魔法少女リリカルなのは Broken beast 作:やまあざらし
『感じのよい少女でしたね』
『本気でそう言ってんならお前の目は節穴だよ』
一葉は千の針で皮膚を軽く突かれているかのように痺れる足を引きずっていた。
はやてに強要された説教まがいの説明は一時間ほど続き、病院の予約の時間が迫ってきたという理由で解放された。
もしまだ時間があれば夕方まで続きそうな勢いだった。
結局図書館に行く気力もなく、はやてと本を返してから、昼食を摂る為にそのまま翠屋へ直行ということにしたのだ。
『てか、なんでお前ら初対面なのにあんなに仲良くなってんだよ……』
『なにか、運命的なものを感じました』
はやてとベヌウはうまが合うらしく直ぐに仲良くなった。ベヌウは基本的に他人との距離を置く為に余所余所しく、嬢などの愛称をつけることが基本だが、はやてには呼び捨てだ。
一葉が正座を強要され徐々に足の感覚がなくなっていく間、ベヌウははやてに魔法のことを教えていた。
ベヌウが言うには、はやてにも魔道師として高い資質があるらしく、はやても魔法の話題に熱心に聞き入っていた。
なにができて、なにができないのか。空は飛べるか、動物に変身はできるのか、九歳の女の子が夢想しそうな魔法の典型を熱のこもった声色で矢次に聞いては、その全てが可能だということにテンションを上げていた。
一葉ははやてから足のせいで小学校は休学して通信教育を受けていると聞いていた。そんな子供が魔法という奇跡に出会ったのならば、きっと自由を縛る鎖を解くことができるかもしれないという希望に縋るだろう。
だが、はやてが本当に願ったのは、きっと自分の足のことではない。
『それよりも、はやての言葉……、どう思いますか?』
『ああ……、あれね……』
__魔法で家族は作れへんのかな?
それははやてが別れ際に零した言葉。
誰に伝えるでもなく、風に舞うように消えていった透明な言葉は一葉の胸に静かに沈んでいた。
『はやてに家族はいないのですか?』
『知らね。 あいつの家族構成を聞いたことがない』
思い返せば、その手の話題は意図的にはぐらかされていた気がする。
それに、きっと一葉はベヌウが思っているほどはやてのことは知らない。
名前が八神はやてで、同い年で、足が不自由で、本が好きで、そして深い孤独を抱えている、寂しがりやな女の子。
はやては自分のことは話さないし、話したがらない。理由はわからないが、言いたくないのであれば、一葉も無理に聞く気は全くなかった。
『でも常識で考えたら、児童保護にうるさいこのご時世に障害を抱えた子供が一人暮らしをしてるとは思えないけどね』
一葉は、上がったことはないがはやての家の前までは言ったことがある。
住宅街の一等地に建てられた、外からでもわかるバリアフリーの大きな家だ。とてもじゃないが、子供が独り暮らしをしているような家には見えなかった。
『しかし、あの時のはやての目は……』
__一葉に似ていた
初めてベヌウが一葉と出会った夜、自分はおかしいと諦観していた時の目と、はやての目はドキリとするほど似ていたのだ。
辛さも痛みも通り越して、哀しみと寂しさだけが残ってしまった、群れかたを忘れてしまった烏のように澄んだ瞳。それは同じ哀しみを抱える者同士でしかきっと理解することも、触れることすらもできない、そんな色をしていた。
『オレさぁ……、はやてに初めて会ったとき“あ、こいつなんかオレに似てるな”って思ったんだ』
ベヌウの言葉に被せるように、一葉は念話で言葉を紡いだ。
『でも、似てるだけだ。 はやては群れかたを忘れてるだけで、群れることができないわけじゃない。 オレとは違うよ』
はやての孤独がなんなのか一葉は知らないが、一葉は心が孤独だった。周りには家族もいるし、友達もいるが、それでも、それらの人々は決して仲間にはなり得ないし、一葉の拠り所にもならない。
休まることのない閉塞感の中、一葉は群れている振りをしているだけだ。そうすることで今の、穏やかに流れるぬるく、切なく、凡庸で平和な時間を手にしている。
だが、はやては違う。はやては濁りのない澄んだ瞳の奥で、自分の仲間を探していた。自分の拠り所を、探していたのだ。
『だからさ、せめてどうにかしてやりたいって思ったんだわ。 同情とか、憐憫とか、多分そういうのだと思う。 そんな考えがさ、物凄く傲慢な考えだってことはわかってるけど、はやては誰かに愛されようともがいてる。 そんな孤独とか寂しさとか、少しでも和らげてあげたいんだ』
一葉の言葉は、深い余韻を残してベヌウの胸に響き、その一つ一つが重くのしかかる。
淡く切ない眼差しと、哀しみに満ちた一葉の横顔は冬の湖のように澄んでいて、見ているベヌウの方が強い苦しみと悲しみに詰られるような気分になってきた。
人の孤独とは山や森に在るのではなく街に在り、人と人との隙間に在るものだ。
ベヌウは気が遠くなるほどの長い時間を生きてきた。その中でも、これほどまでに人の隙間に生きる少年を見たことがなかった。
孤独の内に生きる少年が、孤独の内でしか生きていけないということが哀れで仕方なかった。
そんな一葉が、自分ではない誰かの孤独を和らげたいと言っていることが、滑稽にも見え、危うくも思えた。
『一葉、私は貴方に初めて会ったとき、貴方は優しい人だと言いました。 その意見は今も変わりませんが……一葉、貴方は優しすぎる。 自分が持たないものを他人に与えようとすると、我が身を滅ぼしかねません』
ベヌウには、一葉のそれは施しではなく自己犠牲に思えた。
『なに言ってんだよ。 オレのは優しさじゃなくて偽善と陶酔だ。 弱い奴に手を差し伸べて、善人ってやつを演じてるだけだよ』
『それでも、それは決して悪ではありません。 事実、はやては一葉と居ることで孤独が和らいでいるのではないですか? 人の心というものはね、見えない善よりも目に見える偽善の方がよほど救いになるのですよ』
はやてが一葉に想いを寄せていることに、ベヌウは直ぐに気がついた。
二次性徴直前の、男女の違いを意識し始める思春期の戸張で自分の足の障害に遠慮をせず普通に接してくれる少年は、一葉が意識しなくともはやてにとっては特別なものだったに違いない。
実際、ベヌウがはやてと話しているとき、内容のほとんどが一葉のことだった。はにかみながら楽しそうに話すはやての表情は、共通の知り合いを話題に出すという分を遥かに越えていた。
『一葉は今、貴方が無理だと言っていた“誰かを救う”ということができてしまっている。 それだけでなく、はやてが求めるだけ一葉は与えようともしてしまっている。 一葉、貴方ははやての孤独を和らげる前に、自分の孤独をどうにかしないといけないのはないですか? 一葉は確かに普通の人間ではありませんが、それでも間違いなく人間の領分に生きています。 人間として生まれ、営み、生きていかなければならないのなら、楽しまなければ損だと私は思いますがね』
『人生楽しく……、ねぇ……。 例えばどんな感じよ?』
『そうですね……、生物の娯楽はやはり人間の欲求とは切っても切り離せません。 その中でも最も顕著に表れるのが三大欲求。 食欲、性欲、睡眠欲です。 特に性欲は子孫を残す為の重要な役割を担っており、人間のようにある程度の社会秩序が構築された生物であると生涯の伴侶を獲得し、またその後の生活を円満にするのには決して欠かせないものであるものだと推測されます』
『グダグダ御託並べてないで結論だけ言ってくれ』
『将来、はやてを伴侶に迎える為の育成、もとい光源氏計画などやってみてはいかがですか?』
一葉はずっこけそうになった。
『死んでもやらんわ! てか、なんで光源氏知ってんだよ!? お前は別の世界から来たんじゃないのか!?』
『一葉の部屋に合った情報端末で調べました。 一応、この世界の一般常識は学んでおこうと思いまして』
ベヌウの言う情報端末とは一葉の部屋に置いてあるノートパソコンのことだろう。
『もっと知るべき情報があるだろうが……。 それよか、お前がパソコンを使えたことに驚きだわ』
『ふふ、私は戦闘よりも情報戦に特化された機体なのですよ? あんな原始的なセキュリティなど私の前では水に浸したティッシュに等しい。 ペンタゴンにハッキングすることも、核ミサイルの起動パスワードを入手することも、アメリカ大統領の筆おろしの相手でさえ簡単に見つけられます』
『頼むから、それ絶対にウチのパソコンでやるなよ』
一葉は頭を抱え深い溜息を吐いた。
『まあまあ、そんなことよりもはやてのことです。 私は割と本気で言っていますよ』
『なんでそんなにはやてを推すのさ?』
『先ほど言ったばかりでしょう。 運命的なものを感じた、と』
『それはお前の運命であってオレの運命ではないな?』
ちなみにベヌウの言った運命的なものの正体は、今から半年後にわかることになるのだが、今の一葉達はそんなことを知る由もなく念話で話しをしながら翠屋を目指し商店街の入り口にさしかかった。
その時、この一瞬間で慣れ親しんだ背筋を駆ける冷たい衝撃と、心臓の奥を刺激するざわめきが一葉に襲いかかる。
『……昼飯、食いっぱぐれたな』
『手際良く済ませればまだチャンスはありますよ。 急ぎましょう』
巻き起こる魔力の奔流を目指し、一葉は元来た道を走り始めた。
◆◇◆
「これはなんというジブリ。 都市計画で山を追われた狸が引き起こしたものに違いない」
「アホなこと言ってないで早くジュエルシードを探しますよ」
一葉とベヌウの眼前に広がる光景は、まさに都会のマングローブと呼ぶべきものだった。
ジュエルシードによって突如現れた巨木は瞬く間に蜘蛛の巣のように枝葉を伸ばし、街を呑みこんだ。
太陽の光を遮る木の葉の屋根は微かな風にザラザラと音を立て、まるでなにか得体のしれないものの嗤い声のように木霊しては、夢と現実の狭間に浮いているかのような異界の雰囲気を醸し出していた。
「とりあえず、なのはも来てると思うから先に合流すっか。 オレだけじゃジュエルシード見つけても封印できないしね」
「そうですね。 位置はすでに把握してします。 ここから北北西、建物の中を移動中のようです」
ベヌウは一葉の肩から飛び跳ねると、翼を広げ本来の大きさに戻った。休日の住宅街だというのに辺りに人気はなく、こんな異常事態にも関わらず人の気配というものがまったく感じられない。
「既にここら一帯に強力な結界が張られています。 これは、ユーノのものではありませんね。 おそらくはジュエルシードの暴走の副産物でしょうが、結界の構成が不安定すぎる。 これでは、結界が解かれた後もこの樹木はそのまま残ってしまうでしょう」
「うわ。 じゃあ、このベコンベコンになった道路とか建物とかもそのまんまなわけ?」
「ローンがまだ残っている家には本当に災難なことです。 しかし、おそらくこれで終わりではないはずです。 今は小康状態に入っているだけで、きっかけがあれば再び活動を再開させるでしょうね」
街全体に枝葉を広げて影を落とす森を見上げてベヌウは言う。
植物は本来動物以上に長い時間をかけて成長を遂げる。それは植物は動物と比較して時間の概念が希薄だという説もあるが、その生命観すらを書き変え、尚且つ未だに膨大な魔力を大気に渦巻かせるジュエルシードにベヌウは改めて脅威を覚えた。
「ロストロギア、ジュエルシード……。 私が思っていたよりも厄介な代物のようですね」
「確かになぁ……。 地球温暖化を一発で解決できるだけの力があるんだもんな……」
一葉はため息交じりに吐き出すと、首に下げたアンクに魔力を込めた。
◆◇◆
「ひどい……」
バリアジャケットを纏ったなのはが唖然と零した。
魔力の兆しを感じ駆けあがった街を一望できる高いマンションの屋上から見える景色は森に呑みこまれた、見たこともない自分の住む街だった。
溢れ出るジュエルシードの魔力とともに現れた樹木はなのはが手を出す間もなく一瞬にして枝葉の天蓋で覆い尽くした。
今は結界のおかげでこの惨状に街の誰も気がついていないが、その結界がなくなった後にどれほどの爪痕が残るのか考えたくもなかった。
「多分人間が発動させちゃったんだ。 強い想いを持った者が願いを込めて発動させたときにジュエルシードは一番強い力を発揮するから」
ユーノの言葉に、なのはの脳裏に一人の少年が浮かび上がった。
少年サッカーの試合でゴールキーパーを務めていた白いジャージの少年だ。その少年から感じた微かな違和感は喉の奥に小骨が引っ掛かっているような些細なものだったが、今思い返すとそれはジュエルシードの魔力の残滓だったのだ。
なのはの胸に後悔の波が押し寄せてきた。
気がついていたはずなのに、こんなことになる前に止められたかもしれないのに、そんな悔恨の蛇がなのはの小さな心臓に巻きつき締め上げる。
「つまり、あのどこかにジュエルシードと一緒に核となっている人間も閉じ込められている可能性もある、ということですか?」
「ふぇ!?」
突然入り込むように響いた声になのはは頓狂な声を上げて跳び上がった。
反射的に振り返ると、そこにはベヌウと甲冑を纏った一葉の姿があった。
「なんだ……。 狸と合戦できると思ったのに」
「狸が原因だった方が容易にことは済んだのですがね。 森を消し炭にすればいいだけの話しだったのですが、人間が取り込まれているとなるとそうもいきません」
「人間を炭化させるわけにもいかんしなぁ」
一葉は槍を肩にかけ、ユーノとなのはの隣に歩み寄ると、視線をユーノに移した。
「で、ユーノ先生。 こういう場合はどうしたらいいの?」
ユーノは一葉の視線に応えるように頷き現状を口にした。
「それは……。 封印するには接近しないとダメだけど、まず基になってる部分を見つけなきゃ。 でも、これだけ範囲が広がっちゃうとどう探していいのか……」
「当たりにぶち当たるまで端から燃やしていきましょう」
「当たりが出るまで片っ端から叩ッ斬る」
「だ、ダメだよ! そんなことして中にいる人間まで傷つけちゃったら……」
当たりというのは、当然核である人間のことだ。二人の物騒な作戦にユーノは慌てて手を振った。
だが、だからといって打開の案があるわけでもない。街全体に張り巡らされた枝葉は強靭で太い根を張り巡らせ、複雑な魔力の回路を組んでいる。その魔力の供給減がジュエルシードなわけで、流れを遡れば道理としては見つかるわけなのだが、回路も魔力も入り組み過ぎていてなにがなんだか判別がつかなくなってしまっている。
ユーノは探索魔法は得意な方だが、これでは砂漠の中で砂を探せと言われているようなものだ。
なにか方法はないかと頭を捻らせていると、凛然となのはの声が響いた。
「基を見つければいいんだね」
全員がなのはに視線を向ける。
突き刺さる三つの視線に目もくれず、なのははレイジングハートの杖頭を空に構えた。それは自分がなにをすべきなのか信じて疑わない自信に満ちた滑らかな動きだった。
__Area search.
レイジングハートのコアが光り、なのはの足元に桃色の魔法陣が浮かび上がる。正方形が規則的に回転する魔法陣の上で、なのはは瞼を下ろし眉間にしわを寄せながらこめかみが痛くなるほどに神経を集中させた。
それは魔法陣から拡散させた魔力から送られてくる情報を視覚化し自身の脳にフェードバックする為だ。
街を覆う根の先から先へ、枝の一本、葉の一枚に至るまで回路に電気を流すように隅々まで調べていく。すると樹木の根幹、白い繭のようなものに包まれ抱き合いながら意識を失っている少年少女の姿が脳裏に過った。
「見つけた!!」
なのはの視線はオフィス街に向けられた。住宅街と比べて背の高い建物が密集している為に木々の茂りが一層に目立っている。
「直ぐに封印するから!」
「こっからやるつもりかよ?」
「大丈夫! できるよ!」
一葉の問いかけになのはは声を張り上げて答えた。
肯定の言葉は勢いから出たものではなく、なのはには確信めいたものがあった。
できる、できないの問題ではない。“やらなければならない”のだ。目の前で引き起こされた災厄の根源を断ち切る為になのははレイジングハートの矛先を標的に向けた。
「そうだよね? レイジングハート」
__ShootingMode. Set up.
レイジングハートのコアを包む金輪が分解し、音叉の形に再構築される。銅金から排出される桃色の魔力は翼のように広がり、まるで断罪の十字架のようにその姿を変えた。
なのはの目は獲物を狙う猛禽のように鋭く標的を見据えていた。
ありったけの魔力をレイジングハートに込める。
「行って! 捕まえて!!」
刹那。大気が悲鳴を上げた。
レイジングハートから撃ち出された魔力の弾丸は風を貫き大気を灼く。それはまるで空を切り裂く彗星のように見えた。
__Stand by Leady.
「リリカルマジカル! ジュエルシードシリアルX! 封印!!」
__Ssallng.
なのはの遠距離狙撃の成功を告げるレイジングハートの声が響き、コアにシリアルナンバーが浮かび上がる。
その怒濤の光景を誰もが呆然と見ていた。
「ユーノ。 今のってお前にもできんの?」
「……多分ムリ」
なのはが起こした砲撃魔法の残滓の風を頬に受けながら、ユーノは呆けた口調で言った。
◆◇◆