは宙より一本の矢を引き出し、弦を引き、矢を公園に放った。
ホルストは男坂を登りながら現場に近づいた。
だが、小山から黄金の柱が天に向かって走り、矢が炸裂する寸前に、その輝きが矢ごと松坂屋の塔を吹き飛ばした。
(アーチャー!)
アーチャーは地上に降りると、燃える上野公園を遠く見つめた。
(ホルスト、奴は本当に紛い物なのか)
(わからん)
(ふざけるな、馬鹿どもがっ!)
根岸の駅から赤々と燃える上野山を、巨大なトランクケースを持ったシスターが嬉々とした表情で見上げている。プラットホームの粗末な明かりの下へその姿を見せた。
「役者が舞台袖に立ち、今か今かと出番を待ちわびる。長い脚本と演出の検討、よく訓練されたスパルタのような劇団員たちが、この時を待ち、誰に卑下されるわけでもなく、誰に邪魔されるわけでもなく、私は今日、とうとう舞台の中央に躍り出た。
我が主に感謝します。私目にこのような偉大なる役目をお与えくださったこと、誠にありがとうございます。おお、我が主よ、我とわが眷属に祝福を」
プラットホームの入口より現れた間桐静香がシスターに一礼した。
「ありがとう。間桐静香さん。私は聖堂教会より派遣されてきました。監督官、マリア・ミレー・ボードウィンと申します。どうぞ、お見知りおきを」
その黄金の髪と目が夜闇の中に怪しく輝いた。