魔法少女リリカルなのは Broken beast   作:やまあざらし

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18!

  未知が恐怖だというのなら、今自分の心を支配しているものは恐怖以外のなにものでもないのだろう。

 辺りは脈打つ血が戦いに鼓舞するかのように熱い空気で満たされているのにも関わらず、ユーノの身体は絶対零度の恐怖に凍えていた。

 傍らに居るなのはは、この空気に中てられて気を失っている。顔を蒼白にして倒れているなのはに身を寄せるように、ユーノは二人の一葉とアゼルのやり取りを見ていた。

 

 「弐の型、篠……か。 流石だよ。 技の威力はともかくとして、キレは以前よりも遥かに研ぎ澄まされている」

 

 アゼルは酷薄に笑いながら、ゆっくりと地面に降り立った。足元には血でできた水溜りが地面を濡らす。

 

 「だが、斬線に迷いがあったな。 かつての君なら、僕を殺すまではできなくても腕の一本くらいは持っていけたはずだ」

 

 「腕の一本、足の一本斬りおとしたとこで、アンタには関係ないだろ」

 

 「確かにその通りだけど、モチベーションの問題だよ。 自分が与えたダメージが目に見えるってことは、それだけ自分の気持が高揚するものだ。 例え僕には関係ないと知っていても、四肢の欠損はその最たるものだと思うけどね」

 

 「なにが言いたい?」

 

 「そうだな……、簡潔に言うと君は弱くなってしまったんだろう、ってことかな。 肉体は仕方ないとしも、心が弱くなった。 残念なことだよ」

 

 荒れ狂う激流のような刃の打ち合いが収まったこの森で、二人の会話はやけに大きく響く。そんな中で、ユーノは動けないでいた。

 それは直感ですらない、原始的な本能にも似たなにかが、ユーノの意思を拒み身体の動きを奪っていた。

 目の前に、自分の求めるジュエルシードがある。協力してくれている女の子が、危険な場所で意識を失っている。だが、“そんなことよりも”ユーノは恐れていた。

 指先を動かす微かな関節の音。瞬きの音を立てることを。心臓ですら止まってほしいと思っていた。

 アゼルの意識は一葉に向いている。だが、なにかのきっかけでそれが自分に向けば、間違いなく殺される。

 “あれ”はそういう者の目だ。自分の家族を奪った女に限りなく近い、獣にも似たなにか。勝利の為の過程ではなく、むしろ条件に固執する者の目。

 失禁しなかったのは最後のプライドだ。気を失くしているなのはが羨ましく思えた。

 

 「言いたいこと言いやがって……。 オレが弱くなったかどうかなんて……」

 

 ユーノの視線の先で、一葉は腰を据えてアルデバランを中段に構えなおす。力強い突き技を押し込む構えだ。

 凶悪な殺意を押し殺そうともせず、槍のように鋭い殺意をより濃くする。

 

 「死んでから決めろ!!」

 

踏み込んだ右足の衝撃で大地に亀裂が入る。無限の重力を穂先に込めたかのような重い一撃は閃となってアゼルに襲いかかる。

瞬間、空を追う結界の一部がステンドグラスのように砕けた。

 

「兄さん!!」

 

 乾いた音とともに舞い落ちる結界の破片の空を、金色と黒色を併せ持った影が、一葉の槍の一撃の横合いに紫電を放った。

 槍の攻撃はどうしても直線になってしまう。射線上に対しては無二を力を発揮するが、他の角度からの衝撃にはひどく弱い。

 一葉の槍がはなった衝撃は、アゼルから逸れ密集している雑木林にぶつかった。静観と立っていた幹の太い樫を何本のへし折り、辺りに鈍い音を響かせながら倒れていく。

 一葉とアゼルの間に、一人の少女が降り立った。

 

 「うっわ、嫌なタイミングで来るなぁ……」

 

 一葉が顔を顰めて言うと、その声に少女はようやく一葉の存在に気がついた。

 

 「え……、え? 一葉? なんでこんなところに……」

 

 困惑しながら当たりの状況と一葉の顔を何度も見比べる少女はフェイトだった。アゼルとこうして顔を比べて見ると、本当に瓜二つだ。

 

 「これで幕……、ですかね」

 

 突然現れたフェイトの隣に、ベヌウと戦っていた女性が舞い降りた。服の所々が焼け焦げて、肌が露出し、そこから出血している。

 女性に遅れて、ベヌウも一葉の隣に翼を広げて降り立った。女性とは対照的に、ベヌウは傷らしい傷こそないが息が激しく荒れていて、ひどく疲弊している。

 

 「リニスの言う通りかもね。 これで事実上の二対一だし、僕たちは目的のものを手に入れたしね」

 

 アゼルは軽い口調でそう言うと、視線を気を失っているなのはと、ユーノに移した。

 

 「ただ、ドロンする前にやるべきことはやっとかんとね」

 

 「……待て」

 

 アゼルの不穏な言葉に、一葉は声を被せた。

 

 「レイジングハート」

 

 __……Yes sre.

 

 一葉はアゼルと視線を絡ませたまま、なのはの首にかかるレイジングハートを呼ぶと、レイジングハートも一葉の意図を汲み取り、ジュエルシードを一つだけ取り出した。

 糸が切れた風船のように一葉の前に流れてくるジュエルシードを乱暴に掴むと、アゼルに投げつけた。

 アゼルはジュエルシードを右手で受け取る。そして、一葉を睨んだ。

 

 「これは……、なんのつもりかな?」

 

 「それで見逃せ」

 

 「ま……、待ってよ! どういうこと!? なんで一葉がここにるの!?」

 

 ただならない空気を滲ませる二人に、フェイトは声を荒げた。双方から放出される鋭く、重たい殺意は押さないフェイトには過酷で、額に粒のような汗を浮かばせていた。

 

 「フェイト、彼と知り合いなの?」

 

 「う……、うん……」

 

 アゼルは一葉に視線を固定しまま問いかける。その声色には苛立ちが孕んでいた。フェイトは首肯すると、怯えるように小刻みに震える手で、鎌状のデバイスをギュッと握りしめる。

 

 「アゼル、情けは必要ありません。 あの少年も、その使い魔もかなりの実力者です。 ここで見逃すと、後の脅威となる可能性があります」

 

 「リニスは黙ってて!」

 

 リニスと呼ばれた女性の提言に、フェイトは苛立ったこえで怒鳴った。そして、なにかに縋るような瞳で一葉を見た。

 

 「ねぇ……。 一葉は……、私たちの敵なの……?」

 

 「そちらさんが、ジュエルシードを探して集めてるってるんならそうなるね」

 

 その言葉に、フェイトは傷ついたように目を伏せた。

 

 「フェイトと……、アゼルか。 二人はなんでジュエルシードを求める? それって、本来だったらそこに居るフェレットの持ち物のはずだ」

 

 突然呼ばれた自分の名前に、ユーノは身体をビクリと震わせた。この場に居る全員の視線がユーノに集中する。そのことに、ユーノは居心地の悪さを感じるよりも、蛇に睨まれた蛙のように粘つく恐怖を覚えた。

 

 「……フェイト、行こう」

 

 「え……? でも……」

 

 「とりあえず目標のジュエルシードを二つ確保。 これ以上、この場にとどまる理由はないよ」

 

 「……うん。 わかった」

 

 フェイトが頷くと、アゼルは踵を返し宙に浮いた。リニスとフェイトも一葉を気にしながらその後についていく。その時、黒を基調としたフェイトの服装の中で、腰に不自然に輝く銀色の鎖がキラリと反射した。

 

 「……緋山一葉」

 

 罅割れた結界の天蓋で、アゼルは一葉を見下ろした。

 

 「君は心が弱くなった訳じゃなくて、堕落したんだな。 以前のままの君だった、仲間の命乞いではなく、その仲間をどう利用できるか考えていたはずだ。 さて、この子を投げつけて目くらましに使うか、それとも盾にして突っ込むか、てね」

 

 「……」

 

 「僕がジュエルシードを集める理由なんて、君には解ってるはずだ。 だけど、止めようなんて思わない方がいい。 堕落した君に僕を止めることはできない。 目を閉じ、耳を塞いで、今日のことを記憶の奥に閉じ込めれば、君は今まで通りぬるま湯につかった平穏を過ごすことができるんだから」

 

 そう言い残すと、アゼルはリニスが三人の足元に展開した魔法陣に呑みこまれて消えていった。

 フェイトは最後の瞬間まで一葉になにかを言いたそうにしていたが、結局曖昧な表情のままアゼルともにこの場を去った。

 

 「はぁー……、死ぬかと思った……」

 

 三人の気配がなくなった途端、一葉の緊張の糸が切れた。構えを崩してアルデバランを解除する。騎士甲冑を解除すると、服は無傷だが皮膚の所々に痛々しい切り傷がいくつもできていた。

 デバイスは展開すると同時に、術者が身につけている衣服を量子変換しバリアジャケットに代える。つまり、魔法で戦った場合は衣服は無事なのだが、当然、術者本人はそう言うわけにもいかない。非殺傷設定という、敵を制圧する設定にしていれば話しは別だが、殺傷設定で戦うと、傷はそのまま肉体にフィードバックされるのだ。

 つまり、一葉はアゼルとずっと殺傷設定のまま戦っていたことになる。

 

 「一葉は……、あの少年と知り合いなのですか?」

 

 疑うような口調で、ベヌウは一葉に問いかけた。

 ユーノも、二人の会話は端々出しか耳に届かなかったが、それでも二人が既知の仲であることが容易に想像がついた。

 あの少年たちは、どう見ても他の次元世界から来た人間だ。自分のようなイレギュラーな事態が起こらなければ、本来ならば管理外世界の人間と交流を持つことなど非常に稀有なことだ。

 ベヌウの鋭い双眸は一葉を貫くが、一葉は視線を気にする様子もなく待機状態に戻したアルデバランを首にかけながら口を動かした。

 

 「んー……、多分。 オレもよく現状が呑みこめてないんだわ。 詳しい話し合いは後でするとして、とりあえず今はなのはを運ぼう」

 

 一葉は筋肉をほぐすように肩を回しながらなのはに歩み寄る。ユーノは、その姿を見てようやく自分の意思を取り戻した。

 

 「こ……来ないでっ!!」

 

 ユーノはなのはと自分を覆う小さな防御結界を張った。通常の結界と違い、機動性は極端に落ちるが死角がなく、より堅固な防御魔法だ。

 結界の中で、ユーノは姿勢を低くして一葉を見上げて睨みつける。その突然の行動に、一葉だけでなくベヌウも呆気にとられた。

 

 「……どゆこと?」

 

 「……さぁ?」

 

 ユーノの意図が飲み込めない、一葉とベヌウは顔見合わせて首を傾げた。普段と変わらない一葉の様子に、ユーノは粘りのある気持ちの悪いものが胃の中から沸き出るような気持ちになった。

 まるで、今まで行っていた殺し合いとも呼べる戦闘が無かったかのように振舞う一葉は、命が助かったという安堵も、相手を傷つけてしまうかもしれないという恐怖も、微塵も感じさせない。まるで、それが当たり前であるかのように振舞っているのだ。

 ユーノは、そのことが気持ち悪くてしょうがなかった。

 

 「一葉……、君は、はっきり言って異常だ……。 もう、これ以上……僕にもなのはにも関わらないで欲しい……」

 

 空気が一瞬にして冷え込んだ。

 

 「……どういうことですか?」

 

 一葉の代わりに口を開いたのはベヌウだった。ただ、その口調は非常に平坦で、淡々としていた。

 

 「今まで手伝ってもらったことには感謝してる……。 でも……、冷たい言い方かもしれないけど……僕やなのはと、君たちとじゃ違いすぎるんだ……。 正直……僕は、君たちが側にいるだけで怖い」

 

 「私たちが来なければ、貴方達がどうなっていたかわかりますか?」

 

 「それは……」

 

 殺されていた。それは間違いない事実だ。ユーノは気まずそうに視線を落とした。

 

 「感謝されこそすれ、非礼の言葉を浴びせるのが貴方達スクライアの礼節なのですか? だとしたら、私は心の底から軽蔑をしなければなりませんね」

 

 「違う!」

 

 部族を嘲る言にユーノは勢いよく声を荒げた。自分を罵る言葉ならばいくら言われようと構わない。だが、身寄りも行き場もなくした自分を受け入れてくれた部族を貶める言葉を受け入れるわけにはいかなかった。

 飛び出した言葉の勢いは止まらず、ユーノは堰を切ったかのように胸の内にため込んでいたものを吐き出した。

 

 「スクライアとかっ! 礼節だとかっ! 僕はそう言うことを言ってるんじゃないんだ! 一葉、君は本当に何者なんだ!? 君の持つ能力も! 戦闘技術も絶対に普通じゃない! 君がなにかを隠してることだって僕は気がついてる! そもそも、なんで君に次元世界の知り合いがいるんだよ!?」

 

 脳みそが沸騰したかのように熱い。僅かに残った頭の中の冷静な部分が、これ以上はもう止めろと言っているが、それでもユーノは口を止めることはしなかった。

 

 「そうだよ! 思い返せば最初から全部おかしかったんだ! この街に落ちたジュエルシードが暴走したその日に、古代ベルカの守護聖獣と出会ったなんて、そんな都合のいい話しがあるもんか! 今だって、君たちが助けに来たタイミングも良すぎた! もしかして、君たちはさっきの連中の仲間なんじゃないのか!?」

 

 「……黙りなさい」

 

 ベヌウの不穏な声に、ユーノはビクリと言葉を止めた。鋭い猛禽の双眸には、炎のような怒りが揺らいでいた。

 

 「ここに来るまでの間、どれほど一葉が貴方達のことを心配していたか知らないからそんな暴言が吐けるのです。 不慣れな飛行魔法を使い、尚且つ得体の知れない連中に躊躇いもなく喰ってかかっていったのですよ。 あの少年が何者なのか、私も知りませんがかなりの使い手であることは間違いありません。 下手したら、命を落としていたかもしれないというのに……、それを貴方は……」

 

 「はい、ストップ。 ここで言い合いしてもしょうがないだろ」

 

 一方的にまくしたてていたベヌウの言葉を一葉は遮る。

 

 「しかし……」

 

 「いいから、いいから。 隠し事してんのは本当だしね」

 

 右手をひらひらと振りながら近づくと、一葉はユーノの目前に立つ。結界越しに見上げる一葉は、掌でそっとユーノとなのはを覆う半球体の結界に触れた。

 

 「え……?」

 

 間の抜けた声がユーノの口から零れた。ユーノが渾身の力で展開した結界魔法を、一葉は触れただけで破壊したのだ。

 ユーノは自分の力を過信していたわけではない。しかし、攻撃魔法が不得手な代わりに、結界魔法や防御魔法と言った補助系の魔法は人よりも優れているという自負があった。だが、一葉はそれを呼吸するかのように無効化せしめたことが、信じられなかった。

 

 呆気にとられるユーノを尻目に、一葉はなのはを肩に担ぐ。子供とはいえ気を失った人間を担ぐとなると相当重いはずなのに、一葉は身体を持ち上げるときに顔を引き攣らせる表情をしただけで、平然と歩き始めた。

 

 「ユーノさ、正直に言うとオレはジュエルシードにはそんなに興味がないんだ。 ただ、なのははオレの友達だ。 友達が首を突っ込んでる以上、オレ一人が尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないんだよ。 オレらのことが怖いってんなら、これから距離はとるようにする。 だけど、悪いけどさ、このまま引っ込むつもりは毛頭ないんだわ」

 

 その後ろをついて、ベヌウも小さなサイズとなり、一葉のもう片方の肩にとまった。

 森の出口を目指し歩いていく一葉の後姿を見ながら、ユーノは言葉にできない……、それでも確信めいた嫌な予感が胸の中に染み込んでいた。

 

 

 ◇◆◇

 

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