Fate/Koha-ace 帝都聖杯奇譚-1920-   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第九話 月島(一)

 

 五月二十六日

 

 数年前の、ヴェルダン東部からの攻撃。

 少し頭を低くして部下の顔を見た。いくら何十回と訓練しても緊張が消えることはない。だが、そうしなければ、先日砲弾で消し飛んだ新兵たちのようになる。

ベテランであれば、あるほど、彼らは固く自分の師について真剣だ。私もそうだ。士官は真っ先に狙撃される。前線将校の消耗率の激しさは手紙の数だけよく知っている。

「大尉、静かですね」

「ここは前線から遥か遠い場所、要塞の司令部一歩手前だ。何かと、考えてしまうのさ」

「分かります。来月に妻が出産なもんで、ここで功を立てれば妻に食料を持っていける。そんなことばかし」

「そうだな、皆!時計合わせだ!」

 秒数を読み上げ、時計合わせが終わると、バックルの締め上げが十分であることを確認した。

 全員、十分な手りゅう弾とモーゼル拳銃にルガーの尺取虫。それに試製の機関短銃が指揮官に持たされている。

「五、四、三、二…一!行こう!」

 援護の煙幕をひたすら走り続ける。

「閣下…閣下…!」

 彼は眠りから覚めた。

 ふくよかな顎鬚を蓄える男の胸には十字勲章が輝いている。服装は帝国時代の騎兵服である。

 彼が差し出したコーヒーに手が伸びた。

「豆はアメリカ産の高級品、なかなか良いものです」

「味方だったらとな、いただこう」

 ストレートの一杯を静かに飲みながら、窓には東京湾を進む舟艇が排気音を立てながら隅田川を登っていく。

「もう朝か」

「日本に着いて早々の作業でございましたから、もう半日落ち着かれてもよろしいのでは?」

「いや、例のルーラーがペルレを瀕死に追い込み、それにホルストの反旗に時計塔の横槍、もはや帰るべき場所はない。事を急がなければ」

「かしこまりました」

 その顔は傷口の縫込みと、歳による皺に覆われて異様な凄みを醸し出している。

 彼こそがジャヴェル・プフェファー・フォン・アインツベルンである。

 机上に散らばる地脈図が帝都全域を描き出している。

「カトリたちは確かな仕事をしてくれた。この街に存在する霊脈の交差点に近い場所で聖杯の最終形成ができるとはな、報復は完遂できる」

「それで、カトリが倉庫に来ております」

「大方、疑似英霊たちのことだろうさ。では行くとするか、ところでパウル。さっきヴェルダンの魔術人破壊作戦の夢を見ていた。お前とは長い付き合いだな」

「今となってはこの日本に来た十三人の魔術師が最後です」

「ドイツは復興し、自らの力を抑えきれずに再びの滅亡を招くことになる。欧州を吹き荒れる嵐は確実に欧州を殺戮と焦土の大地に変える」

「そのための聖杯ですね」

「聖杯戦争もこれからの人類同士の戦争も不要だ。もういちど人々の心を打ち砕かねばならない」

「どうか御心のままに」

「行こうか」

 

石川島造船者は月島の東端、つまりは佃島の傍に立地している。ここに結界によって存在が消された場所がある。かつて御雇外国人が用意し、長らく歴代所長たちによって硬く閉鎖されていた二棟の倉庫である。

その奥の棟は昼間も暗く閉ざされ、天井窓から入り込む僅かな明かりがその鉄桶を照らしていた。

「待ったかカトリ」

「いえ、ここの結界は私の傑作でありますから、術式を眺めておりました」

「貴様の働きは十分を越しているがな」

「ありがとうございます少佐殿」

「もはや軍属でもない。ところで、ホムンクルスどもの事か」

「はい、やはり体の大部分を再生させたところで、所詮は人、器は一つであり、器に二つの人格は入らない。あいつらに愛国心を尋ねても、ドイツの文字は一つも出てこない、時間の問題です」

「なら、すり潰せ。とにかくこの聖杯に流し込む魔力を増やすのだ。そのためにホムンクルスとして復活させ、英霊の力を流し込んだのだ。使えるうちは大いに使うだけだ」

「かしこまりました。そのように致します」

 

 

 

 ここは立林高等学校、休校のために生徒はおらず静寂に包まれている。

「それで、お約束通り見せていただけるのですね」

「もちろん」

 美穂は用務員をする智子に連れられ、あの音楽科三号実技室に入室した。

 そして美穂はピアノを開き、驚愕した。

「どういうことですか!術式が使用済みになっている!このピアノは英霊召喚を研究していた魔術師がわざわざ日本まで持ってきた門外不出の代物!いわば聖杯戦争の召喚陣のオリジナル!失われたシールダーの刻印を持つ最後の術式だったのに!遠坂はどういうつもりなのですか!」

「説明ご苦労、でもね」

 智子は美穂の懐に飛び込み、その胸倉をつかんだ。

「あの洸が、あなたのお兄さんがキャスターに殺されそうになって、この部屋に入り込んだ。そのために式陣は使用され、シールダー召喚の文字は消えた!キャスターは惜しいことをしたわ、あなたもそう思わない?」

「わ、わたしは…」

 美穂は確かに、洸は召喚するという真似を侵さなければ、自分の欲した望んだサーヴァントを召喚できる陣を手にできたかもしれない。だが、それが兄の死を望んだことに深く後悔した。

手を離した智子は窓から校庭を見やった。

「クレメンティ―ナ、いや美穂さん。私たちは彼の魔術刻印の謎を知り、封印することを大事となしてきた。それこそが貴女にとっても、琥珀にとっても幸せだった。でも、洸は自らそれを打ち砕いてしまった。その結果がもうすぐやってくる。逃げたのは誰かしら」

 智子はそう言って実技室を離れてしまった。

ピアノ用の椅子に腰かけた美穂は、実体化したライダーに語り掛けた。

「私って、こうやってすぐに大事なことを忘れる。復讐を知り、すぐに残り時間の事も知って、お兄様は間違いなく琥珀ねぇ様のために命を燃やしつくす、でも、わたしはそんなこと望んでいない!あの二人には幸せになってほしい。そう望んだのに私は自分の研究に夢中になって、そして兄の命を救ってくれた式陣と彼女、そして兄さまを恨んだ。私は馬鹿やろうだ」

 ライダーの胸に顔をうずめながら、必死に泣き声を抑えた。

 

 

 気分転換に来た洸に斎藤美琴は激しく詰問し、逆に落ち着きすぎているセイバーに対しては何も聞かなかった。

 ここは斎藤家の道場。

 激しい剣さばきに洸はたじろぎ、美琴にあっさり一本を取られてしまった。

「出直してきなさい!あと十人あたれば、余計なことを考えずに済むでしょ!」

 洸はそれをよく理解してか、彼女の言葉通り斎藤家の門下生に当たっていった。

 とうの美琴は無理をしたのか、セイバーの隣に座って面を外した。

「美琴さん、どうぞ」

「ありがとう!」

 セイバーの入れた水を一気に飲み干した。

「かぁーっ!落ち着く」

「よかった」

 無理に作ったであろう笑顔をみて、美琴は漫勉の笑みを返した。

「二人とも、今日は荒れているわね。市谷さんのあたりなんか気迫だけであいつらを吹き飛ばしてたもの」

「私も修行が足りませんね」

 そう、狂った太刀筋を自らに正そうと気を張ったが、結局は空回りもいいところで感情は乗らずとも、剣に抑えが効かず無駄な一撃を丁寧に加えてしまう。

(歳にぃによく叱られたな)

「あのバカは考え出すと、何でもやるから、とにかくあいつにはシンプルであってほしいの、余計なことを考えず正しいと思った道をまっすぐに」

「そういえば、美琴さんはどうして洸さんと友達に?」

「聞きたい?」

「ぜひ」

 洸が三人目に対し、肩で息する姿を見て気合を入れろと叫んだ。

「あれは…二年前の秋だったかな…」

 

 私はあの頃、父のような警官を目指していた。祖父もそうだったし、特に刑事になりたかった。

 ただの婦警なんて願い下げだった。

 私は自分の正義感をめいいっぱい振りかざして、近所で起きた強盗を捉まえたり、疑心暗鬼の夫婦のために証拠を集めて和解させたり、殺人の犯人を言い当てたり、とにかく何でも刑事になれることを証明しようと駆けまわってた。周りの目は冷たく、早く嫁に行ってしまえば旦那や姑によく躾けてもらえるって、言われたこともよくあった。私は何も考えてなかった。

 そんな日々の中、不忍池のほとりで死んだ人間が歩いているという怪事を耳にして、張り込みをしたのよ。

 夜中、ある時間になると清水坂途中の弁天堂に降りる階段からよなよな死者が生前の姿で自宅へ向かい、一家が失踪した。私は生きている家族も死者のように生気のない顔でふたたび池に戻り、そして水底に沈んでいくのを見た。

 もちろん誰にも言わなかった。

 信じられなかったから余計に言えない。私は最初見たものを信じられなかった。

でもね、たしかにその家に人がいなくなって、一週間前から人のいない家が御徒町、根岸に二軒現れた。

誰かが意図的にそうしているに違いない。

 西洋から活動写真とかおかしなものが入ってくるから、その一つに違いないと思ったのよ。

 私は再び張り込み、歩く死者を捉まえて縄を縛ったのよ。でも、念仏の声に鐘の音、私の体を縛られたように不自由になり、階段を上る羽のような肉塊を背負った醜い僧が私に罠を張っていた。

 その死者とともに、夜闇を歩きそして死者の一家を連れて再び池に着いたとき、私は殺されることに気が付いた。

僧はかすれる声で唱えれば極楽浄土へ行ける、そういっていたけれど私には願い下げだった。

 そしてその僧の頭を小石が叩いた。

 鐘と念仏が収まった途端に腰に差してた合口で腕を刺して正気に戻った。だが、僧は私にとびかかって胸元を無理やり開かせて、乳房を噛みやがった。

 私は全身から力を奪われる感触に力を失い、そして気を失った。

 そして気づいたとき、洸がいて私を不思議な力で治してくれたのよ。あの僧は洸によって倒されて、不忍の水底に消えたそうよ。

 そして開口一番、馬鹿野郎と言われて頬をパチリと叩かれた。

「お前は死ぬところだったんだぞ、その意味が分かっているのかこの探偵気取りがってね。私は洸の魔力っていうのを流し込んでもらって、こうして生き永らえたのよ」

「!」

 セイバーの反応を美琴は見逃さなかった。

「大丈夫、あいつからは他言無用にってきつく言われているから、それに命の恩人には今もこうやって大事にしてもらっている」

「え、ええ」

「あいつだったらって思ってたけど、琥珀ちゃんの人柄知っちゃうと、私はダメだなってね。あなたたちが今どんな状況にあるかは知らない。でも、最後には必ず希望は残っている。あきらめないで」

 洸が十人抜きを終えると、手ぬぐいを巻きなおした。

「洸はこれから私と一本勝負!他は小休止しなさい!」

 洸はため息を吐きつつ、肩を落とさなかった。

 彼の正面に立った美琴はいつになく真剣であった。

 セイバーが審判に入り、始まりの号令を発した。

 二人の気合がぶつかり、洸の温まった体は美琴が籠手を動かした瞬間を逃がさず、竹刀の切っ先が絡みつきをまっすぐ解き、突きがくる寸前に美琴の天頂を叩いた。

「一本!」

 セイバーは洸に軍配を振った。

 

 

 

 

 

 

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