魔法少女リリカルなのは Broken beast   作:やまあざらし

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 街の灯が息を潜め、街灯の明かりだけが夜道を照らすような時間帯、灰色のコンクリートを固めて建造された夜の高校の校舎は灰色の月明かりに不気味に照らされていた。

 ユーノの張った時間と空間を隔離する封時結界によって、結界の中は色のついた靄がかかり星が零れて落ちてきそうな夜空さえも壊す。

 熟れた果実が落ちるまでのゆったりと流れるような時間の中で、異物が浮くように動き回るいくつの影があった。

 

 __Stand by. Ready.

 

 「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアルXX! 封印!!」

 

 伸びる影の一つ、足元まで辿ると白いバリはジャケットを纏ったなのはがレイジングハートを天に掲げ、天を衝く桃色の閃光を迸らせ、異界の空を割る。同時に、高校の校舎の中を自由に疾走する人体模型の中から、殻を剥かれ真珠を剥き出しにされた貝のように、菱形の青い宝石がレイジングハートの中へと吸い込まれていった。

 

 「なのは、お疲れ様」

 

 なのはがジュエルシードをレイジングハートに封印する為、世界を隔てる為に張られていた結界を維持するために校庭の中心にいたユーノがなのはの足元に近づき、バリアジャケットを伝ってスルスルとなのはの肩に昇っていく。

 同時に、、もしもジュエルシードが暴走した時の為にいつでも動ける配置で待機した一葉も空から降りてきた。

 

 「お疲れー」

 

 微かな風をふわりと巻きあげてグラウンドに着地する一葉。

 

 一葉のアルデバランの容姿は初めて展開した時よりも大きく変わっていた。

 一葉が求めたものは重厚な守備力ではなく、機動力を重視した軽装具。身体全体を覆っていた黄金の鎧は剥がされ、黒を基調とした胴衣と包み袴。そして黒金の胴と籠手、白い腰布といったほっそりとした一葉の身体のラインが浮き出るほどの装備になっていた。

 だが、だからといって防御能力が極端に落ちた訳でなく、腰に巻かれあ布にはベヌウの魔力を混ぜた一葉の血で文字が縫い込まれており、詠唱なしに強固な防御魔法が展開できるようになっている。

 そして、なによりも特徴的なものは右肩から袈裟掛けにされた深紅の数珠と顔面の下半分を隠した面付きだ。

 

 それは、一葉がかつての人生で身につけていたものを模倣したもの。面付きは人間の顕示欲を隠し、神格を宿らせ己の人格を誤魔化すためのもの。そして袈裟掛けにされた数珠は命を奪った相手をその場で供養するためのものだ。

 アルデバランという、言葉の通り雄牛を表すような重厚な装備は見る影もなく、刀幅の広いロングソードは笹穂型の長槍へと形状を変えていた。

 これほどまでの大幅な設定の変更は専用の機材がないベヌウが一個体で行うには限界を超えていて、多少の不具合には目を瞑りつつもなんとかして形になっている。

 

 八束神社での一件から既に一週間の時間が流れ、今夜までの間に五つのジュエルシードの封印に成功してきた。

 

 思えば放たれた矢のように時間を早く感じる一週間だった。

 初めてジュエルシードの暴走体と対峙した時のような魔力の暴走にはそれ以降出くわすことはなく、比較的穏やかな雰囲気の中でジュエルシードの封印作業を着々とこなしてきてはいるが、この一週間の内になのはも一葉も真綿に水を染み込ませるかのように魔法の知識も技術も確実に飲み込み、自分の力としていっていた。

 

 特になのはは、魔導師として生まれるべくして生まれてきたかのような高い才能をしだいに開花させていっている。一葉も、なのはほどではないが魔道師としての才能を芽吹かせ始めている。

 

 ただ、ベヌウだけは一葉の中にもっと別の、驚異的な才能を見出し始めていた。

 

 なのはがジュエルシードを封印すると、バリアジャケットを解除する。一葉も甲冑を首にかけたアンクに戻して、なのはと一緒に校庭から学校の校門を抜けて帰途についた。

 

 結界を説いた空は、月明かりだけが生きているかのような夜だった。

 規則的に等間隔に並べられた人工的に作られた街灯の明かりにには温かみがなく、ぼんやりと淡く空の闇に浮き上がる月の明かりが作り出す薄い影を踏みながら二人は歩く。

 一葉は夜の散歩に赴くような軽い足取りに対して、なのはは頭と腕をだらけさせ、脚に力なくフラフラと身体を揺らしながら歩いていた。

 普段はなのはの肩が指定席となっているユーノも、流石になのはの体調を推みてなのはの足元を短い四肢を動かしてチョコチョコと歩いている。

 

 「なのは、大丈夫?」

 

 足取りのおぼつかないなのはに踏まれないように、ユーノは気をつけながらなのはを見上げ、心配そうに尋ねた。

 

 「だいじょぶ……なんだけど……。 ちょっと、疲れた……」

 

 なのははそう言いながらもフラフラと歩いていると、自分の右足に左足を引っ掛けてバランスを崩し、倒れそうになる。

 一葉は咄嗟になのはの襟首を掴むと、その衝撃でなのははアスファルトの道路に倒れ込みはしなかったものの、服の襟が喉に食い込んで「ふぇふぅ」という奇怪な声を上げ咳込んだ。

 

 「ありゃ、ごめん」

 

 「なんでだろ……。 転ぶところ助けてもらったのに、なんか釈然としないの……」

 

 ケホケホと喉を鳴らして息を整えながら、なのはは潤んだ瞳で一葉を怨みがましそうな視線で見る。

 

 なのはは連日のジュエルシードの探索で疲弊しきっていた。いつも人目の少ない深夜の時間帯に探索に出る為、必然と睡眠時間は削られ、いつ暴走するかもわからない獣るシードを慣れない魔法を使い封印していくとなれば、それは当然のことだ。

 一葉のアルデバランにはロストロギアの封印術式はインストールされておらず、封印作業はなのはが一人で行っている。探索自体はユーノとベヌウが分担して行っており、一葉は万が一に側にいるだけだ。

 つまり、なのはと一葉の困憊具合は比較するまでもないということであり、さすがに一葉も後ろめたさを感じるほどだった。

 

 「明日は日曜だし、とりあえず休養日にしたほうがいいかもね」

 

 「僕も一葉に賛成だな。 これ以上の無茶はよくないよ」

 

 一葉の意見にユーノは賛同する。

 

 子供の身体にここまで疲労がたまってしまうと、間違いなく身体に支障をきたしてしまうだろう。もし、なのはが身体を壊せば、ジュエルシードを封印できる唯一の人材が失われてしまうことになる。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 

 「でも……」

 

 二人の提案になのはは逡巡しながら弱気な視線を彷徨わせるが、なのはがなにか言う前にユーノがさらに言葉を被せる。

 

 「明日は休みにしよう。 もう五つも集めて貰ったんだから、少しは休まないと身体がもたないよ。 それに、明日は約束があるんでしょ?」

 

 「うー……、うん。 じゃあ、明日はちょっとだけジュエルシード探しは休憩ってことで……」

 

 ユーノの言うとおり、明日はアリサとすずかと交わした約束があった。それはなのはの父である士郎が監督を務める少年サッカーチームの試合の観戦だ。海鳴市の河口から流れる一級河川の河川敷で午前中から行われる。

 

 「でも、一葉くんは明日は本当に来ないの?」

 

 なのはは窺うように上目遣いで聞いてくる。普段から一緒に行動を共にすることが多い四人だが、明日の約束のメンバーに一葉は含まれていなかった。

 

 「サッカーとか興味ないっす。 オフサイドのルールも判らん上に、事あるごとに士郎さんが引き込もうとするから行きたくないんだよ」

 

 「あぅ……、ごめんなさい……」

 

 一葉の言葉になのはは小さくなってしまった。

 士郎は自ら少年サッカーの監督を務めるだけあって、大のサッカー好きであり、そのこととなると人が変わる。

 以前、士郎のチームの試合が近い日に、一葉が翠屋に赴いた時など仕事をそっちのけにしDVDプレイヤーまで持ち出し、サッカーの講釈の熱弁を強制的に聞かされることになったことがある。

 一葉は小学三年生の運動能力の平均を超えた身体能力を持っているが、実際は普通よりも少し体力があるだけで筋肉や腱の動かし方を知っているだけなのだが、そんな一葉を士郎が放っておくはずもなく、事あるごとにチームに引き入れようとしていた。

 

 「明日は図書館にでも行ってまったりと過ごすよ。 あ、でも昼飯は翠屋に行くかも。 明日、母も父も仕事でいないんだ」

 

 ちなみに、一葉は自分の両親のことを父と母と呼ぶ。

 一葉となのはが話しをしながらしばらく歩くと、海鳴公園の入り口にたどり着いた。

 シン、と音が死んだかのような静寂に包まれる公園の入り口の前で、一葉の肩に止まっていたベヌウが地面に跳び下りると、翼を広げて身の大きさを変えた。

 ベヌウの瞳が一葉と、なのはの視線と同じ高さになる。

 

 ここ数日、緋山家と高町家のちょうど中間にある海鳴公園で二人は別れ、なのはがベヌウの背に乗って家まで送ってもらうというのが半ば恒例化していた。

 

 ベヌウはなのはが乗りやすいように身を低くすると、なのはは鐙の代わりに翼に足をかけて背中に乗る。

 当然、ベヌウ乗せには騎乗帯などはなく、跨ると翼を広げられなくなる為、なのははベヌウの首に後ろから手を回して背中でうつ伏せになる形になる。

 

 「じゃ、後はよろしく」

 

 「ええ。 一葉も気をつけて」

 

 ベヌウは背中に乗ったなのはの姿勢が安定したことを確認すると、大きな翼で旋風を起こして一気に夜空へと上昇していく。そしてベヌウの黒い身体は瞬く間に夜の闇へと溶けていった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 ぐん、と腰が持ち上げられる感覚。そして同時に強い風が頬にぶつかり、前髪がはためいた。

 冷たい風が身体全体を突き抜ける。

 なのははベヌウに申し訳ないと思いながらも、吹きつける向かい風に振り落とされないようにベヌウの羽を拳を作りしっかりと握っていた。

 ベヌウの羽毛は一見して漆黒に見えるが、こうして間近で見ると瑠璃色や碧、蒼色の線が走っていて、それが月の光に反射して妖艶に煌めいている。

 

 ベヌウの背中に乗り始めた最初の方こそ、足が地面についていないということに腹の底から震えて下を見る余裕もなかったが、自分にも空を飛ぶ適性があるということを教えられてから、積極的に空の空気というものに慣れようと努めていた。

 本来人は空を飛ぶ生き物ではない。だからこそ、足元に地面がないことは根源的な恐怖が引き出されるが、なのははすんなりと空に慣れることができ、今では周囲を見回す余裕さえある。

 上を見上げれば手を伸ばせば届きそうな星の海と大きな月。下を見れば家屋の伝統が織りなす光のイルミネーションに心を躍らせた。

 

 「お二人とも、一葉が怖いですか?」

 

 なのはが視線の遥か先にある電灯の峰をボウ、と眺めていると不意に耳に届いたベヌウの言葉に、微かに心臓を震わせた。

 

 「隠さなくてもいいです。 ここしばらくのお二人の態度は不自然でしたからね」

 

 ベヌウの言葉に、なのはもユーノも身を強張らせた。

 一週間前、神社でジュエルシードを封印して以降一葉との距離を測りあぐねていたのは事実だからだ。

 それを指摘されたことに、嘘がばれたときのようなバツの悪さが胃に広がった。

 

 「確かに、一葉は異常かもしれません。 正直に言ってしまえば私もそう思っています。 しかし、高町嬢。 例え一葉が異端の能力を持っていたとしても、一葉は一葉です。 貴方が今日という日まで過ごし、共に過去を培ってきた少年には変わらないのですよ。 一葉が人とは違うということがわかった途端に距離を置くのは……、正直一葉が哀れです」

 

 その言葉に、なのはは顔に火がついたかのように熱くなった。

 確かに一葉の異常性をどこかで恐怖してはいる。そして、そのことで余所余所しい態度をとってしまった自分がひどく醜く思ったからだ。

 

 ベヌウの声は念話ではないのに、びゅうびゅうと風を切る音に混じって不思議なほどにはっきりとなのはの耳に聞こえてきた。

 

 「だけど……、彼は……」

 

 それでも、なのははともかくユーノにも思うところはある。

 弁明しようと口を開きかけるが、ベヌウは言葉を被せる。

 

 「疑うな、と言う方が無理なことぐらいはわかっています。 一葉の能力はそれほどのものだということは私も理解していますから。 しかし、私は一葉のことをひとまず信じることにしました。 お二人にも、信用しろとまでは言いません。 しかし、信頼はして欲しいのです。 背中を預け、預けられる程度には信じて貰わなければ、私たちは同じ戦場に立つことはできませんから」

 

 「……ベヌウさん。 一葉くんの力ってなんなの? ユーノくんは最初、転移魔法だって思ってたって言ってたけど、違うんでしょ?」

 

 なのはは長いまつ毛をそっと伏せて尋ねた。

 まるで濁った湖に沈んでいく枯れ葉のように重たい声色だった。

 

 「それは私ではなく、一葉本人に聞いてください。 私が答えるべきことではありません」

 

 ベヌウの付き離すような正論に、なのはの鼻の奥がツンとして泣きそうになった。

 ベヌウの言うとおり、一葉に聞けば一番手っ取り早い。だが、それでもなのはは一葉に直接聞く気にはどうしてもなれなかった。

 

 気がつけば、ベヌウは高町家の直ぐ上空に着いていた。

 風を切りながら急降下すると、翼を大きく広げ速度を殺しながらなのはの部屋の窓がある切妻造りの屋根に降りて翼をたたんだ。

 瓦屋根にベヌウの爪が当たり、カツンという乾いた音が夜の街に呑みこまれ消えていく。

 

 「それでは高町嬢。 良い夢を」

 

 「うん、おやすみなさい」

 

 ベヌウは窓を跨いでなのはが部屋の中に入るのを確認すると、再び翼を広げて夜の空へと溶けていった。

 

 「信用はしなくてもいい……か。 言われちゃったね……」

 

 ベヌウの姿が見えなくなった後も、しばらく夜の闇を見つめていたなのはがポツリと唇から零れた言葉は、心の入っていない洞のようだった。

 

 「なのは……」

 

 ユーノの耳には、なのはのそんな声が不吉な予言のように耳に残った。

 

 

 ◆◇◆

 

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