魔法少女リリカルなのは Broken beast   作:やまあざらし

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 「じゃあ、オレは急ぐから機会があればまたね」

 

 一葉はそう言い残すと再び走り出した。目指すは月村邸である。

 フェイトと話している間も二分刻みで振動する携帯電話の振動がズボンの布越しに伝わってくる感覚は、もはや喉元に突きつけられたナイフと同義であった。

 通り抜ける公園の出口で逸る気持ちを抑えながら、一葉は一旦振り返ると視線の先でフェイトが一葉に大きく手を振っていた。

 一葉は同じ動作でそれに答えると、道路に飛び出す前に左右を確認して再び走り出す。

 

 『アンラ・マンユとは、以前に話して下さった世界のことですよね。 あの少女は見間違うほどに似ていたのですか?』

 

 一葉が公園から出ると、ベヌウが念話で話しかけてきた。

 車が矢次に走る大通り沿いの歩道には人影が多い。一葉はベヌウの問いかけに念話で答えた。

 

 『正直ビビった。 でも容姿が似てるだけで中身は別だよ。 アンラがこんなところに居るはずがない』

 

 『一応報告しておきますが、先ほどの少女は魔道師でしたよ』

 

 『……マジで?』

 

 『本気と書いてマジと読みます。 それに無視できないレベルの魔力を有していましたし、デバイスらしきものも持っていました。 魔法文化のない世界に魔道師が来ることなんてほとんどありません。 だとしたら、可能性は一つです』

 

 『ジュエルシード絡みかぁ……。 これは、思ったよりも再会が早そうだなぁ……』

 

 一葉は足の速度を緩めて頭を掻いた。

 大通りのバス停まではあと少しだ。ここまでくれば、ゆっくりと歩いても間に合う。

 

 『ユーノが言っていた管理局ってやつかね?』

 

 『そこまでは判りませんよ。 管理局云々については後ほどユーノ・スクライアに直接聞きましょう』

 

 管理局と言うのは、正式名称“時空管理局”という組織だ。文字通りあらゆる次元世界を管理する組織らしく、法執政と警察機関をくっつけたようなものらしい。

 ロストロギアが魔法文化のない世界に落ちたならば、間違いなく動くだろうとユーノが言っていた。

 と、不意に心臓の奥が指先でなぞられる違和感が一葉を襲った。ここ最近で感じ慣れた、ジュエルシードが発動した兆しだ。

 

 『うっわ……。 タイミング悪っ』

 

 『お気の毒さまです』

 

 一葉は足を止めて頭を抱えた。

 なのはは今頃月村邸でお茶を飲んでいるので身動きが取れないだろう。最悪アリサの連絡を無視して一葉がジュエルシードの元へ駆けつけたとしても一葉は封印ができない。壊していいのなら話は別だが、封印処理に関しては一葉はとことん役立たずなのだが、だからといって放置したままでいる訳にもいかない。

 

 『ベヌウ。 詳しい位置教えて』

 

 一葉はベヌウにジュエルシードの詳細を尋ねた。

 最近魔法に触れ続けていたおかげで、リンカーコアが活性化しているのか魔力の反応に関してはだいぶ敏感になったが、それでも一葉はなんとなくでしか感じることができなかった。

 ジュエルシードの反応は強力で、本来ならば魔道師として平均程度の実力があれば詳しい位置も感知できるらしいのだが、一葉の索敵能力は壊滅的らしくベヌウとユーノからお墨付きを貰っている。

 

 『ここから北西2.5km。 幸い密集した住宅地からは離れているようです』

 

 『あいよ。 こっから北西に2.5km……、2.5km?』

 

 ベヌウに言われた方角を頭の中にある地図と照らし合わせる。そして一葉は深い溜息を吐いた。

 

 『そこ……、多分すずかん家だ……』

 

 

 ◇◆◇

 

 

 『なのは!』

 

 『うん! すぐ近くだ!』

 

 月村邸のラウンジで猫と戯れながら、アリサとすずかとお茶を楽しんでいたなのははジュエルシードの発する不穏な気配を感じ取った。

 月村邸の敷地にある深い森。そこから発せられる、滲み出るような強力な魔力の波動はなのはの心臓の奥にあるリンカーコアを刺激する。

 

 『どうする?』

 

 『え? えぇとぉ……』

 

 なのはは自分の周りに視線を彷徨わせた。柔和な笑みを浮かべて子猫を抱き上げているすずかと、一葉が来ないことに不満そうに頬をつきながらテーブルの上で腹を出して寝ている猫のへそを指先で弄っているアリサがいる。

 逡巡するなのはの中に焦りが燻ぶり始めた。

 いきなり席を立ってこの場から森に駆けだすと、戻ってきた時に二人からの追及は免れない。言い訳を連ねても、聡いこの二人を相手に巧みに真実を隠して作り話をでっちあげられる自信などなのはにはなかった。

 しかし、こうしている間にもジュエルシードは完全な暴走を始めてしまうかもしれない。焦げ付くような苛立ちと焦りが胃の中で熱を持ち始めた時、ユーノが思いついたように声を上げた。

 

 『そうだ!』

 

 ユーノは言うと、なのはの膝からスルリと降りて一直線に森へと駆けだした。

 

 「あっ! ユーノくん!?」

 

 思わず念話ではなく肉声で声を上げるなのはに、ユーノは視線を森に向けたまま念話を飛ばす。

 

 『なのは! 僕を追いかける振りをしてついてきて!』

 

 「え? あ!」

 

 なのははユーノの意図を理解して慌てて席を立つ。

 

 「ユーノどうしたの?」

 

 突然走り出したユーノに、アリサは怪訝な表情でその後ろ姿を見ていた。

 

 「なにか見つけたみたい。 ちょっと探してくるね」

 

 なのはは曖昧な笑みを浮かべて言うと、すずかも席を立とうとする。

 

 「私も一緒に行こうか?」

 

 「ううん、大丈夫だよ。 直ぐに戻ってくるから、二人とも一葉くんを待っててあげて」

 

 やんわり断るなのはは、胸にチクリとした痛みを覚えながらも、森に姿を隠したユーノを追いかけて走りだした。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 なのはが森の入り口に入ると、アリサとすずかからは見えない位置でユーノが待っていた。

 森の中は薄暗く、手を広げるように生い茂る木々の隙間から太陽の光が差し込んでいる。ひんやりとした空気は深閑としていて、夏が訪れる前の深い緑色で彩られていた。

 

 ユーノはなのはが追い付いたのを目で確認すると、そのまま押されるようにして森の中を駆け抜けていく。

 少しずつだが、確実に強まっているジュエルシードの力の波動を感じながら、なのはは汗で湿った指先でレイジングハートを握りしめた。

 

 なのはの脳裏に過るのは五日前の出来事だ。人間が発動させたジュエルシードは瞬く間に海鳴の街を呑みこみ混乱を引き起こした、まるで悪夢のような出来事。

 使いようによっては簡単に人を殺すことができる力であると、なのはは実感せざるを得なかった。

 その力がすずかの家で発動しようとしている。

 五日前と同じことが起こってしまうのではないか、すずかとアリサを巻きこみ傷つけてしまうのではないかという恐怖が、なのはの胸の内に黒い水のようになのはの心に溢れ出ては染み込んでいく。

 

 そして、一葉がこの場にいないことがたまらなく不安だった。

 甘えるなと言われたが、それでも側に一葉がいるのといないのとでは安心感がまるで違う。

 ユーノが言うには、一葉の力は極端に偏っていて魔力自体は強いが索敵や砲撃魔法といった魔力を外部へ放出する才能がまるでないらしい。

 それでもジュエルシードほどの強大な力ならば違和感程度は感じるだろうし、一葉の傍にはベヌウがいる。

 今の発動にも気がついて直ぐに来てくれるはずだ。そうすれば……、となのははそこで思考を止めて頭を小さく振った。

 

 ダメだ……。また、一葉くんに頼ろうとしてる……。

 

 「大丈夫……。 私と、ユーノくんだけでも……」

 

 なのはは自分に言い聞かせるように、小さな声で呟いた。

 

 一葉がなにかに悩んでいることになのはは気がついていた。言葉にして伝えられたわけでも、明確な意思表示があった訳でもないがそのことは間違いないはずだ。

 それは半月ほど前。ちょうど、最初のジュエルシードが暴走した夜を境目にしてだ。

 元々浮世離れしているような雰囲気を持つ一葉だったが、魔法と出会ってから黄昏を見つめる老人のような深い憂いを湛える目をしていることが多くなった。

 その目つきをしている時の一葉は、まるで鏡に映った花か、水に映った月のようで、そこにあるのに触れることができない儚い幻を見ているような寂しい気持ちになった。

 そして、今越している瞬間も実はただの夢で、一葉は幻となっていなくなってしまうのではないかという不安が水に垂らした墨のようにじわじわとなのはの胸に広がっていた。

 

 すずかとアリサにはどう説明していいのかわからないし、ユーノは一葉のことをどこか疑っている。

 なのはは抱えた不安を誰にも相談できず、一人胃の中に鉛のような重みを沈めていた。

 

 それでも、自分にできることがないわけではない。一葉に頼らず、ジュエルシードを封印することができれば少なくとも安心させることはできるはずだ。

 自分にできることはそれぐらいしかないのだから、となのはは決意を胸の内に灯した。

 

 背の低い笹の絨毯を掻き分けながらしばらく走ると、ジュエルシードの魔力はより強いものになり、堰の見えない茂みの向こうで白銀色の光が天を衝いた。

 

 「完全に発動した!!」

 

 なのはの押し出すような叫びにつられて、ユーノも声を張り上げる。

 

 「ここじゃあ人目につきすぎる! 結界を張らないと!!」

 

 ユーノは足を止めて魔法陣を展開する。足とに浮かび上がる魔法陣は、模様はなのはのものと同じだが、ユーノのものは若草色の光を発していた。

 その光は魔力光と呼ばれ、指紋のように個人によって色が異なるらしい。事実、なのはは桃色で、ベヌウは黒、一葉は鋼色をしている。

 反発しあうように回転する正方形の陣を中心に、新緑の森は瞬く間に時間の死んだモノクロの世界に塗り替えられていく。

 

 停滞する空気。

 その中でなのはは突き上げる光の先を見据えていた。

 

 今度は一体どんな化け物が姿を現すのだろうかという恐怖が手足を冷たくさせ、身体を強張らせる。

 徐々に晴れる視界。そこに居たのは巨大化した猫だった。

 

 「……はへ?」

 

 「……え?」

 

 間の抜けた声をこぼすなのはとユーノに、猫はつぶらな視線を絡ませて「にゃー」と可愛らしい声を上げた。

 

 「えーと……。 ユーノくん……、あれって……?」

 

 「うん……。 多分、猫の“大きくなりたい”っていう願いが正しく叶えられた……のかな?」

 

 張りつめていた空気は一瞬で弛緩し、怪獣映画にも出てこなさそうな可愛らしい巨大な猫をなのはとユーノは呆然と見上げ、そこで気がついた。

 子猫の首に巻かれている赤い首輪は、里親が決まった子猫に目印で付けているものだ。だとしたら、このアメリカンショートの猫はなのはが月村邸に着いた時に、すずかが里親が決まったと喜びと寂しさが入り混じった表情で言っていた子猫だ。

 

 子猫は突然高くなった視界に戸惑っているのか、暴れることもせずに、ずっと同じ場所を行ったり来たりしていた。

 この様子だと周囲に被害が出ることはないだろうが、どの道危険なことには変わりがない。

 

 「とりあえず、ちゃっちゃと封印しちゃおうか……。 あのサイズだと、流石にすずかちゃんも困っちゃうだろうし……」

 

 なのはが首からぶら下げていたレイジングハートに手を伸ばし、セットアップしようとした刹那。

 

 猫の首がゴトリと音を立てて地面に落ちた。

 

 

 ◇◆◇

 

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