「―――破!」
姿勢は万全、軸足の位置も、突き出した腕の角度も最高の出来。
しかしその拳は相手の体を捉える事無く、相手の手のひらで遊ばれ逸れる。
相手の力を感じることは無く、故に抵抗する事も出来ない。
過去最高の一撃ではないかと感じた一撃も、例にかなって相手の横を通るのみ。
「双誌、感覚を広げろ。目で見るだけでなく第六感を感じるんだ」
「感覚を広げるって言われても………!」
一体どうすれば良いというのか、双誌は足を振りぬきながら考える。
広い視野で考えようとすれば相手の動作に集中出来なくなる。
今ですら無理やり相手の攻撃を削いて守っているというのに、相手の動作が分からなくなれば無理になる。
第一、今は手を抜いてもらっているから動きが分かる訳で、本気で戦うつもりになられると全く分からないだろう。
だから今のうちに分かっておきたい所なのだが……、振りぬいた足を軸に回転、軸足を前へと伸ばして体を低く肘を突き刺す。
「
彼が打坤と呼んだ技はその左手一つで止められており、肘という重要な関節を掴まれては大きく動く事も、逆の手で何かするのも難しい。
なんとか逃れようとするも、気づいた時には右手が頭の上に置かれ、双誌へと死の宣告を告げていた。
「……参りました」
「重要なのは感覚だ。考えて動くのは後、さきに反射で戦えるようになれ」
難しい事を言う、双誌は一礼し道場から外へ。冷たい空気が体の火照りを冷ましてくれる。
そのまま道場横の蛇口を捻りバケツに水を貯める。
バケツの中に手を突っ込めば心地よい冷たさに顔が緩む。
「双誌、手早く済ませろ。今日は
「あ、うん。分かったよ爺ちゃん」
素麺は伸びるのが早いのだ、しかも不味くなるし。
時期的に素麺はおかしな話だが、しかし気分的には良いタイミング。
時期はずれの引っ越しは良い素麺をくれたのだろうか。
「美味しいといいなー」
今日の夕食を楽しみに、双誌は道場の掃除を始めるのだった。
「双誌、風呂空いたぞ」
「分かったー」
この家で一番の娯楽であるテレビに齧り付きながら双誌は答える。
時間は夜の7時過ぎ、丁度子供向けアニメがやっている時間。
早く行かなきゃと思いつつも視線はテレビから剥がれない。
もうちょっと、もうちょっと、そんな考えでテレビを見続ける。
アニメというのは中々どうして、子供の心を惹きつけやまない。
「……双誌」
そんなこんなで気がつけばあれから15分、見ていた番組もちょうどよく終わり少々ジト目の祖父から逃げるように風呂へと。
『―――――』
「…………ん?」
部屋へと戻りパジャマを手にとった瞬間、ふと何か変な感覚を感じた。
こう、胸の奥で何かが跳ねたような、なんとも言えない奇妙な感覚。
そんな感覚が何故か重要だった気がして、しかし何故だか分からない。
そんな分からないだらけの変な感覚が気になり…………
『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――』
「―――――うぁっ!?」
突然の耳鳴り。まるで耳の横で金属がこすり合わせられているかのような、甲高く鳴り響く嫌な音。
体中が怖気立つような感覚と、体の何かが組変わるような、止まっていたものが動き出したかのような感覚。
『―――――聞こえますか』
「………なんだ、これ」
気がつけば、知らない声が頭に響いてくる。
耳を閉じても変わらずに聞こえるそれは、こちらの言葉など無視するかのように喋り、何がどうなっているのかすら聞くことが出来ない。
『聞いて下さい。僕の声が聞える方、力を貸してください!』
先程よりかは大丈夫マシになったが、しかしやはり頭に響く。
声の元を探して、自然と瞳が窓へと惹きつけられる、いや、正確には窓の向こうだろうか。
先程から感じている変な感覚、それを感じる視線の向こう。
窓にへばり付くように外を見る、そして―――――見つけた。
ナニカを強く感じる場所、強く弱くと脈動しながら広がる波動。
あれだ、あれが何なのかは分からないが、この感覚の発生源は確かにあれだろう。
そして―――――、
「…………あれも」
そこから少し離れた家の上、そこからも似たようなナニカを感じる。
しかし1つ目が脈動しているのに対し2つ目は小さく、しかし常時波動が流れ続けている。
そしてもう一つの大きな違い。
「動いてる……」
動いている。それは屋根を伝っているのか、1つ目の方へと少しずつではあるが近づいている。
それに何だろう、2つ目からは何か良くない感じが伝わってくるのだ。
あれは不味い、そう思わせるナニカは着々と近づいてゆき…………。
「……なにあれ」
2つの波動が重なるほどに近づいた時、それは起こった。
虹色の膜、シャボン玉のような半球が大きく街を飲み込み広がってゆく。
しかし、その現象において一番理解できていないのは別のことだ。
時間は大体8時少し前、ちらほらとではあるが道には人がいて、他所の家では犬が吠える。
―――――そんなありきたりの状況が掻き消えた。
犬の声は鳴り響かず、半球へと入ってしまった人は消える。
家のカーテンに移る影が消え、その一帯から人の気配が消え去ったのだ。
ここまで来ると分からない事を理解する事すら放棄したくなる。
これが夢だったらどれほど嬉しい事か、しかし窓辺を握る両手の痛みがそれを許してはくれない。
―――――聞こえますか。
「…………」
思い出すのはさっきの声、あれならば理由を知っているかもしれない。
こうなった原因も、これを戻す方法も全て知っているかもしれない。
「もう遅い時間だけど………仕方ないよね」
非常事態非常事態、―――――言ったら絶対止められるし。
そう思いながら祖父に言わずに行こうとしているのは、やはり少年特有の好奇心が強く働いてるのだろう。
危険なものほど好奇心は止められない、ましてや身に起こっている摩訶不思議な現象が分かるかもしれないのだ。
これに行かぬ者はいまいて。
ふぅ、と一息呼吸を入れて全身を組み替える。
一般的な生活向けから戦闘へのそれへ、未熟故の独特な方法ではあるが、切り替えが分かりやすく使いやすい。
5秒程かけて集中し、細心の注意を払って廊下を進む。
家が鶯張りの廊下で無くてよかった、流石に鶯張りを静かに通るのは自信がない。
人の気配は居間に一つ、テレビを見ているのかこちらを気にしている雰囲気は無い。
今なら行ける、静かに慎重に、一歩一歩着実に足を進めて廊下を渡る。
そしてそのまま玄関へと向かい、―――靴を取って自室へとUターン。
「ちょっと友達の所に忘れ物を取りに行ってきます、と……」
一応居ないことがバレてしまった後の事も考え短く置き手紙を机の上へ。
準備は万端、窓を開けいざ暗い夜へと身を乗り出す。
屋根の上を慎重に歩き塀を飛び越え地面へ降りれば、もう抑える必要はない。
気づけば半球は消えてしまったが、その場所は今でもはっきり感じる事が出来る。
高ぶる気持ちのままに、彼は夜の道を走りだした。
高町なのはは困っていた。
「■■■■■■■■■!」
「こっち!急いで!」
目の前を走る話すフェレットに導かれ、後ろには黒い怪物が走る風景。
ホラー映画んて話じゃない、夢だ、これは夢だ。
夢なら早く覚めて欲しいの、そんな現実逃避に近い事を感じながら、しかし先程転んだ体は痛みを主張する。
夜に家をでるという愚行を犯した事を後悔しながら彼女は走る。
「一体何処まで走ればいいの………!?」
「分からない。せめて少しでも隙があれば……!」
フェレットであるユーノ首にぶら下げた宝石を見ながら思う。
せめてこれを使う余裕があれば、声に反応して来てくれた彼女には適正があるのだから、と。
しかし現実は非情、怪物は綺麗に屋根の上を渡り付いて来る、たまに触手か何かを伸ばし街を壊してはいるが隙がない。
まっすぐに街を走っていれば引っかかるような場所などないのだが、しかし曲がり角を曲がる余裕はない。
――――――というか、曲がり角が壊されてゆくから行けないのだが。
「頭が良すぎる、一体どうすれば……!」
「なん、でもい、いけど、そろそろ、体力限界………」
「頑張って!このままだとあれに刺されるか捕まるか食われるかもしれない」
「死ぬ気で走るの」
顔を真っ青にしながら走る、しかし元々運動神経がよろしくない為速くない。
先程から徐々にだが距離が狭まってきている気がする。
攻撃が一定だからか、向こうに余裕が出来ているのかもしれない、単純故に厄介な。
彼女も速度が落ちてきている、このままだと確実に捕まるオチしか見えてこない。
「―――っ、見える?あの先の十字路。あそこで左に曲がろう!」
「また壊されて終わりの気が………」
「大丈夫、あれは右の通路を確実につぶしてから左を潰してた。急げばいける―――と思う」
「ああもう限界……」
「え、待って、せめて十字路を曲がってからに!」
「お父さんお母さん、お姉ちゃんにお兄ちゃんごめんなさい。なのははここまでです………」
そんな言葉と共に走るのを止めるなのは。
もう足の感覚が痺れて分からない、話せてはいるが、中々心臓に痛い。正直もう何も話したくない。
滑りこむように地面へと座り込む、もう立ち上がるのも厳しい程だ。
もちろんそんななのはは格好の獲物な訳であり、当然のように怪物は襲い掛かってくる。
「■■■■■■■■!?」
「―――――っ」
「……これって」
怪物となのはの間に広がる丸い光。
複雑な模様、文字を連ねたそれは怪物とぶつかり火花をあげている。
「大丈夫!?」
ギリギリで間に入り込んだユーノは言う。
その小さな両足で踏ん張り、その両手は前で何かを抑えるかのように力が込められている
事実、プロテクションと呼ばれる魔法を支えているのはユーノの力なのだが、なのははそれを知る由もない。
魔法について話している余裕も無かったのだから、こんな状況になっているとも言えるのだが。
「■■■■■■■■■■■■」
一度で破れないと思ったのか、火花を散らすのが痛いのか。
離れるように身を下げる怪物は、しかして身を引くつもりはない様子。
それは不味い、非情に不味い話だ。
咄嗟に展開したプロテクションは構成が緩く、過剰魔力で無理やり保たせたのだ。
それは勿論大量の魔力を消費する訳で、フェレット状態で回復させた魔力はすっからかん。今直ぐに張れと言われても形だけのものすら出来るか分からない。
万策尽きて万事休す、もはは身を守る術は残っていない。
もう駄目だ、そんな感情に負けを認めたくなくて睨みつけるように怪物を見る。
それに対し怪物はまるであざ笑うかのようにゆっくりと動き―――、そして見た。
それの目線はなのはを捉えず、しかしユーノも見ていなかった。
それが見ているのは彼女たちの奥、十字路に新しく現れた第三の人物。
「…………高町?」
「逃げて!」
曲がり角から登場した男の子、双誌へと反射的になのはは叫び、そして怪物は飛んだ
動けないなのはからまだ動ける獲物へと狙いを変え、それは強く飛んだ。
一撃で仕留めようとしているかのような攻撃が、双誌へと吸い込まれ――――――。
――――――吹っ飛んだ。
真逆方向、双誌へと向いているなのはの後ろへと一直線で吹き飛び、誰かの家をぶち抜き止まる。
唖然とした表情で彼女は現実を見る。自分の視界にいるのは双誌だけであり、その姿勢が拳を振りぬいていると言うことを。
殴り飛ばしたと言うのだろうか、自分が逃げることしか出来ず現状も理解できていないというのに。
そんな中で彼はあれを殴り飛ばしたというのだろうか。
「――――――び」
そんな自然と緊迫した空気の中、彼は口を開き――――――。
「びっくりした………!」
「人のセリフをとるななの」