魔法少女リリカルなのは Broken beast   作:やまあざらし

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17!

 槍の連撃が全ていなされる。まるで春の細流のように流れに逆らわず受け流す剣の技術は熟練の動きを感じさせた。

 そして決して外すことのない視線からは、鞘から抜かれた刃のように鋭く、それでいて血肉を求める獣の顎のような殺意に一葉は心臓を震わせた。

 

 手練だ。

 

 緋山一葉になってから初めての対人戦。それでも、相対する少年の実力の高さを肌で感じ取った。

 飛行魔法を駆使し、水を舞う魚のように縦横無尽に宙を駆け廻りながら振りかざされる、鉛のような重たい斬撃を受け止め、弾き返す。

 一葉が歯を食いしばり耐えるのとは正反対に、嗤っていた。

 反りの入った片刃の剣は、日本刀ではなく太刀に分類されるもの。一葉がかつて生きていた時代に最も多く使われていた武器だ。一瞬、脳裏にかつての時代が過るが一葉はその雑念を直ぐに振り払った。

 少年の剣戟は首筋や身体の中央、全てが人間の急所を的確に狙ったものだ。気を抜けばその瞬間に殺れる。

 

 一葉の槍に太刀を弾き返された少年は、そのまま宙で回転し密集して立ち並ぶ木の幹を強く蹴って、再び一葉に襲いかかる。

 

 「カートリッジ、ロード」

 

 少年の口が僅かに動き、太刀の柄頭から薬莢が吐き出された。同時に、今までとは明らかに違う、まるで濁流に押し流されるかのような衝撃がアルデバランを貫通して身体を突き抜けた。

 競り合う刃と槍は火花が散すが、一葉は少年の勢いを殺せない。ラッセル車に押し出される土のように一葉は身体を持っていかれる。

 

 「ハハッ!」

 

歪んだ少年の口から押し殺した笑い声が漏れた。血のように赤い眼は、新しい玩具を買ってもらった子供のように無邪気に輝いていて、一葉はその少年を睨みつけるがその実、胸の内では焦燥を覚えていた。

 

 __この先にはなのはがいる。

 

 行く手を遮るかのように重なり合う枝葉が折られていく感触を背中に感じながら、一葉は奥歯を噛みしめた。

 自分が戦っている姿を見られるのを嫌って、わざわざこんな森の奥まで移動したというのに、このままでは元居た場所にまで押し戻されてしまう。そして、一葉が感じた焦りはもう一つあった。

 それは、この少年の前になのはを晒すこと。

 この少年は、なのはやユーノとはまるで違う生き物だ。戦いに酔いしれ、血を愉しみ、死に憑りつかれた、人の姿をした獣。それは一葉が恐れていた自らの自己統一性を脅かす人格を体現したもの。

 ただ、空気に当てられただけで、生まれたばかりの鹿のように立ち上がることさえままならない状態になってしまっているなのはを戦いに巻き込むわけにはいかない。

 

 しかし、一葉は背中に響く衝撃がなくなったかと思うと、狭い緑色の視界が一気に広がった。そして、無情にもなのはの姿を視界の端に捉えたのだ。

 

 __まずい!!

 

 一葉は舌打ちをした。

 話すかに逸れた意識と、強張った筋肉の隙を少年は見逃さなかった。少年は鍔競り合っていた太刀からふと力を抜くと、その反動で体制を崩した一葉の水月に蹴りを叩きこんだ。

 痛みはない。ただの牽制だ。戦いの機微は経験が知っている。次に来る一手も予想できた。

 

 少年は刀を右上段の八相に構え、距離を詰めていた。太刀の必殺の間合いの一撃。一葉が隙を見せて初めて見せた、少年の隙だ。

 

 __大振り!

 

 唐割での一撃。一葉はアルデバランを投げ捨て、右手で拳を作り少年に突き出した。

 狙うのは顔面や、身体じゃない。少年が振り下ろす腕の肘だ。

 

 「ぐッ!?」

 

 一葉の墓指と人差指の関節に、骨と骨の間を貫く感覚が走る。少年は感電したかのような痺れが肘に走り、攻めの体制を大きく崩した。

 息継ぐ間もなく、一葉は左手に隠し持っていた鍼を両刃の小太刀に変換する。そして、少年の首をめがけ刀を振り上げる。斬線は斜めに走った。 僅かな皮を裂く感触。

しくじった。一葉はそう思った。

 

 少年の首は赤の虹を散らせるには至らなかったが、咄嗟に当てた手の指先からは赤が滴り流れている。

 少年は、咄嗟に一葉との距離をとっていた。お互いの武器の射程を半歩ほど外した、お互いが絶妙に手を出せない距離だ。

 

 「……カッコいい剣だね」

 

 「そりゃ、どうも」

 

 一葉の手放したアルデバランが、地面に突き刺さる音が二人の間に響く。宙に立ちながら視線を衝突させる一葉と少年の頭上では、ベヌウと少年の使い魔が戦っている音が堤防を打つ荒波のように大気を揺るがしていた。

 一葉はうなじに、なのはとユーノの視線が突き刺さるのを感じていた。だが、二人にかまっているような余裕は全くない。

 一葉の今の一撃は、必殺の間合いでの一撃だった。今ので少年の喉元に剣を突き立て、終わらせるつもりだったのに、少年は咄嗟に躱し、被害を薄皮一枚に留まらせた。並みの反射神経じゃない。

 

 一葉は、人殺しという禁忌をなのはの目の前で行うことに躊躇いを持っていなかった。

 それが、二度となのはとの日常に戻れない結末になるとしても、先のことを考えていたらこの少年には勝てないことぐらい理屈がなくとも理解できる。

 そして、一葉が死んだら、次はなのはが殺されるということも。

 

 「気に入ったんなら、もっと見せてあげようか?」

 

 手札は見せた。これ以上、出し惜しみする必要はない。

 一葉は甲冑の腰布の裏に下げていた麻袋の組み紐を解き鍼を宙に舞わせ、その全てを利剣へと変換した。

 艦隊を思わせる剣群は、その切っ先を少年に向けている。

 

 「あんたには二つの選択肢がある。 このまま消えるか、それともこの剣を墓標に死ぬかだ。 さて、どっちにする?」

 

 一葉は表情を殺した声で言った。だが、能面のような顔の下にある、凝縮された凶悪な殺意は決して見逃せるものではなかった。

 

 ヒッ!と喉を引き攣らせた、なのはとユーノの声が一葉の耳に届く。そして、ただならない雰囲気を感じ取ったのか、上空で行われた戦闘の激音も鳴り止んだ。

 

 森に響く喧騒が一瞬にして、シンとなった。音が死んだ空気が辺りを包む。少年は向けられた殺意と剣先に恐怖するのではなく、まるで幽霊を見ているかのような表情をしている。

 なにかに驚いているような、口を半開きにして呆けている顔を見て、一葉は在ることに気がつき胸がざわめいた。

 

 さっきの子に……、似てる?

 

 艶やかな金髪に、赤い瞳。少年はアクティブミディでツインテールだった少女と髪型こそ違う。年齢の差もあるし、男女の骨格の違いもあるが、それでもついさっきフェイトと名乗った少女と、蝋を顔に押し固めてから張り付けたと思えるほどに顔の造形が似ていた。

 

 __兄妹……、とかかな? どのみち、絶対に無関係じゃないな。

 

 一葉は面付き越しに、少年をジッと睨んだままでいると、少年は突然背中を反り笑いだした。

 

 「くはっ! ははっ! ハハハハハッハハハ! ハハハハハハハハハハハ!!」

 

 「……気でも触れた?」

 

 一葉が少年の様子を見て呟いた。少年は一通り笑い終えると、大きく息を吐いて呼吸を整える。前髪を掴んで笑いをかみ殺すが、それでも肩が震えていた。

 

 「運命とは……面白いものだな! まさか、君と再び相まみえることができるなんて!」

 

 前髪から覗く少年の目には戦慄の炎が宿っていた。一葉は少年の言葉に引っかかりを覚えた。

 数刻前、一葉はこの少年にそっくりな少女に出会いはしたが、この少年自体に会ったのは今が初めてだ。それなのに、少年は一葉との因果があるようなことを口にする。その口調からは、決してそれが嘯きだとは思えない。

 一葉は眉を潜め、少年を見据える。怪訝を孕んだ一葉の視線に気がついたのか、少年は鼻で笑うと、一葉と視線を外さないまま傍らにあった樫の木に触れた。

 樹齢が三十年を超えていそうな、幹の太い木だ。それが、少年が触れた途端、一瞬にして色が黒ずみ、葉が枯れ、腐り果て自重に耐えられずに倒れた。

 

 「これで……、思い出せてくれたかな?」

 

 少年は顔を歪めたまま問う。ズシンと空気を揺らす倒木の音を耳に打たせながら、一葉は少年が引き起こした現象に心臓を凍らせた。

 

 今の異能は知っている。なぜならそれは、一葉が前世で首を刎ね、殺した男が持っていた能力だったからだ。

 

 「アゼル・テスタロッサ。 それが、僕の“今の”名前だよ」

 

 親の仇を見つけたかのような、喜びに打ち震えた声が、森に響いた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 「君の名は?」

 

 「緋山……、一葉……」

 

 薄ら笑いを張り付けて尋ねるアゼルに、一葉は喉を唸らせながら答えた。

 

 「緋に染まる山の一つ葉か……。 美しい名だ」

 

 一葉はアゼルと名乗った少年を見据えた。その視線を感じ、アゼルはお世辞にも言い性格をしているとは言えないらしく、挑発的な笑みをさらに深める。

 

 「疑ってます、って顔してるね。 そんなはずはない、あの男がここに居るはずがない。 そんな表情だ」

 

 「……」

 

 アゼルの言った通りだ。一葉の胸の中は意味深なことを口にしながらこちらの動揺を誘う心理戦の可能性も見いだしていた。

 一葉のそんな思推を感じ取ったのか、アゼルは物覚えの悪い子供を見るように肩を竦めて困ったように笑う。

 

 「君という存在がこの世界に存在するというのなら、僕という存在がこの世界に居てはならないという道理にはならないだろう。 君がどういう術を使ってこの世界にやってきたのかは知らないが、僕もまたどういうわけかこの世界で新たな生を受けてしまった」

 

 唇を動かしながら、アゼルは太刀に魔力を走らせた。月の光を切り取って張り付けたような淡く光る黄金色が刀身を覆い包む。一葉も、自らの膂力を高めるために四肢の腱と筋肉に魔力を流し込む。

 お互いが発する無言の圧力は蛇のように絡み合い、深海のように重い空気を作りだす。

 

 「かつての君は、確かに特別だった。 そして、今の君もまたそうなんだろうな。 だけどね、特別という言葉は決して唯一の人間に与えられるものじゃない。 僕も君と同じで、この世界に落とされた、特別なんだよ」

 

 アゼルは言い終えると同時に太刀を横一文字に振った。ヒュン、と大気を切り裂きながら魔力で固められた黄金の刃が一葉へと襲いかかる。

 一葉は下段からの振り上げで、魔力刃を相殺した。腕に風船を割ったような衝撃が走る。

 

 __軽い

 

 魔力刃は黄金の粒子となって拡散し、一葉の視界を遮る。

今のは牽制だ。だとしたら、次に来る一手は予想ができる。

 

 「嘗めんな!」

 

 粒子が覆う空間に、一葉は利剣を数本投擲した。金属同士が弾け合う澄んだ音が響く。

 

 「流石! 良い勘をしてる!!」

 

 アゼルは粒子の中で一葉が放った剣を全て叩き落とすと、突進の勢いを殺さないまま一葉に突っ込んでくる。

 

 「っつ!」

 

 咄嗟に宙に浮く利剣を手に持ち、一葉はアゼルの剣を防いだ。鉄の塊に殴られたかのように思い衝撃が骨に響く。

 

 「ハハッ!」

 

 アゼルの瞳は楽しそうに輝いていた。そのまま連続で襲いかかる斬撃を一葉は反射だけで弾く。一撃、一撃が重い。打ち合うたびにその方向へ進路を変えながらも、一葉は何合もアゼルと剣を撃ち合った。

 

 「ッシ!」

 

 「ズァッ!?」

 

 かち割るような上段からの斬撃に、一葉は風を砕く勢いで地面に落下した。衝突した勢いで、一葉は地面を転がった。追い打ちをかけるように、アゼルは上空から何発もの魔力刃を撃ちこむ。

 

 「どうした! これで終わりじゃないだろう!?」

 

 魔力刃の衝撃は、辺りに土埃を舞わせ視界を遮る。アゼルは、迂闊にも自分の放った魔力刃が巻き起こす土埃のせいで一葉の姿を見失ったらしく、一葉が最初に落下した場所に更に魔力刃を撃ちだしてきた。

 一葉は随分と遠くまで転がったのか、土埃でかすむ視界の先に先ほど投げ捨てたアルデバランを捉え、咄嗟に手を伸ばした。

 

 手に馴染む重みが腕に圧し掛かる。一葉は上空で自分の姿を探すアゼルに槍の切っ先を向けた。

 息を殺して、殺意を断つ。感づかれたら終わりだ。まだ向こうが気がついていない内に終わらせる。

 一葉は上半身を捻じり、右足を強く踏み込んだ。

 

 「ぐっ……!」

 

 その反動で、身体全体の骨と腱が軋み激痛が襲う。それでも一葉は奥歯を噛みしめながら、アルデバランに魔力を注ぎ、その刃を閃きかせた。

 

 “篠”。竹が群生する様を模した突きの連続技だ。一葉が前世で習得した技術に魔力を乗せたものだが、その技の反動は小学生である一葉には過酷すぎた。

 

 アルデバランから繰り出される鋭い突きの衝撃は魔力の塊となって、一度の踏み込みで土埃にいくつもの穴を開けてアゼルに襲いかかる。

 

 「……ッ!?」

 

 ギリギリまで抑え込まれていた、攻撃的な気配にアゼルは咄嗟に自分の前に防御魔法を展開する。だが、完全に発動するには至らず薄氷のように脆い障壁を、一葉の一撃は容易く打ち破り、肉を削り血を飛沫に舞わせた。

 

 

 ◇◆◇

 

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