魔法少女リリカルなのは Broken beast   作:やまあざらし

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 気がつかないうちにそれなりの時間が過ぎていたようで、結界が解かれたあとの空は朱金色に染まっていた。

 街は最初のベヌウの懸念の通り、ジュエルシードが召還した森林はそのまま残り凄惨な光景がそのまま残っている。

 木霊するサイレンの響きや街の喧騒が、空に近いこの場所からだとよく聞こえる。なんの前触れもなく突然現れた巨木の雑木林に街は混乱の渦に巻き込まれているのだ。

 

 「周りの人に……、迷惑かけちゃったね……」

 

 なのはは膝を抱えながらポツリと呟いた。

 見回す景色は自分の住み慣れた街だというのに、木々に呑みこまれ異界のような異質を漂わせまるで見たこともない街を見下ろしているような違和感が、なのはの胸にさざ波のような後悔と自責を引き寄せていた。

 

 もっと注意していれば……。あの時、気のせいで済まさなければ……、自分がもっとしっかりしてさえいればこんなことにはならなかったはずだ。

 なのはは自分の無力が情けなさすぎて涙さえ出てこなかった。

 

 「なのははちゃんとやってくれてるよ……。 あの時、僕だって気がつかなかったんだ……」

 

 ジュエルシードは魔力の振幅が激しい。一たび発動すれば次元を揺るがすほどの力を発揮するが通常の状態では魔力の反応はほとんどと言っていいほど微弱になる。

 ユーノは探索や結界などの補助魔法を得意としているにもかかわらずジュエルシードを見つけ出すのにこうも手こずっている理由はそれだった。

 ジュエルシードがすぐ近くにあったとしても、発動前であったのなら気がつかないのが普通だ。むしろ、違和感を感じたなのはがすごすぎるのだ。なのはが責められる道理はない。

 だが、なのははユーノの庇護の言葉に首を横に振ると膝に顔をうずめてしまった。

 そして途端に脳天に衝撃が貫き視界に火花が散った。

 

 「◎◇▲□~~!?」

 

 なのはが声にならない声を上げて痛みで熱がこもる頭を抱えて顔を上げると、目の前には一葉が立っていた。

 一葉に叩かれた。なんでそんなことするのだろう、となのはは鼻の奥がツンとした。

 やっぱり街がこんなことになってしまったことを未然に防げなかったことを怒っているのだろうか。

 そうだとしたら、今度こそ本当に一葉に嫌われてしまう。そう思った瞬間になのはに渦巻いた。

 なのはは一葉の顔を見れず視線を逸らそうとした時、一葉が唇を動かした。

 

怒られる!

 

なのはは目を固く閉ざし耳を塞ごうとする。だがそれよりも早く一葉の声がなのはの耳に届いた。

 

 「アホかお前は」

 

 「ふぇ?」

 

 なのはが目尻に涙を浮かべたまま顔を上げると、一葉は呆れた表情でなのはを見下ろしていた。

 

 「なんでそんなにへこんでんのかよくわかんないんだけど、なのははわざとジュエルシードを見逃したわけ?」

 

 「ち……違うよ!!」

 

 「そうだろうね。 でも、なのははこうなったのは自分のせいだって思ってるんでしょ?」

 

 「うん……」

 

 語彙も言い回しもない直球の質問に、なのははまつ毛を伏せた。

 

 「私……、ジュエルシードが発動する前に気がついてたんだ。 もしかしたら、っていう程度だったんだけど、誰がジュエルシードを持っていたのか気がついてた……。 でも、私はその時なにもしなかったの……」

 

 「オレもなんもやってないぞ」

 

 「でも……、それは……」

 

 「違うと言ったら次はこれが顔面にめり込みます」

 

 一葉は見せつけるように拳を作り、なのはは押し黙ってしまった。ここで口答えすると、一葉は本当に殴る人間だと知っていたからだ。

 

 「あのさぁ……、もしオレが我儘を言わないでなのはと一緒に行動をしてたらなのはが違和感を感じた時にこんなことにならなかったかもしれないし、今なのはがこんなに苦しい思いをしなくても済んだかもしれないだろ。 でも、起こったっことを後悔し続けてもなにも始まらんだろ」

 

 一葉は溜息を交えつつ言葉を続けた。

 

 「過去を振り返ることは間違いじゃないけど、どの道人は前に進まなきゃならない。 後悔を糧にして道を歩み続けなければならないんだ。 あん時にああしてたら、こうしてたらなんてイフの話しをいくら口にしても過去に帰れるわけじゃないんだよ」

 

 なのはは鳶色の瞳を吸い込まれるかのように見つめていた。雰囲気に呑みこまれているのかもしれない。今の一葉の言葉は、時間を重ねた老人の言葉のようになのはの心に染み込んで行った。

 

「でもな、一番してはいけないことは自分の犯した失敗をなんとも思わないことだ。 失敗をして、それを何度も繰り返すことはなにも学ばずにまた同じ間違いを繰り返すことになる。 でも、なのはは今の自分を後悔してるんだろ? それだったら、それでいいんだ。 その後悔を次に繋げればいい。 もし力が必要だったんんら俺がいつでも手伝うよ」

 

なのは一葉が紡ぐ言葉にグッと喉元が締められたような気がした。慰めでも同情でもなくて、ただ真っすぐな言葉が嬉しくて嬉しくて、なのはは今まで流れてこなかった涙がどっと溢れ出てきた。

 

なんでこの人はこんなにも優しいのだろう。なんでこの人は自分が欲しい言葉を、一番欲しい時にくれるのだろう。

 なのはの胸の内に渦巻いていた後悔の感情は波を引き、代わりに一葉のあたたかな言葉が胸を打ち響いた。

 

 「振り向くなとか、後悔なんてするなとか偉そうなことなんて言えないけどさ、それでも自分のやってきたことを否定しちゃいけない。 自分の過去を否定することは、自分自身を否定することだ。 それでも後悔することが嫌だったら強くなればいい。 自分自身に迷いを持たないぐらいにね。 それが、今のオレに言える限界」

 

 なのは瞳を真っすぐな視線で見据えながら言う一葉の言葉に、なのは胃の底から沸き上がってくる熱い歓喜を覚えた。

 そして、同時に今の今まで一葉を疑っていた自分を恥じた。

 変わらないのだ。魔法という異端の力に出会っても、一葉が隠し続けてきた能力が露見しても、今まで自分が共に時間を重ね合わせてきた緋山一葉という少年は決して変わらないのだ。

 

 「一葉くんは……いつもずるいよ……」

 

 なのはは流れです涙をぬぐいもせずに、鼻水を垂らしながら言った。

 自分でだけではどうすることもできなかった心の内に沈殿した沼のような感情を、一葉は言葉だけで吹き飛ばした。

 そうだ、一葉はいつだって自分の傍にいてくれた。いつだって自分ことを理解してくれて、いつだって欲しい言葉を与えてくれる。どんなときだって自分を助けてくれるのだと。

 そう思いこんでしまうほどに、一葉の優しはが嬉しかった。

 

 なのはは声もあげずに、涙をこぼし続けた。そんななのはを一葉は困った笑みを浮かべながら、ずっとそばに居続けてくれた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 「……寝過ごした」

 

 「私は何度も起こしましたよ?」

 

 一葉はベッドから上半身だけを起こして鳴らなかった目覚まし時計を手に呟いた。時間は丁度正午を指していた。

 

 「御友人との約束の時間、だいぶ過ぎてしまっていますね」

 

 ちなみに約束の時間とは午前十時だ。非難するベヌウの視線をうなじに感じながら一葉は枕元に置いてある携帯電話に慌てて手を伸ばした。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 「二秒で来い」

 

 簡潔な言葉は余りに無茶な要求だった。

 携帯電話の受話器越しに耳に届くのはアリサの低い声だ。この日は月村邸で催されるお茶会に参加するという約束を以前から交わしていた。

 お茶会と言っても堅苦しいものではなく、紅茶を飲みながら世間話をするという子供の背伸びのようなものだ。

 だが、一葉は昨夜深夜の特番でやっていた心霊現象検証番組を見ていた為、今朝起きることができずに布団の中で約束の時間を二時間ばかり過ごしてしまっていた。

 一葉は充電器に繋いだままの新しい携帯電話、以前のものはベヌウに消し炭にされてしまったので買ったばかりの折りたたみの黒い携帯電話を確認すると、何件かの着信とメールを受信していて、主催であるすずかからの着信をリダイヤルすると三コールも無い内になぜかアリサの声が耳に響いたのだ。

 

 一葉は正直に、「寝坊しました。 ごめんなさい」と伝えたところアリサの声からは受話器越しでもわかる明確な不機嫌が伝わってきた。

 

 今日のお茶会ではユーノとベヌウのお披露目が企画されていた。事の発端は三日前になる。

 アリサとすずかには黒い羽の鷹を拾ったと伝えてから半月近くの時間が過ぎているが、五日見せると言っておきながら未だに機会がなかった。

 それは魔法やジュエルシードのこともあって一葉は最近腰を落ちつけられない状況が続いていたこともあるがアリサも、特にすずかは他人の感情に機微なところがあるので、きっとなにかを察していてくれたのだろう。それまでしつこい要求をしてくるようなことは決してなかったのだが、なのはが口を滑らせてくれたのだ。

 

 その日は霧のような雨が降っていた。曇天から舞うように落ちてくる滴を傘で弾きながら放課後の通学路をいつもの四人で歩いていた。

 一葉は雨で黒に近い灰色に彩られたアスファルトに出来上がった水溜りを蹴りながら歩いていると、会話の話題は各々の家で飼育しているペットからそれとなくユーノの話しへと移っていった。

 動物病院へ連れて行ってから、アリサとすずかはユーノを見ていない。近いうちにお茶会にでも連れてくるということになっていたのだが、その時になってアリサが思い出したかのようにベヌウも連れてくるように言ったのだ。

 一葉も、おそらくアリサ自身もその場限りの会話だと思っていたのだろう。一葉がいつものように、「時間ができたら」と話題を打ち切ろうとした前に、なのはが言葉を被せてきた。

 

 「え? “二人にはまだ”見せてないの?」

 

 同時に強烈な痛みが肩に走った。両肩に鉤爪のように食い込む指先。右はアリサ、左はすずかのものだった。

 

 「“二人にはまだ”……、ってことはなのはには先に見せてあげたってことよねぇ?」

 

 「なんでなのはちゃんだけ特別なのか、少し詳しく聞きたいなぁ~」

 

 二人の低い声が蛇のようにうなじに這う。

 一葉がこめかみに汗を浮かばせながら言い訳を始める姿を見て、ようやくなのはも自分の失言に気がついたのか両手をワタワタとして弁解を始めるが時は既に遅く、胡散臭げな二人の視線に丸めこまされてしまっていた。

 この年頃の少女はみんな一緒、なんでも同じものをという共有意識が強い。それは普段接している時間が長く濃密なほど顕著に表れるものだ。なのはは最近のごたごたでそのことを失念していたのだろう。

 結局、今までの気遣いはどこに行ってしまったのかと疑いたくなるほど強引にお茶会でベヌウを連れていくことが決められてしまったのだが、いざ当日となると一葉は寝坊。なるほど、アリサが怒り狂うのもこれでもかというほどに納得できてしまう。

 

 一葉は受話器の向こうにいるすずかになんども頭を下げ「只今まいります」としか言えなかった。

 

 「一葉は女性に弱いのですね。 意外です」

 

 「なに言ってんだよ、いつだって社会を支えてんのは女の方さ。 というか、腕っ節以外で男が女に勝てる要素があるとは思えん」

 

 「一応、私もAIの構築的には雌に分類されるのですが」

 

 「めんどくさいのは人間だけで十分だ」

 

 一葉は手早く寝巻から普段着へ着替えると、寝癖を整える時間を惜しんでとりあえず輪ゴムで髪を後ろで縛った。

 そんな一葉の横顔にはどことなく覇気がない。普段と違う様子にベヌウは怪訝に思い見ていると、そんな視線に気がついたのか一葉は重たそうに口を開いた。

 

 「今日さぁ、恭也さん来てんだよね……」

 

 「恭也……、確か高町嬢の兄君でしたか。 それがどうかしたのですか?」

 

 ベヌウは実際に恭也に会ったことはないが、今までのなのはと一葉の会話やその他の節々から聞いてなのはの兄であることを知っていた。ついで付け足せば、すずかの姉の忍の婚約者でもある。

 

 「んー、オレなんかあの人に嫌われてるっぽいんだよね」

 

 んなアホな。とベヌウは内心で思った。

 

 「確か恭也氏は大学生でしたよね。 そんないい大人が一葉のような一回り以上年下に嫌悪の感情を向けるなど常識的に考えて有り得ないと思うのですが」

 

 「オレも詳しく走らんが、なのは曰く高町家の住人はみんな武道の達人なんだそうな」

 

 「あー……」

 

 その言葉でベヌウはようやく納得した。一葉の振る舞いは歩き方だけでなく立ち方から既に違う。常に体感の中心に重心を置いて、踵を浮かせたすり足のような歩き方は一葉の前世の記録の浸食によって滲み出る行動だ。

 六十数年かけて培った武の積み重ねを、僅か九歳の少年が呼吸を擦るかのような自然な動作で行っていれば、確かに薄気味悪いだろう。

 

 「ま、別に直接なにかしてくるって訳じゃないからいいんだけどね。 視線が痛いんだよね、特になのはといる時は」

 

 一葉はアルデバランをトップにしたネックレスを首に通すと、ベヌウは机の上から一葉の肩に飛び移った。

 

 「さて、行きますか」

 

 月村邸のお茶会では一般庶民である一葉が中途半端なお茶菓子を持って行ってもかえって気を遣わせてしまう為に手ぶらだ。

 一葉はズボンの後ろのポケットに財布を突っ込むと部屋を飛び出た。

 

 

 ◇◆◇

 

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