早朝、まだ少し霞がかかっているような時間帯。
そんな時間に、道場では風を切る音が規則的に流れていた。
腰を軽く落とし、体の軸からひねり拳を前へ。
―――ヒュン。
体を捻るように打ち出された拳は素早く動き、持ち主の外見に似合わぬ強烈で鋭い打ち込みが朝の冷たい空気を叩く。
そしてゆっくりと体を戻し、そして再び拳を振るう。
そんな動作を20回。
作業のように、しかして全身に神経を張り詰めて行うのが、
「………ふっ」
呼吸を止め、軽く息を吐くのと同時に体を動かす。
足首から肘まで、全身の関節を連動させ、無駄のない動きで拳を放つ。
余分な力は入れず、されど力は抜きすぎず。
動きだけではなく、そこに火力を合わせた練習。
素早く、無駄な力みのない拳は風を切り裂き駆け抜ける。
それを両手でこなし、次の鍛錬へ。
「………」
両手を下げ、足も開かず、ただ立っているだけの状態からそれは始まった。
それは剣舞ならぬ拳舞。
そこに剛の拳は見られず、あるのは唯々柔の拳。
右手左手、右足左足。
体を滑らせるように、滑らかな動きで双詩は動く。
その動きは次第に速度を早め、双詩の顔にも汗が浮かぶ。
そして少しした後、双詩は急に動きを止め、構えを解いた。
「………ふぅ」
瞳を閉じ、乱れた呼吸を独特の呼吸法で整え一拍。
再び瞳を開けば、鍛錬などなかったかのように、そこには疲れ一つ残っていなかった。
「ありがとうございました」
彼は誰もいない道場へと挨拶を一つ、隣の自宅へと戻ってゆくのだった。
木山家は鳴海にある少し大きめの一軒家である。
小さな道場を持ち、近くにそびえ立つ山は運動にはもってこいの場所。
そして活発な性格からか、はたまたその血によってか、木山双詩はアウトドアが大好きな、機械類にはとんで疎い子供として育っていた。
小学三年ともなれば、ゲーム機の一つや二つ、まして彼の通う私立聖祥大学付属小学校ともなれば、パソコンや携帯を普通に持ち歩いている生徒が多い。
そんな中双詩はゲーム機を持たず、そして携帯も持っていない。
小学三年生ともなればゲームの話題も多く、一緒に遊ぶのも家の中が増えてゆく年頃。
そんな中で双詩は…
「ほらかかってこいよ!どうしたどうした!さっさと投げてこいよホラ!」
「あんた足震えながら何言ってんのよ……」
そんなアリサの言葉もなんのその、返事をする余裕もつもりもない。
なにせ今の授業は体育、ドッチボールである。
別にそこまでに問題はない、アリサも無視するなと怒っていただろう。
しかし問題は、自分のチームの人数が残り3人で、敵のチームが7人だという事。
そして何よりの問題は、今ボールをその手に持っている者『月村すずか』に他ならない。
すずかのボールは……もの凄く痛いのだ。
ただ痛いだけ、と軽んじれるものではない。
小学三年生とはいえ双詩は武術を習う者、小学三年生の投げるボールなどあまり痛くないし、軽く避ける事も出来るだろう
そんな双詩が、唯のボールをぶつけられて『痛い』と強く思うレベル、神経を集中させなければ取る事も避ける事も難しいと思うレベルだ。
恐ろしや月村すずか、その本気の球を受け止められるのはクラスの中でも双詩一人。
他のクラスメイトには優しく投げているが、双詩に対しては何時の間にか威力が桁違いに変わっていた。
「行くよ、木山くん……!」
「出来ればちょっと弱めにして欲しいです……!」
「今まではちょっと手加減してたけど、これが私の全力全開……!」
「まだ強くなるの……!?」
「行くよ……っ!」
そう言って彼女はボールを振りかぶり――――――
「――――――はっ!?」
「せんせー、双詩君が目を覚ましました」
目が覚めた時は保健室でした。
「結局勝負は……?」
「双詩が倒れれば残りは簡単よ。他の強いのは先に倒しておいたんだから」
どうだ、とばかりに胸をはるアリサ・バニングス、そして苦笑しながらもやりきったような顔をしているすずか。
そして、苦笑いの高町なのはが、保健室にいるメンバーだった。
「それにしても、結局気絶で終わりじゃない。根性見せなさいよ」
「顔が痛い……顔面当たった?」
「あはは、顔面直球だったかな……」
「木山くんは強くやっても大丈夫だから、つい……」
すずかからの紹介で知った事もあり、三人とも同じクラスなのもあり。
この四人で集まる事は少なくない。
成績や性別を気にせず遊べる仲間というやつだろう。
遠慮も配慮もいらない、思うがままで楽しめる友人。
別段他の友人がいないわけではないが、外で遊ぶ場合でなければ、基本的この4人でも行動が多いだろう。
バニングス家も月村家も豪邸、家に行けばゲーム機の予備があり、持っていない双詩でも一緒に遊べるためだ。
「格闘技だか拳法だか知らないけど、武道を嗜んでいるんだからレディの投げるボールくらい余裕で取ってみせなさいよ」
「いやあれは無理だって……気づいたら気絶してたんだから」
「修行が足りないんじゃないの?」
「アリサちゃん、多分私が強く投げ過ぎなんだと思う……」
「そんなわけないわよ。人間には限界があるもの」
「じゃあ今度アリサが取ってみろよ。投げるのを見た瞬間に意識飛ぶから」
仮にも格闘技をやっている双詩が追い切れない速度だ、同学年の経験無しに見きれるとは思えない。
「あたしは淑女だから良いのよ。あんた男の子でしょ」
「男よりも良い珠投げる淑女とか聞いたこと無いですー」
肘鉄一発、鳩尾中央へと落とされたそれは流石に痛い。
保健室で新しい痛みを味わう双誌を尻目に、保険医により退室を命じられるのであった。
そう、それが日常。
鍛錬をして、授業を受けて、友達をふざけて、たまには小さなハプニングやアクシデントを楽しんで。
それが日常で、それが変わる事は無いと思って、
―――けれど、それが壊れるのは一瞬だった。
『―――――けて』
---To be continue---